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夢の箱庭  作者: Nico
12/14

12.検証


しばらく河川敷で頭の中の整理を行い、俺は学校を早退して色々と確認を行う時間をつくることに決めた。


ちょうど授業の間の休憩時間。教室はいつものとおり賑やかだった。先生に相談している生徒や友人と談笑している生徒。そんな喧騒のなか、俺は手早く教科書とノートをリュックに詰め込んでいた。隣の席に座るユウキが、心配そうな顔で声をかけてくる。


「おい、タクミ。怒ってんのか?ていうか、なんか顔色悪くねー? 大丈夫?」


俺が戻ってきたことに気づき、アヤカも駆けより、俺の顔を覗き込むようにして言った。


「タクミ、さっきのことは、なんかゴメン、気に障ったなら謝るから。それとも本当に体調悪いの?」


二人の優しい眼差しが、俺の胸にじんわりと温かさを広げる。しかし、俺の心はもう、ここにはなかった。早く確かめたい。頭から離れない色々な疑問について、できるだけ検証したい。


「うん、大丈夫。ちょっと用事があってさ、先に帰るわ。心配かけてごめん。」


そう言って笑ってみせるが、きっとうまく笑えていなかっただろう。ユウキとアヤカは、まだ何か言いたそうにしていたが、俺がそそくさと教室を出ていくのを見て、それ以上は何も言わなかった。背中に心配そうな視線を感じながら、俺は早足で学校を後にした。


自転車のペダルをこぎながら、俺の心臓は高鳴り続けていた。バイトまでの時間に、どうしても確かめたいことがあった。


昨夜の衝撃的な出来事。夢と現実が重なり、夢の中の能力が現実世界でも発揮できたこと。そして、その様子がネットニュースにまでなっていたこと。まるで、現実の方が夢の世界に侵食されたみたいだ。

カオルさんの言っていた「インパクト」という言葉が頭の中で反響する。


(本当に、俺の能力は、世界が重なった現実の世界でも使えるのか?…いや、そもそも昨日のあれは、本当に現実だったのか?)


自転車をこぐ足にさらに力がこもる。家に帰り着き、自室へ駆け上がると、俺は母に声をかけた。


「ただいまー、母さん。ちょっと体調が悪いから、部屋で寝てるね。」

「あら、珍しいわね。分かったわ、無理しないでね。」


母の優しい声が、リビングから聞こえてくる。


「うーん…体調悪いわりには元気そうだけど。年頃の男子は色々と難しいのね…」


不思議そうに母はつぶやいた。


少し間を空けて時間は午後1時。こんな昼間から明晰夢に入るのは、はじめてだ。いつもは夜が更けてから、静まり返った部屋の中で意識を集中させていた。昼間の明るい光の中で、果たして夢への扉を開くことができるのだろうか。

少しの緊張と、それ以上の好奇心を抱えながら、俺は窓のカーテンを開けた。明るい日差しが差し込む部屋のまま、ベッドに横になり、目を閉じる。そして、心の中でいつものように金縛りへのプロセスを踏み始める。


「さぁ、明晰夢の世界へ…」


いつものように、意識が遠のき、身体が重くなる感覚が訪れる。金縛りだ。全身がなにかで縛り付けられたように動かない。この感覚も、もう慣れたものだ。俺は一気に両腕に力を入れ、金縛りの見えない拘束を一気に引きちぎった。


その瞬間、体に巻きついていた光の有刺鉄線のようなものが弾け飛んだように見えた。


(…なんだいまのは…きのせいか?…)


ベッドから降りて、ふと振り返った。


「うわぁっ!」


思わず声が出た。心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。ベッドに、俺が横たわっているのだ。


(現実と重なるってことは、こういうことなのか……)


眠っている自分の寝顔を見つめる。口が少し開いていて、なんだか間抜け面だ。あまりにも現実離れした光景に、突然笑いが込み上げてきた。


「ははっ、これじゃあ、リアル幽体離脱じゃん。」


俺は、寝ている自分の頬を指でそっとつついた。しっかりと肌の感覚がある。自分の指が、自分の頬に触れている。変な感覚だ。自分が二人いるなんて、なんだか気持ち悪い。


(まあいい。まずは実験だ。)


俺は自分の部屋から出て、1階のリビングへと移動した。母がキッチンで洗い物をしているようだ。


「あら?タクミ、体調悪いんじゃないの?ダメよ、ちゃんと寝てなきゃ。」


母の声は、いつもと何も変わらない。その声に、俺は思わず答えた。


「あ、うん、ごめん。ちょっと忘れ物。」


母は、特に気に留める様子もなく洗い物を続けている。やはり現実の世界の母としか思えない。


(母には、ちゃんと俺の姿が見えていて声も聞こえている。ということは…現実世界と、明晰夢の世界が重なっている…この状況を信じるしかないのか。)


俺は部屋に戻るフリをして、こっそり玄関から外に出た。外はいつもと変わらない、平和な昼間の風景だ。普通に人が行き交い、途中で近所の顔見知りのおばあさんと挨拶も交わした。


「あら、タクミちゃん。学校は?」

「あ、はい。ちょっと早退しまして…。」


おばあさんは俺の顔をじっと見て、「体調に気をつけなさいよ」と優しく声をかけてくれた。


(完全に現実のおばあさんだ…。)


俺はいつもの公園まで歩いていく。平日といっても昼過ぎの時間帯は、まばらに人がいる。ジョギングをしている人、ベンチで読書をしている人、木陰で昼寝をしている人。

公園の中を散歩しながら、人影のない場所を見つけた。そして、いつもの感覚で、手のひらから風を巻き起こし、宙に浮いてみる。近くの木のてっぺんあたりまで浮いたところで、散歩中のおじいさんが通りかかったので、慌てて着地した。


(見られたか?いや…おじいさんの反応は…特にないな。気をつけないと。やっぱり俺の姿や、浮いている様子も普通に見られてしまうだろう…。)


俺にとって、今の状態は明晰夢の中の世界でもあるわけだから、能力は問題なく使えるようだ。


(よし。次だ。)


俺はズボンのポケットからスマホを取り出した。当たり前かもしれないが、普通に使える。電源も入るし、指で操作ができる。明晰夢に入った状態で、シオリと連絡がとれる手段があるのは大きい。


俺は町をあちこち歩いて、風景や町並みを観察してみた。


(この世界が、夢であり、現実でもあるなら…)


驚いた。

いつもの間違い探しでいう『間違い』が一切ない。コンビニはコンビニのままだし、神社は神社のままだ。昨夜、シオリと飛んだショッピングモールも、変わりなくそこにあった。

すべてが、現実の俺の町そのものだ。


(…やっぱり、あの爆発事故は、現実で起こった出来事ということなのか。)


再び、カオルさんと会った河川敷まで歩き、俺は腰を落とした。頭の中を少しずつ整理する。


(夢の世界で起きたこと、現実の世界で起こったこと、それぞれは相互に影響する。それも世界が重なっているとするなら当然だ。そして、俺の夢の世界の能力は、結果的に現実の世界でも使える、ということを意味する。ただし、あくまで明晰夢に入った時の身体じゃないと無理だ。現実の世界の生身の身体では能力は当然使えない。)


俺は、家に引き返した。

自分の部屋に戻った俺は、机にスマホを立ててビデオ録画を開始した。そこには、ベッドに横たわる俺と、ベッドの傍に立っている俺が写っている。


(この状態から、元の身体に戻るには…)


俺は目を閉じて、自分が眠っている姿をイメージした。ゆっくりと意識を集中させ、心の中で、自分がベッドで目覚めるプロセスを踏んでいく。


(目を開けたら、現実の世界だ。いつもの、ただの高校生に戻るんだ。)


少しして目を開けると、天井が見えた。ゆっくりと身体を起こす。ベッドから起き上がった俺は、すぐにスマホの録画を停止して、再生してみた。


(うわっ…!)


驚きで言葉が出なかった。

ビデオには、俺が目を閉じ、ベッドに横たわっている姿が映っている。そして、ベッドの傍にもう一人の俺が立っているが、立っている俺が目を閉じると、だんだんと霧のように姿がぼやけていく。そしてその輪郭が曖昧になり、やがて消えてなくなったのだ。


(やっぱり、そうか…。)


俺は安堵の息を吐いた。


(現実と重なるのは、俺が明晰夢の世界に意識を置いている間だけだ。現実の身体は、眠っているだけ。明晰夢から覚醒すれば、もう一つの身体は消える…。)


なんとなくだが、この現実世界と明晰夢の世界の重なり合いについても、法則が分かってきたような気がした。

俺は再びベッドに横になり、天井を見上げた。


(シオリ…君は、どうやってこの世界に戻ってるんだ?…君は、俺のようにいつでも明晰夢に入れない。ってことは、やっぱり君は、金縛りにあった時だけ、この重なり合った世界に来れるのか…?)


俺の頭の中で、様々な仮説が生まれては消えていく。


(俺の能力は重なり合った現実世界では強大すぎるから、注意が必要だな…。使い方を間違えれば、とんでもないことになる。そして、この世界を悪用しようとする人間が現れる可能性もある。カオルさんが言ってたように…)


俺は、ポケットに入った名刺を取り出した。そこに書かれたシンプルな文字が、やけに重く感じられた。


(シオリのためにも…この世界を守るためにも、俺は…どうするべきなんだ…?)


とにかく早くシオリに会って話をしたい。自分が集めた情報を共有し、これからの俺たちの方向性について相談したい。


「ふぅ。そろそろバイトに行く準備しないと…。」


夕陽が部屋に差し込み、俺の顔を赤く染めていた。その光は、昨夜の空の色に、少しだけ似ているような気がした。


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