〜出会い〜
ドラゴンに性別があるのか。それは俺は知らない。だが、俺は前世でも人間だったし、一人の男だった。いや、雄だったと言ってもいいかも知れない。まあ生物学上、この世界に生物学なんてあるのか知らないが雄か雌かでいえば雄だったのだ。勿論今もそうだ。最近は多様性の時代だが____。
前置きはいいだろう。俺は今、抱きついている。背中から。必然、手は胸のあたり、というか胸に行き着くのだ。それが雄と言うものなのだ。生物学上、当然のことなのだ。この世界に生物学なんて___(以下略
とにかく、柔らかい、この至高の逸品だ。逃れることなんてできやしない。少し力を入れれば、それに応えるかのように僅かな跳ね返りを返してくれる。それは宛ら魔法のようで、揉む度に違った感触が返ってくる。その揺らぎは例えるならそう、炎の煌めきに_____
「何してんだコラぁ!」
右エルボーだ。セリスの右肘は的確に俺のこめかみを捉えていた。瞬時に硬化魔法を頭に使っていなかったら、頭がぺしゃんこになっていたかも知れない。ぺしゃんこにはならずとも脳震盪か何かで、致命的な一撃になっていたことは間違いない。とはいえ、俺の行動は社会的には致命的だったようだ。
「・・・はあ。あのさ、私をそう言う目で見てるならそう言ってくれる? 分かりにくいから。」
「・・・はい。すみません。」
別にそう言う目で見てるわけじゃないんだからね!と時代遅れな脳内ツンデレが叫んでいたが、まあ言い訳できる状況ではなかった。寝ぼけていたとはいえ、起こったことは起こったこと。事実は事実。ファクトはファクトなのだ。
「・・・そんなに素直に認められても、困るわけだけれど、、、。」
何やらバツが悪そうにしているセリスだったが、元気そうで何よりだ。俺の息子もそれなりに元気だったのだが、今は身の危険を察知し、なりを潜めている。
何はともあれ、昨日あんなことがあったばかりだ。ドラゴンに殺されかけた。今でも夢なんじゃないかと思わなくもないが、腹に残った感覚を思い出せばあれが現実なんだと否応もなく感じ取らされる。何より、自分がドラゴンであると言う事実が、ドラゴンという存在そのものの現実性を高めてしまっている。とにかく早く帰ろう。俺には田舎の村でゆっくりと暮らすのが性に合っているのだ。
「まあ、起きたなら、早く帰ろう。」
「・・そうね。」
俺の意図するところを与したのか、セリスは意外にもすんなりと納得してくれた。
帰りの道中。
「やあ、こんにちは。」
見知らぬ少女が俺たちの前に立っていた。やや青みがかった髪をサイドテールにまとめ、白と紺色の衣装を身に纏っている。魔法使いらしい帽子もかぶっている。
「・・・この辺の人間じゃないわね。誰よアンタ。」
昨日死にかけた人間とは思えない怒気を台詞に込め、セリスは護身用の短剣を抜き去り少女を指す。
「んーっと、、、隠居中の魔法使いってとこかなぁ。」
どこかで聞いたような嘘、もとい発言だが、まあ、この世界ではそういうこともあるんだろう。ないと困る。主に俺が。
「その隠居中の魔法使い様が俺達に一体なんのようですか。」
やや邪険な言い方になってしまったが、正直言って怪しい。こんな何もないところで女の子が一人、見たところ15歳にも満たない年齢のようだ。13歳程度といったところか。成人していない女の子がぶらつくような場所ではないのだ。もっといえば、成人もしていないような女の子が隠居して放浪の旅をしているとは思いっきり考えにくい。
「いやね、君に・・・いや、君たちに興味が湧いてね。声を掛けることにしたんだよ。」
意味不明だ。
「はっ! 怪しいわね! まさか魔物か何かかしら?」
「失礼な! 僕をあんな低俗なものと一緒にしないで頂きたい!」
「どうだか!」
セリスはそう言いながら俺に目をくばせる。「どうする?」という疑問が目線に含まれている。
まあ、でも隠居中の魔法使いが俺以外にもいるというなら、俺という存在の、隠居中の魔法使いという存在の確実性が高まるということもあるかも知れない。だがまずは___
「どこに向かうつもりだ。」
目的の確認からだ。
「・・そうだね、今は隠居中とはいえ、旅をしている最中さ。できれば今晩泊めてくれるところを探していてね。」
そういうことなら話は早い。
「俺たちの村まで案内しよう。」
「はぁ!?」
セリスは素っ頓狂な声を上げていた。
「まずは、、、差し当たり、、、名前を聞いてもいいかな。」
俺は歩きながら尋ねる。俺が怪しげな魔法少女と並んで歩き、セリスは俺達二人の後ろについてくる形だ。
「そうだね。僕の名前は、リオスだ。いい名前だろう?」
そう言ってやや青みがかった髪を靡かせる。
いい名前かどうかは置いておいて、この質問をぶつけねばなるまい。
「___姓は、なんだ?」
彼女は笑みを絶やさない。
「__エレクさ。エレク・リオス。いい名前だろう? わかりやすくて。」
何がわかりやすいというのか、いまいち腑に落ちないところだが___
「・・・ふんっ」
セリスはややご機嫌斜めだ。そんなに戦いたかったのかい?
「魔法使いってのは、隠居なんてするものなのか?」
「そっくりそのまま、その言葉をお返しするよ。」
おかしいな、俺が隠居中の魔法使いだなんてまだ教えてないんだけどな。新手のストーカーかな。
まあでも素直に、この魔法使いの言葉を信じるのであれば、旅をしているただの魔法使いだ。こちらに害をなさないのであれば問題はない。旅をしている最中だということだし。数日もすれば関わりはなくなる、その程度の間柄に収まるだろう。何やら嫌な予感もしなくもないが、これはただの予感。99パーセントの心配事は実際には起こらないと何処かで聞いたことがある。裏を返せば1パーセントは実際に起こりうるということだと俺は思う。
村に戻ってきた。すっかり夕方になってしまった。約二日ぶりのエルデン村だ。俺の家は村の中心からやや離れたところにある。離れたところにあるのでやや大きめに家を作ることができた。前世の家で言えば5LDK、風呂トイレ別、二階建だ。前世じゃ建てるのだけで一苦労だが、この世界には魔法という便利なもんがある。細かい設備を整えるのに時間はかかったが、あっという間だった。あぁ、素晴らしきかな魔法。なんと言っても無料、無料なのだ。しかも固定資産税なんていう煩わしい概念は存在していない。ただ程怖いものはないとうが、この世界ではその常識は通用しない。
「ここが君の家なのかい?」
「あぁ、そう___」
「そうよ!」
何故かセリスが俺の代わりに答えた。君はいつから俺と同棲し始めたのかな。
「君には聞いていないよ、君だよ、君。リヴァイ。」
リオスの身長は150センチ程度だろうか。俺を見上げる形になる。
「あぁ、そうだ。ここが俺の家だ。」
俺は更に自分の家を見上げる。我ながら良くできた家だ。こういうのを前世では中世ヨーロッパ風って言うのか。まあ周りの家を見様見真似で作ったわけだから、中世ヨーロッパ風になるのは当たり前なんだけれども。
「じゃあここに今夜は泊めてもらうことにしよう。」
「はい?」
____良くも悪くもこの世界では常識は通用しない、良くも悪くもだ。
「・・・それで、なんでセリスまでいるのかな?」
風呂を済ませ、風魔法を使ってドライヤーのように髪を乾かしながらセリスは言う。
「だって、女の子一人。アンタの家に置いてけないでしょ? 危ないし・・・。」
「危ないってお前・・・」
失礼だ。俺に幼女趣味はないんだ。勘弁してくれ。
「というか、、、そもそも、お前がここに泊まるなんて言い出さなければこんなことには___」
「もう『お前』呼びか? 出会って初日だというのに、全く、君は女の子との距離の詰め方ってもんを知らんようだな。」
リオスも風呂上がりだ。俺のバスタオルを我が物顔で使っている。君は一体いつから俺と同棲を始めたのかな。
「・・・問題そこじゃない。辺鄙な村といえど、宿舎だって一応あるんだ。この村には___」
「はぁ、しょうがないじゃないか。僕は一文無しなんだ。泊まる場所があってもない袖は振れないんだよ。」
「じゃあ、金は俺が工面するから___。」
「もうお風呂入っちゃったもん!」
肝心なところで子供のいじらしい部分を出すのはずるいと思うんだ。まあ確かに、もう日も落ちた夜に女の子一人を外に出すというのも可哀想だ。まあ2、3日で出ていくだろう。旅の途中だということだし。
「はあ、、、」
深い溜め息が出る。不快溜め息と言っても過言ではない。
俺も風呂に入ろう。二日も風呂に入ってない。久しぶりの遠出だったので、多少なりとも疲れはあった。湯船につかってゆっくりと___。
翌朝、眩しい朝日に少し目が眩みつつも、俺に起きる元気を与えてくれる朝日と共に目が覚める。携帯のアラームなどという風流なんてものを溝に吐き捨てたようなクソに塗れた俗物による起床ではないことに、俺は感謝の念を抑えられない。ああ、神よありがとう。まさに悠々自適。こういう生活を俺は望んでいたに違いない。だが、一つ厄介な点があるとすれば、、、
「、、、っん、うん・・・。」
「、、、すぅー、、、すぅ、、、」
俺が身を起こしたことでやや寝苦しそうにしているのが、セリスだ。規則正しい寝息を立てているのはリオスだ。ちなみに右にセリス。左にリオスといった布陣になっている。最強の布陣、、いや、最凶、、、この密着度合い、これは埼京線の、、、。くだらないことに頭を使っていてもしょうがない。昨日のことを思い出そう。
セリスが俺を見張るために一緒に寝ると言い出したのが発端だ。一体何から遠ざけようというのか、全く理解ができなかったが、我輩は前科者である故、、、。
その布陣に待ったをかけたのがリオスだ。抜け駆けは良くないなどというふざけた文言を並べ、「僕も寂しいから一緒に寝る!」と言い出した。にやけづらを湛えつつその発言をしたことを俺は見逃していない。とにかく最終的には三人川の字になって寝ることを渋々了承したのだった。
左にいるリオスに目を向ける。規則正しい寝息を立て、眠り続けている。なんでこんなことになったんだか。見た目は幼いが、端正な顔立ち、所謂整った顔立ちをしている。目を瞑っていると、宛ら眠れる森のお姫様といった様子だ。
「___なんだ。手を出さないのか? この意気地なしめ。」
目を瞑ったまま、リオスが口を開く。なんだコイツ、起きていたのか、、、。
「生憎、俺に幼女趣味はないんでな。」
俺はあらぬ疑いをかけられる前に戦線を離脱、もといベットからはいでる。その動きでセリスの方も目を覚ましたようだ。
「あら。今日は、何もしないのね。」
「あれは、事故だ。」
そうあれは事故だ。冤罪だ。いや冤罪ではないか。すみませんでした。
朝食を済ませ。村を歩く。
「・・・ほう、こんな風になっているのか。 これはなかなか、、、」
リオスは興味津々と言った様子で村の方々を眺めている。何故、この少女とデートする羽目になっているのかというとこの少女が村を案内して欲しいと俺に宣ったからだ。まあ対してやることもないので付き合ってやることにした。やることといえばエレクトロスベアの討伐の報酬を受け取りに行くくらいなものだ。セリスはといえば、一度家に帰るそうで眠そうな目を擦りながら帰って行った。ちなみに俺の作った朝食はしっかりと食べて行った。
都会から来たのだろうか、物珍しそうにリオスは辺りを見物している。
「、、、そんなに珍しいか? この村は?」
「そうだねえ。僕は山育ちだからねえ。」
山育ち、か、、、。ここよりも更に田舎ということか?あまり想像できないが、そういうこともあるのだろう。
「ねえ、この村で一番見晴らしいのいい場所に連れて行ってくれないか?」
「・・・? まあ、いいけどさ。」
俺たちは村の近くにある小高い丘に来ていた。ここからだと村を一望できる。今日は透き通るような青空だ。見ているだけで気持ちが冴え渡るような。それに映えるように小さな村がある、風車がもっともらしく回っており、より一層、吹く風の気持ちよさを際立たせている。まるでつい最近、殺されかけたことを忘れてしまいそうな程に。
「お前は何故___人間の味方をしている?」
そういえば最近、同じことを誰かに聞かれた気がする。そう、あの雷鳴を轟かせるドラゴンに。
「・・・・は?」
リオスは何事もなかったように続ける。
「僕らドラゴンに仇なす人間の味方を、何故しているのか、と。そう尋ねたんだ、ねえリヴァイ。」
こいつは何を言ってるんだ。俺がドラゴンだと見抜いたのか?見抜かれたとしたら、何故___。
「お前も気付いているんだろう? 僕がドラゴンだということに。」
風が吹いていた。今度は気持ちよくは感じられなかった。