第5話
「これは、稲のことじゃないか。」
人差し指を上げながら、不器用になっているかもしれない笑みを浮かべる。暗い顔のまま話しをするのはどうかと思ったからだ。赤堂さんはそのことには触れずに、どういうことだと目線で続きを促してくる。俺の手は震えていた。
「これまでの謎も、コガナとか、一字とか。ちょっと捻って意味を変えるものが多かったと思うんだが、今回もそうだと思うんだ。」
流石にこじつけが過ぎるとは思う。しかし、こうでも考えないとこの謎は続けられない。無理矢理でもいい。今はとにかく続けなければ。
自分が好きなことで誘われて、わざわざ放課後まで待たされて。散々期待させておきながら、そんなものはありません。残念、無駄足だったね。なんて終わり方を赤堂さんにさせてはいけない。前回があったかどうかは知らないが、今回も馬鹿にされたんだ。なんて思わせてはいけない。
今回における最悪の終わり方はそれだ。だったら、どうしたらその終わり方にならなずに終わらせることができるのか。
「『ない』が『稲』ってどういうことだよ」
不服そうな顔をして赤堂さんが聞いてくる。
「文字を逆転させるんだ。『ない』の2文字を反対から読むと、『いな』になる。稲作っていうだろ。稲は稲とも読めるんだよ。」
小学生の頃、帰り道のおじさんが稲の言葉をなまらせて稲と呼んでいた。いな、が稲を表すこともある。そんなことをこのタイミングで思い出したのは、ただの偶然だった。
これで、なんとか納得してくれ。
俺にとっては最早、それが本当にこの挑戦状の答えであるかどうか、なんてどうでもよかった。真面目に解いた結果が、赤堂さんを傷つけるものであるのなら、その結果を無理矢理ねじ曲げるだけだ。この考えが正攻法である可能性は頭の片隅に置きつつ、宝を此方で偽造する案も考えておく。宝の偽造という形で、結果的に赤堂さんに嘘をついても構わない。俺は、そういうあくどい人間である。落ち込んだ赤堂さんに寄り添い、言葉で励ませるような人間ではない。辛いね。悲しいね。俺は君のことをちゃんと分かってるからね。なんて言葉を使える人間じゃない。
俺には、こういうやり方しか出来ない。
緊張する俺を前に、赤堂さんは少し不服そうにして言う。
「でも、稲って場所じゃないよな。この学校には田んぼもないし。稲のあるところに宝が隠されてるって言われても」
言葉の途中で、何か思い当たるところがあったのか赤堂さんは口を閉ざす。赤堂さんの考えていることはなんとなく分かる気がした。稲とはいわばお米、食べ物だ。食材なら、あそこにあるではないかと、きっとそう思っていることだろう。
「そこは、素直に食堂にでも行けばいいんじゃないか」
「……。そう、だな。」
呟きながら、少し呆然とする赤堂さんの頬を手の甲で軽くぺちぺちと叩く。
「ほら、行くぞ。」
「お、おう。」
じゃあ、本当に私の勘違いだったのか。そんな呟きをする赤堂さんを背に、俺は歩き出す。後ろから赤堂さんがついて来る足音を確認しながら、これからどうするべきかと真面目に第二案を企む。
このまま赤堂さんと行動すれば、俺に宝を隠す機会がない。
まさか、本人の前で堂々と隠す訳にもいかない。あくまでも、この挑戦状を書いた人が仕込んだ宝だと思われないといけない。どうする。どうやって仕掛ける。
そもそも、何を隠せばいい。シャー芯か、消しゴムか。
本格的にやるのなら、挑戦状の差出人の趣味趣向などまで掴むべきだが、その過程は省略する。そんなことをする時間はない。制限時間は今日、彼女を帰すまでである。
その時間の中で、俺に出来ることをしなければならない。
食堂に辿り着くまでの間では、名案は浮かばなかった。
奇跡的に何かが見つかれば、それはそれで無問題だが、それにはあまり期待しない方がいいだろう。
挑戦状の内容が「ない」では終わらない可能性も、俺は信じてなどいなかった。
さて。どうする、俺。