後編
春の日差しが温かくなってきた今日このごろ。王城にある聖堂で盛大な結婚式が行われていた。
光が反射し、色とりどりにきらめくステンドグラス。美しく響く音色。降り注ぐ、花びら。
これが、他人事であったのならば。
私は今日という日を喜べたはずなのに。
でも、無理だよ。私は、今日という日を喜べない。
だって、私は新婦で。
新郎は、わたしの弟…デイヴィッドなのだから。
断言しておくが、決して私はデイヴィッドに恋情なんて抱いていない。
デイヴィッドも、姉の私に恋情を抱いている訳では無い。あくまでも、平民のリズに恋をしているのだ。
姉と知っていてデイヴィッドが私に恋情を向けたのならば、私の心は壊れる。辛すぎる。
「新郎、デイヴィッド。新婦、リズよ。
汝らは、いつ如何なる時も共に寄り添い、愛することを誓いますか」
「はい、誓います」
デイヴィッドはハッキリと、そう宣言した。
誓わないでほしい、切実に。
そして、いつ耳栓をとったの…?
「…まぁ、誓ってもいいけれど」
デイヴィッドが想像をかけ離れた阿呆と知っても、愛してる。有言実行してるよ。
でもね。
愛してるからって、怒りが沸き起こらないないわけないでしょ。この所業に対して、なにも感じないわけないじゃない?
人の話は聞かないし、勝手に婚約するし、挙句の果てには結婚式まであげて!
姉だから、許せるなんて次元にない。
私は怒っている。いいえ、激怒している。
だから、思いのままに叫んでいた。
「愛してるからっ、結婚なんて出来ません!今、すぐに!婚約破棄をお願いしますっ!」
もはや婚約破棄を求める次元に無いのは頭の片隅でわかっていた。けど、何ヶ月もこの言葉を言うためだけに、奔走してきたのだ。言わせてほしい。
いつしか、最高のタイミングで、最高の笑顔で淡々と告げるはずの言葉は、私の怒りと共に告げられた。
「だって、私はエリザベス・ベレット!デイヴィッドの姉なのですからっ!」
◆◆◆
太陽が真上に登り、温かい筈の会場は寒々しさを纏っていた。
輝きを失ったステンドグラス。不安定に消えていく音色。まばらに散っていく花びら。
正に悲惨。
そして、悲惨の渦中にいる2人を会場の人々はなんとも言えぬ心持ちで見つめていた。
それは、ノア・クライアンツもそうであった。ノアは2人が姉弟であるとは知らなかった。見事なすれ違いによって、今までの会話が成立していただけに過ぎない。
ノアがエリザベスに平手打ちをくらうのは、また後の話だが。
2人をよく知るノアも、会場の者も。
リズがエリザベスであるという事は、最早疑うまでも無かった。
彼女に王妃という立場を捨て置いてまで嘘をつくメリットが無いことと。
なにより、2人の容姿はよく見ればとても似ているからだ。
しかし、だからこそ。それは、不安を招いた。
このどうしようもなく残酷極まりない真実に対し、デイヴィッド殿下はどう出るのか、と。
「そ、そんな…」
デイヴィッドは静かにそう零した。
会場の者たちは、そんなデイヴィッドに同情の眼差しを向けていた。
愛した者が姉であったなんて、どんなにつらい事だろうか。
どうか立ち直り、新たな恋をしてほしい。そして、幸せになって欲しい。
皆はそんな思いを胸にデイヴィッドを再び見つめた。
「き、禁断の恋だったというのか…っ?」
「は?」
「っ…リズ!いいや、エリザベスっ。例え君と血が繋がっていようと、僕は君を愛そう!」
「え、え?」
会場の者達の心と体を置き去りに…
デイヴィッドはエリザベスの手を取り会場の外へ、愛の逃避行を…
「ばっかたれがぁぁあっ!!」
…することは出来なかった。
エリザベスはデイヴィッドの手を容赦なく振り払い、精いっぱいの罵倒をした。
「な、何を言っているんだ、エリザベス。僕らは愛し合って…」
「ないっ!男としてデイヴィッドを愛することは天地がひっくり返っても無いっ!」
エリザベスは力強く断言した。
それはもう、力強く。
デイヴィッドは一瞬たじろぎ、叫ぶ。
「で、でも…君は、6年前に街で会った……!」
「は!?人違いですっ!」
エリザベスはデイヴィッドの運命(思い込み)を一刀両断する。
「い、いや、しかし!その君が大切にしているペンダント!あの時持っていた物のはずだっ」
「…ペンダント?」
デイヴィッドはビシッとエリザベスの首に掛けられたペンダントを指さした。
エリザベスはペンダントを見て、逡巡した。
このペンダントは限定品で、透明な石の中にネモフィラが入った、エリザベスのお気に入りだ。
勿論限定品だから、この考えが正しいとは限らなが…
「その日は…花祭をしていませんでしたか」
「…!あぁ、していた。やはり君は…」
「その子は金髪ショートで、スカーフをしていて、青い服で…ズボンを履いていた?」
「ズボン……?」
デイヴィッドはズボンと言われ、あの日を思い出そうとした。
確かにあの少女は青い服を着ていた。ひらひらと風にはためくスカートが綺麗で…
いや、まてよ。あれは…スカーフ?
あの時、ズボンを履いていたよう、な…
「ああ…言われてみれば、ズボンを履いていた気がする。さぁ、これで証明されたはずだ!僕と君は運命だったと!」
デイヴィッドが自信満々に言い放った言葉に、エリザベスはおずおずと言った。
「いえ、あの、恐らくですが。それ、私の村にいる男の子だと、思います」
「…は?いいや、確かに女の子だった。あのように可憐な男がいるはずない」
「その男の子…凄く可愛いんですよね。そして、このペンダント、その子に貰ったものなんです。彼に、その時迷子の男の子に会ったとも聞いてますし」
「えっ…え…」
「つまり、デイヴィッド殿下の運命の相手は美少年と言う事になりますね」
エリザベスはしっかりとデイヴィッドにとどめを指した。
デイヴィッドは昔の思い出の破壊とともに失恋のダブルパンチで再起不能になっていた。
会場の者達はデイヴィッドのその姿を心から哀れに思った。
過去も、今も勘違いだらけ。
_う、うわぁ…
何故だろう。エリザベスは被害者で、デイヴィッドが加害者、そういう立場なはずなのに。
会場の者達は、デイヴィッドへの同情が尽きないのだった。
そうして、この悪夢は終焉を迎えた。
◆◆◆
あの後、大聖堂での騒動は瞬く間に広まって行った。
そう、王家の醜聞として。
なぜ王家の醜聞なのかというと…
騒動からすぐの、後日。
デイヴィッドの黒歴史は瞬く間に広がった。
_え、わぁ。…うわぁ。
そんな感想と共に。
そしてこの黒歴史に付随して、当然のことながらエリザベス王女が王家の家系から抜けていなかったことが自然と広まった。
そうなれば、なぜなのかという話になる。
平民として生活していたエリザベスが、多額の入学費を必要とする貴族学園に入学出来た理由も疑問視された。
話の矛先はそのまま王家…つまり、ヴィルハイム国王陛下とエリーシャ王妃殿下へと向いた。
ヴィルハイムははぐらかし続け、エリーシャは何も知らない。王家の在り方そのものが問題視されてようやく、ヴィルハイムは事の発端の全てを白状した。
ヴィルハイムが語るに、昔その罪により廃妃となったフラヴィアは無罪で、ヴィルハイムが故意にきせた濡れ衣だったそうだ。
すべては、エリーシャのため。馬鹿で阿呆で、最高に可愛い彼女の為。ヴィルハイムはそんなエリーシャが常識を知ることを嫌った。だから、賢いフラヴィアに感化されたエリーシャを酷く嫌がったのだ。
そしてついには、罪のない親子を追い出した。
その際に罪人のフラヴィアの戸籍手続きは必須だったものの、エリザベスまでは必要ではない。それに、エリザベスの戸籍手続きまでしていては時間がかかる。
そう考えたヴィルハイムはエリザベスを王女としたままにした。
それが事の発端だった。
しかし、ここまででも随分と酷い話だが、これには続きがある。
それは、デイヴィッドがフラヴィアの実の息子であるという事。つまり、ヴィルハイムはフラヴィアから息子を奪い取ったのだ。
エリーシャは、子供が出来にくい体らしかった。このまま子を授からない可能性も十分にある中、すでにいる王子を手放すのは惜しかった。
だから、フラヴィアの子をエリーシャの子として公表した。
2人は当時フラヴィアを慕っていた者達から、特に批判を受けた。
しかしこの中で分かったことは、エリーシャが世間の情報を一切として知らされずに生活していたということ。
エリーシャは本当にこの事件の真相の一切を知らなかった。
だから許されるのかと言われれば、そうではない。
けれど、フラヴィアはエリーシャを許した。
フラヴィア曰く、エリーシャも自分にとってみれば、民草のひとり。改める心が有るのならば、許そうと。
そうして今後のエリーシャへの教育をフラヴィアが務めることになった。
デイヴィッドは、余りの阿呆さに王太子の立場を不安視されていたが、エリーシャと共に再教育をうけることとなり、事なきを得た。
ヴィルハイムはフラヴィアに正式な謝罪をし、褒美を与えた。
風の噂では、平手打ちをくらったらしい。
そして、デイヴィッドの再教育が終わり次第、王位を譲り渡す事となった。
これらの寛大な措置はすべて、偉大なる元国母、フラヴィアの力によるものが大きい。
国王を平手打ちし、娘と息子が結婚をしかけるという騒動を解決に導いたその能力は改めて評価された。
そして、この騒動は皆がフラヴィアをよく知るきっかけとなり、その偉大さを実感したのだった。
フラヴィアのその圧倒的カリスマ性は、皆の反論を許さなかった。
◇◇◇
「お母様、デイヴィッドから手紙が…」
あれから、数年。
エリザベスは王家の戸籍から抜け、学園を卒業した後に、村に戻っていた。
何故かと問われれば、デイヴィッドと適切な距離感を保つ為である。
あの騒動を経て、エリザベスは時間をかけてゆっくりと家族として関係を構築していこうと考えるようになっていた。
今では、手紙のやり取りを交わす仲だ。
「えーとね…あら、婚約者ができそうだって」
エリザベスは何だか微妙な感じでその文字を見た。
婚約者…苦い思い出しかない。
「あら、そう」
「うん、今度会いに行こうね」
あの目まぐるしい日々は終わりを告げ、皆が新しい環境へ踏み出していた。
ここから語られるのは、デイヴィッドが治める国での、家族の幸せな物語である。




