こんな可愛い子熊を殺せなんてッ!!!!
子熊達を追っていたのは、ハリウッド映画でお馴染の2つのモノだった……。
1つはアメコミ映画に出て来るようなパワードスーツ。だが……無骨だ。
もし映画か何かの撮影用の衣装なら……まるで、デザイナーへの発注書に「こういうモノをちゃんと研究してる所をちゃんと取材した上で、なるべく『リアル』寄りのデザインを頼む」と書かれていたかのような……。
概ね人間と同サイズ。
いわゆる「格好良さ」は無い。ただただ……「もし近未来において、パワードスーツが実用化されたなら?」を、そのまま形にしたかのようだ。
肌の露出は顔を含めて皆無。胸その他、身体の大部分……特に急所は硬質素材に覆われ、間接部などは柔軟性が有りそうな素材だ。
もう1つは、アクション映画に良く出て来る4輪バギー。
これまた無骨な……実用性重視のオフロード車を1〜2人乗りにしたような外見だ。
ただ、どちらも……色が奇妙だった。
地味なダークグレイと……鮮かな赤。
しかも、それが、どんな意図・パターンで塗り分けられているのか、ランダムなようだが……完全にランダムでも……。
「血……?」
隊員の1人の中村が、赤い塗料の正体に気付いたと同時に……2発の銃声と2つの子熊の断末魔が連続して響いた。
パワードスーツの着装者が、手にしていた散弾銃で、子熊の内の2匹を銃殺したのだ。
大量の血が流れる……初めの内は、自衛隊員達は、銃弾が貫通した結果の出血だと考えていた。
だが、一瞬後、何かがおかしい事に気付いた。
子熊が受けた銃弾は……何故か、変形して、子熊の体に貼り付いている。弾は貫通などしていないのに子熊は死んでいる。少なくとも生命に関わるレベルのダメージを受けている。
背骨を無理矢理曲げたような異様な姿勢で倒れ……。
吐血だった。
大量の血の正体は吐血だった。
残りの子熊の一匹が、自衛隊員達の背後に回り……パワードスーツは、銃撃を躊躇った……。少なくとも、そう見える仕草をした。
それは、おそらく、子熊達が、自衛隊員の体を「理由は不明だが、有効な遮蔽物として機能する」と判断しただけだったのだろう。
子熊達は、自衛隊員の体の背後に回り込み……ガタガタと震え続けている。
だが……人間は文明を築く遥か以前より群を作る事で生き延びてきた。
群を作り維持するのに有利な特質を進化させてきた。
人類とは、例えば他者への共感能力を持った個体が大半を占めなければ種を維持出来ない生物なのだ。
自衛隊員にとって子熊達の行為は……この小動物達は自分達に助けを求めていると誤認させるのに十分なモノだった。
理性では単なる退避行動に過ぎないと理解できても……人類を数十万年に渡って生き延びさせてきた本能は全く逆の判断を下した。人類という種を維持させ続けてきた最大の武器は……この時ばかりは決定的かつ致命的な誤作動を起こした。
「だ……誰だ……お前は……?」
隊長の古川は、怯え半分、困惑半分の声で、パワードスーツにそう訊いた。
「魔法少女だ。見て判らんか?」
女の声だが……まだ若いが少女と呼ぶには少しばかり齢の……どう考えても20歳を超えているのが明らかな声だった。
「はっ……?……え……えっと……?」
自称・魔法少女は、しばらくして何かに気付いたようだった。
「失敬。まだテスト中なのでな。可愛いデコレーションを付けるは後回しにしていた。それはともかく、丁度、良かった。熊狩りに来ている自衛隊の皆さんらしいが……。後は任せた。その子熊達を処分していただこう」
「しょ……処分?」
パワードスーツ(自称「魔法少女」)のその声……副隊長の福島が……こっちは間抜けな声で、そう訊き返した。
「は? 言わなければ判らないか? 私は『その子熊達を、すぐに殺してくれ』と依頼している。理解していだけたか?」
「い……いや……でも……かわいい子熊……」
「馬鹿か? 下手に子熊を殺し損ねたら、人里付近に居着いた挙句に、冬眠をしない熊に成り果てるぞ。すぐに殺せ」
「ま……待て、その……何だ、感情的にならずに……冷静に話し合おう……」
自衛隊員達は、熊を遠距離から銃殺する事を想定していた。万が一「人間同士の銃撃戦では十分有り得るが、熊が走ったなら10秒以内に間合を詰められる距離」で熊に遭遇したなら、「熊を倒す」事よりも「生き延びる」事を優先するような訓練を受けた上で、熊狩りに駆り出されていた。
当り前である。
近接戦闘で人間が熊に勝てる訳が無い。
銃という優位は有っても「外したか一発で仕留められなかったら、即、反撃されかねない距離」からであれば……出る死人が全員でなければ運が良い方だろう。
だから、近距離に居る熊を銃殺するなど……想定外だ。
しかも、子熊であり、自衛隊員達の理性はともかく本能は……子熊達が自分達に助けを求めているという決定的な誤作動を起こしている。
「『冷静に』だと? 何を言っている? さっきから私は理屈しか言っていないぞ。私の主張が間違っている可能性は否定出来んが、それならそれで、理屈で反論出来る筈だ。今、その子熊達を殺せない理由は何だ?」
「い……いや……その……心の準備が……」
「馬鹿か? 良く聞け。この近辺の熊達は、恐るべき特性を獲得している可能性が高い。その特性を引き継いでいるであろう、その子熊達を殺さねば……人間にとって、従来の熊を遥かに超える脅威になる」
「え……いや、ちょっと待て……何を言ってる? この辺りの熊は数が増えてるだけじゃなくて……その……」
「そうだ、かなりマズい変化を遂げている。穏やかな性格になって攻撃性が減り、協調性と他者への共感能力を獲得したんだ」
沈黙が支配した。
自衛隊員達は……つっ立ったまま……子熊達は震え続けたままだった……。
隊員の1人の藤田は……この沈黙に似たモノを経験した事が有った。
休みの日にお笑い芸人のライブを聞きに言った際に芸人のギャグが盛大にスベった。その時のあの客席の沈黙だ。
「説明が足りない? 姉さん、何を言っている? いや、この程度の事も判らん馬鹿どもを熊狩りに投入したのか? なら、自衛隊と防衛省こそ、日本人の安全にとっての最大の脅威だ」
パワードスーツの何者かは……どこかに居る誰かと無線通話を行なったらしかった。
「言って判らないなら……時間が勿体無いので、強硬手段に出る。化学兵器C弾射出」
パワードスーツが、そう告げた瞬間、4輪バギーの後部から……何かが上に向けて射出され……。
「ぐえっ?」
放物線を描いて落下してきたそれは、自衛隊員の1人である中村に命中。中村の頭部と被っていたヘルメットを思いっ切り変形させた後……白い煙を噴出し始めた。
どう見ても、軍事独裁政権時代の韓国で民主化デモを弾圧する際の常套手段──わざと催涙ガス弾を水平に撃ってデモの参加者を事故死に見せ掛けて殺す──の頭上バージョンであった。




