第3話:家族の真実
「そんな……」
クロエは震える手を伸ばした。
「お母様……」
その手をリンジーがすげなく払う。
すっとリンジーの顔から笑みが消えた。
「だってあんたは、ウチの子じゃないんだから!!」
「え……?」
クロエは耳を疑った。
(今、なんて?)
歯を剥くようにして、リンジーが叫ぶ。
「あんたはねえ、頼まれて引き取った子なのよ! 私の子じゃないの!!」
「おい、おまえ――」
「あなたは黙ってて! ああそうよ、私は嫌だったのに!」
リンジーが堰を切ったように話し出す。
「あんただけ髪の色が違うの、おかしいと思わなかった?」
「あ……」
クロエは漆黒の髪に手を触れた。
こちらを見る三人は、皆明るい金色の髪をしている。
昔からずっと気になっていた。
なぜ家族のなかで自分だけ、こんなにも髪色が違うのかと。
「ちょうどマデリーンを産んだばかりの私の所に話が来たの。一緒に双子として育ててほしいって。村人は誰も知らないわ。密約を交わしたの。父に頼まれて――逆らえなかった!」
初めて聞く話にクロエは頭がくらくらしてきた。
(私たち……双子じゃなかった? 確かに全然似てない……そっか、私に巫女の力がないのは血が繋がっていないから……)
理解すればするほど、腑に落ちることばかりだ。
残念ながら疑問を呈する気もおきない。
(私……養女だったんだ……)
リンジーがふふっと小さく笑った。
どこか虚ろな、投げやりな笑みだった。
「でも、もらったお金ももうなくなった。もうあんたを育てる義理はない」
リンジーがマデリーンをしっかと抱き寄せる。
「この子は渡さない。あんたが花嫁として辺境伯の所に行くのよ!」
リンジーの最後通牒に、殴られたかのような衝撃がクロエを襲った。
これまで百人を越える女性が帰ってこなかった、恐ろしい男の城。
魔術の生贄にされた女性たちがどんなひどい目に遭い、苦痛を受けて死んでいったのか考えるだけでも恐ろしい。
「許してください、行きたくないです!」
クロエは必死で手を合わせ、声を震わせた。
だが、リンジーはすげなく突き放す。
「今まで育ててやったのよ? 恩を返しなさい!」
「お、お願いします!」
「うるさい! もう他に手立てはないのよ!」
逃げようとしたクロエの髪がつかまれる。
「どこに行くつもり!!」
「いたっ!!」
リンジーが顔をしかめる。
「ああ、気持ちの悪い黒い髪! 闇の色よ! 生贄にぴったりじゃない!」
「お、お父様……」
すがるような視線をノアに向けたが、気まずそうにそらされる。
ここに誰も味方はいない。
(そう、私は家族じゃないもの……)
クロエの体から力が抜けていく。
「あなた! それでいいわね!?」
リンジーの念押しに、ノアが小さくうなずいた。
「ああ。花嫁がクロエに代わったことは私から皆に話す。すまない……クロエ」
呆然としているうちにクロエは縄で縛られた。
大事な生贄だ。
絶対に逃がさないという意志が感じられる。
「馬車を用意させろ。人も集めるんだ。御者と見張り……四人必要だ」
父の言葉にクロエは息を呑んだ。
すぐさま辺境へと向かわせるつもりだ。
(そうよね……ただでさえ期日に遅れているもの……)
一刻も早く花嫁を届けなくてはという焦りをひしひしと感じる。
(もう、私のことなんて誰も気にしてない。あっさり切り捨てられた……)
「クロエ、こっちに来て着替えなさい!」
リンジーが苛立った様子で手招きしてくる。
「ほら! 着替えて!」
「……っ」
乱暴に差し出されたのは、雪のように真っ白いドレスだった。
幸せな花嫁が着るはずの美しい純白のドレスを目にし、クロエは視界が涙でにじむのを感じた。
(好きな人との結婚で着たかったな……)
言われるがままドレスに着替えて部屋を出ると、父が廊下で待っていた。
「……何か持っていくものはあるか?」
決して目を合わせず、ノアがぽつりと尋ねる。
「鉢植えを……持っていきたいです」
森で見つけた綺麗な花を大事に育ててきた。
花はつぼみが膨らみ、今にも咲き出しそうだ。
(せめて最後に花が咲くのを見届けたい……)
クロエは今や、その花だけが自分の家族のように感じていた。
「……」
渡された鉢植えを手にし、クロエは外に出た。
屋敷の周囲には、噂を聞いて集まってきた村民たちが集まっていた。
村民たちがざわめくなか、クロエは馬車へと向かう。
「ええっ、マデリーン様じゃなくてクロエ様が代わりに?」
「実の子じゃなかったんだって!」
「道理で……双子なのに似ていないと思ったら……」
「でもその方が……マデリーン様がいないと巫女の役目が……」
村民たちはクロエに同情の視線を送りつつ、どこか安堵の表情を浮かべていた。
村の平穏を守るためには仕方の無いことだ、と誰もが感じているのがわかる。
クロエは救いを求めて村民たちを見た。
皆、気まずそうに目をそらす。
(誰も私に手を差し伸べてくれる人はいない……当然よね)
クロエは絶望のなか、馬車へと乗り込んだ。
そして半日かけて、荒涼とした辺境伯の領地に着いた。