〜目覚め〜
目を開けると、そこは見知らぬ場所だった。
緑豊かな森の中、草の香りが鼻をくすぐる。目の前に広がるのは澄んだ青空。鳥のさえずりが耳に心地よい。しかし、何かがおかしい。自分の体が、まるで別物のように感じられるのだ。慌てて手を動かそうとすると、巨大な爪が目に映った。
「は?」
自分の声だと認識するのにも時間がかかった。
俺は普通の人間だったはずだ。まあ普通じゃない部分もあったが、まあそれはさておき、こんな爪と鱗にまみれた人間ではなかったことは確かだ。
俺は近くに流れる川で自分の顔を覗いてみた。
ドラゴンだ。川には正真正銘のドラゴンが写っていた。
俺はドラゴンとして転生していたのだ。
俺がドラゴンとして生を受け、はや1年。
意外にもこの身体に馴染んできた。とはいっても、いつもは人間に変身している。そう、ドラゴンは人間に変身できるのだ。
辺境の森で目が覚めた俺はまずは近くの村に出向いた訳だが、まあ、誰もが想像できるだろうが、畏怖の眼差しと共に排斥された。しっかり礼儀正しく、「こんにちは、どういうわけか分かりませんが、ドラゴンなんです。」と村人に声を掛けたのだが、村人には伝わっていないのか逃げられ、その日のうちに俺のための討伐隊が出来上がる始末だった。
命からがら逃げ出し、俺は他の村へとたどり着いた。そうこの村、エルデン村に。
まああまり発展している村とは言えないが、なんとまあ長閑でのんびり暮らすにはいい村だ。
二回目の村訪問ということもあり、俺はしっかり学習していた。まずは姿形だ。色々な魔法がこの世界で使えることは、1度目に訪問した村の方にご丁寧に教わっていた。この世のものとは思えない程の獄炎に、真冬の山頂でも味わうこともできないような極寒に包まれたり、これあれば砂漠化の問題なんて解決できるでしょと言わんばかりの水。その他諸々。文字通り身を以て体験したわけだ。どういうわけか分からないが、魔法は俺にも使えるようだった。初めはなんとなくだったが、1年経った今ではだいたい想像がつくことは全て魔法で実現できるようだということがわかった。
「ようリヴァイ。」
村人に話しかけられる。こうして気安く話しかけてくれる人がいるということは、今では良好な関係を村人たちと築けているといっていいだろう。
「どうしました、カイロスさん。」
「お前もこの村に馴染んできたよなぁ。最初はあんなにおっかなびっくりって感じだったのにな!」
「やめてくださいよ、もう。でないともう家の手伝いしてあげませんよ?」
「あー、いやいや、お前の魔法の腕はこの村には必須なんだ。ほんの冗談だよ、間に受けないでくれ。」
この村に来て最初にしたことといえば、まあ何でも屋だった。村の建物の修復をしてあげたり、近くの魔物の退治だったり。まあ大半の魔物は俺の顔を見るなり逃げ出していったが。
エルデン村は世界の中心たる王都アルテリオンからかなり離れている。かなり北の方だ。そんな辺境の村に魔法使いが一体何の用で出向いたのかと、最初は村の人たちも訝しげではあったが、「隠居中の魔法使いなんです!」の一点張りで何とかなった。何とかなってしまった。我ながら意味不明な言い訳ではあったが、村の人々を助けているうちに何とかなってしまった。そもそも魔法使いって隠居すんのか? まあ、結果オーライというヤツだ。
「そういえば、最近変な噂を聞いてなあ。」
「変な噂、ですか?」
「ああ、この辺りにドラゴンが出たって話を聞いてなあ。」
「はは、何ですかそれ、ドラゴンが出たとしてもドラゴンは変身できます。ドラゴンの姿のまま見つかるわけないじゃないですか。」
「んん? そうなのか?」
「ん・・・ええ! まあ、そんな噂も聞いたことがありましてね。」
危うく墓穴を掘るところだったが、まあバレてはいないだろう。この知的なドラゴン様はこんなことでバレはしない。
「まあとにかく、ドラゴンなんてもんが出たときには、お前さんに頼むしかないだろうからな! そん時は宜しく頼まれてくれよ、うちの英雄、リヴァイさんよ!」
「はは、持ち上げすぎですよ。」
一応俺の名前はリヴァイとしておいた。性は何かと問われ、何も思い浮かばなかったので、俯き加減で苦し紛れに「捨てました・・。」と言うと村人たちは何か合点がいったのか知らないが、納得してくれた。
カイロスさんとの話を切り上げて、俺は遠征の準備を始める。ドラゴンの話と関係があるのかないのか知らないが、最近この辺りに出るはずのない魔物、エレクトロスベアが群れとなって発生しているらしい。そもそもこの魔物は群れで行動することはない。一体だけでも充分に村の脅威となりうる存在だ。そんな魔物に村人が襲われた事件があったらしい。そこで俺の出番というわけだ。
「さて、と、、、。」
「待ちなさい! リヴァイ!」
いざ出立という時に声を掛けてきたのは、狩人のリリアナ・セリス。顔立ちはやや幼く、肩口まである髪が更に幼さを際立たせてもいないような気もするが、気の強さだけは一人前だ。
「はあ、、、。」
「何よその溜め息は!」
この子は村に来た時から俺について回ってきた少々厄介な少女だ。魔法というものが物珍しいらしく、俺の使う魔法一つひとつに興味を示し、いつまにやら俺の後をついてまわる犬のようになってしまった。懐かれてしまったといってもいいかもしれない。
「私も一緒に行くわ!」
「親御さんの許可は取ったのかい。」
「取ったわ! というか私ももう成人しているのよ! そんなものは必要ないわ!」
この世界では俺が元いた世界とは違い成人は15歳のようで、15歳を越えればあとは嫁に嫁ぐなり、狩人として働くなり、好きにできるようだ。俺の常識に当てはめれば、やや、早すぎる気がしないでもないが、まあこの世界に常識なんて通用しない。なんせ俺はドラゴンなんだから。
余談ではあるが、俺の容姿は、20歳程度、赤茶色の髪を後ろ手にまとめ、身長はこの世界の平均程度、顔の造形も平均程度といった、何とも形容の仕方がないような、いで立ちにしておいた。その方が印象に残りにくいと最初に考えたからだ。ただその平均は隣村で襲われた時の兵士たちの容姿、造形を基にしたものであるからやや濃い感じになってしまったが、今更見た目をいじるわけにはいかない。色々バレたくないしね。
「ついてくるのはいいけど、身の安全は保証できないよ。」
「いいわ! リヴァイがいれば安全だもの!」
全く理由になっていない気もするが、人間頼られると悪い気はしない。人間じゃないけど。
「今回は前回みたいに簡単じゃないぞー。」
「そっちの方が面白いわ!」
そう、俺とセリスが一緒に遠征に行くのはこれが初めてではない。セリスの狩人という職業柄、魔物退治を請け負う俺とテリトリーが被ることがよくあるのだ。まあ今回はいつもより遠出することになりそうだが。
「ま、セリスがいいならいいよ。一緒に行こう。」
「やったわ!」
そういって息巻くセリスは年頃の女の子といった感じで可愛らしくもある。
夜、森で息を潜める。この辺はフレイムバットの生息地だ。一体一体はそう厄介でもない。だが奴らは集団で行動する上に、声による幻術を掛けてくる場合がある。そうなるとやや面倒だ。同士討ちや自殺、なんてことにもなりかねない。まあドラゴンである俺には効かないみたいなんですけどね。だが、セリスには効く。遠征早々、セリスを殺し合うはめになっても面白くない。ここは一気に、、、。
「面白いわ! 全部、撃ち抜く!」
「おい、待て_____」
俺が声をかけるよりも早く、セリスは弓を構え、矢をつがえていた。ひゅっという音と共に一度に3本の矢が発射される。3発とも命中だ。流石。と言いたいところではあるが、、、
「キッ!」
黒板を引っ掻いたような音がそこら中で始まった。
「おい! 逃げるぞ! 掴まれ!」
「はあ!? 逃げるなんて___」
セリスは何か言い掛けたようだが、無用な争いはごめんだ。俺はこの女の子と違って戦闘狂じゃない。
俺はセリスを抱き抱え、身体の一部だけ、変身を解く。翼の部分だけ。そうすれば空を飛べる。
「飛ぶぞ!」
実に綺麗な、夜空だった。まさか、こうして自由に空を飛べるなんて、前の世界では思っても見なかった。しかも女の子を抱きながら、、、。
「ねえ! なんで! 逃げるの!」
言葉と言葉の間に俺に蹴りが飛んでくる。暴力はよくない。まあ大して痛くもないんだけど。
「はあ、あいつは幻術を使う。俺はセリスと争いたくない。」
「そんなの! 知って! るわよ!」
相変わらず蹴りの雨は止まないが、強めに抱きしめたら止まった。
「、、、それにしても綺麗な翼ね。そんな魔法があったなんて知らなかったわ。」
「ああ、これは、変身魔法と浮遊魔法を適当に組み合わせたものでね。動きやすいんだよ。お、今夜はあそこにしよう。」
嘘をつくのにも慣れてきた。近くに寝床になりそうな空地を見つけたので今夜はそこで寝泊まりすることにする。
「あまりこっちを見ないでよね。」
俺たちは簡易的に土魔法で作り上げた、小屋の中で野宿することにした。セリスが着替えている。我がままにも風呂に入りたいと言うので、風呂まで作ってあげた。俺建築家になろうかな。ちなみに強力な結界も貼ってあるので夜間も見張り要らずだ。セリスに小屋を作ってあげるのはこれで何度目だろうか。そしてこのやりとりも何度目だろうか。
「興味ないって。」
「はあ!? 興味がないってどう言う__」
前世の俺は20歳くらいだった、と思う。性的趣向はその頃から変わってはいない。前世で照らし合わせれば、5つ下の女の子。俺が大学生だった時に小学生だった可能性のある女の子を性的対象として見るのはいかがなものかと思う。
「いやだって、子供だし、、、。」
「子供じゃないわ! ほら、胸だって、、、!」
「おい! こっち見んな!」
「はあ!? あんたがこっち見てるんじゃない!」
でもまあ、うん。男であることに変わりはないんだ。ドラゴンだけど。いや、ドラゴンにも性別はあるのか?
「相変わらず、干し肉?」
「ああ、保存に便利だからな。」
「そんなんばっかり食べてたら、いつかあなたも干し肉になっちゃうわよ。」
そういってセリスは村から持ってきたのだろう、パンを食べていた。
「パンばかり食べてると、太るらしいぞ。」
「え!? そうなの!? 確かに最近___」
適当な嘘をいって見たのだが、意外にも何か思うところがあるようで何やら自分の身体を弄っていた。
「それはそうと、前から聞こうと思っていたのだけれど、、、。」
「俺は寝るぞ、おやすみ。」
「ああ! アンタまた! そうやってはぐらかす!」
セリスとは付き合いが長い。まあといってもこの1年の中ではといった意味で。すると必然的に俺が村にくる前の話を聞かれることがある。その度に俺は誤魔化してきた。最初は丁寧にはぐらかしてきたのだが、最近は適当だ。まあセリスはあまり頭がよろしくないようなので助かっている。でもまあ、いくら頭が良くても、「実はドラゴンで転生してきたんですよ。」と話しても誰も信じてくれないだろう。寧ろ信じてくれたら頭が悪いまである。
明日はいよいよ目的のルーンフォール山に着く。問題がなければ明日の昼には麓に着くはずだ。そこでエレクトロスベアが大量発生している場所を一網打尽。後は帰れば良いだけだ。何の問題もない。エレクトロスベアって見るのは初めてだけど、食えるのかな。そんなことを考えている間に眠りに落ちた。
眠っている間に変な夢を見た気がする。ドラゴンを見た。それも、俺じゃない。眩しいような神々しいような。綺麗だ_____。
翌日、昼。俺たちは予定通りにルーンフォール山の麓まで来ていた。エレクトロスベアはあまり動きが俊敏ではない。セレスはその持ち前の弓術の精密性を生かして的確に相手の目を潰していった。相手は雷撃を含んだ爪や牙を持っているが、俊敏で遠距離からの攻撃を的確に当てるセリスにはあたりそうもない。
俺はなるべくセリスが狙っていないであろう獲物にターゲットを絞り、炎熱魔法で丸焼きにしていった。
「ああっ! もったいないじゃない! 丸焼きにしたら宝玉が取れないでしょ!」
「あー、悪い悪い。」
なんでもこエレクトロスベアからは電気の元となる宝玉が獲れるらしく、それが結構な高値で売れるらしい。まあ俺には関係のないことだから、早く終わらせて帰りたいところだ。丸焼きがダメなら氷柱で串刺しだな。
そんなこんなで危なげなくエレクトロスベアを狩り終えた。確かに一匹一匹は脅威でその爪を面と向かって受けようものなら命がいくつあっても足りないだろう。が、面と向かって受けなければ良いだけの話だ。
「今回も大漁ね!」
セリスは嬉しそうだ。ああ、やっと帰れる。と言うか、俺臭くないか。セリスと違い昨日から風呂に入っていない上に、朝から動き放しだ。いくら俺が完全無欠の龍王様だったとしても汗腺の一つ一つまで塞ぐことはできない。川があったら、そこで水浴びでもしてから帰るか、、、などと平和な帰り道を想像し、身支度をまとめて___その時だった。
「、、っぐァ!」
セリスが吹っ飛んだ。近くの木の幹に身体が打ち付けられる。俺は振り返った。そこにいたのは、、、ドラゴンだった。
俺はドラゴンだが、当然、人間として生きてきた時間の方が長い。目の前のパリッ、パリと言う雷音を立て、近づいてくるあの破壊の神と目を合わせて恐怖を感じないはずはないのだ。だが、茫然とはしてられない。セリスは口からダラダラと血を流し続けている。あの出血量。内臓の何処か潰れているに違いない。早く処置をしなければ、死ぬだろう。
「___お、__え、は____」
大型の動物が唸るような声に合わせてドラゴンが俺に向かって何か言っているような気がするが、正直、今はそれどころではない。手に魔力を込め、氷柱を生成する。ありったけの魔力を込めることで高度を最大限まで引き上げる。また回転を加えることで貫通力を引き上げる。後は、思いっきり殴るイメージで、放つ。
物理法則を完全に無視した物体が、音速を突き破る音と共にドラゴンに突き刺さ___らなかった。
まるで超高硬度の金属に当たったような音ともに俺の渾身の一撃はドラゴンの鱗に弾かれた。
そしてその巨躯からは想像もできない程、俊敏に俺に肉薄してくる。殺される、そう思った時には奴の爪が俺の腹に刺さる。同時に身体が宙に浮く感覚を味わうこととなっていた。
「__お前は何故、人の味方をしている。」
雷を司るドラゴンは俺にそう尋ねた。
「いや、俺人間だし。」
「何を言うかと思えば、世迷言を。」
あたり一面光の世界だ。でも光という割に、眩しさは感じられない。ドラゴンが上から俺を見下している。
「俺、ドラゴンになる前は人だったんだよ。」
「・・・・・。」
何故馬鹿正直に答えているのだろう、この精神世界みたいな場所はどこなんだろう、なんでこのドラゴンは喋っているのだろう。まあ俺も喋るか。思考が纏まらない。
「貴様は_____か?」
「なんだって?」
「・・・・・・・。」
ドラゴンは相変わらず、俺を見つめている。そんなに睨まれると怖いんだが。
「よかろう。だが、次はない。」
「はあ、、、。」
気づくと、俺は仰向けに寝そべっていた。腹には大きな爪痕、もとい大穴が____空いていなかった。塞がっている。確かに、あの時、あの爪で___。違う、今は。
「セリス!」
セリスは近くの木の根元でぐったりとしていた。口と腹からは血を流している。肩で息をしているところを見るとまだ生きていることがわかる。近くにあのドラゴンの影はない。
俺は髪を一本引き抜き、抉り返ったセリスの腑に押し付ける。ゔっとセリスが呻き声を上げるが気にしている場合ではない。俺の髪を依代に回復魔法を使う。みるみるうちに傷が塞がっていく。恐らく弾け飛んでいたであろう肋骨も元に戻った。しばらくセリスは苦しそうに息をしていたが、5分もすると呼吸は整ってきた。助かった___と思っていいのか?分からない。だが、とにかくここから離れないと。いつ奴が攻撃を仕掛けてくるとも限らない。
俺は翼を出し、出来るだけセリスに負担がかからないように、でもなるべく早く、昨日いた寝床に戻った。
「死ぬかと思ったわ。」
その日の夜。意外にも早くセリスは目を覚ました。だが顔色はまだ悪い。
「まだ動かない方がいい。抜けた血は元には戻せない。」
「・・うん」
珍しくセリスがしおらしい。まあ腹を抉られたんだ。正気でいるだけでも十分おかしい。
「あれは、ドラゴン?」
「・・・そうだと、思う。」
「リヴァイも見たこと、ない、のよね?」
「・・・当たり前だろ。」
「それにしても、あの翼、見覚えがあるような__」
「・・・早く寝ろ。」
狩人だけあって観察眼は優れているのだろう。俺の翼と共通項なんて見出されても困る。
「ねえ。」
セリスが控え目な、怪我人にしては大きな声だったが、声をかけてきた。
「・・なんだ。」
「一緒に、寝てよ。」
「・・・はあ。」
俺はお母さんか。内心独りごちるが、守りきれなかった責任というか___可哀想という気持ちがないわけではなかった。だって死にかけてたし。
俺はセリスのいる寝袋に潜る。
「くさいかも知れない。」
「・・・ふふっ。 ほんとだ。 リヴァイの匂いがする。」
「・・お前なあ。」
「・・でも、安心する。」
俺の胸にぐっと顔を埋めて。しばらくしたら大人しくなった。最初は死んだのかと冷や冷やしたが、すぐに寝息が聞こえてきたので、安心した。
それにしてもあいつは、あのドラゴンはなんだったのか。途中の白昼夢のような、会話はなんだったのか。そもそもあれは現実か。だが、今でも奴の爪が俺の腹に突き刺さる感覚は身を持って覚えている。吐き気がしたので、それ以上考えるのはやめておいた。次に会ったときは、人間の姿はやめてドラゴンの姿でやりあおう。死にたくないし。次なんてないような気もするけど。
セリスの顔を見ていたら、やたらと眠くなった。意識は机からボールが落ちる時のようにストンと落ちた。