邪神と商店街
「で、ぼろ負けしたから勝てるように教えてくれってぇ?」
半ばシャッター街と化した商店街の金物屋の軒先で、邪神とベンチで将棋を指しているのは齢2000歳を超えるエルフの老人、通称『長老』である。
元は世界樹の守人としてエルフの国の一部族を纏める立場だったが、邪神崇拝の魔王が出現した折に面白そうだからと魔王軍に四天王として参加。最古参として今尚水面下で活動している……ふりをして邪神をからかう好々爺である。
「むぅ、神たる我が勝てぬ道理は無いのだが……なぜか打つ手打つ手全部裏目に……」
「お前さんは打ち手が正直過ぎるからなぁ、ってぇかなんでまた将棋なんぞで勝負してんでぇ?」
「ぬぐっ! ……ま、まぁいつもいつも痛めつけてやるのも可哀想だしな、これは我なりの慈悲、そう慈悲なのだ!」
理由など分かりきっているのにあえて質問する長老も長老だが、最も長く二人の戦いを眺めてきた長老に対し、隠しきれていると思って見栄を張る邪神も邪神である。
「それにあやつ我の精神に揺さぶりをかけようとよく分からぬ映像を見せてきおって……あのような映像、絶対ずえったい捏造に間違いない!」
「映像?」
「うむ、6回ほど前の転生の時の戦闘映像で……」
「あ~、あれか! 火口に落ちて泣き叫んでたやつか!」
「なっ!? 泣き叫んでなどおら……いやいや、うむ、英雄の奴泣き叫んでおったの、我は泣いてなどおらぬ、うむ」
「いやいや嘘こけよ、泣きながら英雄の奴の体よじ登ってただろうよ?」
「んなっ!? なんでそんな見てきたかのように!」
「いや、あれネット配信されてんだろ? ここ何百年かの勝負は屋外のは全部監視カメラやドローンで撮影されてんぞ?」
「はへっ? え? なにそれ知らないどういうこと?」
理解が及ばない様子の邪神に長老がニヤリと愉快そうに口角を上げる。
「つまりは」
「ふむふむ」
「お前さんの痴態が」
「痴たっ……!?」
「全国の茶の間で」
「ほほう茶の間で」
「娯楽扱いされて視聴されてんの」
「視ちょ……?? はっ? はあぁぁぁぁぁあ!?」
素っ頓狂な声が辺りに響き、通りを行き交う人々が思わず身を竦めるが、その発生源を見るや安心したように息をつきまた歩き始める。
「んなっ……なっ……」
「ま、諦めるこった、これも時代だ時代。それにあれだ、ここ最近だと力が大分戻ってきてんだろ? 動画のおかげでお前さんの崇拝者がいくらかついてんだよ。まぁ幻滅して去ってくやつも居るが差し引きプラスなら……」
フォローになっているのかいないのか微妙な長老の言葉を聞いてか聞かずか、邪神がふらりと立ち上がり肩を落としてアパートに向かい歩き出す。
崇拝者の数が力の根源である神にとってそれが増えるのは喜ばしいこと、だがこういう増え方をするのを素直に喜べるかと言えば……。
余談であるが、この日長老の配信チャンネルで更新された『邪神に盛大なネタばらし』はサクッと炎上したが、過去に例を見ない再生数を稼ぎ長老の自家用車が新しくなったとかなんとか。