第13話:安らぎ
入り口が大きく開いた食堂に、エイデンの肘につかまりながらクロエは足を踏み入れた。
食堂は昼時とあって混み合っていた。
賑やかな話し声や食事を楽しむ音がそこかしこでする。
「あそこのテーブルが空いているな」
隅のテーブルに陣取ると、二人は壁にかかっている黒板を見た。
「今食べられる食事は三種類か。私は鴨肉のサンドイッチにする。前に食べたとき美味しかった」
「じゃ、じゃあ、私もそれで!」
注文すると、あっという間に運ばれてくる。
大ぶりのサンドイッチを口にしたクロエは、その美味しさに驚愕した。
「お肉が柔らかい……! ニンジンのサラダとよく合う……! パンも香ばしくて美味しい!」
「気に入ったか。よかった」
エイデンもお腹が空いていたようで、サンドイッチをぺろりと平らげる。
食後の紅茶を飲んで一息つくと、客や店員の視線がエイデンに集まっていることに気づいた。
長身で整った顔立ち、輝く金色の髪という目立つ外見もさながら、まとっている優雅で高貴な空気が圧倒的に他者とかけ離れている。
そこだけ、王宮にいるようなのだ。
特に若い女の子たちがうっとり見つめている。
(そうだよね。王子様だもの……他の人と全然違う)
エイデン本人は視線に気づいていないのか、もしくは注目を浴びるのに慣れているのか、まったく気にせずに紅茶を飲んでいる。
悠然とした様子に、クロエはまた見惚れてしまう。
エイデンのそばにいれば、まったく不安がない。何も怖くない。
いつも怯えて暮らしていたクロエにとって、それは新鮮な感覚だった。
(私……やっぱりこの人といたい。エイデン様といるとどこにいても安らげる……)
見知らぬ大勢の人たちに囲まれながらも、クロエは不思議な安心感に包まれていた。
「さて、花を見に行くか」
「はい!」
食堂を出て町を歩いていると、園芸店を見つけた。
店先で花を整えている女性の店員に声をかける。
「あの、花の苗はありますか?」
「ああ。何がほしいの?」
髪を後ろにひとまとめにした店員が、気さくに尋ねてくる。
「できればスイートアリッサムの苗が欲しいんですけど」
スイートアリッサムは一年中白い小花をつけてくれる匍匐性の植物、いゆわるグランドカバープランツの一種だ。
「ああ、地面に敷き詰めるタイプがほしいのね? 青や黄色、紫の花もあるけど」
「それもぜひ!」
勢い込んだクロエだったが、今更ながら手持ちがないことに気づいた。
「あのっ、エイデン様!」
慌てて振り向くと、背後にいたエイデンが上等そうな財布を取り出す。
「この子が欲しいものを全部くれ」
「わかりました!」
上客と気づいた店員の顔が笑顔になる。
どっさり花の苗を両手に持った二人に、ケランが駆け寄ってきた。
「エイデン様、レンガの手配が整いました。とりあえず百個、明日城に届けてくれるそうです」
「そうか。これから園芸道具を買いにいく。ついてきてくれ」
「はい」
近くにある道具店で必要なものをすべて揃え、三人は馬車へと戻った。
「なんとか馬車に積めそうだな」
「こんなに買うなら、荷台つきの馬車で来たほうがよかったですね。乗り心地は悪いですけど」
そう言いながら、ケランが御者台に上る。
馬車に揺られながら、クロエたちは帰路についた。
「クロエ、町はどうった?」
「すごく楽しかったです!」
掛け値無しの本音だった。
「そうか、やっぱり、ああいう賑やかな場所が好きなのだな」
何やら勘違いしているエイデンが、一人納得したかのようにつぶやく。
「他の娘たちも、町に連れていくと喜んでいた」
「いえ……エイデン様と一緒に買い物したり、ご飯を食べるのが楽しかったんです!」
思わず大きな声を出してしまい、クロエは真っ赤になってうつむいた。
「そうか……」
あまりに恥ずかしく、エイデンがどんな表情をしていたのかとても見ることができなかった。
そのまま沈黙が流れたが、不思議と気詰まりではなかった。
クロエはゆったりと馬車の揺れに身を任せた。