第6話
食堂の前にまでやってくる。この学校ではお昼時にしか学食をやっていないためか、客はいなかった。購買はやっているが、部活動に励む生徒が立ち寄る時間ではないようだ。おにぎりやパンが並ぶショーケースの奥で、店員さんが綺麗な営業スマイルを見せている。
「購買って、放課後にもやっているんだな」
「尾緒神、知らなかったのか?」
「部活動もやっていないし、放課後はあまり学校には残らないからな」
「ふぅん。そうだったのか」
「なんだ、自分は違うみたいな言い方だな」
「まあ、私はたまに、な」
言葉の途中で、赤堂さんは会話をやめて食堂の中へと入っていく。購買の店員さんへと話しかけに行ったようだ。
「すみません、今、この挑戦状を解いているんですけど、1年2組の将河辺さんから何か受け取っていたりしていませんか。」
そんな赤堂さんの声を聞きながら、俺も食堂の中に入る。食堂は入り口から見て左側4分の3くらいの広さが学食のスペースになっており、キッチンの前が食事用の机や椅子が並べられる空間になっている。入って右側、残りの4分の1くらいのスペースに購買と学食を注文する券売機が配置されている。購買横の出口から出ると、自販機が置いている場所に出る。
購買の店員さんと話す赤堂さんの隣まで行くと、今日の売れ残りであろうショーケースの中身を見た。これが、今日の敗残兵か。
「将河辺さん?ごめんなさい。生徒から何かを受け取ったような覚えはないわ」
「そう、ですか。ありがとうございます」
明らかに気を落しながら赤堂さんはお礼を言う。店員さんの返事からして、キッチンの人から何かを預かっているということもなさそうだ。俺はショーケースから顔を上げ、目の前の店員さんを見る。
「この謎解きの答えが稲、みたいなのですが。キッチンの中を見せて貰うことはできませんか」
「うーん。生徒を入れることは流石にできないわね。稲ってことはお米の袋でも見ればいいのかしら。私が探してみることはできるけど、どうする?」
「お願いします。その間なのですが、俺達が食事スペースの机や椅子を探していてもいいですか」
「ええ、それは構わないわよ」
「ありがとうございます」
しめた、と思う。探している振りをして、いいところで宝が見つかったと言えば問題は解決できる。そう思い、探索を開始しようとしたところで赤堂さんに袖を掴まれた。
「尾緒神、荷物は邪魔だからこの辺において探さないか」
まずい。鞄を手放せば、宝になりそうなものを取り出すことができなくなる。
「悪いが、貴重品が入っているから自分で持っておきたい」
「そうか。それもそうだな」
少し気落ちしたような赤堂さんを見て申し訳なくなり、目を逸らす。
「手分けして探すぞ」
「お、おう」
そうして、俺達は二手に分かれた。俺は赤堂さんからできるだけ遠い位置の机を選び、机の裏やその脚に宝はないか、と探す振りをするために屈んだ。もし他にも何か見つかるようなことがあれば、宝は2つも隠されてあったんだねと言おうと決める。
さて、どんな宝がいいだろうか。一々考えるのも面倒になってきた。取り敢えず、シャーペンでいいか。そう思ったところで、どう隠されていたと説明するべきかという疑問が浮かぶ。仮にシャーペンが隠されていたとして、どこにどう隠していたというのだろうか。単に机の裏に貼り付けられてあったと考えるべきか。しかし、そうだとしたらシャーペンを貼り付けてあったものを用意できない。ガムテープも、セロハンテープも、俺の筆箱には入っていない。スティックのりの粘着力で、机や椅子にシャーペンを貼り付けることは可能だろうか。
もし、赤堂さんに宝物の偽造がバレたら意味がない。どうやって隠されてあったの?と聞かれた時に説明出来ないような隠され方を偽造するのは辞めるべきだ。
「尾緒神?」
「わっ。いたっ。」
「だ、大丈夫か。尾緒神」
隠し事をしたい相手に、しかもその隠し事を実行しようとしているときに、急に後ろからその相手に話しかけられて驚く。自分が机の下に潜り込んでいたことを忘れていて、驚いた勢いで頭を机裏に打つけてしまった。たまらずその場にあぐらをかいて座り、自分の頭を撫でる。
「あ、赤堂さん?まさか、宝物が見つかったのか」
「いや、見つかってないけど。そっちこそどうしたんだよ。シャーペンなんて見つめて」
「え、あ、ああ。これは、別に」
転がったシャーペンを回収し、どう誤魔化そうかと迷って口ごもる。頭上の痛みで上手い言い訳が思いつかない。赤堂さんは肩の方から俺の手の中を覗き込んで来て。
「分かったぞ、宝を探すために必要な機能があるんだろ」
黄色い声が聞こえる。うん。赤堂さんが好きそうな使い方だ。でも、そんな使い方は想定していない。
「いや、悪いが違う。メモをしようと思って取り出したんだが、探しながらだったから何を書けばいいのかを忘れてしまってな。少し考えていたんだ」
「なんだ、そうだったのか。だからじっと見つめていたんだな」
赤堂さんが俺の肩口から顔を離す。一体いつから、彼女に見られていたのだろうか。もっと慎重に動かなければ。
「あ、そうだ。さっき借りたシャーペン、まだ返してなかったな」
赤堂さんは体操着のズボンのポケットからそれを取り出すと、俺に返してくれる。それを受け取り、俺達は食堂内での探索を再開する。赤堂さんが俺に近い場所でそれを再開したから、宝を隠すのは彼女との距離が少し離れてからだと考える。
しかし、実際にそのチャンスが訪れたとき。あれ、もうシャーペンは使えなくないか。これを宝っていったら俺が今隠したことがバレないか。ということに気が付いた。
次の案を何か考えようとして、キッチンの方から購買の店員さんが顔を出した。つまるところ、タイムリミットが来てしまったのだ。
「ごめんなさい。お米袋の中やその周辺から何かが見つかることはなかったわ」
俺と赤堂さんは、2人並んで食堂の外に立っていた。申し訳なさそうにしていた店員さんにはお礼を言い、もう少しだけ食堂の中を探したが、結局何も見つからなかった。親切な方で、店員さんを含めた三人で食卓を探りはじめたため、見つけたと言いにくくなってしまっていた。
……。どうしよう。
頭を抱えたくなったが、それは我慢する。俺は自販機の側面に背を預けながら、まるで何かを考えているかのように前髪を軽く撫で付けていた。俺の横では、赤堂さんが顎に手を置いている。しかしそのままでは何も思いつかないと思ったのか、彼女は辺りをキョロキョロと見回し始めた。どうやら彼女自身、もう一度謎を解く気になってくれているようではあるようだ。
少しは元気を取り戻してくれたかな。
その様子に、どこか心に落ち着きを取り戻す。そういえば、前の時も赤堂さんはこうして、何かのヒントを探すために辺りを見回していたっけな。あの時は確か本が――。なんて感傷に浸っていると
「あっ」
と、赤堂さんが言う。そちらの方で何か気づきがあったみたいだ。
「何か分かったのか?」
「あれ、お米」
赤道さんはそう言って、自販機に指先を向ける。何を指しているのかと思ってそちらに目をやると、そこには缶類の飲み物が並んでいた。自販機の隅に並べられた、季節外れのあたたかい商品には、「おしるこ」と「米麹甘酒」が並んでいる。
このクソ暑い時期にどうしてそんなものが売られて。いや、そういえば変なラインナップの自販機があると風の噂で聞いたことがある気がする。これが、そうなのか。
気づいた時には、赤堂さんはお金を入れていた。ガコンと音がして、甘酒が下の排出口に落ちる。赤堂さんは買ったそれを取り出すと、缶の周りを念入りにチェックし始めた。
「いや、流石に商品に宝を仕込むことなんてできないだろ。業者じゃないんだし」
ともすれば甘酒こそが宝ではないかと思ったが、『宝隠しけり』という挑戦状の言葉を思い出して違うと思い留まった。宝は差出人の手によって隠されたものであり、回収できるものなのだ。そこを突っ込まれたら、俺には言い返せない。
赤堂さんは言う。
「でも、次に繋がるヒントはあるかもしれない。文字列とか、今までみたいな言い換えとか」
ふむ。それはそうかもしれない。でも、米麹甘酒の言い換えってなんだ。顎に手を置いてみようとしたところで、「うぐぅ」と赤堂さんから不服の声が漏れる。
「わかんない。尾緒神、そっちは?」
「こっちもまだ、なんとも」
「行き詰まったか」
その判断を下すのにはまだ早いと思うが、だからといって何か思いついている訳でもないので黙る。すると、胸にあたたかい何かを押し付けられた。
「あ、赤堂さん?」
「私、米麹甘酒は苦手なんだ。だから、やる」
「悪いが、俺も米麹甘酒は」
「大丈夫!酒っていっても、これはアルコールが入ってないやつだから」
「そんなことは分かっ」
「尾緒神!頼む!」
米麹甘酒を俺に押し付けたまま赤堂さんが片手でごめんとポーズを取る。
当然、断ろうとしたのだが。「気にすんな」なんて言葉で、俺の悩みを和らげてくれた“友達”がなんだってぇ~?と俺の中の悪魔が耳元で囁いて否定する言葉を呑み込まされる。
「う、うぐぅ」
今度は俺が、不服の声を出す番であった。
缶の蓋を開け、仕方なくちびちびと米麹甘酒を口に付ける。個人的にはあまり好きな味ではない。それに、暑い。とても7月に飲むような代物じゃないな。これは。
屈んで飲む俺の隣で、赤堂さんも屈む。
「どうだ?」
「暑い」
「だろうな。味は?」
「俺は、あんまり好きじゃないな」
缶の開け口を見ながら、一気に飲んでしまおうかと悩む。ところで、隣でニヤついている赤堂さんに少し腹が立つのだが。
「嬉しそうだな」
「ああ。ちょっと面白くて」
「さいでっか」
まあ、挑戦状の答えが『ない』と判明した時の落ち込んだ表情に比べればましか。そう思いながら一気に米麹甘酒を喉に流し込む。その様子を見ながら赤堂さんはうげっと舌を出した。立ち上がって、空き缶になったそれを、反対側の自販機の側面にある缶用のゴミ箱の中に捨てる。一気に甘味を流し込んだせいか、甘さで気持ち悪くなった俺はそのままゴミ箱の奥の壁へともたれ掛かった。
「大丈夫か~。尾緒神」
「甘さにやられた。一気飲みするもんじゃないな」
「はは。そりゃそうだろ」
「まあ。少しすれば、だいじょ」
「尾緒神?」
壁にもたれたまま、赤堂さんの方を見ようとしたとき。不意に自販機の裏で何かが揺らめいた気がした。コンクリートの壁と自販機の間に、何かある。普段は気にならないようなものだが、今日に限っては違った。
奇跡でも、起こったかもしれない。
「なあ、赤堂さん。自販機の裏に貼り付けられている紙があったら、どう思う?」
「え?」
瞬間、赤堂さんが俺の腹の内に潜り込んだ。俺の前で、同じ様に自販機の裏を覗く。
「なんかあるな、尾緒神」
「ああ、そうだな」
二人して同時に壁から離れる。そして自販機の正面に回り、紙が貼られてあるだろう自販機を見る。それは、先程赤堂さんが『米麹甘酒』を買った自販機で。
俺達は目を合わせた。そして、その紙が届きそうな方に回って紙に向かって手を伸ばす。その役割は赤堂さんに任せた。二人でやっても暑いだけだ。
「取った!尾緒神、取ったぞ!」
俺の体操服の3分の1くらいを埃まみれにさせながら、赤堂さんが紙を引き抜いた。紙はテープを輪っかにして両面テープのようにして貼られていたようだ。紙の裏側に輪になったテープがくっついてある。
赤堂さんがその紙を裏返すと。
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あばずれ
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大きな文字で、乱暴に書かれた文字が目に飛び込んで来た。
しょうもな。小学生の悪口かよ。そう思う。しかし、直ぐに考えを改めることになる。
「なに、これ」
そんな呟きを赤堂さんがする。
どんな言葉でも、人によっては深く刺さる。赤堂さんの背景は知らないが、彼女にとってその言葉は、簡単に流せるようなものではないらしい。
何かトラウマを刺激されたのか。赤堂さんの瞳と表情は再度色を失っていく。
どうして、こうなる。俺達はただ、挑戦状の謎解きを楽しみたかっ……。
違う。何かのせいにするな。自分でなんとかしろ。
俺は思考する。この結末をねじ曲げるために。