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蟹、蟹、蟹

「ぬふふふふふ、遂にこの日がきたのぅ」


「ああ……待ち焦がれたぞ……」


 気合いを全身に(みなぎ)らせ臨戦態勢の邪神と英雄、だがその目線は互いを注視するでなく……?


「なっ……なんで私は縛られて離島の浜辺(こんなとこ)に連れて来られてるんですかっ!? お腹いっぱいご飯食べさせてくれるんじゃないんですか!?」


 浜辺に刑場の罪人の如くに(はりつけ)にされているのは食事に釣られて連れてこられた女神様、あまりの扱いに涙を流して抗議するが二人は海をじっと見つめまともにこちらを見ようともしない。


「うるさいのぅ、これから勝負を始めるんじゃ、集中を乱すでない」


「勝負をするからってなんで磔にするんですか!? 私は食事を奢ってくれるって説明されたんですけど!?」


 英雄と邪神が顔を見合わせ、改めて詳しい説明をしていなかったことに気付く、お前が貴様が説明しろとガンを飛ばして押し付け合うが遂に根負けした英雄が口を開く。


「蟹が来る、以上!」


「分かりませんっ! 一体蟹が何だって言うんですか? ああぁ……こんなことならおうちで昼ドラ見てるんだったぁ……」


「ふむ……蟹じゃがな、昼ドラよりもっとドラマチックな逸話があるんじゃぞ?」


「はへっ?」


 半べそで暴れていた女神だがドラマチックな逸話と聞いて興味深そうに動きを止める、神代の時代から伝承やゴシップや修羅場というのは神々の最も興味を示す娯楽である。


「この島は五百年に一度ギガントワタリガニの群れが産卵に訪れる島だ、ここいらの地域ではその蟹を不可避の災害として神聖視していてな、そこで神の怒りを収める為に生贄を捧げる儀式を行っていた。その生贄に選ばれた姫を救う勇者の伝せ……」


「待って! 待って待って待って! ……それって私が生贄ってことじゃないです……?」


「地域で一番の魔力持ちが選ばれる名誉あるお役目じゃ、この日は近隣の民は魔力を抑え生贄が篝火(かがりび)役となり蟹を誘導する、滅びを回避する尊い尊いお役目じゃ」


「いっ……嫌ああぁぁぁあ! それって私食べられちゃうやつじゃないですか! 絶っっ対嫌です! 嫌嫌嫌~!!」


「安心せい、襲われても食われる訳じゃのうて子蟹の苗床になるだけじゃ、まぁ……産み付けられた卵が孵るまでは死にはせん……じゃろう? 多分?」


「余計に嫌あぁぁぁぁあ!!」


 真っ青な顔で泣き叫ぶ女神、そりゃ蟹の産卵場にされようとなれば誰でもこうなる。哀しいがこれも運命、さようなら女神……君のことは忘れない……。と、にわかに殺気立つ邪神と英雄、同時に海が波立ちなにやら凄まじい重圧(プレッシャー)が迫り来る。


「ぬはははは! 来たぞ来たぞぉ!」


「うっし! んじゃどっちが沢山狩ったかいざ尋常に勝負!」


「来たって何? 何が来たの!? ちょっと待って何なの何なの……嫌あぁぁぁぁあ!!」


 唸る地響き泡立つ水面、女神の叫びに合わせるように()()がどんどん近付いてくる。邪神と英雄の口角が引き上がり女神の恐怖が臨界を突破したその時、殻幅5メートルを超す巨大な蟹の群れ、群れ、群れ……


「嫌っ! 嘘? 嘘でしょ!? 無理無理無理無理無理無理!! 駄目駄目駄目!!」


「いよっしゃああぁぁぁあ! 狩り放題じゃああぁぁぁああ!!」


 迫る巨大蟹、叫ぶ女神、飛び散る蟹の殻と肉片、高笑いを上げる邪神と英雄……地獄絵図である。


「ほら次ぃ! そら次ぃ! さぁどんどん来るのじゃぁ!! 美味そうな餌がここにあるぞぉ!」


「うわっ! てめぇ土魔法で邪魔すんな!」


「にひひひひルールを定めてない貴様が悪いっ!」


「あっ、足の引っ張り合いは止めてえぇぇぇえ! 蟹がっ! 蟹がっ! 鋏がっ! 雷霆(らいてい)魔法……発動しない!? なぜっ?」


「横槍防止だ! 封魔結界張ったぞ!」


「せめて最低限の抵抗はさせてえぇぇぇぇえ!!」


 浜辺に積み上がる蟹、原型を確認出来ないほどに涙でぐちゃぐちゃの女神、およそ半日に及ぶ激闘を終え浜辺に座り息を荒げる二人……。


「ぬぐ……ぬああぁぁぁぁあ! またもか! またもやか!!」


「ハァ……ハァ……ふふん、俺の八匹勝ち!」


「が……がにゅいがぁ……かにゅぅ……いぃ……」


「ええぃ! お主の囮役が拙いからこうなったのじゃ! 我の方に少なく来るよう誘導したじゃろ!」


 既に意識をお空にさよならしている女神の胸倉を掴み激しく揺さぶる邪神、無理矢理囮にしてこの仕打ち……まるで悪魔……いや、邪神だった。


「八つ当たりは止めとけ、公平を期す為にどちらかに傾倒してない女神(こいつ)を連れて来たんだろ」


「にゅうぅぅぅう……ふん! まぁ仕方ない、ちっとは役には立ったからの、そこは評価してやる」


「うふふ……ちょうちょ……ちょう……ハッ!? な、何が評価ですか! こんな目に遭わせておいて!! あんな目に遭ったらもう蟹を美味しくたべられな……っ!? もがっ? もがもが……! お……おいふぃ……」


「ふふん、嫌だ嫌だと言っても体は正直だの、なんにせよ、このご馳走はお主の手柄でもある、たんと食うがよいぞ」


 騒ぐ口に邪神が湯気を放つ蟹を捻じ込んで黙らせる……途端にトロンと顔が蕩ける女神……。疲れ果てた体と心に蟹の滋養が染み渡る……あれほどの目に遭って尚衰えぬ食欲は鈍いというかチョロいというか……。


「焼き蟹もあるぞ」


「うわぁ! ふわふわの身が熱々ジューシー!」


「ほれ、蟹グラタンじゃ」


「ホワイトソースに溶け込んだ旨味がっ!」


「やっぱ刺身だろ」


「う~ん! 蕩ける甘味~っ!」


「堪能しておるようじゃの」


「は~い、この蟹なら幾らでもたべられちゃいまふっ」


「そうか良かった、又次も頼むな」


「はいはい又次もぜひ……」


 ……はっ? 今又次もっつった? いやいやいや、へ? いや、うぇ? いやいやいや、いやいやいやいや!


「あえっ? いや、今回ので蟹全滅させたんじゃ……?」


「あいつら哺乳類ならなんでも卵産み付けるからな、他の海岸からも上陸してるし島の獣苗床にして又増えるだろ」


 いや、聞いてない! 聞いてない! いやほんっと聞いてない!!

 あわてふためくももう遅い、言質(げんち)は取られ蟹料理(報酬)も既に受け取っている。普通の社会人なら又宜しくは社交辞令の場合が多い……が、こいつらのそれは又宜しく(来なけりゃ殺す)に他ならない。


「うあ……あ……嫌ぁ……」


「なんじゃなんじゃ涙を流すほど美味いか、そらもっと食うがよい」


「ううぅ……いいもん! わかったもん! 逃げられないなら食べれるだけたべちゃうもん!! うわああぁぁぁあん!」


 危険な目には遭ったが次にあるのは五百年後、それまでに逃げるなり修行して強くなるなり対策を取ればいい! と、開き直った女神だったが『又次も』が五百年後の蟹では無く再来年のエンペラーロブスター(巨大海老)を指している事を知るのはまだ少し先の事である。



~邪神様現在の戦績:1556戦1556敗~

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