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沈むときのサムズアップは美学

「ぬふふふふ……」


 邪神が何か企んで居るかのような笑みを見せこちらを見下ろしている。……いや、身長差があるので座っている英雄と立っている邪神で目線は平行、だが精一杯背伸びをして胸を反らすその涙ぐましい努力(無駄な足掻き)に免じれば辛うじて見下ろしていると表現してもいいのだろう。


「……なんだ? なんか今日は機嫌が良さそうだな? ……便秘でも治ったか?」


「ぬぐっ!? 我が便秘などになるか! 毎日快べ……って何を言わすのだこのすっとこどっこい!」


 怒りの表情を顔に宿すもどこか余裕じみた様子の邪神……。英雄は思う、こいつがこういう余裕たっぷりの時は決まってろくでもない事を考えている。谷で毒ガスを振り撒いて自爆した時も雪山を対決場所に選んでそのまま冬眠してしまった時もこんな感じだった。果たして今回はどんな下らない事を思い付いたのか……。


「ぬふふ、我は先日そこなる映像装置により知ったのだ、なにも物事の勝敗を決めるのは戦いばかりではない、最近ではちぇすだのしょーぎだのといった遊戯板で勝敗をつける事も出来る……と!」


 部屋の隅のブラウン管テレビを指差し更に仰け反る邪神、この部屋に転がり込んで初めて触れた異世界文明に最初こそ困惑していた邪神だが、最近ではテレビ視聴にはまり一日の視聴制限をかけられるまでになっているテレビっ子。特に最近は囲碁や将棋を題材にしたアニメにはまっていたようで……


「? あぁ、そういや最近テレビばっか見てたなお前。将棋なら持っているが……お前出来るのか?」


「ふむん、愚問であるな! 若輩ではあるが我も崇高なる神の一柱! 人などでは辿り着けぬ英知を持つ至上の存在よ! その我が貴様なんぞに負けよう筈も無いっ!! たかだか81マスの盤面など我にとって潜るに容易い水たまりよ!」


 鼻息荒く宣言する邪神、ならなんで戦闘時の知恵比べでああも間抜けな醜態をさらしやがってたのですか? とも聞きたいがそこはぐっと堪えるのが大人のエチケットである。


 ザラザラッ、カチャカチャ……



「思えば貴様との戦いも長く続いておる、まぁ勝率は僅かに我が低いが……」


 カチャカチャと駒を並べつつ邪神が呟いた一言に英雄が首を捻る。


「……いや、これまで俺の1026戦1026勝だろ」


「なっ……! ぜっ……全敗は言いすぎだろうに! そっ……そうだ! こないだの火山での戦いは実質我の勝ちだろうに?」


 顔を真っ赤にして否定とも肯定とも言えぬ悪あがきをする邪神を眺め、英雄が記憶を辿りはたと手を打つ。


「あ~……っと……6回前の転生? あの半ベソかきながら火口に自爆特攻したやつか?」


 パチリ


「はっ……半ベソなんかかいておらぬわ! それにあれはちょっと躓いて一緒に落ちただけで……というかあれはマグマの中で耐えきった我の勝利だろうが?」


 パチン


「いんや、あれは俺のが長く耐えた」


 パチッ


「なにをぉ! 我の方が長く耐えたに決まっておろう!」


 両者共に一向に引かず額を突きあわせ睨み合う、駒を動かしつつの我慢比べ……と、英雄が何かに思い当たりスマートフォンを将棋盤の横に設置する。


「? なんのつもりなのだ?」


「いや、確か6回前くらいならネットに動画が残っていたはずだからな、確認しようじゃないか」


 怪訝な表情をする邪神の前で手慣れた手つきで『テコテコ動画』と書かれたアイコンをタッチし、検索に引っ掛かった動画を再生する。


「何なのだこれは?」


「まぁ大人しく見とけ」



☆☆☆



『ククク……ようもここまでノコノコ出張ってきおったな!』


『……いや、火口付近で待つって念話テレパシー寄越してきたのお前じゃん。……ってか暑いなここ……別の場所にしないか?』


 煮え立つ溶岩を見やりうんざりした表情を浮かべる英雄に邪神が満足そうに笑みを浮かべる。


『ふふん、さしもの貴様もこの熱さには敵わぬであろう、さぁ! 今日こそ雪辱を果たさせてもらおう!』


『いや、そういうお前こそ足元おぼついてない……っとぉ?』


 言い切らぬ内に繰り出されたのは灼熱の息吹(ブレス)、陽炎の立ち上る火山の岩盤を飴のように融かすそれだが、英雄は難なく躱して服に付いた埃を払ってみせる。


『おいおい、こんなとこで足場崩してったら危ないだろ……』


『ふん! なんだ? 臆したか? 余裕ぶっておるのも今の内よ! 覚悟してもらおうか!!』


 矢継ぎ早に放たれる息吹、魔法、そして爪に牙。山を抉り谷を貫くそれらはおおよそ人間に耐えられるような攻撃ではない、だがまぁ……それは当たれば……という前提ではあるが……。


『……ぜー……ぜー……なっ……何故当たらん! というか貴様なぜこれだけ動いて汗一つかいておらぬ!?』


 言われてみれば確かに、汗だくで荒い息をつく邪神と対照的に英雄は汗一つかかず涼しい顔、なんなら息吹で肉を焼いて昼食をとる余裕っぷりである。


『いや、そりゃ火山に来るんだから耐熱装備で来てるだろ……むしろお前なんで対策してないの?』


『ぬぐっ!? ……ぐぬぬぬぬ……っ……っっっ……ズルい!』


『……はっ?』


『ズルいズルいズルい! なぁ~んで貴様だけ熱耐性ガン積みなのだ! 我なぞ鱗の上にシャツ一枚だぞ!』


『……普段着てる闇のローブはどうしたよ……』


『あぁんな暑苦しいもの着ておられる訳なかろう! あぁん? 貴様は馬鹿なのか!? 暑さで頭がやられておるのか??』


 ……どう考えても頭がやられているのは邪神の側である、馬鹿って言った方が馬鹿という子供の問答をここまで見事に体現する者も中々居ないだろう。とまあ喉に出かかった言葉を無理矢理飲み込みうんざりした顔で英雄が邪神に相対する。


『とりあえずまぁ……なんだ、仕切り直すか? なんなら後日でもいいし今耐性装備外しても……いや、いっそお前にやるよ』


 思わぬ言葉に邪神が呆気にとられ、伏した目線から怒りを溢しつつワナワナと握った拳を震わせる。


『っっっ貴様はどこまで我を愚弄すればああぁぁぁあ!』


 激昂した邪神が涙目で突っ込んでくる、怒りに囚われた攻撃というものは読みやすい、そして好都合なことに背後は火口である、このまま躱して足でも引っ掛けてやれば……。


『あっ!』


『はっ?』


『『あぁっ!?』』


 紙一重で躱すはずの攻撃、直線的で直情的なそれが爪先を払った岩の出っ張りによりまさかのカーブを描く。


『ぐっ……ぐああぁぁぁあっ……熱っっつ!』


 流石に耐性装備をフル装備していても溶岩の中では分が悪い、瞬間的な高熱を反射できても囲まれてしまえば蒸し焼きである。


『ぐうぅっ……こっ……このままじゃ……まさかこんな下らない理由で初敗北に……? ……?』


『あぢっ! あぢっ! もっ燃える! 我の尻尾がっ!? おててがっ! あんよがあぁぁぁあ! 熱いっ! あぢゃぢゃぢゃっ!』


『……いや、お前こんなとこに誘い出しておいてマジで無策かよ……ってよじ登るな! 沈むっ!』


『あぢぢぢぢっ! いっ、嫌だ! もう熱いのは嫌だっ! う゛わ゛あ゛ぁぁあ゛ん』



☆☆☆



 スマホの画面の中で繰り広げられる阿鼻叫喚の茶番劇、二人がもつれ合うように溶岩の中に沈んでいくのを確認し邪神がコホンと小さく咳払いをする。


「う、うむ、やはり我の圧勝であったな」


「いやどこがだよ……わめき散らしてたのもお前、先に沈んだのもお前、実際今トラウマ蘇って半泣きだろうが……」


「うっ……うるさい! な、泣いてなどおらんわ! そもそも貴様が卑怯にも我を溶岩の中に沈めなければ……」


「いや、先に俺の頭を押さえつけてきたのお前だし、まして命を賭けた戦いに卑怯もなにもないだろが」


「うるさいうるさいうるさい! 我がルールなの! 我が卑怯って言ったら卑怯なのだ! それになんだ最期の沈む際のサムズアップは! 馬鹿にしておるのか貴様は!?」


「溶岩や融けた金属に沈む際の様式美だよ、っとまぁ過去の戦いの結果はなんでもいいや、ほれ、王手」


 パチリ


「んなっ!?」


 気付けば盤面はもう打つ手が無い状態に追い込まれている、どんな将棋素人が盤面を見たとしても一言『詰み』というレベルで詰んでいる。


「ぬぐぐ……待った!」


「まぁいいが……だが例え十手遡っても結果は変わらんぞ? こう来たらこう、こっち来たらこう、こうなったらこういく」


「ぬっ……ぬぐぐぐぐ……ま……負けた、というのか……我が……」


「いや、今更だろ……どうする? まだやるか?」


「ぐうぅ……も、もう一回! もう一回だ!」


「はいよ」


 駒を並べ直し鼻息荒く盤面を覗き込む邪神、連敗を重ねる邪神の『泣きの一回』は夜が更けるまで続くのであった。


~邪神様現在の戦績:1038戦1038敗~

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