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邪神様の手料理

 邪神のお腹がぐうきゅるりんと鳴るお昼時、玄関のチャイムの音と共に訪れるのは望まれざる客……


「はいは~い、どちらさんで……」


「こんにちは! カレーを作りすぎてしまったりしていませんか! 仕方ないので引き取っ……」


「結構です」


 言い終わらぬ内に閉じられる扉にまたもや安全靴の爪先が捻じ込まれる、この手練れ感……換気扇から漂うカレーの匂いに誘われた女神である。


「ちょっ……なんで閉めるんですか! 分かりました! カツカレー! カツカレーでいいですから!」


「なんで最初より要求が上がっておるんじゃ? 飯が食いたければ自分で作るか信者に捧げさせればよかろう? お主はお呼びで無い、()()ね」


 英雄の背後からしっしっと手を振る邪神の指摘に、女神がグッと歯を食いしばり、何か逡巡(しゅんじゅん)した後に伏し目がちに口を開く。


「うぅ……だって私料理出来ませんし……信者の人達にはこんなアパートに住んでるの知られたくないですし……」


「はっ! なんじゃなんじゃ情けないのぅ、己では何も出来ぬ上に頼れる者は敵だけとは、神ともあろうものが堕ちたものじゃのう」


 ……特大のブーメランになってます、邪神様。


「住んでる場所が問題なら別の神殿に引っ越せばいいんじゃないのか?」


「……それが……入院ばかりしてたせいで引っ越しの費用が捻出(ねんしゅつ)出来なくて……。あと……」


「あと?」


「……各神殿の神殿長がかなりの女神ガチ勢なので……正直キモくて近寄りたくない……」


「あ~……」


 何やら納得したように首を縦に振る邪神、今の女神の境遇に何か共感する部分を感じたのだろう。


「仕方あるまい、ただし、食ったら帰るんじゃぞ?」


「ありがとうございます! わ~い! 三日ぶりのご飯だ~!」


「三日も……お主本当に神の一柱か?」


 ちなみに英雄と合流する前の邪神様の絶食期間は一月半、もう少し出会うのが遅れていたら餓死で不戦敗である。……と、歓喜のままに部屋に転がり込んだ女神が何かに気付き鼻をひくつかせる。


「あれ……何か焦げ臭……」


「あちゃ~、相手してる間に焦げちまったか……」


「なに!? 我のカレーは!? 一晩寝かしたうまうまカレーは!?」


「残念だがこれじゃ食えないな」


 女神と邪神が同時に膝から落ちて倒れこむ、無理も無い、匂いを嗅いだ時からカレーの気分、それが(くつがえ)されれば誰でもこうなる。


「な、なんとか食べれる部分が!」


「ぬあ! ズルいぞ我のカレー!」


「うぁぁ……苦ぁ……」


「苦いのじゃぁ……」


「ま、仕方ないな、カレーは諦めて外でなんか食うか」


「ぬうぅ……違う! 今食べたいのは外食の何かでは無くおうちのカレーなのじゃ!」


「そう! スパイス香る本格派とかじゃなくて素朴なお家カレー!」


「なんじゃお主分かっておるではないか」


「えへへ……」


 そうは言ってもこれから料理をするのも面倒くさい、何かやる気に繋がる物があれば……。


「流石にこっから作るのはなぁ……」


「うぅ……あっ! ならこういうのはどうです? 二人で料理対決! 私が審判します!!」


 女神の提案に邪神と英雄が顔を見合わせる、そういえば料理勝負はしたことが無い、それに昨日の特売で冷蔵庫の中身は充実……確かにおあつらえ向きではある。


「ふふん、そうか、その手があったか、見ておれ貴様が歓喜に打ち震えひれ伏すようなカレーを食わせてやろう!」


「まあいいが……だがこの台所で二人は無理だろ?」


「あっ! ならうちの台所使っていいですよ、勇者ちゃん居ないから今使ってないですし」


「良かろう! ならば使い慣れたこっちの台所は貴様が使え! 貴様らの度肝を抜くカレーを楽しみにしておるがよい! ハハハハハハ!」


 高笑いを上げながら材料を持ち隣室に移動する邪神、それを見送った英雄が手際よく鍋の焦げを落としカレーの準備に入ってゆく。


「ふむ……手際がいいんですねぇ」


「まあ自炊して三万年だからな、逆に出来ない方がおかしいだろう」


「凄いですね……私は今まで信者の方達に頼り切りで……」


「まあ、神なんてもんはそんなもんだろ、人々の欲と願望の具現化であり象徴だ、手前勝手に顕現させたなら面倒の一つも見なきゃな」


「むむぅ……不敬ですね……あなたの神性観は独特です、やはりあの邪神の影響ですか?」


「さあな、ま、三万年も転生繰り返してりゃ大概の神は精神年齢上年下だ、何となく親みたいな目線になるのは仕方ないだろ?」


「……あなたより年上の邪神にもそうっぽいですが」


「ハハハ、違いねぇ、まああいつは昔っからああだ、俺も変わる気はないしな、三つ子の魂……なんて言うが変わらない何かがあるってのは悪くないもんだ」


 三万年も殺し合ってなんでこうも……と訝しむも二人には二人にか分からない何かがあるのだろう、互いに信頼し合いながらやってる事は殺し合いというのはどうにも歪に感じるものであるが……。


「変わってますね、あなた達」


「あんま勇者と女神(あんたら)には言われたくないがな……っと?」


 ふと、英雄が何かを感じたのか女神の部屋の方を見、女神がつられた瞬間に地獄の釜が開いたような音が響き渡る。


「んなっ……なっ……なんですか今の音!?」


「……あいつ一体何やってんだ……?」


「……! そういえば……邪神さんは普段料理はしているんです?」


「いや……今まであいつが包丁握ってるのは見たこと無いな」


 英雄の言葉に女神の顔が青くなる、これはもしかしなくてももしかして定番すぎるあれなのではなかろうか? しかも審判を買って出た以上試食は不可避、拒否すれば死……いや、なんだかんだ言って三万年も生きている神族である、そんな料理の一つも出来ないなどと……


「いよぉ~し! 出来たぞ!」


「おぅ、こっちも出来たとこだ」


 嫌な予感にぎゅっと目を閉じた女神、香りを頼りに恐る恐る目を開き眼前に捉えた英雄のカレーを見て一息……。そして覚悟を決め視線をスライドさせてゆく……


「嗚呼……神よ!」


 その神がお前である。


 視線の先にあったのは……混沌を煮詰めた色合い、深淵を抉る香り、地獄を具現化したらこのような形なのだろうか? 名伏し難い何かがその中で蠢いている……。


「さあ食うがよい!」


「嫌っ! 嫌嫌嫌!! 無理!」


「お前が審判を名乗り出たんだろ? それにこいつが折角作ったんだ、食べてやらなきゃいかんだろ」


 英雄が説くは人の道、されど歩むは冥府魔道……。目を閉じ、深呼吸をし、希望を捨てず開く(まなこ)に映るは絶望……。食べれば地獄、食べなくても地獄、究極の選択の採決は鳴り響いた腹の音によりもたらされた。


「わ、分かりましたよ! 食べればいいんでしょ食べれば! ……でもとりあえずは英雄さんのから……」


 皿を手に取りスプーンですくい上げ頬張る、三日ぶりの食事、大好きなカレー、何の変哲もないお家カレー、だからこそいい、だからこそ美味い。


「おいふぃい! おいふぃよぉ~!」


 涙を流しカレーを頬張る、しっかり、余すこと無く味あわねば……今生で最期の食事なのかも知れないのだから……。


「ふぅ、ごちそうさまでした……えっと……次は……」


「我の番じゃな! 喜べ! 大盛りにしてやったぞ! おかわりもあるぞ!」


 ……数百年生きてきてこれ程までに嬉しくない食事があっただろうか? 女神として顕現し、ちやほやされるのが当たり前だった……だが、どんなことも終わりというものは驚く程呆気なく訪れるものである……


「『露に落ち 露に消えにし 我が命 現世(うつよ)のことも 夢の又夢』……いただきます」


「なんじゃ? 今の呪文は?」


 辞世の句を訝しむ邪神に視線を移すこともなく震えるスプーンで顕現した地獄(カレーライス)をすくい上げる。……もしかしたら、奇跡が起きれば、ワンチャンどうにかなれば……美味しいのかもしれない。儚い希望を胸にスプーンの上の()()を見つめ……目が合った、ねぇ目が合ったよ、なんか動いてるし何かこっちに訴えかけてきてるよ? なにこれ……なにこれぇ……


「なにをしておる、早く食わぬか」


「うぅ……う~! はぐっ!」


 スプーンを口に入れた直後、女神の視界は光に包まれ辺り一面に花畑が広がる、なんて(かぐわ)しい! なんて豊潤! 体中に広がる言い知れない感覚! これは……


「ほれ、見てみよ歓喜に打ち震えひれ伏しておるわ、見事度肝を抜けたのう、カッカッカッ!」


「いや……痙攣しながらのたうち回ってんだろ、度肝じゃなく魂抜けてんな」


「なぬ!? そんなはずはない! 我のカレーは完璧で……むぐっ!?」


 抗議する邪神の口に英雄がスプーンを突っ込む、同時に怒りに真っ赤になっていた邪神の顔が見る間に蒼白になり、光の速さで蛇口に食らいつき胃の腑に大量の水を注ぎ込む。


「ゼー……ゼー……な、なんじゃこれは……我はカレーを作ったはず……何故……何故このような……んなっ! 貴様何をしておるか!!」


「ん~?」


 邪神があわてふためくのも無理は無い、先程自身が命を失うところだったその代物を英雄が何事も無いように食しているのだ。


「だっ……駄目じゃ! それは食べてはならん!」


「? 折角お前が作ったんだ、残したら勿体ないだろ? まあ料理初心者は失敗すんのが当たり前だ、次から教えてやるから一緒に作ろう。……あ、そういや勝負の結果はどうなんだ? 審判これだしなぁ……」


「んぬぐぐぐ……だぁ~っ! 我の負け! 我の負けじゃ! ふん! 腹が減ったから貴様のカレーを食わせろ!」


「ハハハ、はいよ」


 勝負には負けたが何故か悔しくも哀しくもない、完敗だから……という訳でもない、英雄の言葉と行動にいちいち熱くなる胸はなんなのか? ちっとも悔しくないのに関係してるのだろうか?


「むぅ、あのカレーで胸焼けでもしたかの? 心なしか顔も熱い……」


「? どうした? おかわりいるか?」


「うむ! おかわり! 大盛りじゃぞ!」


 ……食事が終わるまでたっぷり放置された女神様はそのまま入院、追加の入院費用で借金を背負ったとかなんとか。



~邪神様現在の戦績:1555戦1555敗~

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