表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

軍港近くのバーにて

 港から聞こえる波の音が、薄暗いバーの中にわずかな静けさをもたらしている。棚に並んだボトルが灯りに照らされて輝き、古いジュークボックスからかすかに流れるジャズが、二人の会話を包み込む。

「ねえ、本当にそれでよかったのかい? サラの形見だったんだろう。」

 サムおじさんはグラスをゆっくりと回しながら、ふと微笑んだ。その瞳の奥に、過去を懐かしむような光が一瞬揺らめいた。

「構わないさ。指輪一つ手放したけど、それでまた新しい指輪を買う理由ができたからね。」


 サムおじさんの言葉に、真理は小さく微笑んだ。

「新しい指輪……ね。誰かに贈るつもり?」

 軽い冗談のつもりだったが、サムは真理の目を見つめながら肩をすくめた。

「さあな。でもな、マリィ……俺もそろそろ、日本での生き方を考え直してもいい頃かもしれない。」

 サムの声は冗談めかしていたが、その奥にある真剣な響きに、真理はグラスを傾けながら目を細めた。彼の言葉の意味をじっくりと噛みしめる。

「私が知ってる限り、あなたはずっと自由な人よ。日本に来ても、アメリカにいても、どこにいても、あなたはあなたらしく生きてる。今さら、何を考え直すっていうの?」

「……家族ってやつさ。」


 サムはグラスを傾け、琥珀色の液体が揺れるのをじっと見つめた。

「俺にはサラとの思い出がある。でも、それだけでこの先の人生を生きるのは、ちょっと寂しいと思うようになったんだ。」

 真理は静かに聞いていた。サムはいつも冗談ばかり言うが、時折こうして本音をぽろりとこぼす。

「そうね……でも、あなたが誰かと一緒にいる未来って、ちょっと想像しにくいわ。」

 真理はくすっと笑った。サムも苦笑しながらグラスを置く。

「俺もそう思ってた。ずっと独りで、気楽に生きるのも悪くないと思ってたさ。でも、最近思うんだよ。たまには、誰かと食事をしたり、並んで歩いたりするのも悪くないってな。」


 真理は静かに頷いた。彼の言葉の一つ一つが、どこか心に響く。

「……あなたは、誰かを探してるの?」

 サムはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと真理の方を向いた。

「もう見つけたかもしれないな。」

 彼の目が、少しだけ真理を覗き込むように輝いた。真理は思わず視線をそらし、グラスの縁を指でなぞる。


「……あなたって、本当にずるいわね。」

「そうかい?」

「ええ。でも、そういうところ、嫌いじゃないわ。」

 二人の間に、静かで温かな空気が流れた。真理はふっと息をつき、空になったグラスを軽く揺らした。


「それで……この先どうするの?」

「さあな。俺のことだから、きっと気まぐれに決めるさ。でも、少なくとも……しばらくはここにいるつもりだ。」

 サムは軽く笑い、真理のグラスに酒を注ぐ。

「じゃあ、また時々、こうして飲みに来てもいいかしら?」

「もちろん。むしろ、そうしてくれると嬉しい。」

 真理は苦笑しながらグラスを掲げる。


「じゃあ……気まぐれな未来に、乾杯。」


 二つのグラスが静かに触れ合い、心地よい音を響かせた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ