邪神とじゃんけん
「フハハハハハハ! 英雄よ! 今日こそ年貢の納め時じゃ!」
「年貢……俺には税金を穀物で納める趣味は無いぞ?」
「だぁ~れが米を納めろと言った! 貴様が敗北を認め地べたを這うときが来たというのだ!!」
……邪神様は今日も元気である。
「最近将棋やチェスを挑んでこないと思ったら……なんかまた新しいネタを仕入れたのか?」
「んぐっ……しょ、将棋やチェスは貴様に一日の長がある、じゃからその経験の差を埋めてから再度挑む! その修行の間はこちらで勝負じゃ!」
景気よく啖呵を切る邪神が差し出したのは拳、それを見て英雄の纏う空気がガラリと変わる。
「……そうか……原点に帰るってぇ事か……」
「はひゅっ!?」
空気が鉛のように重い、まるで水中……いや、マグマの中に沈んだ時のような息苦しさ、呼吸しようと藻掻くほどに溢れ出た殺気が喉を灼く。色を失った世界の中で手足をバタつかせ邪神が声を絞り出す。
「ま、待て! そっちではない! こっち! こっち!」
「? そりゃあ……」
邪神が突き出した手の動きに合わせ、景色が色を取り戻し解放された空気が再び流れ出す。邪神の右手は忙しなく『グー』『チョキ』『パー』のハンドサインを繰り返している。
「……じゃんけん?」
「そうじゃ、じゃんけんじゃ。全く貴様も人が悪い、こんなにも簡単に勝敗を決められる方法があるのに秘匿しておるとはの」
……秘匿してい……たのか? 三万年も殺し合いをしておいて今更じゃんけん……? とも思うが邪神の眼差しは至って真剣である。そもそもじゃんけんは勝敗を決める何かをする前段階で行使される物かと思うが……まぁそこら辺突っ込むのは野暮であろう。
「まあじゃんけんで勝負するのは構わんが、お前はそれでいいのか?」
「ん? 何か言ったか? 見とれよ~ここから我の快進撃が続くのじゃ!」
本当にそれでいいのかという英雄の慈悲にもにた問いかけも耳に入らず、邪神は何やら両腕を絡ませ出来た隙間を覗き込んでいる。この邪神、本気である。
「ハハハハハ! それではいくぞ! じゃ~んけ~ん」
「ぽん」
「いやったあああぁぁぁあ!!」
「えっ?」
歓喜に沸く邪神、困惑する英雄。
邪神『パー』
英雄『チョキ』
「いや、喜んでるとこ悪いがお前の負けだぞ?」
「はえ? いやいやいや! 我の勝ちじゃろ?」
「いや、挑むならルールをちゃんと覚えてこい、それぞれ何を表しているか分かるだろ?」
英雄に諭され、納得いかない表情ながら一つ一つハンドサインを出しつつ説明する邪神。
「先ずは『グー』、岩を表す」
「おう」
「次は『チョキ』、鋏を表しておる」
「そうだ」
「最後に『パー』、神を表す最強の……」
「待て待て待て! なぜじゃんけんに最強がある、三すくみじゃないじゃんけんってなんだ? そもそもパーが最強なら互いにパーだけしか出さずにあいこにしかならんだろうが?」
英雄の言葉が邪神の頭の中の回し車をぶん回す、回し車の発する膨大な電力が邪神の頭上に豆電球を点灯させたその時、邪神が事実に気付き叫び声を上げた。
「長老め! 謀りおったな!?」
「そもそも長老の言葉を鵜呑みにするとか……素直すぎんだろ。……んで、正しいルールでもっかいやるか?」
「ふ、ふふん。敗北を前にして逃げぬ姿勢は評価してやろう、泣こうが喚こうが許しはせんぞ!」
…………
「うおぉぉぉお……なぜ……なぜ勝てぬぅ……っ!」
「泣いて喚いてんな、これで30連敗か? どうする? まだやるか?」
「にゃにおぉ……っ! ぐすっ! まだじゃ! まだこれからじゃ!」
「じゃんけんぽん!」
「ぽん!」
「ぽん!」
「うにゅるおあぁぁぁあ! なじぇ勝てぬぅうぅ?」
勝てぬのも当然、三万年にもわたる戦いの日々で培われた英雄の動体視力と気配察知は並みでは無い。高速で振り下ろされる手を苦も無く捉え、空気の僅かな揺らぎからその形を感じ取る……えっ? ズル? いやいや、長年培った力を発揮しているのにズルも何もありません。いや、多少は大人げないけども……だけどわざと負けてあげるのも違うでしょう?
「うにゅうぅう!」
「まだ、やるかい?」
「く、ククク……貴様は我を怒らせた! 覚悟するが良い! じゃ~んけ~ん……ぽい!」
「?」
英雄『パー』
邪神『三本指のチョキのような変なの』
「お前なんだこりゃ」
「ふっふっふ、油断したな! これぞ一日一回しか使えない『無敵』! 親指人差し指中指と掌で『パー』! 人差し指と中指で『チョキ』! そして薬指と小指で『グー』! 全てに対応した無敵の一手よ!!」
得意気な邪神、開いた口が塞がらない英雄……。
「え~っと……つまりだ、グーチョキパー全部揃ってるから勝ち……と?」
「ふふん、その通りじゃ、さぁ床に額を擦り付け我を崇めるがよい」
「いや、グーチョキパー全部なら、俺の『パー』に対して『チョキ』は勝ち、『グー』は負け、『パー』はあいこで、差し引きであいこじゃないか?」
「……っっっんなっ!?」
「それとな、じゃんけんにそういうルールは無い」
「っっっちょっ……長老めえぇぇぇえ!!」
項垂れ、床に額を打ち付け悔しがる邪神の肩に英雄が優しく手を添える。
「あ~……なんだ、反則負け……と言いたいとこではあるがまぁなんだ、引き分けにしとくか?」
「っっ! ……施しなどいらにゅわああぁぁぁぁああん! ひぐっ! まだじゃ! ぐすっ! まだやるんじゃ! 勝つまでやるうぅぅうえぇぇん!!」
号泣しながらも全く衰えぬ戦意、この日のじゃんけん勝負は邪神が泣き疲れて寝落ちするまで続いたのだった。
~邪神様現在の戦績:1552戦1552敗~