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夢の箱庭  作者: Nico
4/14

4.交差点


いつも通り、夜の帳が降りた街を飛んでいた。月明かりを浴びながら、滑空する鳥のように風を掴む。眼下には静まり返った街並みが広がり、街灯の光が宝石を散りばめたように瞬いていた。

俺の遊びは、この夢の世界で「間違い探し」をすること。現実の風景と、夢の中で僅かに歪んだ景色を見比べるのが、たまらなく面白かった。


いつもの公園にさしかかった時、俺はふと、その違和感に気づいた。公園の中心にあるはずの銅像が、見慣れた威厳のある人物ではなく、まさかのガッツポーズをしたマッチョな男性に変わっている。思わず笑いがこみ上げてきた。俺は静かに公園に降り立ち、その銅像の目の前に仁王立ちで立った。


「なんだこれ……!」


両手を天に掲げ、筋肉隆々の腕を誇示する銅像を、俺はしばらく凝視した。現実の世界の銅像を思い浮かべる。きっと偉人の像だったはずだ。そのギャップに、俺はこらえきれずに吹き出した。


「ははは! なんだそのポーズは! さすがに公園にはダメでしょ、俺は好きだけど!」


ひとしきり笑った後、再び空を飛ぶために大きくしゃがみ、両手の手のひらを地面に向けた。手のひらから風を巻き起こし、ジャンプしようとした、その時だ。

視野の奥に入った噴水に、違和感を覚えた。噴水は夜だというのに昼間と同じように水が吹き出していたが、それに驚いたのではない。噴水の水全体が、まるで内側から光を放っているかのように、ぼんやりと輝いていた。


「なんだ、あれは……?」


俺は慎重に噴水に近づき、その不思議な光景を見入った。光は徐々に強さを増し、噴水の水面がきらきらと輝き始める。まるで、水の中に無数の星屑が閉じ込められているかのようだった。その光が眩しいぐらいに輝いたと思った瞬間、噴水の水が爆発したようにパッとあたりに水しぶきをあげながら飛び散った。


「うわっ! なんだ!?」


あまりの出来事に、俺はのけぞって地面に尻餅をついた。驚きと混乱が頭の中を駆け巡る。もう一度噴水に目をやると、光は消え、水しぶきが舞う中で、ひとりの女の子がパジャマ姿で噴水の前に両膝をついていた。


「え? ここ……どこ?」


その声は、震えていた。彼女はゆっくりと顔を上げ、俺の姿を見て、さらに怯えたような表情になる。俺は慌てて立ち上がり、彼女に歩み寄った。


「大丈夫? 怪我はない?」


彼女は何も答えず、ただじっと俺を見つめていた。その大きな瞳は不安に満ちており、今にも泣き出しそうだった。真っ白なパジャマはびしょ濡れで、寒さに震えているようだった。


「もしかして、君も明晰夢の世界に迷い込んだの?」


俺の問いかけに、彼女はその単語自体はじめて聞いたという表情で首を傾げた。その拍子に、濡れた髪から水滴が頬を伝い落ちる。


「私にも分からなくて夢の中で……なんか、気づいたらここにいて……。ここは、どこなの?」


彼女の声はか細く、今にも消え入りそうだった。


「ここは、俺が作った夢の世界だよ。多分……俺も空を飛んでたら、たまたま通りかかったというか

…」


俺の言葉に、彼女はさらに混乱したようだ。


「作った夢の世界……? でも、さっきまで、病院にいたのに……」


病院?彼女の言葉に、俺はハッとした。


「君、もしかして、入院してるの?」

「うん……」


俺は彼女をベンチに座らせ、びしょ濡れのパジャマを心配そうに見つめた。


「どうしてここに……? もしかして、金縛りにあった?」


俺の問いに、彼女は俯きながら話し始めた。


「うん……もう、嫌になって……。どうせ、現実では、もう動けないんだって思ったら……全部、どうでもよくなって……夢の中で死んだらどうなるかなって病院の中庭にある噴水に飛び込んでみたの…」


彼女の語る言葉の端々から、深い悲しみと絶望が滲み出ていた。俺は、彼女がただ迷い込んできただけではないことを悟った。彼女の明晰夢は、俺とは違う、もっと切実な理由から生まれたものなのだと。


「ごめんね、いきなりこんなこと聞いて……」

「ううん、大丈夫……」


彼女はゆっくりと顔を上げ、もう一度俺を見つめた。その瞳には、さっきまでの恐怖に代わり、微かな好奇心が宿っていた。


「あの……さっきチラッと話をしてたけど…空を飛んでたの?」

「え、ああ。うん、そうだよ」

「やっぱり……! あの、どうやって飛ぶの?」


彼女の質問に、俺は驚いた。さっきまであんなに怯えていたのに、もうそんなことを聞くのか。俺は少し照れくさそうに、自分の手のひらを彼女に見せた。


「イメージなんだ。この手のひらから熱い風を出して、それで浮くんだ」


彼女は目を丸くして、俺の手のひらをじっと見つめている。俺は彼女の不安を少しでも和らげたいと思い、少しだけ能力を見せてみることにした。両手を地面に向け、手のひらを超高温にすることで流れ出す風をイメージする。すると、俺の身体がふわりと地面から10センチほど浮き上がった。


「う、浮いた……!すごい!」


彼女は感嘆の声をあげ、俺の足元を覗き込んだ。その表情は、まるで初めて魔法を見た子供のようだった。俺はゆっくりと地面に降り立った。


「ここは、君が現実でできないことを、全部できる場所だよ。自由に歩けるし、もしかしたら……君も空を飛べるかもしれない」


俺の言葉に、彼女の瞳が希望の光を帯びていくのが分かった。俺は彼女の目を見て、優しく語りかけた。


「君は、ここでなら、どこへでも行ける。好きな場所に。どこまでも」


彼女は、俺の言葉を噛みしめるように何度も頷いた。そして、震える手で、俺の服の袖を掴んだ。


「あの……私、もう一度、空飛ぶのを見てみたい。連れてってくれる?」


俺は彼女の顔を見て、微笑んだ。


「もちろん。どこでも、好きなところに連れてってあげるよ」


彼女は、俺の言葉に安心したのか、ふわりと笑顔を見せた。その笑顔は、夜の闇に浮かぶ月のように、とても儚く、そして美しかった。

俺は、またしゃがみこみ、彼女を背中に乗せた。


「しっかりつかまっててね」

「うん!」


俺はゆっくりと立ち上がり、風をイメージして、ふわりと地面を離れた。彼女を背中に乗せて、俺たちはゆっくりと、空へと舞い上がっていった。


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