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夢の箱庭  作者: Nico
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3.夢の法則


明晰夢の世界に慣れてきた俺は、金縛りから簡単に体を解放し、夜の街を散策するのが日課になっていた。


月明かりの下、誰もいないアスファルトの上を歩きながら、道行く街並みの「間違い探し」をする。

馴染みのコンビニが古びた喫茶店に変わっていたり、いつもの神社が鬱蒼とした森になっていたり……。

そんな些細な違いを見つけるのが、俺にとっての小さな楽しみだった。

そんなことをぼんやりと考えていると、一つの疑問が頭に浮かんだ。


「ここは夢の中なんだから、もっと物理法則を無視した動きができないのかな?」


まずはジャンプを試してみた。思いっきり地面を蹴ってみるが、現実と変わらない高さしか飛べない。せいぜい1メートルがいいところだろうか。


「なんでだ? 夢の中なのに……。空飛ぶクジラなんて見られるのに、ジャンプ一つできないなんて」


何度も繰り返し、高く、高く飛ぼうと意識を集中させるが、結果は同じ。俺は苛立ちと落胆を覚え、しゃがみ込んでしまった。


「この夢の世界は、俺の想像を超える力は出せないのか? いや、そんなはずない。きっと、何かルールがあるんだ」


次に俺は、走ることに意識を向けた。家の前の長い坂道を、全力で駆け上がってみる。すると、みるみるうちにスピードが上がり、現実ではありえないほどの速さで駆け抜けることができた。地面を蹴る一歩一歩が、まるでバネの上を跳ねるかのように軽く、心地よい。


挿絵(By みてみん)


「おお! これだ! これならいける!」


興奮しながら、再びジャンプを試みる。さっきよりも少し高く飛べた気がした。

どうやら、夢の世界では「イメージする力」が重要らしい。走る動作は普段からしているから、スピードアップのイメージが湧きやすかったのかもしれない。オリンピックの短距離走選手のような速さで駆け抜けても、夢の中ではほとんど疲労を感じない。息が切れる感覚は現実の記憶からくるものだろう。その事実に気づいてからは、誰もいない夜の街をオリンピック選手さながらのスピードで駆け回るのが俺の新しい遊びになった。


「楽しいな、これだけ走っても疲れないなんて、現実じゃありえない」


次に俺は、ジャンプの高さも上げられるはずだと考えた。現実世界で走り幅跳びや棒高跳びの選手の映像を研究し、高く飛ぶイメージを徹底的に脳に叩き込んだ。そして、明晰夢の中でジャンプの訓練を始めた。

最初は数メートルしか飛べなかったのが、数週間後にはビルの二階の高さまで飛べるようになった。やはり、イメージが明確になると、ジャンプの高さは飛躍的に伸びた。


「やっぱり、夢の世界はイメージの力が全てだ!」


そして、俺の最終目標は「空を飛ぶこと」だった。人間は体一つで空を飛ぶ経験がないから、イメージが湧かない。だから今まで飛べなかったんだ。そこで俺は、ジェットエンジンを積んだ飛行機を細かく分析し、その仕組みを自分の体で再現することを考えた。まず、手から風を起こすイメージ。これが一番の難関だった。


「どうすれば、体から風を起こせるんだ?」


俺は自分自身が納得できる理論を考え出すことにした。夢の世界は、現実ではありえないことでも、自分が納得できる理論を確立できれば具現化できるはずだ。そう信じ、手のひらを熱くするイメージを繰り返し訓練した。

手のひらの温度を極限まで高め、外気との温度差で空気の流れを作り出す。そのイメージが定着するまで、何ヶ月も訓練を続けた。夢の中で手が熱くなりすぎて、思わず目を覚ましてしまうことも何度かあった。


「熱い……! これだ! 風が生まれた!」


自分の理論が正しかったことを確信し、俺は喜びを感じた。次はこの風の力で体を浮かせる訓練だ。何度も何度も繰り返し、ついにたった1センチだけ、体が浮いた。


「やった! 体が浮いたぞ! これを続ければ、きっと空を飛べる!」


俺はそこから、1センチを2センチ、3センチと徐々に高めていき、やがて空中で静止できるようになった。

次に移動だ。手から出す風の向きを調整し、少しずつ前に進む練習を繰り返した。数ヶ月後には、人間が走るのと同じくらいのスピードで空中を移動できるようになった。


それからは夜の街を探検する時は、もっぱら空を飛んで移動した。慣れてくるとスピードも上がり、鳥が風を掴むように滑空するイメージも取り入れることで、より効率的に、自由に空を飛び回れるようになった。 


挿絵(By みてみん)


中学生になる頃には、俺はもう玄関から出ることはなく、自分の部屋の窓から飛び立つようになっていた。

空を飛ぶ能力だけでなく、オリンピック選手の筋肉の使い方などを参考に、走る能力やジャンプ力、そして重量上げ選手のように重いものを軽々と持ち上げたり、やり投げ選手のようにものを遠くまで投げたりすることも可能になった。


「夢の世界では、俺は超人だ!」


しかし、俺は穏やかで優しい性格だから、破壊行為はしなかった。どうしても罪悪感を感じてしまうため、能力の訓練はビルの解体現場や、人気のない山の中で行うことが多かった。


そうして高校生になった頃には、俺の明晰夢での能力は、まさに人間離れした超人レベルにまで達していた。夢の中では、何でもできる。どんな物理法則も、俺がイメージすれば捻じ曲げることができた。だが、その能力が、現実の俺の心を蝕んでいるような気がした。

現実の俺は、ただの高校生。バイトをして、友人とのくだらない話に笑い、平凡な毎日を生きている。一方、夢の中の俺は、空を飛び、超人的な力を持つ。そのギャップが、次第に俺の心をすり減らしていった。


「どっちが、本当の俺なんだろう……?」


夜が明けるたびに、俺はベッドの上で、そんなことを考えるようになった。


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