03 オークの家
牢番のブタに似た獣人は、オークという種族で、仮名は「ブーヴ」ということだった。発音の正確性には自信が持てなかったが、イメージどおりの名前ですぐに覚えられた。
敦はブーヴに先導され、長い石造りの廊下を歩いた。
周りをキョロキョロ見ながら歩く敦に、前を歩くブーヴが振り返り声を掛けた。
「魔王城は広いだろ。俺は城勤めになって5年だが、未だに迷うぞ」
ブーヴはそう言って豪快に笑った。
魔王城の正門は閉じられていて、その横の通用門から外に出た。外は夕暮れになっていた。
通用門の外には、トカゲに似たモンスターが槍を持って立っていた。
敦は少し怖かったが、そのトカゲに似た門番は、ブーヴと親しげに挨拶を交わしていた。
門の外は大きな跳ね橋になっていた。その先には大きな城下町が広がっていた。どうやら魔王城は、大きな湖の畔にあるようだ。
「ナカアツの種族は何を食べるんだ?」
橋を渡りながら、ブーヴが敦に聞いた。
「えっと、肉や魚に野菜、あとご飯ですね」
「ゴハン?」
「あ、ええっと……米や麦といった穀物です。果物や木の実も食べます」
「そうか。そっちのチュン子は何を食べるんだ?」
ブーヴが敦の左肩に乗ったままのチュン子を見て言った。
「チュン子は穀物をはじめ大体何でも食べると思います」
「そうか。それなら俺と同じ食事で大丈夫そうだな。ナカアツもチュン子も虫しか食べないとか言われなくて良かったよ。俺は子どもの頃から虫が苦手でな」
ブーヴがそう言って笑った。敦もつられて笑った。
† † †
ブーヴの家は、町外れの庭付きの一軒家だった。ダイニングの他、2、3の部屋があるようだったが、どうやら1人暮らしのようだった。
水道や電気、ガスはなく、井戸水や暖炉に竈、蝋燭やランタンを使っているようだった。
「喉が渇いただろう。先にお茶を入れよう。トイレは向こうだ。使い方が分からなければ声を掛けてくれ」
敦はブーヴにお礼を言って、肩に乗ったチュン子をテーブルに移動させると、トイレへ向かった。トイレは、和式の汲み取り便所のような造りで、無事に用を足すことができた。
幸い紙や石鹸が日常で使われているようで、敦は内心ホッとした。
敦がトイレから戻ると、チュン子がダイニングのテーブルの上で小皿の水を飲んでいた。
その小皿から少し離れたところに、熱い飲み物が入った陶器のコップが置かれていた。
「飲めなければ遠慮なく言ってくれ」
ブーヴがキッチンで食事の準備をしながら言った。
敦はテーブルの席に着くと、ドキドキしながらコップの飲み物を一口飲んだ。ハーブティーだった。爽やかで、心が落ち着く香りだった。
「美味しいです!」
「そうか、良かった良かった」
ブーヴが笑顔で言った。
日が落ち、部屋が暗く、肌寒くなってきた。ブーヴが暖炉の火を熾し、キッチンにランタンを用意して火を点した。
暖炉の火やランタンの明かりは、敦が普段慣れ親しんだ電気の照明に比べてかなり暗かったが、温もりを感じた。
ブーヴが料理を皿に取り分け始めた。敦は慌てて立ち上がり、皿をテーブルへ運ぶのを手伝った。
夕飯はシチューのような料理にフランスパンのような食べ物。あとイチゴのような果物だった。チュン子用に、パンを細かく千切ったものなども用意してくれていた。
スプーンやナイフ、フォークに似た食具を使っているようだった。
敦はお礼を言って頂いた。どれも美味しかった。チュン子も美味しそうに小皿の食べ物を啄んでいた。
ブーヴは60歳。オークとしてはかなり長生きらしい。魔王軍の歩兵部隊に長く所属していたが、老年になり、5年ほど前から城勤めになったそうだ。
娘が3人いるが、すでに嫁いでいて、妻は昨年病で亡くなったということだった。
「さっきのお茶は、妻が育てていたハーブを使ったものでな。気に入ってくれて良かったよ」
ブーヴが嬉しそうに言った。
ブーヴは、食事をしながら色々なことを教えてくれた。
この世界には様々な種族がいるものの、「ヒト」という種族は聞いたことがないこと。
この世界の半分ほどは「エルフ」の国で、残り半分は様々な種族を束ねる「魔王」の国になっていて、この二つの国は長年領土争いを繰り広げているということ。
今日は、エルフの特殊部隊が魔王城の結界を破って魔王の執務室を急襲したこと。
エルフは、伝説の魔獣である「ナクァツァーシ」を召喚しようとしたが、失敗して敦とチュン子を召喚してしまったと思われること……
「僕やチュン子はどうやったら元の世界に戻れるのでしょうか?」
敦が、シチューのような料理を1口食べた後、ブーヴに聞いた。ブーヴがフランスパンのようなものを手に取りながら言った。
「俺は魔法について詳しくないからなあ。明日、詳しい奴のところへ連れていってやろう」
「ありがとうございます!」
敦は頭を下げた。
† † †
夜、五右衛門風呂のような浴槽のある浴室で入浴を済ませた敦は、寝室のツインのベッドのうち、ブーヴの奥さんが使っていたベッドを借りて寝ることになった。
チュン子は、古着を丸めて部屋の棚の上に置いてみたところ、そこで休み始めた。
寝間着や下着は、ブーヴのものを借りた。ブカブカだったが、清潔で着心地は良かった。
敦はベッドに入った。窓から見える月は大小2つあった。
やっぱりここは異世界なんだ。僕はこの後どうなるんだろう……敦は急に不安になってきて、涙が溢れてきた。思わず嗚咽が漏れた。
この年で泣いてるのをブーヴに気づかれたら恥ずかしいと思ったが、我慢できなかった。
しばらくすると、ブーヴが何かを言った。やはり気づかれたようだ。敦は慌てて枕元の翻訳石を手に取り、ブーヴの方を向いた。
「大丈夫か?」
ブーヴが心配そうな顔で敦に言った。
「す、すみません。落ち着いたら急に色々と不安になってきまして……」
涙を袖で拭きながら敦が言った。ブーヴがベッドから起き上がると、敦のベッドに来て腰かけた。
「まあ、あれだ。色々心配だろうが、何とかなるさ」
ブーヴが敦の頭を優しく撫でた。
「あ、ありがとうございます……」
敦がまた目に涙を浮かべてお礼を言った。ブーヴが優しい笑顔で言った。
「さあ、目を閉じて。ゆっくり深呼吸してみな」
敦はブーヴの言うとおりにした。
ブーヴがベッド脇に寄り添い、ゆっくりと敦の頭を撫でた。敦はいつの間にか寝入ってしまった。
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