邪神様と早口言葉
「今日は早口言葉で勝負じゃ!」
帰宅すると同時に開口一番、邪神が放った言葉に英雄が僅かに眉間に皺を寄せる。
「はいはい、まあそれはそれとして昼飯出来たぞ」
「それはそれじゃない! 聞けば貴様は早口言葉が苦手だそうではないか! ふふん、逃げようとてそうはいかぬぞ?」
「はい、オムライス」
「わ~い美味しそうっ! いっただっきまぁ~す……ハッ!」
差し出されたオムライスに飛びつこう……とした邪神がピタリと止まり、洗面所に移動しておもむろに手洗いとうがいを始める、外から帰ったら手洗いうがい、邪神様は良い子である。
「くっふうぅ、やはりオムライスはクラッシックな薄焼き卵包みだのう」
「そうか? 俺はこっちのふわトロオムレツの方が好きだが」
「ぬぅ、そっちは何か邪道に感じてのぅ……」
「ほら、美味いからこっちも食ってみろ」
英雄の差し出したスプーンに邪神が訝しみながらも口をつける。
「うぬ……それじゃ……あ~ん、はむっ……むむっ! くぅ……こちらも甲乙つけ難し……ってそうじゃない! 早口言葉じゃ!」
「食事中は騒がない、食わないなら下げるぞ」
「ぬぐぅ……た、食べるのじゃ……」
眼光鋭く睨まれしゅんと小さくなる邪神、勝負も大事だが食事も大事、腹が減ってはなんとやら、勝利のためには健全な腹具合も重要なのだ。
「ご馳走様でした、それでは……」
「お粗末様でした、そういやこないだやりたがってたゲーム、買ったけどやるか?」
「なぬ!? 『スペラン〇ー5』か!? やるやる! 前から気になっておったんじゃ!」
「どうだ~? 進んだか~?」
「ぬごおぉぉお! 段差がっ! なぜここでジャンプする我の親指っ! くはあぁぁぁあ、この鬼畜難易度がたらまらな……って待て! 早口言葉バトルじゃ! 危ない危ない、危うく誤魔化されるとこじゃった!」
「いや、三時間も楽しんでたら誤魔化されてる内に入んだろ」
「ふふん、どうやら本当に早口言葉が苦手と見える、さあさあ観念せい! いざ尋常に勝負じゃ!」
「はぁ……分かった分かった、大方長老にでも聞いたんだろ? だが……一体どうやって勝敗を判定すんだ?」
確かによっぽどひどい嚙み方でもしない限り、勝敗の判定は聞き手の好み一つで決まってしまう。まして互いに判定し合うとなれば揉めること必至、どこかに丁度良い審判がいれば……。
「ふむ、とりあえず審判が必要ならば……」
「まあ誰でもいいっちゃいいしな」
英雄が玄関扉に視線を移し、気配を殺した邪神が一息にドアを開け放つ。
「ぴぎゅっ!?」
開け放たれた扉と廊下の柵に挟まれ、死にかけのセミのようにジタバタと藻掻くのは女神様、安アパートの狭い廊下にまさか女神キャッチャーの機能があろうとは……案外馬鹿に出来ないものである。
「廊下から盗み聞きとは良い趣味をしておるのぅ」
「そっ……そんな事していません! たまたま声が聞こえただけです!」
「しゃがみ込んで扉に耳をひっつけてたまたま……のう。まぁいいじゃろ、どうせ暇じゃろうからちとつき合うがよい」
有無を言わさず口を塞がれ、部屋の中に引きずり込まれる女神、明らかに拉致監禁だが……そういえば神々に人の法は適用されるのだろうか? 多分されないからセーフ!
「わっ……私を閉じ込めて何をする気ですか! ……ハッ!? もしや勇者ちゃんの蔵書みたいなあんなことやこんなことを……!!?! ひぃ~っ! はっ、辱めを受ける位なら死を選びます! くっ……殺s……もがもが……っ!?」
騒ぐ女神に業を煮やした邪神が猿ぐつわを噛ませて縛り上げる、絵面的には敵対組織に捕らえられた組織のトップ、絶体絶命、勇者が全身複雑骨折で入院中の今、女神の純潔は風前の灯火である。
「ふぃやっ ! ふぃふぁひょらふいで ! ふぇめふぇふゃひゃふぃふ……」
「? 何を言っておるか分からんが、お主には審判をしてもらいたいのじゃよ」
「……ふぃんふぁん?」
「俺とこいつが早口言葉で勝負するから、それの判定を頼みたいって話だ」
えっ? そんな下らない事で監禁された上に簀巻きにされてるの? この人達三万年も殺し合いしておいて行き着く先がなぜに早口勝負!?
乏しい脳みそをフル回転させてなぜ? なに? の疑問をぶん回すがそうなのだから仕方ない。理解不能な事態に目を回した女神の猿ぐつわを英雄が優しく取り外す。
「乱暴したい訳じゃないし、審判を勤めてくれた後は帰って貰って構わない。ちゃんとやるなら盗み聞きと……」
英雄が女神の目の前に突き出した手には、なにやらコードのついた小さな四角い箱が握られている。
「はへ? これは……」
「……この盗聴器に関しても不問にしてやる」
「んなっ!? 盗聴器じゃと? お主神でありながらそのような犯罪まで!!」
「うぇやっ!? ち、違うっ! 私そんなの知らない!」
「仕掛けたのは残存魔力から察するにお前のとこの同居人だ、だが保護者責任って言葉もある……さて……、こいつを大家さんに提出したら……?」
『大家さん』そのキーワードが耳に入るやいなや、女神の膝が関節の動きの限界を超えて震え始め、その奥歯が砕けんばかりに打ち鳴らされる。
「ふふふ、余程大家さんが恐ろしいと見える……観念せい、まあ悪い取り引きでは無いじゃろ?」
強がった感じにキメているが、大家さんのキーワードが出てから邪神の膝も笑っている。
「ふ、ふふん、そんな事言っていいんですか? こういう勝負は審判の胸先三寸で勝敗が決まるんですから……」
「……もしも判定に私情を挟もうものなら……分かってるな?」
「ぴぃっ!?」
英雄が掴む女神の肩がミシリと音を立てる、先日ようやく退院したばかり、また病院送りは嫌だ、ってか、あの女医に勇者といっしょくたに治療されるのはもう……もう……。涙目で千切れんばかりに首を振る女神を見て、満足そうに二人が縄を解く。
「ぐすっ……ひっく……じゃ、じゃあ公平を期す為お題はこちらで決めますよ」
「望むところじゃ!」
「それじゃあお題は……『武具馬具武具馬具三武具馬具 合わせて武具馬具六武具馬具』で」
「ふふん、ならば英雄、先手は貴様に譲ってやろう」
「へいへい……前もって言っとくが笑うなよ?」
苦虫をかみつぶしたような顔で喉を触り発声練習をする英雄を邪神がニヤニヤ笑いで眺める。珍しくマウントが取れそうなこの時に邪神に笑うなと言うのが無理な気がするが……。
「よしっ、武具馬具武具馬具三武具馬具 合わせて武具馬具むぶぎゅばぎゅ! ……っ」
「プハハハハハ! ぶぎゅばぎゅっ! ぶぎゅばぎゅとな!」
腹を抱えて笑い転げる邪神を忌々しそうに眺める英雄、これで邪神が噛まなければ記念すべき初勝利である。
「では次、邪神さんの番です」
「フハハハハ! そこで座して見ておるがよい! 貴様の歴史に敗北の一文字が刻まれるのをな! ゆくぞ! 武具ばぎゅっ!? 痛っっ! し、舌噛んだあぁぁああぁぁ……」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
……えっ?
「えっと……ゴホン、英雄さんの勝ち~」
「わ~、パチパチパチ~」
「……っっっなぜっ!?」
……なぜとはこっちが聞きたい。
「あ~……もう一回やるか?」
「駄目……ベロ痛い、無理」
「何故こんな無謀な勝負を……」
無謀と言われて女神を睨み、苛立った様子の邪神が英雄に食ってかかる。
「っていうか貴様! 苦手と言いながらなんじゃ! 割と言えとるではないか!」
「いや、苦手なのは苦手だが……むしろお前のがひどすぎんだろ? ってかそもそもお前最近になるまでそんなに喋る奴じゃなかったろう?」
「なにおぅ! 人をコミュ障みたいに! 昔から我は信者に囲まれておったからの、しっかりコミュニケーションを……」
☆☆☆☆
『邪神様、今日の貢ぎ物でございます』
『うむ、アリー』
『邪神様、異教徒が攻めて参りましたがいかがなさいましょう』
『あ~、適当にヨロ~』
『邪神様、異教徒を殲滅致しました』
『いや、弱すぎ草ww』
☆☆☆☆
ここまで思い出して邪神様、気付く。あれ? 我、信者ともまともな会話してなくない?
「……ってかそもそも我、早口言葉初めてじゃ……」
「それなのにあそこまでドヤってたのか……」
「えぇ……」
「……っちょうろおぉぉぉお!! 謀りおったな! 許すまじいぃぃい!!」
血涙を流し咆哮する邪神、謀ったと言うが、英雄が早口言葉を苦手としているのは事実、流石に長老を責めるのは……まあ、この結果を予測しない長老ではないだろうが。
「も、もうこんな時間ですし……私はこの辺で……」
「いいや! お主には別の勝負でも審判をして貰う! 簡単に帰れると思うでないぞ!!」
「ひぃっ!?」
「まあまあ余り凄むな、怯えてんだろが……」
怯える女神に英雄の助け船、嗚呼……やはりなんだかんだ言って英雄は光側、正義の心は滅びては……
「勝負の前に腹ごしらえ、夕飯食ってから改めてだな」
「はふぇ?」
「な~に、夜は長いんじゃ、どうせ暇じゃろうからたっぷり付き合ってゆくがよい!」
「嫌あぁぁぁぁ……お家に帰してえぇぇ……」
……女神が解放されたのは三日後の夜半過ぎだったとかなんとか。
~邪神様現在の戦績:1638戦1638敗~