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夢の箱庭  作者: Nico
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2.もう一つの世界


「なあ、知ってるか? 人は一晩に何度も夢を見るらしい。でも、そのほとんどを覚えてないんだって。なんでだろうな、不思議だろ?」


小学生の頃、先生がなんとなく話をしてくれたことが頭から離れなかった。

ゲーム機を買ってもらえるような裕福な家じゃなかったから、放課後も友達と遊ぶ約束がなければ、一人で時間を潰すことが多かった。寂しかったけど、いつしかそれが当たり前になって、退屈を紛らわすために自分で遊びを考え出したんだ。それが、俺の明晰夢への入り口だった。



ある朝、目が覚めた俺は、枕元に置かれた古いノートに手を伸ばした。昨晩見た夢のことを、まだ鮮明な記憶が残っているうちに書き留めるためだ。夢の内容は、いつもどこか現実離れしていて、だからこそ面白かった。夢の中の俺は、空飛ぶ絨毯に乗って砂漠を渡ったり、見たこともない巨大な図書館で冒険したりしていた。でも、朝ご飯を食べて、顔を洗って、歯を磨いているうちに、さっきまで覚えていたはずの夢のディテールが、まるで霧のように消えていく。


「おかしいな、さっきまで覚えてたのに……。なんで、たった5分前のことが思い出せないんだ?」


その感覚が、俺の好奇心を強く刺激した。どうにかして夢を覚えておけないかと考えた俺は、ある日、枕元にノートとペンを置いて眠ることにした。そして、不思議な夢を見たその時、目が覚めた直後、慌ててノートに夢の光景を書き殴った。夢の中の俺が、巨大なアリの行列を追いかけている様子を、絵心なんてないから支離滅裂な文章と、ひどい落書きみたいだったけど、それでもよかった。後になってそのノートを見返すと、忘れていたはずの夢が、驚くほど鮮明に蘇ったからだ。


「これ、面白いかも!」


それからというもの、夢を見るたびに夢日記をつけるのが俺の習慣になった。それはいつしか、誰にも話せない、俺だけの秘密の遊びになっていった。ノートのページはどんどん増えていき、小学校高学年になる頃には、俺の夢はちょっとした冒険譚のようになっていた。



そんなある夜、いつものように夢を見ていたとき、ふと違和感を覚えた。

俺は学校の屋上に立っていた。屋上は夕焼けに染まり、遠くには見慣れた街並みが見える。そこまではいい。だが、ふと空を見上げると、巨大なクジラが悠然と空を泳いでいるのが見えた。信じられない光景なのに、俺はなぜか冷静だった。


「あれ? 今、俺は学校の屋上にいる? でも、なんで空にクジラが泳いでるんだ? ……待てよ、これって……」


挿絵(By みてみん)


夢だと気づいた瞬間、身体がふわっと軽くなり、意識が覚醒に向かう。ああ、まただ。気づくと夢は終わってしまい、俺はベッドの中で目を開けていた。


「くそっ、あと少しだったのに。このまま夢だって気づいたまま、空飛んでみたかったなぁ……」


そんな日々を繰り返しているうちに、俺の夢日記は「夢だと気づいた瞬間に目が覚めた記録」で埋まっていった。この壁をどうにか乗り越えたい。

そう思っていたある晩、俺は人生で初めて「金縛り」を経験した。

身体が動かない。声も出ない。視界が真っ暗で、かろうじて開くことのできた目だけが、闇に包まれた部屋の天井をぼんやりと捉えていた。全身が、まるでコンクリートで固められたかのように動かない。だが、不思議と恐怖はなかった。

子供の頃に読んだ漫画で見た金縛りの描写を思い出し、どこか冷静に、むしろ楽しんでいる自分がいた。


「うわ、噂の金縛りか……。身体が動かない。怖いっていうより、なんだかワクワクするな」


目だけはかろうじて開くことができた。闇に包まれた部屋の天井がぼんやりと見える。でも、よく見ると、部屋の隅にいつの間にか見慣れない本棚がある。知らない本がぎっしり詰まった、古めかしい本棚だ。


「ん? これ、俺の部屋じゃない……のか? いや、部屋だ。でも、何か違う。この金縛りも、もしかして……夢の中の俺の部屋?」


そう気づいた瞬間、胸の高鳴りが抑えきれなくなった。これは夢だ。それも、意識のある状態で見る夢だ。金縛りも、もしかしたら夢の中の現象なのかもしれない。

俺は、まるで全神経を指先に集中させるかのように、動かない身体の中で、指先から少しずつ動かそうと試みた。動け、動け、動け……。何度も心の中で唱えると、本当に指がピクリと動いた。それから、腕、上半身と、少しずつ体の自由を取り戻していった。身体を動かすたびに、ミシミシと音が鳴るような錯覚に陥った。


「やった! 動けたぞ! やっぱり、これは夢なんだ」


興奮を抑えながら、俺はベッドから起き上がり、部屋の中を改めて観察した。見慣れたはずのポスターは知らないバンドのものに変わっていて、机の上には捨てたはずの地球儀が置かれている。まるで、間違い探しをしているみたいだ。


「よし、外に出てみよう。この夢の世界がどうなっているのか、見てみたい」


俺はそっと2階の自室を出て、階段を降りていった。階段の手すりや壁紙の模様が微妙に違っていた。普段は生活感のある1階も、まるでセットのように静まり返っている。

玄関の扉を開けると、深夜の闇に包まれた街並みが広がっていた。街灯がぼんやりと光る中、俺は一人、未知の世界へと足を踏み出した。


コンビニのあった場所には、見たこともない古めかしい喫茶店が建っていて、馴染み神社は小さな森に変わっていた。森の奥から、得体の知れない動物の鳴き声が聞こえる。現実なら怖くて立ちすくんでいただろう。でも、ここは夢の中。俺はワクワクしながら、その森の中へと入っていった。


挿絵(By みてみん)


「面白い! すごく面白い! これは俺だけの特別な場所だ」


夢の中を自由に歩き回る。その感覚は、現実世界で味わう何よりもスリルと楽しさに満ちていた。しかし、夢の世界に没頭しすぎると、徐々に意識がぼやけて、現実の身体へと引き戻されてしまう。目が覚めた後も、その余韻はしばらく続いた。


「また、金縛りになったらやってみよう」


そう思って、何度も試しているうちに、俺は金縛りを待たずに夢をコントロールする方法を見つけた。寝る前に「今日は明晰夢を見て、街を探検するんだ」と強く意識する。すると、金縛りが起き、そこから自分の意思で身体を動かし、夢の中へと入っていくことができるようになった。


小学校高学年になる頃には、それはもう俺の得意技になっていた。誰にも話せない、俺だけの秘密の「もう一つの世界」。それが、俺にとっての明晰夢だった。

現実では、周りの友達のようにゲームに熱中することもなく、特別な趣味もなかった俺にとって、夢の中の世界こそが、何よりも大切な場所になっていた。


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