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神の形、邪神様曰く

「なぁ」


「ん~? なんじゃ?」


 英雄の問いかけに邪神がそば猪口(ちょこ)から素麺を啜りながら間の抜けた返事を返す。


「前に来たあの勇者っつったか?」


「ぬぅ……あやつか……何やら我に執着しておるが、病院にまでおるとは想定外じゃった……」


「いやさ、あの『勇者』ってーのが世間一般には『神様から選ばれし者』って扱いじゃねーか? お前も神だろ? お前の身内が呼んだならそいつにどうにかして貰えばいいんじゃないか?」


 英雄の言葉に考え込む仕草を見せるも、宙に箸をくゆらせてやがて諦めたように溜息をついて素麺を吊り上げる。


「我等神々が人々の想いと姿形のイメージをもって顕現するのは前に言ったの?」


「ああ、お前の姿が変化したのもそれだったな」


「あ、ワサビとって……ありがとう。それでじゃ、想いの強さが一定を超えた時にそれが一番強い場所に顕界するのじゃが、顕界する前のエネルギー体の状態ではみな混ざり合っておって個々の意識という物は無い」


 邪神がそば猪口の中にわさびを溶かしてみせ、ゆらゆらと揺らめくめんつゆの中にわさびが溶け込み、やがて混ざり合って所在が分からなくなる……。


「とまぁ、元々互いに認識出来ていないし、顕界する時期も場所もバラバラ、しかも信仰が薄れたら消えてしまうものじゃから神同士が望まぬ限り関わる事は殆ど無いんじゃ」


「ほうほう、まぁ確かにお前からあっちに用事も無さそうだしな……でもお前を信望してた問題の魔王はもう居ないんだろ? ならもう役目が終わったそいつは消えちまってる可能性もあるんじゃないか?」


「いや、それは無い。一度神格を得て顕現したものは消えるのも時間が掛かる、特にあやつは宗教として根付いて千年も経っておらぬし、何よりあの勇者が不老で生きておるのが証拠じゃ、加護を失ったらそのツケを払わねばならぬ。神と眷族は一蓮托生、神の滅びる時は眷族も道連れ、大いなる力を得た代償と言うわけじゃな、ハハハ……ぬぉっ!? わ、ワサビが……ツーンと……」


「ほいよ、水。なるほどなぁ……? そういや眷族っていや俺はお前の眷族って扱いになんのか? 記憶を持ったまま転生できるってなかなかの加護だと思うが」


 喉奥を直撃したワサビに悶絶していた邪神が、人心地つくと同時にげんなりした表情で英雄の顔を眺める。


「……あの『呪い』を『加護』等と言うのは貴様位のものじゃろ……。全く、呪い甲斐の無い奴じゃ。まぁ……我が貴様に与えたのは加護の類ではないがのう、じゃが我の貴様への恨みが消えるか我が消滅するかしたら呪いは消える、よってその場で即死とは言わんが天寿を全うすれば魂は輪廻の輪に戻り記憶の継承は無くなる。……じゃが、貴様の場合は民の間で神格化しとるからのぅ……現人神としてそのまま神となるやもしれんな。……なんじゃ? 深刻そうな顔をして」


 邪神の言葉を聞いていた英雄が眉間に皺を寄せ、真剣な目で口を開く。


「お前……消滅するのか?」


「い、いや、例え話じゃよ……我程になれば信者が常におるからな、そうそう存在が消えるなど有り得ん」


「そうか……なら良かった」


 心底安心した表情を見せる英雄を見て邪神の胸に何か締め付けるような衝撃が走る。よかった? どういうこと? 我がいなくなったら困る? なぜ? 逆に……逆に考えよう、我で例えるとして、英雄が突如消えたとして……い、いかん!? なんだこの胸に感じる不快感は? 動悸が激しい! 息が詰まる! 何なのだこれは!?


「そ、それはどういう……」


「お前が居ないと俺とまともにやり合える奴が居ない……そうなると退屈極まる」


「あ、あ~……あ、そうな、そうじゃな、うん、確かに……確かに、うん」


 分かっている、伊達に三万年殺し合いをしていない、英雄ならそう答えると分かっていた。

 ……だが、この胸のもやもやは何なのだろう? 何か納得がいかない? 自分だって同じ気持ちだと……いや、何だろう? 考えれば考えるほど英雄の言う理由と自分のそれは剥離して見える気がする。なぜ英雄の発言が腹立たしく感じる? なぜ胸がもやもやするのにそれほど不快でない? なぜ……なぜ……?

 考えても考えても答えは出ず、もやもやを無理矢理飲み込むかのように素麺を一気にすすりあげる。


「んぐっ!? くっはあぁぁあ!? わっ……ワサビっ! ワサビがあぁぁぁあ?」


「あ~も~何やってんだよ、ほら、めんつゆ薄めてやるから鼻で深呼吸してろ」


「うっ、うるさい! 分かっておるわ! それよりも薬味がたりんぞ! 海苔とネギと天かすじゃ!」


「はいよ、茗荷はどうする?」


「食べる!」


 元気よく返事をする邪神に苦笑しつつ台所に向かう英雄、その背中を眺めて邪神がほぅと溜息をつく。

 胸に溢れるこの気持ち、咽せた素麺のように吐き出せればいいのだが……なぜだか言葉に出そうとすると心に重石が乗ったように喋れなくなる、いくら逡巡しても全く皆目見当がつかない……。だが「なぜ」を繰り返すその自問自答の問いかけすら心地良く感じるのはどういうことだろう?

 その気持ちの答えに気付くには邪神はちょっと若すぎ……いや、歳を重ねすぎているのかもしれない。

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