23 保身と誤信
敦が魔力を試していたちょうどその頃、中央山脈の峠道で野営する魔王軍の司令部のテントは、重苦しい空気に包まれていた。
「少年はまだ見つからんのか!」
虎に似た獣人の魔王軍司令官が、苛立たしげに机を腕で叩いた。奪取された少年の捜索は続いていたが、発見に至っていなかった。
少年を奪取したのは行方不明になっていた警備隊の老兵2名。情報は錯綜していたが、仲間にエルフがおり、空間転移魔法で逃走したという話もあった。
少年の魔力は、今回の作戦の要。これがもしエルフの手に渡れば……
「間者と斥候からの情報は?」
魔王軍司令官が参謀に聞いた。
「はっ、今のところエルフ軍に表立った動きはないとのことです。少年がエルフの手に渡ったという情報もありません」
「司令官、どうしましょう。少年がいなくなった以上、撤退もやむなしかと……」
もう一人の参謀が遠慮がちに言った。それを聞いた魔王軍司令官が怒鳴った。
「馬鹿者! このままおめおめと帰れるか! あの少年の魔力は緒戦で敵の戦力を削ぐための一手段に過ぎん。緒戦から総攻撃をかけてエルフ軍を撃破すれば良いだけのことだ!」
魔王軍司令官は参謀達を睨みつけた。魔王軍のほぼ全軍を動員した今回の作戦。このまま撤退すれば作戦失敗の責任を問われ、更迭は免れない。なんとしても武勲を立てなければ……
魔王軍司令官が参謀達に命じた。
「少年がエルフどもの手に渡る前に決着をつける。直ちに進軍!」
「陽動で西に撤退するように見せかけた後、東へ反転。夜の闇に乗じて峠道を全速力で下り、平野に横陣を展開する」
「正面から正々堂々とエルフ軍を撃破するぞ! 作戦の詳細立案は進軍中に行え」
司令官の自己保身のため、無謀な攻撃が始まる。魔王軍の参謀達は、内心で舌打ちをしながら敬礼した。
† † †
同じ頃、中央山脈東側、峠道を下りた先の荒野に布陣するエルフ軍の司令部のテント。
「少年はまだ確保できんのか!」
かなりの高齢であるものの、見た目は若く美しいエルフ軍司令官が、魔王軍司令官と同じようなことを言って、参謀達を前に机を腕で叩いた。
エルフ軍は、特殊部隊を投入し、数次に渡って少年を奪取しようと試みていたが、いずれも失敗していた。
険しい中央山脈で大軍が使用できる峠道は、事実上一つ。
その峠道の東側出口を包囲し、横展開できない敵の先陣を順次撃破する作戦だったが、魔王軍に少年の魔力を使われて包囲網を突破されれば、数で劣るエルフ軍に勝ち目はない。
何とかして少年の身柄を確保せねば……そうエルフ軍司令官が考えていたとき、突然、伝令の兵士がテント内に走り込んできた。
「間者と斥候からそれぞれ情報が入りました。魔王軍が確保していた少年が、所属不明の部隊に奪取されたとのこと。現在、魔王軍は撤退の動きを見せております」
「よくやった!」
エルフ軍司令官は立ち上がって喜んだ。
実は、この時点で少年奪取作戦を実施しているエルフ軍の特殊部隊は存在せず、所属不明の部隊というのはブーヴ達のことだった。
しかし、エルフ軍司令官は自軍の特殊部隊だと思い込んでしまった。
「少年の身柄がこちらに到着したら、撤退中の魔王軍を追撃、殲滅する」
「峠の出口を包囲している部隊は、最小限の監視兵を残し、追撃に備えて休ませろ」
「詳細作戦の立案は明日でよい。お前達も英気を養え。これで我々は中央大陸の覇者だ!」
エルフ軍司令官が参謀達に意気揚々と命じた。
エルフ軍の参謀達は「所属不明の部隊」という点が気になったが、司令官の喜びようを見ると、どうやら前線の参謀達には知らされていない特殊部隊による作戦があったのだろうと思い込んでしまった。
参謀達は、司令官の言うとおり英気を養うことにし、各自のテントへ帰って行った。
続きは明日投稿予定です。




