SNSと邪神様
「うぬぅ~ぐぅ~暇じゃ~暇~……」
ベッドの上でうつ伏せに寝転がる英雄、その背の上では、ゴロゴロと転がる邪神が尻尾で叩いたり、巻き付いたり、肩に噛み付いてみたりとしきりにちょっかいをかけている。
「暇暇って言うが、なんか新しい勝負のネタはないのか? 例えばテレビゲームとか」
「スペラン〇ーシリーズを前情報無しで全部一発クリアする奴にどう勝てばいいんじゃ……思えば毎回勝負のネタを出しとるのは我ではないか、たまには貴様も……」
邪神の提案に合わせるかのように英雄の背が硬く、巨きく、力強く隆起してゆく……
「……と思ったが……まぁ貴様に決めさせるのもしゃくじゃからの、うん、近いうちに何か考えるとしよう、うん」
「ふむ……俺は命の殺り合いで一向にかまわんのだが……」
「のぁ~っ! そっ、そういえばさっきから何を見ておるのだ~? あ~気になるっ! 気になるな~!」
言われてみれば英雄はずっとスマートフォンを弄ってばかり、邪神が構って欲しくなるのも無理も無い。
「あぁ、これは『つぶやいたー』だよ」
「つぶやいたー?」
「ほれ、こんな感じで登録してる人が日常のつぶやきを投稿して、興味のあることや気になるつぶやきがあったらそれに対していいねしたりコメントしたりって感じだな、暇潰しにゃ割といいぞ?」
「ふ~む、このフォロー、フォロワーってのはなんじゃ?」
「これはお気に入り登録みたいなもんだな、フォローが自分がお気に入り登録したやつ、フォロワーが自分をお気に入り登録してくれてる数」
「ふむぅ……桁が……ひいふうみい……んなっ!? 貴様フォロワーが四千万人もおるのか!?」
「ん~? あぁ、そんなに増えてんのか、登録してから随分経つからなあ」
英雄は気にも留めていないようだが邪神の脳裏に邪な考えがふつふつと湧き上がる……。
こやつのようなつまらぬ男で四千万? ならば我なら? 誰よりも可愛く美しく力強い我なら? 四千万どころではない支持を集めるはず……詰まるところフォロワー=信者の数! 見えた! 邪神教の復権の道! 我が力を取り戻す絶好のツールではないか!
「ほうほう、ところで……我もやってみたいのじゃが……?」
「いや、お前スマフォ持ってないだろ」
「はぅ……」
そもそも知った相手とは念話で連絡が取れる邪神にはスマートフォンは必要ない、だが……居候の身ゆえの遠慮から口に出せずにはいたが英雄が持つスマフォなる物に密かに憧れていた。面白そうなゲームもあるしカメラもインターネットもある、いや、それもあるが……何より英雄が持っていながら自分が持って居ないというのは悔しいではないか。
「欲しいなら機種変前の古い奴ならあるぞ? いるか?」
「なっ……よ、よいのか!?」
「ああ、どうせ使わないもんだしそこまで古くないからつぶやいたーとかのアプリも普通に動くだろ」
ベッド横の棚から取り出したスマフォを渡され、邪神が宝物を手にした少年のように目を輝かせる。
「どうやればいいのかの?」
「タッチパネル操作だから指で操作……そう、んでフリックしたら切り替わって……タップで選択……拡大縮小は……」
「ふむふむ、案外簡単なのじゃの」
「んで『つぶやいたー』のアイコンはこれ、お前用のアカウント作ってやるからこれで使ってみろ」
慣れた手つきで登録を済ませ、二人で相談してパスワードを決める。邪神様、SNSデビューである。
「『我こそは邪神、信望者共よ集うがよい!』っと、こんなものかの? ぬおっ? なんじゃなんじゃ!? いきなりフォロワーが凄い勢いで増えてゆくぞ?」
「ああ、今こっちでお前がアカウント作ったってつぶやいたからな、多分それだろ? 運営に連絡して公式マークも付けさせたしな」
公式マークなるものが何なのかは分からないがフォロワー数を示すカウンターは壊れたスロットマシンのように回転を続けている、その数は一万……十万……とあっという間に桁を増やし……。ふと、この時邪神の頭に名案が浮かぶ。
もしやこの勢いなら英雄のフォロワーを超えるのでは? 誰だってムサい男より可愛い女の子を愛でたいはず、そりゃぁ……英雄もちょっとは男前で強くて優しいが……? だがそれでも負ける道理が無い! いける! この勝負勝てる!!
「のう、英雄よ」
「? なんだ?」
「先ほど言っておった勝負じゃが……どうじゃ? フォロワー数で勝負というのは?」
「フォロワーって……いきなり登録したてで四千万は……うぉっ!? なんだ? もう一千万!?」
邪神のつぶやいたーアカウントのフォロワー欄は相変わらず高速でカウントを回し続けている。
「ふふん、この勢いならばよい勝負になると思わぬか?」
「ほ~、確かに面白そうだな、よし、期限は?」
「今日の夕刻過ぎでよかろう、そうじゃの……19時くらいかの」
さて、ルールが決まれば後はフォロワーが増えるのを待つばかり……と。
「ぬぬっ? カウントの進みが鈍くなってきた??」
「そりゃなんもつぶやいてないしな、なんか投稿したらどうだ?」
「ぬぅ……じゃが……」
「じゃが?」
邪神がクッションで口元を隠し、何やら照れ臭そうに顔を染める。
「初対面の者ばかりじゃろ? 何を話して良いかわからぬ……」
「今更だろ……世界で一番顔が知られてる神だぞお前」
「じゃとしてもじゃ! そもそも貴様はどんな物を投稿しておるのじゃ!」
邪神が英雄のアカウントをフォローし内容に目を走らせる。
「ぬぅ……日常のつぶやき……料理……特に伸びておるつぶやきも……っと、なにやらえらくバズって……なんじゃこれは!?」
驚く邪神に後ろから英雄が覗き込み『ああ』と納得したような声を漏らす。
「んなっ……なんで我の寝顔なんぞ投稿しとるんじゃ!」
「いや、可愛かったから……」
「かわっ……っ……いや、うん……そ、そう? ……じゃなく! だあれが貴様以外の有象無象に寝顔を晒して喜ぶか! ぷらいばしーの侵害じゃ! 消せ!」
英雄にならいいらしいが……まぁそれはそれとして、邪神様が怒っているので素直につぶやきを消す英雄。……と、その時、英雄のフォロワー数がにわかに減り始めたのを邪神は見逃さなかった。
もしや……英雄のこのフォロワー、我の写真目当てで登録している奴等がかなり居る……?
「そんじゃ俺は夕飯作ってっからな、まあ頑張ってみろ」
「ふふん、ほえ面かかせてやるわ! ……さてと……」
英雄が台所に向いたのを見計らい邪神様が動き出す。邪神様ファッションショー・イン・つぶやいたーのスタートである。
「……てやっ……ぬふふ、お~お~伸びておる伸びておる。むう、割烹着は不評……『マニアック』とはどういう事じゃ? 制服やゴスロリは伸びがよいのぅ……ククク」
写真投稿を繰り返す度に回るカウンター、満たされる自己掲示欲求、近付く勝利の足音……ネットに溢れる無責任な賞賛と欲望の声が、邪神の脳を鈍らせてゆく……。
「なに? もうちょっと過激なのとな!? いやしかし……『神』『女神』『世界一可愛い』じゃと?? もう……しょうがないにゃぁ……」
ぼんやりとした意識の中送信ボタンを押そうとした邪神に、英雄が思い出したように声をかける。
「あ、そういや言い忘れてたが、あんま過激な画像とか投稿しない方がいいぞ? デジタルタトゥーつってな、画像を保存されて半永久的にネットで拡散されっから」
「んぐおっ!?」
正に送信を押す刹那の言葉に、邪神が肩を跳ね上げる。……危ないところである、巨乳マイクロビキニの写真なぞネットにばら撒かれたら半永久的にその姿で固定されかねない。
「はっ……ハハハ……いや、我がそんな愚行を犯すとでも?」
正気に戻れば既にかなり色々やらかしてしまっている気がするが……まぁ仕方ない、最悪の事態は避けられたと考えるべきだろう。
それよりもフォロワー数である、体を張った甲斐あり英雄とのフォロワー差はあと数十万……母数がでかくて霞みがちだが膨大な数である。だがこの邪神、秘策は我にありとばかりにニヤリと笑う。
「さて、あとは煮るだけ……っと、おお? かなり肉薄してんな! あと三十分……結構危ないか……」
「ふふん、僅差で勝利というのはつまらんからの……英雄よ! これが貴様を殺す最後の刃じゃ! とくと覧じるがよい!」
自信満々に投稿ボタンを押す邪神、つぶやきが投稿されると同時に今まで以上の凄まじい勢いでカウンターが回転を始める。
「っっ……! これは……!?」
「フフフフフ! 見るがよいこれこそが我が秘さ……な、なんじゃとおおぉぉぉお!?」
相変わらず邪神のアカウントのフォロワー数は壊れたスロットのように回転を続けている……ただし減る方向である。
「なぜっ!? なぜじゃ? 何が起きたのじゃ!?」
「お前一体何をつぶやいたんだよ……あっ……」
パニックを起こす邪神、その様子を見てつぶやきを確認した英雄が全てを察する。
『よかろう! 我をフォローした皆を邪神教徒として認めよう! これから先布教活動に尽力するのだぞ! ワハハハハハハ!!』
『えっ?』『はっ?』『いやいやご冗談を……』『就職に影響しちゃうからね……しょうがないね……』『ファンやめるわ』『邪神教はちょっと……』『いや~きついっすわwww』
……袋叩きである。
「おおぉぉぉ!? なぜっ! なぜじゃ! 何故我を裏切るううぅぅぅ!」
「いや、前に言っただろ、邪神教は今もカルト扱いでヤバいって認識だって……」
「じゃって……じゃって……皆我のこと可愛いって……ひっく……最推しじゃって……ぐすっ……」
勝負は決まった……決まってしまった……。必死の火消しも虚しく、その嘆きの止まぬ間に勝負は刻限を迎え……信じた者達に裏切られた邪神の嗚咽は泣き疲れて眠るまで止まなかったそうな……。
~邪神様現在の戦績:1554戦1554敗~
~おまけ~
「ひっく……ぬぐぅ……っ? 何を写真を撮っておる? ぐすっ」
「『敗北にのたうち回る邪神』っと、投稿!」
「ぬあ~っ! 投稿するな! それになんじゃこのコメント欄に溢れる『助かる』というのは!? 何が助かるんじゃぁ??」
『助かる』『助かる』『たすかる』
助かる