第18話:王宮
思わず叫んでしまったクロエに、廊下を歩いていた城女中たちの視線が集中する。
クロエは慌てて手を口で塞いだ。
「そ、そんな、王宮って……本当ですか?」
王都に行くとは聞いていたが、王宮の中に入るなど聞いていなかったクロエは動揺を隠せない。
エイデンがこらえきれないように、手を口に当てる。
「すまない……その反応が見たくて、あえて黙っていた……」
笑いを堪えているのか、エイデンの肩が揺れている。
「ひどいです! 心の準備が!」
「悪い……でも、見たかったんだ、その顔を」
笑いすぎて涙が出たのか、エイデンが目の端をこする。
「んん……どうした?」
ぽろぽろと涙をこぼすクロエに、エイデンがぎょっとした表情になった。
「び、びっくりしてしまって……」
「そうか! そうだな! すまない! 驚かそうと思ってしまって、やりすぎた……」
エイデンがおろおろと手を上下させる。
いつも落ち着いているエイデンが慌てる様がおかしくて、クロエはつい微笑んでしまった。
ホッとしたようにエイデンが肩を落とす。
「この詫びはちゃんとする。すまなかった……」
エイデンが心底反省しているかのように肩を落とす。
「エイデン?」
金色の髪をした長身の男性が、足を止めてこちらを見ている。
「アルバート兄上!!」
「は?」
(兄上って……つまり、王子様ってこと?)
王宮に王子がいるのは当たり前だが、クロエは硬直してしまった。
エイデンには慣れたものの、本来王族など遠くから拝謁するようなはるか高みの存在だ。
こんな間近で出会って平静を保てというのが無理な話だ。
「クロエ、アルバート兄上だ。第5王子で、俺と同じく正妃が母親だ」
「あっ、はあ……」
すべての言葉が上滑りしていく。
知識としては知っている。
レオナルド現王には正妃がいて、側室は確か三人か四人。
それぞれ王子がいて、正妃には四人子どもがいる。
「こちらはクロエ。彼女は俺の婚約者だ」
「!!」
事前に承諾していたとはいえ、実際に紹介されると心臓に悪い。
(お、王族の婚約者だなんて……本当にいいのかしら)
アルバートがぎょっとしたように目を見開く。
「えっ、おまえ婚約したの!? だって、先月辺境に行ったばかりだろ? ノースフェルドで出会ったのか!? おまえ、恋人いなかったよな?」
動揺しているアルバートをエイデンが楽しげに見つめる。
どうやら王宮に戻って、本来の自分らしさを取り戻したようだ。
(きっと、いたずらっ子だったのね……)
「そう、会ったばかりだが彼女に夢中でね。婚約を申し込んだ」
形式だけのものとわかっていても、そう言われて悪い気はしない。
エイデンが軽く目配せしてくる。
クロエはすっと息を吸い、落ち着いた笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかります。クロエと申します。以後お見知りおきを」
クロエは丁寧に頭を下げ、ドレスの端をつまんだ。
「あっ、ああ、よろしく……ってええ!? おまえ絶対結婚なんかしない、って言ってただろ!?」
「えっ……」
クロエは驚いてエイデンを見上げた。
王族は当たり前のように結婚するものだと思っていた。
どういうことだろう。
「……」
望まぬ話題だったようで、エイデンが顔をしかめている。
「まあね。クロエに会って気が変わったんだ。……じゃあ、俺たち用事があるから」
「は? おい、もっと詳しく……って、俺も今から予算会議だ。いいか、後で絶対に詳しく聞かせろよ!」
「はいはい」
エイデンが軽く手を振り、足早に廊下を進む。
クロエは慌ててその後をついていった。