叩いて被って邪神様
「貴様よくも我を謀っておったなぁ!!」
外出から帰宅し開口一番、今日も威勢だけはいい邪神様、なにやら憤慨している様子を見て英雄が洗濯物を畳む手を止め首を捻る。
「謀った……って俺は何もしてないが?」
「ようも言えたものよ! 貴様! じゃんけん勝負! インチキしておったじゃろ!!」
インチキと言われて更に首を捻る英雄、何も不正はしていないが……強いて言うなら邪神が弱すぎた事くらい?
「……心当たりが無いんだが」
「貴様我の手を見て出す手を変えておったじゃろ! 気配感知まで使いおって! 後出しじゃ! インチキじゃ!」
「いや、なら俺が手を変えた時点でお前も手を変えりゃいいだろ、気配感知はお前も得意だし。そもそも勝負で手加減されてお前は嬉しいのか?」
「うっ……! ぐっ……ぐぬぬぬ……っ!」
英雄の言葉にぐうの音も出ない邪神、確かに勝ちたい、だがそれは譲られて得られる勝利では無く自ら掴み取った勝利である、言いたいことはままあるがそれを言っては今までの三万年を否定する事になる。
「うぬぬ……仕方あるまい! じゃんけん勝負の負けは認める……ならばじゃ! 今回はこれで勝負じゃ!」
そう言い放ち邪神が取り出したのは……
「兜と……バトルハンマー?」
「そうじゃ! これを使って……」
「シバキ合いか……」
おもむろにバトルハンマーを手に取り素振りを始める英雄、振っているはずのバトルハンマーが姿を失い、風切り音……ではなく音速の壁を越えた音が辺りに響き渡る。
「ふぁっ? いや、そういうガチ目なやつじゃない! あれじゃあれ! じゃんけんで勝ったらハンマー、負けたら兜の……」
「叩いて被ってじゃんけんぽん?」
「それ!」
ガチの殴り合いは駄目だがバトルハンマーを用いた叩いて被ってじゃんけんぽんはオーケーというなんとも理解に困る理論、じゃんけんで勝てば一方的にタコ殴り出来るという根拠のない自身が邪神の瞳に見て取れる……が、先日じゃんけんで惨敗を喫したのを忘れているのだろうか? 否! 断じて否! いくら邪神でもそこまで間抜けではない……と思いたい!
「ならばさあ行くぞ! じゃんけん!」
「おいおいちょっとま……ぽん!」
英雄『グー』
邪神『パー』
「ぬうおりゃあぁぁぁあ! くらええぇぇえ!!」
邪神が渾身の力を込めて振り下ろしたハンマーを難なく兜で防ぐ英雄……全身の関節と筋肉をフル稼働させ威力を散らすが、散らし切れなかった力の奔流が僅かにアパートの柱を震えさせる。
「ちょっ……」
「っっっ!」
二人が焦るのも無理は無い、勢いに任せておっぱじめた結果大家さんを喚び出しては世話が無い。二人の喉がゴクリと音を立てて鳴り、暫しの沈黙が部屋の中を支配する……。
「……大丈夫……かの?」
「多分……この時間帯は買い物に行ってるはず……ふぅ……。とりあえず場所を変えるか」
「うぬ、その方が良さそうじゃの」
☆☆☆☆
「ふむ、この辺りにこのような空き地があったんじゃな」
「長老の私有地でな、なんか新しくビルだかマンションだか建てたいから地盤を固めたいって言ってたんだが……」
英雄の意図を察してか邪神がニヤリと口角を上げる。
「つまりは好き放題出来る上にあの爺に恩が売れるということか、それにしてもなんで交通の便の悪いここらにマンションをのう……」
「あっちに古い神殿があんだろ? 何でもそこの宗教の重要施設で物件建てたら信者に高ぁ~く売れそうなんだとさ」
「ふむぅ……確かに何かの気配はするのぅ、古いと言っても四、五百年くらいか? 我のに比べればしょぼいもんじゃのう、ククク……」
そうは言うがかつて栄華を極めた邪神教の神殿は廃墟どころか残らず更地になっている、そのせいで英雄のワンルームに身を寄せていることを今は突っ込まないでおくのが優しさか……?
「さて、防音不可視の結界も張った、んじゃあ一丁」
「尋常に!」
「「じゃ~んけ~ん……」」
「「ぽん!!」」
気合を入れて振り下ろされた手が様々な型の残像を残し、一瞬の静寂を置き去りに流星の如くにハンマーが軌跡を残す。
「くぅっ! 防ぎおったか!」
「はっはっはっ甘い甘い、って~かお前じゃんけんに未来視は流石にやりすぎだろ!」
「くっくっくっ! 全力でなければ意味が無いのだろう? 貴様も使えるのだから使うが良い! 全力の貴様を叩き潰してくれる!!」
矢継ぎ早に繰り返されるハンマーの応酬、目まぐるしく攻守が入れ替わり、残像が揺らぐ度に轟音と共に衝撃波が大地と大気を抉る。
常人……いや、達人の域に踏みこんでいようとも瞳に捉えられぬ神速の攻防、そんな中で邪神と英雄は高笑いしながらハンマーを振り回す。
「じゃんけんぽん! あいこでしょ! うりゃっ!」
「じゃんけんぽん! おりゃっ!」
瞬きすら許さぬその只中で保たれていた均衡が僅かに崩れ始める。
「ハァハァ……ぽん! うぬぅっ!」
「じゃんけんぽん! おらっ! どうした? もうバテたか!?」
「ゼェゼェ、そんなわけあるかっ! まだ……まだまだぁ!」
一進一退の攻防の天秤を傾けたのはズバリ『運動不足』。日々鍛錬を欠かさず生きている英雄に対し、たまの散歩以外は食っちゃ寝の邪神、正しく日々の不摂生がそのまま鉛のように邪神の両腕にのし掛かり、肺を締め付け脳の処理をぼやけさせる。
「ゼェハァ……じゃんけんぽん!」
「このままじゃ決まっちまうぞ! じゃんけんぽん!」
何か……何か起死回生の一手を……! 邪神が朧気になる意識の中で必死にその何かを探し求める。と……
ミシミシミシ……バキン、ガラガラガラガシャーン!!
「んなっ!?」
崩壊する神殿に気をとられた一瞬の隙、邪神の伸ばした手がハンマーと兜をとり違える。
「あっ!」
「隙ありぃ!」
慌てて手に取ったハンマーを翳し防御姿勢を取るが、構わず振り下ろされた兜がハンマーを粉微塵に砕いて邪神の頭部を寺の鐘のように鳴らす。
「いっだあぁぁぁぁぁああああ!」
「うっし、取り違えで反則負けな」
「ぬがあぁあぁぁぁあ! いきなり神殿が崩れるとか無しじゃろ!? 何でこのタイミングで崩れる?? ってか取り違えの時点で勝負ついとるんじゃから兜で殴るのは余計じゃろうが!!」
「……まあそこはノリでな、うん、すまん」
詰め寄る邪神を宥める英雄、飴玉を邪神の口に放り込みようやく大人しくなった所でふと気付く。
「そういや何でまたいきなり崩れ……」
「確かに、造りは頑丈そうじゃったが……」
周囲を見渡した二人の目に映ったのは巨大なすり鉢状に陥没した大地とそれに巻き込まれ崩れ落ちた神殿の残骸……。
「ま、まぁ、何が起きてこうなったのかのぅ? 不思議じゃなぁ?」
「お、おう、隕石でも落ちたのかな? いや~……そういう事ってあるんだなぁ?」
……開発計画が流れて大損した長老は二週間程寝込んだとか。
~邪神様現在の戦績:1553戦1553敗~