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第7話

「悪い、尾緒神。私」

「なるほど、こんどはそう来たか」

「尾緒神?」

 俺はできるだけ笑いかけられるように務める。軽く。考え過ぎずに。

「どうやら、今回も言い換えみたいだな。まさか、本当にさっき赤堂さんが言っていた通りになるとは。どうやらここでのものは、次へのヒントみたいだ」

「そ、そうなのか?」

「ああ。たぶんな。ところで赤堂さんは、あばずれの語源を知っているか」

 視線が逸らされる。赤堂さんの表情は、あからさまに落ちる。

「知ってるよ。阿婆擦れはね。人からずれている悪い老婆の話が元になってるの。皆とは違う。ズレた女の子に向けられる言葉。嫌われ者に、向けられる言葉」

 らしくない言葉を使う。ここに何かあるのだろうけれど、それを深掘ったところでしょうがない。俺は、知らん振りをする。

「ふーん。そんな説もあるのか。俺が知っているのとは違うな」

「そうなのか?」

 今回は自分の中に閉じこもることはないようで、赤堂さんは表情に影を残しつつも俺との話しを続けてくれる。

「ああ。そもそも阿婆擦れに『婆さん』の漢字が使われているのはただの当て字だ。阿婆擦れの元々の漢字は阿波踊りの『阿波』だとする説があってな。俺が知っているのはそっちだ」

「阿波踊りの阿波?なんで」

「阿波は、昔の徳島の地名だ。その昔、近畿地方へ出た阿波国の人がその土地の歓楽街で暴れていたらしい。そのとき阿波の人は擦れているねって言われたことが語源だという説があるんだ」

「そ、そうなんだ?それで、その語源と今回の紙にどんな関係があるんだよ」

「言い換えだよ。今の説を参考にすれば、『阿婆(あば)擦れ』は『阿波(あわ)擦れ』と言い換えることができる。つまり、あわを擦らせばいいんだよ」

「尾緒神、それ本気で言っているのか。徳島を動かせなんて、そんなことできるわけ」

「どうしてどうなる。擦らすのはあわでいいんだよ」

「は?分かっているが」

 何言ってんだコイツという視線で下から睨み上げられる。

「バブルだよ。バブル。(あわ)を擦らせってことはつまり、石鹸を擦らせば何か出て来るってことだろ」

「あ。そ、そうか。そう言い換えるのか」

 赤堂さんが目を丸くする。本当に気づいてなかったのか。

「でも尾緒神。石鹸って、この学校に何個あると思っているんだ」

 言いながら彼女が校舎を見る。俺もその視線を追いながら

「よし。取り敢えず赤堂さんは三号館の方から当たってくれ。俺は、一号館の方から順々に当たっていく」

「まあ、そうするしかないよな」

 赤堂さんは少し怠そうに言う。

 (しらみ)潰しの総当たり。古典的にして最強の方法だ。そして、この方法なら時間が稼げる。

 俺は心の中で小さなガッツポーズをする。これで宝を偽造する時間ができる。解法の途中で『あばずれ』なんて悪口を入れる宝探し。もし仮に続きがあったとしても良い結末に落ち着くような気はしない。俺の勘がそう言っている。だったら、こっちで安全に着地するように細工をするまでだ。この件を、どうにか穏便に終わらせてみせる。

「なあ、尾緒神」

「ん、なんだ」

「このまま、これを続けてもいいのかな」

 少し緊張した様子だ。気のせいか、少し手が震えているような気がした。赤堂さんは続けて言う。

「ここから、面白くなると思うか?」

 おそらく、赤堂さんの勘も、これ以上はよくならないと言っているのだろう。でもそれは不要な心配だ。挑戦状の謎の正当な道のり(解法)はもう辿らない。

「どうだか。ま、つまらない結末になっても思い出にはなるだろ」

 だが俺は、俺の出す結果に自身がある訳でもなかった。だから、大丈夫だ。なんて格好いいことは言えない。

「酷い思い出になるかもな」

 たはは、と赤堂さんが乾いた笑みを浮かべる。耳が痛い言葉だ。

 落ち込んだ彼女の様子が、いつかの自分の姿と重なる。「気にすんな」。赤堂さんがあの時、俺に友達としてそんな言葉を投げ掛けたのなら。彼女の友達である俺は、今どんな言葉を投げかけることができるのだろうか。

 俺は空を見上げ、一瞬だけ考えて顔を降ろす。

「そうなったら、後で一緒に笑ってくれ」

「え」

「あの時はつまらなかったね、最悪だったねって、お前と笑い合えれば、それは良い思い出になる。友達って、そういうもんだろ」

 気にすんなって言いあえて、最悪な思い出も笑い話に変えられる。うん。理想の友達なのではないだろうか。でもまあ、そう上手くいかないのも友達だ。世の中そんなもんだ。赤堂さんと関係も、一体いつまで続くか分からない。そんなマイナス思考が浮かんで目を瞑る。

 どんな未来になるとしても、今の俺は、こうして再び友人に恵まれる機会を得た。だとしたら、その関係が続く努力くらいはしてみようじゃないか。

 踏み出す前に、赤堂さんに声を掛ける。

「さて。それじゃあ行くか」

「ああ。そうだな」

 赤堂さんも、同じように思ってくれていればいいと少し思う。後が怖いから、そんな期待はしないけれど。

「何か見つけたらまた、合流しよう」

 この関係が未来でどうなろうが、今の俺が知ったことではない。ただ今は、少しでも長くこの時間を過ごしてみたいと思った。


 そう思いながらも、俺は「阿波踊り同好会」が使っている教室に足を運んでいた。挑戦状の件を終わらせるのなら、適当に一号館の泡の裏にでもブツを隠せばよかった。だが俺は、暗い自分が持つ欲求を抑えられなかった。いや違う。きっと、この場所にひかれているのだ。俺は手洗い場にある石鹸の裏などではなく、この部屋の中で『あわ』と付くものを確認していった。

 その半ばのことだった。本当に徳島でも擦らすのではないかと、部屋にあった日本地図を剥がしたとき。

 本当に、そこにそれはあった。


===


お前を殺す


===


 暴力的で、殴り付けられるように書かれた言葉。今度は一文だけではなく。その周りにおびただしい量の『死ね』という文字が紙を覆い尽くすように書き込まれていた。見る人によっては背筋がひんやりとするかもしれない言葉。だが、俺にそれはなかった。ただ静かに、その言葉を睨む。―――か。

 これは、冗談で済むようなものではない。俺は、赤堂さんにそれが見つかる前に紙を剥がしてポケットの中にしまった。後で、誰にも見つからないように処分する。


 赤堂さんに声を掛けられるまで、俺は考え事をしていた。


「尾緒神?」

 声が掛けられたので振り返る。その時にはもう、地図は元の状態へと戻してあった。

「赤堂さん。もしかして、何か見つかったのか」

「いや、そうじゃないけど。お前は、こんなところで何をしているんだ」

「何って、挑戦状の続きだ。もしかしてと思うことがあってな」

「怖い顔、してるぞ」

「怖い顔?」

「いや、なんでもない」

 俺は自分の頬を触ってみる。別に、激怒しているわけではないのだけれど。

「まあいい。取り敢えず、俺の考察を聞いてみるか」

「お、おう。そうだな」

「まずはここに来た訳だが」

「訳だが?」

「1つ1つ石鹸を裏返していくのが面倒だった」

「はぇ?」

 それだけ?と拍子抜けしたようにこわばっていた赤堂さんの表情が解れる。そして、まあ尾緒神らしいといえばそうかもしれないけど。なんて呟いていた。

「今回の宝探しは、赤堂さんに向けて作られていた」

「そ、そうだな」

「だったら、誰かが途中で見つけてしまえるような場所に隠すのはおかしいと思ったんだ」

「え、なんで?」

「見たところ、この挑戦状を書いた人は俺達の後を着けているわけでもなければ、謎を解いた後に正解しているかを確認する約束があるわけでもない」

「そうだな。そういう約束はしていない」

 ここが俺にとってのまず一番始めの違和感。あんな悪口を宝物として隠しておいて、それを見た被害者が狼狽する姿を確認しないことがあるのだろうか。仮に、次の日の学校で彼女の様子を確認するにしても、その頃にはもう立ち直っている可能性がある。赤堂さんは俺との恋仲が疑われ、学校中で噂になっているような人だ。向こうが勝手に想像する彼氏という存在に、赤堂さんが相談して立ち直ってくることだって容易に想像できそうなことだ。そしたら彼女の落ち込む姿は見られない。だとしたら、何の為にあの悪口を隠したのか。赤堂さんなら相談しないと考えたか。それとも、そうではないと知っていたか。

 赤堂さんはおそらく事前にこの挑戦状を解いていた。その妄想が事実だとすれば、赤堂さんは既に別日に答えを聞いていたと考えることができるかもしれない。だが、それだと「じゃあ、本当に私の勘違いだったのか。」と呟いていたことに疑問が生じる。

 いや待て。挑戦状には『宝は回収す』とも書かれていた。別日に、既に目標は達成していたのかもしれない。でも、だとすれば、回収されていないあの紙は何なのか。

 そもそも、あの紙自体は赤堂さんも今日が初見のような顔をしていた。あれが偽りだとは思えない。そもそも、彼女の推理は『宝はない』で止まっているはずである。

 駄目だ。情報が足りない。

 まあいい。まさか、本当に殺す訳でもないだろうし。

 俺は気持ちを切り替える。えっと、どこまで言ったのかな。あ、そうだ。

「宝を隠した当人がいないのなら、答え合わせのしようがない。そんな状況で、誰かに見つかる可能性がある場所に宝を隠すだろうか」

「隠すかもしれないだろ。そこまで考えてなくてさ」

「それはそうか。まあ、捻くれた俺は、石鹸の裏なんて誰にでも見つかりそうな場所には隠さないと思ったんだ。だから、誰かに使用されることが少ない蛇口を当たろうと思ったんだが」

「それも面倒だったと?」

 こくりと頷くと睨みつけられた。私にはやらせたくせにという圧を感じる。赤堂さんの手を見てみれば、少し濡れていた。濡れた体操服すら着替えないような奴だ。ハンカチなんて元々持っていなさそうではあるが、ここは俺の体操服に着替えているからポケットの中にハンカチを入れ換え忘れたのだと理解しておこう。

 俺は、自分のポケットからハンカチを取り出すと、それを赤堂さんに渡した。

「だから、こう考えることにしたんだ。今回は捻りなく、そのまま阿波を擦らせばいいんじゃないかとな」

「徳島を?」

「そうじゃない」

 そう言って俺はあるものを指す。そこには綺麗に折り畳まれた大然(たいぜん)高校 阿波踊り同好会と書かれている、のぼり旗の布地が並べられてあった。その一番上の布地だけ、阿波という文字が見えるように特殊に折り畳んである。

「これが、宝の隠しどころ、なのか」

 赤堂さんは本当にあったんだとでもいうような声色を出す。宝が気になるのか、ジリジリとその旗に近づいていく。やっと求めていたものを見つけたのか、そんな感情が露わになっているように、わなわなとしている。

「尾緒神、これは私がめくってしまっていいのか」

「ああ。勿論、これはお前が受けた挑戦状だろ?」

「でも、これは尾緒神が見つけたもので」

「二人で見つけた、だ。それにその反応は辞めてくれ。これで外していたら俺がめちゃくちゃ恥ずかしくなる」

「ちょっとドヤ顔だしな」

「そんなことはない」

 否定すると、赤堂さんは嬉しそうにクスクスと笑った。彼女は旗の方へと振り向くと

「ありがとな。尾緒神」

 と言った。なんのことだと言おうとして、思い留まる。今回ばかりはこう言った方がいいのかもしれない。

「まあ、気にすんな」

 フッと微かに笑われたような気がした。

「よし!それじゃあ開けるぞ!いや、この場合は擦らすぞ!と言うべきか」

「どっちでもよくないか?」

「よし!それじゃあ擦らすぞ!」

 そうして赤堂さんは、宝が隠されてあるのぼり旗へと手を伸ばした。

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