邪神とサウナ
「のう」
「はへ~?」
「はへ~じゃないわこの駄女神めが!」
「あ痛っ!」
食卓の横に寝そべる女神に邪神の拳骨が振り下ろされる、まるで実家のように寛いでいる女神だがこの六畳間は彼女流に言えば『悪の根城』宿敵たる邪神の住まう城……城? である。
「毎日毎日性懲りもなく飯をたかりに来おって! お主には神としての矜持はないのか!」
「うぐぐ……痛い……ぶつことはないじゃないですか! 母上にもぶたれたことないのに! ていうか矜持って言いますけどプライドだけじゃご飯は食べられないんです~! それにこないだ私のこと生贄にしようとしたんだからその分位は奢ってくれたっていいじゃないですか!」
図々しさもここまで来れば清々しい……が、確かにここ最近の一連の出来事はまぁ……う~ん、どっちもどっちと言うか喧嘩両成敗と言うか……。
「まあうちは飯くらいは食わせてやってもいいが、ただこうも居座られると邪魔だ」
「じゃっ!? 女神! 女神ですよ!? 縁起物! ありがたく祀るものじゃないんですか!!」
「お主の顔を見ておるとツキが落ちるわ、なんぞ役に立ってからもの申せ」
何かの役に立て……と言われても、実際英雄の手際が良すぎて家事等を手伝う隙は無い。というかそれを言うなら邪神は何かの役に立っているのだろうか? ……駄目だ、ここを突っついたら次からご飯をたかれなくなる気がする。
「かと言って何をすればいいんですか? 私自慢じゃないですけど家事は出来ませんよ! 女神ですし!!」
「誇らしげに言うな! ふむ……ならば何か勝負のネタを考えよ、最近良いのが思い付かぬのじゃ」
「うぇ~……めんど……」
「なんならこいつの料理の味見役でもいいぞ」
「慎んで発案させて頂きます!!」
英雄の言葉に女神が肩を跳ね上げ直立する、カレーの二の舞は勘弁、もう会ったことも無い謎の老人達と川を挟んで会話をするのは嫌なのだ。
「う~ん……ボードゲームとかは?」
「チェスも将棋ももうやっておる」
「いっそじゃんけん……」
「やってないと思うか?」
「うえぇ……何か勝負……勝負……」
両サイドからかかるプレッシャーに女神の肩幅がどんどん狭くなり、額には玉の汗が浮かび上がる……汗……汗……
「そうだ! サウナで我慢対決! ってのは? 最近近所にスーパー銭湯出来ましたし」
「ほう……確かにアリじゃの」
「たまにはサウナってのもいいな」
咄嗟の思い付きにしては冴えた提案、行ってみたいがお金が無くて行けなかったというのもあるし、あわよくば審判として入浴料を奢って貰えるかも知れない。
「よし、それでは行くのじゃ!」
☆☆☆☆
「お客様方は通常の入浴施設を使用して頂きかねます」
「んなっ……!」
受付の女性に開口一番お断りされ邪神があんぐりと口を開ける。
「話が違うではないか! サウナは? サウナ! サ~ウ~ナッ!」
「ちょっ! そんな! わっわたしにっ! 言われてっあがばばば!?」
哀しいけれど女神を揺さぶっても事態は変わらない、まずは何故そうなったかを確認せねば。
「なんでまた俺らはお断りなんだ?」
「申し訳ありませんが長老からの厳命でして、邪神様と英雄様は一般浴場は立ち入り禁止と……あと、来た場合にと伝言を預かっております」
「ぬおっ? 長老の物件じゃったのか! して……伝言とはなんじゃ?」
「『こっちまで爆心地みたいにされてたまるか、言っとくが許してねぇからな!』だそうです」
「「あ~……」」
神殿横の空き地、上手く誤魔化したつもりがどうやらバレていたようで……。こうなるといちゃもんつけて強行突破は憚られる、さて一体どうしたものか……。
「……ん? ちょっと待て『一般浴場は立ち入り禁止』って事はなんか他にあんのか?」
「はい、その通りです、オーナーから暴れられても困るからと特別室にご案内するように申しつかっております」
「なんじゃなんじゃ、びっぷ待遇というやつか? ふふん、ならばそこへ案内して貰おうか」
「あ、そういえば審判として私は……?」
「ぬ? 来るがよい、折角だからお主もサウナでりふれっしゅするがよいぞ、ハハハハハ」
「えっと、それではお連れ様も合わせて三名様ですね、ご案内致します……」
なぜか案内係が女神の方に生暖かい眼差しを送ったのが気になるが、案内されるままに施設の奥に進んでゆく。初めはタダでサウナが楽しめるとウキウキの女神……だが、物々しい分厚い金属製の扉を五つほどくぐった辺りから表情がどんどん硬くなる。
「えっと……あの~……いくらなんでも厳重過ぎません?」
「こちらの施設は計算上お二人の全力にも一度だけ耐える事が出来る設計です、一般の方々に被害を出さない為の必要な措置となりますので……ちなみに外鍵となっておりますので開ける際にはご連絡願います」
……これはもしかしないでも何かが起きても助けて貰えない? そう考えるとあの時の案内係の視線が含みを持って感じられる。まさか棺桶か! この施設が女神の棺桶になるのか!?
「あの~……やっぱり私……」
「到着致しました、あちらが脱衣所、こちらがプール、そして浴場がありまして正面がサウナとなっております」
「おぉ~っ! なんじゃなんじゃ! 怒っておるようじゃったから粗末な造りかと思えば地上の施設より立派ではないか! よし! さっさと脱ぐぞ!」
「えっ? ちょっ……やっ……やっぱ私は! まっ……待って!」
有無を言わさず脱衣所に引きずられ最期の脱出チャンスも霞と消える、これから裸に剥かれ身綺麗にしたらあとは調理されるだけ……あれ? なんかこんな童話があった気が?
「ええい、風呂で恥ずかしがるでない! さっさと脱げ!」
「御無体な! いくら女同士でも流石に恥ずかし……!」
「うへへへへ……そうだよそうだよ女の子同士で恥ずかしがる必要なんて……」
「……ん?」
聞き慣れた声、だけど居るはずのない声、地の底から響くその声の出所をたどる中、視線が交わる排水溝の蓋が跳ね上がる。
「うひゃひゃひゃひゃ! 邪神ちゃんとおっ風呂~っ! も~! 女神ちゃんなんで僕を誘ってくれないのさ!」
「なにやら妙な気配がすると思えば変態ストーカーか、お主も懲りぬのう、どうやってそのような狭い場所から」
「ふふふふふ、全身の関節を外せば如何様にもなるものさ! さあ! 一緒にイチャイチャお風呂タイム!!」
排水溝からそのままヌルリと這い出した勇者がその身をくねらせ邪神へと迫る……が、関節があらぬ方向に曲がり姿勢を上手く制御出来ない。
「うぬっ……くっ……ふっ……は~、は~……。ごめん、関節外したはいいけど入れ方がわかんないや、ちょっと手伝って☆」
「……英雄よ、処理しておけ、我はそれに触れとうない」
「ふむ、まあいいが……どこに仕舞っとくかなぁ」
「あの……なるべくお手柔らかに……っっっっ!!?!」
あまりにも当然のように出てきた英雄に一瞬普通に応対するも、全裸を思い起こし女神がその場にしゃがみ込む。
「んなっ……っ! なっ……なっ! なんで居るんですか!?」
「? そりゃ風呂入るのに服は脱がなきゃだろ?」
「っじゃなくて! 邪神さんもなに平然としてんですか! 恥ずかしくないんです??」
「? ああ、裸のことか? 我も前にそういう反応をしたがの、考えてみれば中身の中身まで見られとる仲で恥ずかしがるのも変じゃろ?」
「……それにたかだか数百歳の奴なんか赤子と変わらんだろ、俺はロリコンの趣味はない」
「さて、英雄、髪を洗ってくれ」
「またかよ……毎日毎日、たまには自分で洗えよ……」
勇者を手早く絞めて脱衣籠に詰め、邪神と共に洗い場に向かう英雄、確かに二人の言い分は分からないでもない、だが自分の美貌に少なからず自信を持っていた女神からすると、もっと……こう……あれ、なんか……あるだろ!? という気分になるのも仕方ない、まあ英雄にそういった何かを要求するのは意味がないというのは付き合いの短い女神でも分かっている。
「さて、それじゃこっからサウナに長く入ってた方が勝ちな」
「ふふん、耐性装備は付けてないじゃろうな? 今日こそ貴様の敗れる時じゃ!」
「それじゃいきますよ、よ~い……どん!」
女神の合図に合わせ精神集中し瞑目する二人、全身にじっとりと汗を滲ませサウナの中に静かな息遣いだけが響く。
……地味である、いや、絵面が。ただただ目を閉じて耐える二人とそれを見守る女神、三時間が過ぎようとし脳に火が通りはじめて女神は気づく。あ、これ、外で待ってればいいやつだった! 気付いた所でもう遅い、集中している二人に声をかけるなど出来るはずもなく、外に出ようと扉を開けて外気を取り込もうものなら殺されてもおかしくない。
「はぁ……はぁ……あ、暑い……ハッ! そうだ! 遮熱結界……」
朦朧とする意識の中で結界を展開するが、身の回りを包んだ光のヴェールが形をなさずにそのまま宙に溶けてゆく。
「あ……あぁ……やっぱり……封魔結界……」
真剣勝負の横槍防止、当然の対策だが巻き込まれる側からすれば死活問題である、そろりそろりと扉の前に移動しどうにか逃走の機会を窺う……と、気配を感じ取ったのか? 邪神がいきなり立ち上がる。
「ひっ!? ひいっ! わ、私は何もしてないです! な、何もっ! なにもぉ!」
「ふぅ、どうじゃ、刺激が足りぬと思わぬか?」
「ふむ……確かに少し温いかな」
「はへ? いやいやいや! 充分ですって! 充分! これ以上暑くしたら……わっぷ!?」
女神の必死の嘆願空しくストーブの上の焼き石に容赦なく水がかけられ、じゅうじゅうと音を立て充満する蒸気が一気に部屋を蒸し上げる。
「ふふん、これで過ごしやすくなったであろう、ぎぶあっぷするなら今のうちじゃぞ」
「ぬかせ、お前こそさっさと出て経口補水液飲んで涼んでろ、熱中症になんぞ」
狭いサウナの中に火花が散りただでさえ暑いサウナがさらに暑くなる。
「まだ足りぬと申すなら……それっ!」
「うひぃぃぃぃ!?」
邪神の灼熱の息が大気を焦がし景色を陽炎が支配する。こうなるともはやサウナと言うより火災現場、必死で身を低くしやり過ごす他無い。
「ひいっ! し、死ぬっ! 死んじゃうっ! あ、アハハ……お花畑……キレイ……」
「ふははははは! これでもか! これでもかぁっ!」
「おうおう、どんどん来い!」
間断なく繰り出される灼熱の息に壁が赤熱し金属が蒸発を始める。なぜ……ただサウナに入りに来ただけなのに……、頭の中に走馬灯のように浮かぶ疑問符の群れ、だがいくら疑問を浮かべようと思考を巡らせようと答えは一つ『関わった時点で負け』である。後悔と共にその答えにたどり着いたその時、女神の意識は闇の中に吸い込まれていった。
ドボン! バシャン!
「ぷっ!? ぷへぁっ?? おっ? 溺れ……っ!?」
「落ち着け、足の着く深さだ」
さっきまで花畑を越えた先の川で知らない老人達と会話していたはず? 慌てて手足を確認し五体満足であるのを見て溜息を……
「ああぁぁぁあ!? つっ……翼がっ!?」
「翼で体を覆ってシェルターにしてたからな、いくらか燃えちまったみたいだな」
無意識下で自らの命を守ったはいいがその代償はあまりにも大きく……自分で提案した勝負とはいえこれは流石に酷い。と、周囲を見渡しプールに浮かぶ邪神に気づく。
「あれ? 勝負は……」
「そいつがブレスの吐きすぎで酸欠起こして倒れて決着だ、久し振りにいい汗かけたし涼んだら着替えて出るとするか」
いつもの自滅で終わった勝負、邪神が気を失っているなら勝負を見届けられなかった咎は問われないだろう。それにしても……あの地獄でいい汗をかけたとは……改めて英雄の化け物ぶりに背筋が冷える。
「……むしろ英雄さんが邪神を止めてるんじゃなくて邪神さんが居るから英雄さんが暴走せずに済んでるとかかも……」
「なんか言ったか? 着替え終わったら出るぞ~、忘れ物しないように気をつけろ」
「はっ! はいっ! ちょっ……おいていかないで下さいよ!」
忘れ物と言われて何か引っかかるものを感じながらも慌てて英雄の後を追う。もう当分の間サウナはいい、というより暫く関わり合いにならないように気をつけよう、自炊……頑張らなきゃ……。改めて自分の生活を見直す事を誓い女神はサウナを後にした。
~邪神様現在の戦績:1557戦1557敗~
……脱衣籠の中に残された忘れ物は一週間後にようやく気付いた女神により引き取られたらしい。