さよなら、私の前髪とファーストキス
何があったか理解できない私の目の前をパラパラと白銀の髪が落ちていく。
「っっっ!」
前髪を切られたことに気づき、しゃがみこんでしまう。
「あーあ。絶対やると思った」
「うっとしいものは嫌いだ。あと金にならないものも」
先ほどまで丁寧な言葉遣いで優しく対応してくれていたアーガイル様が急に砕けた口調になった。
ブラックリー公爵はまるで物を見るような目つきでこちらを見てくる。
親から可愛くない、醜いといわれ続け、アイリスは前髪で顔を隠すようになった。
しかし、前髪を伸ばしていくうちに、長い前髪があると、守られている気がした。
私の大切な前髪ちゃん。
長い長い間一緒に過ごしてきた大切な友達……。
冷たい目をした男。闇に生きてきた人間特有の恐ろしい雰囲気。
もしかしたら、殺されるかもしれない。
でも、今までだって家に引きこもり、死んだように……死んだも同然な生活をしてきた。
それなら、ここで死んだって同じだ!
ブラックリー公爵家に来るとき、私は決めたのだ!
自由に生きることを!
となれば……私の大切な前髪ちゃんを切ったこと、絶対に許せない!
私は立ち上がりつかつかと公爵様のそばまで行き、ぐっと顔を向け叫んだ!
「ブブブブブ、ブラックリリリリーここ公爵!!!」
前髪のない状態(つまり、裸にされているような気持ちなのだ)が久しぶりすぎて、声が上ずってしまう。
アーガイル様が吹き出した。
「わわわ、私のままま前髪をききき切りましたねっっっ。どどどうせせ責任をとと取ってくれるのですかぁ……」
だんだんと声が尻すぼみになっていく。
ああ、だめだわ。
前髪ちゃんがいないと、無防備すぎて……。
戦闘力が……。
公爵様に向けていた顔も今は下を向いている。
剣を握っている公爵様の手に力が入ったのが、目にうつった。
ああ、殺される。
でも、私は大切な友達(前髪)のため、自由に戦ったんだ。後悔はない。
どうせなら一思いに……。
唇に温かいぬくもりを感じた。
「え……?」
「責任ならお前と結婚すると言っている。それに前髪がないほうがマシだ」
ヒューっとアーガイル様が口笛を鳴らした。
「アーガイル。こいつを部屋に案内しろ。これ以上、こいつに割く時間がもったいない」
「はい、公爵様。それではアイリス様こちらへ」
突然のキスにとまどう私はアーガイル様が引きづられ部屋を出た。