余命100日 - 婚約破棄
「マジごめんだけど、婚約破棄しよっ!」
両手を合わせてひょこりと頭を下げる婚約者に対し、私は顎が外れそうになった。
この男は、いったい何を言っているのだろう。
ニヤケ面を持ち上げて、婚約者であるチャーミーは言った。
「いや、ほらさ、プラちゃんも言ってくれたでしょ。『私は死ぬ運命。であれば、別れた方がチャーミー様は幸せになれます。あなたの幸せこそが、私の希望です』ってさ。だから、別れようと」
いや、言ったが?
でもそれ午前中の話だよ?
で、そのときおまえは言ってたよな。
『諦めるな! 大丈夫だ、100日もあればきっと希望は見つかるよ! 一緒に希望を探そう!』
「午前中と話が違くない?」
「あれはちょっと、気持ちが昂っちゃったっていうか……」
マジでなんなのだろう。この男は。
この男——チャーミー・ウェザーコックが自分の婚約者だとは信じられない。
確かに、私たちは政略結婚の相手同士。ウェザーコック家にとって余命100日が宣言された令嬢に価値を感じないのも当然だ。
私——プラチナ・スノーホワイトは昔から体が弱かった。
さらに言えばスノーホワイト家は呪われた家系であり、代々短命だ。
病弱体質と呪いが重なりあって、17歳の誕生日で命を終えるのは医官から見ても呪術師から見ても間違いないものらしい。それは今から100日後だった。
「冷静に考えたらさ、確かにプラちゃんの言うとおり別れた方が二人のためだって理解できたんよね」
死の宣告を受けた午前中の私は、確かにチャーミーに『別れましょう』と言った。
それこそが彼の幸せだと確かに願ったのだ。
でも——。
「こっちだって気が昂ったんだよバカヤロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
あと100日で死ぬと言われた瞬間に、私はすごく怖くなった。
同時に少しでも素敵な婚約者としてチャーミーの心に残りたくなったのだ。
——プラちゃんは、僕にとって今でも最愛の人なんだ。
死んだ後もそんなふうに言って欲しくて思わず出た言葉をなんで真に受けてんだ狂ってんのか!?
「こ、こわっ! プラちゃんってそんな人だったんだ! ぼ、僕はそんな人とは結婚できないな!」
こいつは。
こいつはこいつは。
死の宣告を受けた婚約者の心の不安定さをちっとも理解してくれない!
「だいたいどうしてそんなにすぐに気持ちが変わるの!? 私を好きだって言葉は嘘だったの!?」
「いや、好きだよ。もちろん。でも、僕たちは政略結婚じゃん? 母上も婚姻の記録は残さない方がいいんじゃないかっておっしゃっていたし——」
このマザコン野郎が!!!!!!
「とにかくそういうことだから! 今後もプラちゃんのご健勝とご活躍をお祈り申し上げます! じゃあね!」
チャーミーは私に背を向け早足に病室から出ていった。
人生をあと100日で終えることを知ったこの日。
私は婚約者を失った。