宇宙を飲み込んだ男
目に映る全てがそこにある理由、経緯、その未来も
理解している
宇宙の始まりからの全てが見えている
それは一瞬で消えた
特異点
彼の中に宇宙があった
彼は宇宙を飲み込んだ
彼の中に彼以外の全てがあった
彼の中に全てあり彼の外には何もなかった
いや外にはあるかもしれないが、中の彼からは外には何もない
それはそこにあったとしても触れない
その必要も動機もない
脳は処理しない
仮に触ったとしても、その情報を神経を通じて伝えることもしない
網膜に光を捉えてもそれを脳に送る動機がない
そして、彼自身という主体とそれ以外の客体というものもない
それまでの世界が実際に存在したのか、ただ脳が生み出した幻影なのかも永久にわからない
存在、永久などという言葉も概念もそこにはない
彼の望んだそのものになった今となれば
彼は0歳児のときから、神童と呼ばれていた
8歳となった今、ほぼ全ての分野の博士号を取得し、自身の発明による特許も10000件を超えていた
ノーベル賞は様々な分野において20回受賞した時点で殿堂入りし、それ以降は受賞対象外となった
2歳の時点で、世の中を理解した
人はただ揺さぶられ、いかにも自分が選択しているかのように錯覚させられ続ける罠に遥か昔から嵌められていると
感情は、脳を含めた体内の血流の変化、分泌物質などによるものと片付けた
涙は劇的な場面において、そのパターン、構造、そこに至る過程が残す痕跡を見逃さず詳細に目に焼き付けるための、車のウォッシャー液の様なものに過ぎないと片付けた
それでも彼の世界は色を無くしてはいない
虚無感 厭世観もなかった
以前、円周率を知った時に一つの閃きがあった
現実の世界では完全なる円は存在しないが、人間はそれを想像することができる
円周率は確かな目的があり、バランスを保ちながら絶えず淀まず動き続ける
動的平衡であると
数学という人間の生み出した概念上のことであるが宇宙の摂理を紐解く際には、常に脳というフィルターを通す事を余儀なくされ不完全性定理からは逃れることはできない
しかしそこで思考を停止するわけにはいかなかった
人間が、円が他のどのかたちより美しく特別なものと思える、認識することから、潜在意識の階層の頂点に動的平衡のプログラムがあると仮定した
全ての生物も同様である
よって全ての生物は常に認識できないレベルで動的平衡のプログラムに従っている
それが、エントロピーの増大を内包する宇宙の摂理であると
宇宙で生まれたものは宇宙の摂理に従って設計されていると
彼は自室の壁を見ていた
いや、壁を網膜で捉えているだけで見ているという認識はない
自分と壁、主体と客体の区別はなく自分は壁そのものだった
これは脳における下位の処理であり、下位の意識そのものであると理解した
その表層意識は主に、五感から得た情報が脳に送られた状態、それを記憶のデータと参照した状態などである
このレベルの意識は当然、動物、虫、スマホなどにもある
生まれたばかりの赤ん坊の意識もこれに近い。
我に帰り、自分が壁を見ていると認識しているその意識が一般的に自我と呼ばれる意識である
自我レベルの意識とは、処理を処理する処理、すなわち処理を管理、分析する処理である
よって中位に自我レベルの意識がありその下位の全ての階層を表層意識、上位の全ての階層を潜在意識とする
それは下から上えと縦に並ぶものではないが、その性質、質、の変化の有り様をわかりやすく彼の中でこの様に捉えた
意識は下位の表層意識から中位の自我レベル、それ以上の潜在意識と複数の階層をもち、同時並列処理する脳の処理そのものである
表層意識、自我レベルの意識、潜在意識は常に同時並列的に処理されている
それぞれの処理のアクティビティの強弱の度合い、休止状態などにより「意識がどの状態にあるか」ということになる
ボーっと壁を見ている状態は五感から得た情報による下位の処理すなわち表層意識は働いているが、自我レベルの処理である処理を管理、分析する処理が弱まっているか休止している状態である
よってその時の意識というものが壁そのものになっているような状態になる
それぞれの意識状態は独立して記憶が保存されている部位にアクセスできる
自我レベルの意識は種、自己の保守の優先度が高い
催眠状態においては自我レベルの意識が休止状態に近く、主に表層意識と潜在意識が働いている
五感からの情報による下位の処理である表層意識でも歩くことは可能だが、適切な危険回避を行う事ができない
自己保守の意識が休止しているからである
下位の処理、すなわち下位の意識から、上位の処理、意識にはアクセスできない
よって人は通常の自我レベルの意識状態において、同時に働いてる上位の潜在意識を捉えられない
それは雲のように靄がかかったように感じられる
これがその理由である
彼の目的は自我レベルの意識を潜在意識の頂点、動的平衡のプログラムがある場所まで引き上げる事であった
その潜在意識の階段を登る作業とは、その階層において全ての情報、アルゴリズムがシステムとして統合され、ゲシュタルトが形成される事である
例えば、赤、黄、青、黒などの色において、それぞれの色を分析、解析する過程で、ある時、それは全て光という電磁波でありその波長の違いでしかない
と理解するというようなことであり、それは一つ上の次元での理解である
その時、階層の階段を登るわけである
その抽象化の作業を続けた先に、自我レベルの意識は動的平衡のプログラムにアクセスし、同化しそれを
「悟り」と呼ぶ
大人は幼い自分の潜在意識の遥か高い階層であった場所に、自我レベルの意識が引き上げられている
逆にいうと、幼い時は大人である今の自我の遥か下の表層意識にあたる場所に自我があったということである
しかし彼の自我はすでに通常の人間よりはるかに高い階層に達していた
それは普通の人間からすると遥か上の潜在意識にあたるところである
自我レベルの意識を引き上げる行程は必然的に身の危険を伴う
種、自己の保守の優先度が徐々に下がるからである
思考は瞑想とも区別のつかない様なものになり、徐々に自我における種、自己保守の優先度は下がり動的平衡のアルゴリズムに近づきその境界が曖昧になる




