11 図書室
「あらブーヴ、ここに来るなんて珍しいわね」
ブーヴが図書室に入ると、入ってすぐのカウンター越しに、熊に似た獣人から声を掛けられた。彼女はブーヴの亡妻の友人で、司書の仕事をしている。
ブーヴがカウンター越しに司書に聞いた
「ちょっと調べものがあってな。ナクァツァーシに関する書物ってあるかな?」
「あら、あなたもナクァツァーシ? 魔法省に参謀本部と、ほんと大人気だわね。ほとんど借りられちゃったけど、まだ書庫に少し残ってるわ。こっちよ」
司書が笑いながら書庫を案内してくれた。
目的の書架に着いたブーヴは、司書にお礼を言って別れると、ナクァツァーシに関する書物を手に取った。
……ナクァツァーシ。古語で「禍福」を意味する伝説の魔獣。その名のとおり、様々な災厄と幸福を齎すと云われている。
伝説によれば、ある者はナクァツァーシの魔力により国を興し、また、ある者はナクァツァーシの魔力により国諸共滅ぼされたという。
その姿は大きな鳥として描かれることが多いが、実際の姿は不明。
中央大陸を南北に貫く中央山脈の中程、中央大陸のまさに中心にそびえる「天央山」に棲むと言われているが、その実在性を疑問視し、自然災害の具象化と解釈する学者もいる……
ナクァツァーシは、自然災害と同一視されるほどの凄まじい魔力を持っているようだ。
実在性に疑問を持たれているということだが、現にエルフは実戦でナクァツァーシを召喚しようとした。ナクァツァーシは現実に存在するのだろう。
「調べ物かね?」
突然声を掛けられ、ブーヴが驚いて書物から顔を上げると、通路の少し向こうに所長が立っていた。
ブーヴは、ナクァツァーシのことを調べていることを隠そうか一瞬悩んだが、すでに読んでいる書物を所長に見られている。
ここは変に怪しまれないよう、正直に答えることにした。
「あ、所長。エルフが召喚しようとしたナクァツァーシという魔獣がどういうものか気になりまして……」
ブーヴがそう言うと、所長がこちらに歩きながら話し始めた。
「ナクァツァーシは、魔獣というより、膨大な魔力そのものが意思を持った存在じゃ」
ブーヴは、狼男の「膨大な魔力」という言葉を思い出した。
所長が話を続けた。
「ナクァツァーシは、国の興亡に影響を与えるほどの力を持っておる。禍福は表裏一体。興る国があれば、その裏で滅ぶ国がある」
「我ら魔王の国と、憎きエルフどもの国……禍福はどちらに与するかのう」
所長がブーヴの目の前で立ち止まった。ブーヴが書物を書架に片付けながら呟いた。
「先にナクァツァーシを手に入れた国が勝つという訳ですか……」
「そうじゃ……なあ、ブーヴよ。ナクァツァーシは一体どこにいるんじゃろうなあ?」
所長が長い顎髭を手で触りながらブーヴに尋ねた。笑顔だったが、その目は笑っていなかった。
所長は俺が気づいているのではないかと疑っている……そう察したブーヴは、笑いながら答えた。
「さて、どこにいるのやら。エルフは召喚に失敗したということですし、やはり天央山でしょうか。あの山は険しいですし、天央山を含めた中央山脈は事実上の国境地帯。エルフも出張ってくるでしょう。探すのに難儀しそうですね」
所長の目が心なしか和らいだ。
「ほっほ、そうじゃのう。探すのは大変じゃろう。意外な場所にいるのかもしれんからの……さて、そろそろ戻るとしようか。邪魔をしたの」
そう言うと、所長は書庫から立ち去って言った。
敦の魂の中にナクァツァーシがいて、それを所長は知っている。今のやりとりでブーヴはそう確信した。




