ブラックリー公爵家へようこそ
「な、なんて広いの……!」
ブラックリー公爵家に到着した私が一番に驚いたのは、公爵邸の広さだった。
門を入っても広大な敷地が続き、なかなか公爵邸までたどり着くことができない。
道中にはなぜかいろんな種類の動物が放牧されており、とても動物を大切にしている雰囲気を感じた。
なぜかというと、牛が馬車の前を通せんぼしてきたときは、わざわざよけることはせず、牛が通り過ぎるのを待っていたほどだ。
ブラックリー公爵の恐ろしい噂とは真逆のほのぼのした空気に、緊張していた心がほぐれていくのを感じる。
そんなこんなで公爵邸についてもしばらく馬車に乗り続け、ようやく邸宅にたどり着いた。
邸宅の前には一人の優しそうな男性が立っていた。
「フランクリン男爵令嬢、ようこそお越しくださいました。私はブラックリー公爵の筆頭執事を務めますアーガイルです。これからどうぞよろしくお願いいたします」
「アーガイル様、フランクリン家の長女アイリスです。どうぞこれからはアイリスと呼んでください」
長い前髪の間からアーガイル様を見つめる。
アーガイル様は金髪で緑色の優しそうなたれ目に金縁の眼鏡をかけていた。
実家では気味悪がられていた長い前髪だが、彼は何も気にしていないようにふるまっている。
(実際にどうかはわからないが…)
「ありがとうございます、アイリス様。これから屋敷を案内させていただきますので、どうぞこちらに……」
公爵様に挨拶する前に、お屋敷に案内されることに驚く。
公爵様はお忙しいのかしら?
まあなんにせよ、緊張していたから丁度良い。
「アーガイル様、よろしくお願いいたします」
公爵邸はどこもかしこもピカピカで、お金がかかっていそうな装飾で埋め尽くされていた。
当たり前だけれど、自分の生家と比べ、公爵様がとんでもないお金持ちだということを実感する。
そのすごさに体が震えてくる。
「アイリス様、大丈夫ですか?」
「あまりにすべてが素晴らしくて……恐ろしくなってしまったの」
「ふふ、そうでしたか」
意味深な笑みを浮かべたアーガイル様はある部屋の前で止まった。
「こちらで旦那様がお待ちです。旦那様、フランクリン男爵令嬢をお連れいたしました」
ま、待って!いきなり!?
確かにお屋敷の案内は終わったけれど、すぐに旦那様へのご挨拶なんて聞いていない。
心の準備が……。とぐるぐるしているうちに、目の前の扉が開けられた。
緊張で扉の前から動けない……。
「はいれ」
「は、はい」
ブラックリー公爵に声をかけられて、ようやく足が動いた。
長い髪の間から見たブラックリー公爵はとても美しかった。
艶やかで美しい黒髪に、月夜を思わせるような涼やかな金色の目。
誰のことも寄せ付けない冷気さえ感じる雰囲気。
美しき死神……その言葉がぴったりだと感じる。
思わず見惚れていた私に公爵が言葉を発した。
「私はお前の夫となるエドワード・ブラックリーだ」
「私はアイリス・フランクリン。フランクリン男爵家の長女です。ふつつかものですが、これからどうぞ……」
と、いきなり言葉を遮られた。
「うっとしい」
そういうと公爵様はそばにあった剣を手に取り、私の前髪をばっさりと切りつけた。