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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

模型が奏でる不協和音【proto】

作者: 旧素 瑳凪

文章、表現ともに非常に拙くなっておりますが、ぜひご一読いただけると嬉しく思います。

「模型が奏でる不協和音(ディスナンス)


序番  死られず


「きっ、君は一体誰なんだ!」

人気(ひとけ)のない4階の廊下の隅で八城高校の生徒会長、白夜明(びゃくやあける)が、謎の人影に言い放った言葉は、その階層中に響き渡った。

誰に聞かれることもなく、誰に気付かれることもなく。

すると、影の手から剣が伸び出て、いや、生えてきたと言った方がいいだろう。その剣先が明の喉元に少し食い込み、止まった。

そして影は答えた。


「私は、【剣の模型(ソード・シナリオ)】」


「女の声!?」

明には月明かりを浴びた影しか見えていなかった。だからこそ、その清純な声を聞き、驚いた。

だが、目の前で対照的に起こる残酷な出来事に明の体は震えていた。

「オンナ?・・・フフフ、そう、ヒトは私の事をオンナと呼ぶのですね。」

影は、不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

「なっ、何を言っている!それが常識だろ!」

「ジョウシキ…それは何ですの?」

「そんな事も解らないのか!常識というのは、人げ…」

「おしゃべりが過ぎましたわ。」

明の発した言葉は、影に届くことは無かった。

その代わりに影の剣だけが届き、明の喉が切り裂かれた。

同時に、壁に血飛沫が飛散する。

「あうっ…こ…が…」

明は喉を押さえ、痛みに悶えながら必死に声を出そうとする。

「まだ生きていらしたの?しぶといですわね。」

「ごっ…ごく…は…」

必死に影に手を伸ばし、抵抗しようとするが、叶わない。

「楽にしてあげる。」

影は剣を構え、その時間を切り裂くような目に追えない様な速さで、明の首をもう一度、今度は確実に斬り落とした。

ボトッ、という微かな音が廊下に静寂を与えた。

辺りに飛散する鮮血は、月明かりを帯びて美しく輝く。

だが、生々しい血の臭いに包まれた廊下は同時に、その出来事の残酷性を物語る。

その中で影は興奮していた。

「フフ…呆気無い最期でしたわね。それでは【真意(リアル)】を…」

影は、明の左眼を見た。

次に出たのは満悦に溺れた声では無く、焦燥が混じった疑問の声、

「違うッ!…まさか…こいつは、偽物!?…あっ、あり得ない!」

影は自分の間違いに気付いた。

自分のターゲットは目の前の血の海に沈んだ少年では無くもう一人の方だということに。

「どういう事ですの?…もっと「彼」のことを調べてみる必要がありますわね…」

そう言い残すと、【剣の模型】はその場を立ち去った。

血の海だけが広がった、美しくも残酷な場所から。




第壱番  灯光              


「ハァ…」

9月1日、太陽が照りつけ、コンクリの上にはまだ陽炎が立ち上っていた。

その状況を最も嫌う種族に入っている俺、白夜香(びゃくやかおる)の1日は、ため息と共に始まった。

今日は学校の始業式だ。ダルい。

1ヶ月以上あった夏休みも昨日で終わった。

だが、単に夏休みと言えど、二日に一回あるか無いかの部活に行き、暇なときは部活の奴らとゲームをしていた。それが夏休みにあった事だ。夏休みと言うより、休日の長いバージョンのようなものだった。

まぁ、そのコンピ研も8月16日でとっくに活動を終えているが。

もちろん宿題もちゃんとやった…はずだ。

俺は夏休みと聞くと思い出される記憶がある。

それは7年前、10歳のときに遭った交通事故。

ニュースでも「史上最悪のバス事故」と、取り上げられた。

乗客乗員合わせて57名のうち、49人が死亡、2名が重傷、そして、俺を含む6人が無傷での生存、」という事故だった。

生存者は、俺、会社員のオッサン、銀髪の少女、妊婦のおばさん、

運転手、そして俺の兄貴の6人だった。

そのとき、俺の親は死んだ。それ以来、兄貴と二人暮らしだ。

親が遺してくれた一軒家で暮らしている。

そんな事を思い出しながらふらふら歩いていると、ふと昨日の事を思い出した。

そうだ。兄貴が「部活行ってくる。」と言って家を出たきり帰って来なかったんだ。

学校では生徒会長という役を担っているため、家に帰ってくるのが0時を過ぎるのは日常茶飯事だった。

部活の後に仕事でもあったのかな、と思って11時頃にベッドに入り、朝起きて、1階のリビングに行ったが、いつもキッチンで朝飯の用意をしている兄貴の姿はどこにもなかった。不思議に思い、俺は兄貴のケータイに電話をしてみたが、留守電になった。

ならばと思い、兄貴の彼女、琴音さんにも電話してみたが、琴音さんは「私の家には来てないよ〜」とあくびをしながら言っていた。

兄貴はなぜ帰って来なかったのだろう、と思考を回していると、いつもは気づくはずのイベント、後ろからののしかかりに気付くのが遅れた

「やぁぁぁ!!!」

「あぐっ!」

「おっはよー!今日は私の勝ちね!」

「ったく、朝からうるせぇな!」

こんな日に耳鳴りがする程の大声で叫んで来る奴を俺はこの世で一人しか知らない。

俺の幼馴染兼彼女、神堂(しんどう)七悉美(なつみ)だ。

七悉美は、俺と性格も成績も正反対の兄貴とも仲が良い。兄貴と同じ陸上部だし。

「どうしたの?なんか顔色悪いよ?」

「おっ、おう、そうか?」

「気のせいかもね」

その言葉に俺は少しビクッとした。

七悉美はたまに恐るべき洞察力を発揮する。

そのため、俺はなるべく顔に出さないように努力しているが、

七悉美曰く、「無駄」らしい…

だが、何故か今日はごまかしきれそうな気がした。

よし、話をそらせてみよう

「なんだ、気のせいか…それはそうとお前、今日部活どうしたんだよ」

「えっ…バレちゃった?」

「バレちゃった、ってお前!」

「だって、始業式だよ?面倒くさいじゃん」

「先生厳しいんだろ?大丈夫なのか?」

「大丈夫大丈夫!成績はちゃんと取ってるから!」

ピースサインと七悉美の自信満々な声を聴くと何も言い返せない、

そう、陸上部には『長距離』と『短距離』があり、七悉美は短距離の方で、しかも全国で2位に入る程の実力者だ。

「そうか、なら心配はいらないな。」

「お兄さん、怒ってるかなぁ?」

俺は兄貴の話題を急に出されたので、一瞬ドキッとしたが、何でもないような顔をした。

「そっ、そうかもなー」

すると、七悉美は何かを察したのか、俺の顔を覗き込み、

「あれぇ〜?なんか隠してる?」

なんて言うから図星だった俺は出来るだけ自然にやり過ごそうと思い、

「べっ、別になんでも…」

少しつっかえ気味にになってしまった。まぁ、俺的には上出来だな、と思ったが。

だが七悉美はすかさず、ワントーン声を下げて

「顔に出てるよ。」

と言ってきた。

「うぐっ…」

さっき俺が期待したことは見事に粉々に打ち砕かれた。

七悉美の洞察力、恐るべし。

学校の皆からみれば天使のような微笑みらしいが、俺から見れば悪魔としか思えない微笑みから逃げられる訳もなく、俺は尋問を受けているかのように

昨日から今日にかけてのことを洗いざらい話した。

すると七悉美は、

「そっか…やっぱり心配だよね」

そう言ってくれた。

「なんだ、心配してくれるのか?」

「そっ、そりゃぁ心配するわよ。だって、香のお兄さんは、私の憧れの…」

最後らへんはゴニョゴニョ言っていて聞こえなかったが、兄貴の事を言った様な気がしたので、

「ん?何か言ったか?」

と、聞いてみた。すると七悉美は顔を赤らめながら、

「べっ、別に何でもないわよ! でも、色々お兄さんもやる事あるんだよ、きっと…」

少し焦ったように言った。俺は、心の中でガッツポーズを取りながらも、

後半の言葉に相づちをうった。

「そうか…って言うか、そうだな。」

俺はあくまで平然とした態度で返した。

そんな事を話しているうちに学校に着く。

俺は目の前にある校舎を凝視すると、再度大きなため息をついた。

七悉美は頭の上に「?」を浮かべていたが、気にせずに俺はその建物の敷地内に入った。

憂鬱さを頭に浮かべながら。


第弐番  時剣が凍る  


下駄箱で上履きを履き、七悉美と一緒に階段を上って2年生の階、4階に着いた。俺は1組、七悉美は3組なので、それぞれの教室に入った。

1組の教室に入ったら、クラスのみんなが俺を囲んだ。

今度は俺、何をしたっけ?と俯き、心の中で情報整理していたら、ある事に気がついた。

誰も俺に飛びかかってきたりしない。動こうとも、喋ろうとする気配もない。

変だなと思い、俺は顔を上げた。

すると、目の前の光景に息を呑んだ。少しばかり恐怖心も芽生えた。

みんながみんなうつむいていた。

誰も顔を上げたりせず、そこに突っ立っていた。

人形が並んでいるかのように、そして時が止まったように、目の前の人間達がピクリとも動かない。

そんな中、先頭にいたクラスで俺と一番仲の良い須賀本波留(すがもとはる)()がその場の沈黙を破った。

「なぁ香、お前あの事、知ってるか?」

「なっ、何だよ波留哉、あの事って。」

周りにいた他の奴らから「知らないんだ」とか、「マジかよ」と言う声が聞こえた。

無論、波留墅からも、「やっぱり知らないんだな」と言われた。

「だから、何の事だよ。」

「お前の兄貴の明さんが亡くなってたんだよ。6階の生徒会室の前で。」

波留墅は、そう言った。

俺は、一瞬、波留墅が何を言っているのか解らなかった。

兄貴が、殺された?…

確かに、昨日兄貴は帰って来なかった。

どういう経緯で昨日の家の状況を知ったのかは知らないが、「亡くなっている」というのは、さすがに冗談がきついと思った。

「波留墅、俺が何をしたのかは俺でも分からないがよ、さすがにそんな不吉なハッタリは言ってほしくないなぁ」

「ハッタリなんかじゃねぇよ。」

「波留墅、そろそろやめないと怒るぞ。」

「じゃぁ、付いてこい」と言われた。

いつまでこんな冗談に付き合わされるんだ。と思ったが、これで波留墅とクラスの奴らの気が治まるんなら良いかな。とも思ったので、言われるがままに付いていった。

波留墅達は、本気で生徒会室と兄貴のクラス、第3学年6組がある6階に行った。

廊下を進み、そろそろ廊下の突き当たり、生徒会室があるところで俺を囲んだ総勢41名の集団は動きを止めた。

背伸びしてみて見ると、俺たちの前にも5、60人程の人だかりができていた。

嫌な予感がした。

俺は、「すいません」と言いながらその人ごみの中をかき分けていった。

そして、やっとの事で最前の場所に到着した。ふと左を見ると、琴音さんが泣き崩れていた。

まさか、と思った事と、眼前に広がる光景を見たのは、ほぼ同時だった。

壁に激しく付着した血。レールから外れた扉。割れた花瓶。

その全てが、この場でどんな惨劇が起こったかを物語っていた。

そして真ん中には兄貴がいた。いや、あったと言おう。

喉は切り裂かれ、胸の所には刃物で貫かれたであろう深い傷があった。

顔は極めて綺麗で整っていた。そして、その眼差しからはしっかりと生徒会長の威厳が感じられた。

信じられなかった。兄貴の亡骸を再度見ると、感じた事のない衝撃に襲われ、俺はその場に倒れた。

意識が遠ざかり、眩んでゆく視界の中で波留墅が何か言っていた。

俺はそのまま目を閉じ、意識を無くした…



第参番  観得るか未宴か


目を覚ますと、そこは俺の部屋のベッドの上だった。

起き上がろうとするが、体が言う事をきかない。

だが、かろうじて頭は動かせた。

頭を動かし、あたりに目をやると右に七悉美がいた。

七悉美は、椅子に座りながら寝ていた。

手にタオルを持ったままだった。

ずっと看病してくれていたのなら、七悉美が目を覚ました時に礼の一つでも言わないとなぁ、と思った矢先、七悉美が目を覚ました。

「ん、ん〜…」

「おはよう」

「ん?あっ、おはよー…って、えぇ!」

「よう」

「よう。じゃないわよ!あんた、ずっと寝てて…もう!」

七悉美は、目に涙を浮かばせながら、そう言った。

「そりゃいきなりで悪かったな…ところで体が動かないんだが…」

「まったくもう!どこまでも世話の焼けるカレシさんだこと」

すまんな、と言いながら七悉美の力を借りて、俺はベッドから出た。

ベッドから出ると、意外と一人で立てる事に気がついた。

時計を見ると、9月3日の午後6時6分だった。

「2日も寝てたのか…」

寝起きの、いや、活気のない声で俺はつぶやいた。

「ホント、よくそんなに寝ていられるわね。尊敬するわ。」

ため息をつきながら七悉美に呆れ顔でそう言われてしまった。

だが、2日前、俺はあの場で倒れた。

それから、俺は失神状態に陥り、何があったのかが分からなかった。

「この2日で何があったんだ?」

俺はそう聞いた。すると七悉美は、

「何があったかもなにも、香が倒れたって言うから駆けつけてあげたのよ!」

あげた、の部分だけ強調されていたのが謎だが、あまりにも耳に響く声だったので、

「うるせぇ声出すなよ、寝起きなんだから。それに、死体見ただけで死ぬような柔なメンタルじゃねぇから」

と、苦言を呈してみた。

すると、七悉美はまた、ため息をつきながら言った。

「失神はしたけどね。」

 実際にあった羞恥事を言われてしまってはこちらも言い返せないので、

「うるせぇ…」

としか言えなかった。

またもここで七悉美に一本取られてしまったわけだが、俺が知りたい事はもっと他にある。

「七悉美、兄貴の事は…」

隣にいる七悉美はその場でうつむき、かすれた声で、

「知ってるよ。」

と、言った。俺は、

「兄貴の面、綺麗だったろ。」

そう聞いてみた。すると、七悉美は涙を流しながら、

「うん、綺麗だった」

と、言ってくれた。

やっぱり七悉美の涙を見ると、胸が苦しくなる。

俺は、七悉美にこれまでのいろんな意味を込めて、

「ありがとな。」

そう、呟いた。

すると、七悉美は頬を赤くしながら、

「なっ、何よ、急に」

と、返してきた。

その後は、自然な流れで喋る事ができた。

「色々、してくれたみたいだからさ。」

「ふ〜ん。香にもそんな心があるんだ。」

「そっ、そりゃぁあるさ。人げ…」

「【模型(シナリオ)】…」

「ッ!?.今、何つった?」

「秘密、な〜んでもない。さ、ご飯にしよ!」

七悉美は、本当に何でも無いように1階のキッチンに行った。

だが、俺にとっては聞き流せるような言葉ではなかった。

聞き間違いか、とも思った。だが、【模型(シナリオ)】という言葉は、たとえ聞き間違えでも無視できない。

模型(シナリオ)の事は、誰にも言った事が無い。

家族にも、七悉美にも、クラスメイトにも、そして、兄貴にも。

まず俺は、人間じゃない。

いわば、人間のような「機械」だ。

通称、【模型】(シナリオ)。

俺を作ったのは誰なのかは、自分でも解らない。

だが、俺が知っている事はいくつかある。

まず一つは、「神の子」と言われ、全部で26体いる事。

二つ目は俺はその中で25番目に作られた事。

そして三つ目、それはそれぞれの【模型】には、特殊な能力が備わっていることだ。

模型には能力を発動するための眼球が右目に付いている。

通常時は普通の人間のような目だが、能力を行使すると青く光る。

もちろん、普通の眼球のように周りを視ることもできる。

なので、俺は自分の能力、「真意」の眼球しか付いていない。

ここまで自分のことを思い返した所で七悉美がおかゆを持って部屋に入ってきた。

両手をおぼんでふさがれている七悉美は、足で扉を開け、おかゆに息を吹きかけ、冷ましながら部屋に入ってきた。

「おかゆ作ってきたよ〜」

「おっ、サンキュー」

七悉美はおかゆの入った椀を机の上に置くと、

「はい、どうぞ!」

と、なぜか元気よく言った。

「お前、料理できたっけ?」

「失礼ね!おかゆくらい作れますよーだ!」

「一学期の最後の調理実習のとき、ハンバーグ焦がしてたくせに?」

「うぬぬぬ…覚えてなさい…」

今度は俺が一本取った所で、おかゆを食べようとした。

だが、腕が言う事をきかず、動かせない。

「あっ、あの〜七悉美さん?」

「ん?何?」

「大変言いにくいのですが…」

「何よ〜、言ってごらんなさい!何でもしてあげるから!」

絶対嘘だ。と思ったが、一応言ってみようと思った。

「あの…その…腕が動かせないんです…」

「だから何?」

「おかゆを食べさせてもらえないかと…」

「えっ!…それって、あたしが、香にあーんをするって事!?」

こいつは何を言っているんだ?と俺は思ったが、結果的にはそうなってしまうから、

「…そう言う事です。」

自分でも意識しながら、できるだけ申し訳なさそうに言った。

すると七悉美は、顔を真っ赤にし、その赤面の前で腕を交差させ、ブンブン音が鳴るような勢いで手を振り、

「無理無理無理無理!!あたしそういうの苦手だから!」

恥じらいと焦りが入り交じったような顔と動作の中七悉美は言った。

やっぱり七悉美の言う事は嘘だったが、俺も俺で勢いに乗せて、

「今さっき何でもするって言っただろ!」

もう夜も更けてきてるのに、声を張り上げてしまった。

「そうだけど…それとこれとは別!」

何が「別」なのかは分からないが、ここまで拒否されてしまったらできるかどうか分からないが、あの方法を実行するしか無い。

「分かった。じゃぁ、しょうがないな」

その俺の言葉に、七悉美は何かを察したらしい。

「…何するの?」

シンプルだが、俺に恐怖心しか植え付けないクエスチョンをしてきた。俺は口で言うのもアレなので、行動で答える事にした。

「お前の少々危ない場所を見る事になるが…」

いつの間にか、胴体が動かせるようになっていた。それに気づいた俺は、その胴体を駆使し、おかゆのあるテーブルまで転がっていこうとした。

すると俺の意図を察したのか、七悉美は顔を真っ赤にしながら、

「わっ、わかったわよ!その代わり、今回だけ特別だからね!ありがたみを持って食べるのよ!」

と、言って、おかゆを持ってきて、「あーん」とまでは言わなかったが食べさせてくれた。

初めて、七悉美に完全勝利を収めたような気がした。

飯を食ったら自然と体が言う事を聞くようになり、ベッドから出た。

いざこざがあったが、かなり長めの夕食を食べ終わった後、俺と七悉美は俺の部屋の中でいろいろ喋った。

この2日間であった出来事、学校の変化、そして兄貴の事も…

喋っていたら、いつの間にか午前0時を回っていた。

「もう、日またいだのか」

すると、七悉美は素っ気なく

「そーだねー」

と、言いながら立ち上がり、月光が輝く窓ガラスに近寄った。

だが、七悉美は月ではなく、その真下、道路の方を見ながら呆然としてるように見えた。

俺は七悉美に「どうした?」と話しかけた。だが、返答は無かった。

俺の呼びかけが頭に入らないほど集中して道路を見てるようだった。

「おい、どうしたんだよ。」

と、俺はさっきより少し大きな声で聞いた。

そうすると七悉美は、「ちょっと来て」と小声で言った。

俺は、その言葉通りにベッドから体を起こし、七悉美の方に向かった。

そして、七悉美は耳元でこう囁いた。

「あそこ…誰かいる…こっちを向いてる…」

「あそこ」と七悉美は指を指しながら言った。

だが、俺にはその方向に人は見えなかった。

「どこに人なんかいるんだよ」

「もう、物わかり悪いわね。電柱の下よ、ほら!」

と、顔をつかまれ、俺は強制的にその電柱の下に視線を向かされた。

それでも、俺には人なんて見つけられなかった。

「だから、人なんかいねぇって。お前も疲れてんだよ。俺は寝るからな。」

と、俺は言い、ベッドに入った。

七悉美も諦めたのか、その後騒ぐのをやめ、俺に「おやすみ」と言って俺の部屋を出ていった。

七悉美が俺の部屋を出た後、俺はしばらく起きていた。いや、眠れなかった。

眠れなかった原因は、七悉美が【模型】の事を知っていたのが謎でしょうがなかったからだ。

頭が俺よりだいぶ良くても、無駄な雑学の量では俺に劣る七悉美がなぜ俺の秘密を…

その事をずっと考えて眠れなかった。あらゆる可能性から答えを導き出そうとした。

だが、結局分からないまま、いつの間にか寝ていた。



第四番  Q∩A        


次の日の朝、掛け布団をはぎ、上体を起こして時計を見ると、午前6時32分だった。

昨日の事を考えていたら無意識に寝てしまっていたようだ。

だが、学校に行くまで十分に時間はあった。

ベッドから出てふとテーブルの上を見ると見た事の無いふせんが1枚あった。最後に「七悉美より」と書いてあったので、誰のかはすぐに分かった。

内容は、ちゃんと学校に来い、という事と、朝食は冷蔵庫の中だということ

だった。最後の行に「P.S.昨日の事は本当だからね!!」と書いてあった。

「はいはい」

不意に声が出た。

この家も兄貴がいないとこんなにも静かなんだ、と寂しさを感じながら食事と用意を

済ませ、家を出た。

そこからはいつもと同じように登校した。

今日は七悉美の飛びつきを裏拳で阻止した。

教室に入ると、一目散に波留墅が飛びついてきた。残念ながらこちらは阻止できなかった。

すると、波留墅は頭をワシャワシャしながら、

「やっと戻ってきたか香!」

と、嬉しそうな声をあげながらそんな事をしてくる波留墅を体から下ろし、逆に頭をワシャワシャし、

「おう!戻ってきたぞ、波留墅!」

と言ってやった。

すると波留墅は俺の事を気遣ってくれたのか、

「もう大丈夫なのか?」

と、聞いてくれたので、俺は、「もちろん!」とグーサインを出しながら返した。

それから俺はカバンを机の上に置き、いつもの朝のプロレスに入った。

朝の学活が始まるチャイムが鳴ったので、俺は急いで教室に戻り、先生が教室に入る2秒前に着席した。

心の中で「セーフ」という判断をした後、波留墅達とVサインを交わし、

俺は学活モードに入った。

学活をすると言っても、基本は自習か読書だ。俺はそのどちらにも属さず、

読書をする振りをして教科書に落書きをしている。

今日も早速落書きをしようと机から社会の教科書とその教科書を遥かに凌ぐ

大ぶりの聖書のような物を取り出した。

すると担任の萩原先生、通称「おはぎ」はいきなり「今日は学活は無し!」と言った。俺は少し残念だったが、内心すごく喜んでいた。

先生は話を続け、「今日は転校生を紹介する!」と朝のテンションとはかけ離れた声の音量で言った。

周りの男子からは「かわいい女の子だといいな」とか、それに似たような声が多々聞こえた。

そんな奇跡は起こんねぇよ、と内心思っていたが、その思い込みは2秒という速さで覆された。

入りなさい、と先生に言われ教室に入ってきた美少女は、まさに「天使」と

呼ぶにふさわしい容姿をしていた。

風になびく、長く艶やかな銀髪、

細い手足に高校2年生とは思えないくびれの細さ、

さらに、少し大人の色気を纏った白く整った顔。

その全てが今までの常識を超越していた。

クラス中の男子が唖然とし、中にはその美貌のあまり、倒れる奴もいた。

その「天使」は、教室の入り口から教卓まで歩いてくると、黒板の方を向き、自分の名前を書き始めた。

黒板には「剣崎夜未(けんざきよみ)」と書かれた。

そこにある4つの神聖なる文字がその天使の名前だった。

晟鴈(じょうがん)高校から転校して来た剣崎さんだ。皆、仲良くするように!」

と、大声のままおはぎが言うと、続いて天使、いや、剣崎さんが

「よろしくお願い致しますわ」

と、静かな、でも透き通ったきれいな声で言った。

その声を聞いたとたんにクラスが男子のむさ苦しい歓声に包まれた。

その中でおはぎが「うるせぇ!静かにしろ!」と言っているのが、かすかに聞こえたが、気にしなかった。

歓声はそれから5分程続いた。静かになると、おはぎが、

「席は…おっ、白夜の隣が開いているな。」

と言った。0.1秒もしないうちに男子全員が俺の方に振り返った。

俺は一瞬で平和なこのクラスが戦場に変わる事を悟った。

その次のおはぎの一言が処刑の合図になった。

「じゃぁ、剣崎さんはあそこの寝癖のひどい白夜の隣に座ってくれ」

と、おはぎが言うと、女子達は俺の方を見てクスクスと笑っていたが、

俺は、それ以上に俺の事を睨んでいる男子の目が「休み時間、覚悟しておけよ」とでも言っているような…いや、言っている目の方に意識が向いてしまった。

そんな事は知る由もない剣崎さんは「はい」と言い、俺の席の隣、

3列目の6−左の席に向かってきた。

その席に来るまでに一体何人、彼女が通った列の席の男子が気絶しただろう。

無論、俺も彼女が隣の席に座った時、失神しそうになったが、何とか

踏ん張った。だが、彼女が僕に向けた天使のような視線と彼女の口から出た

「よろしくお願いしますわね」の一言で僕も落とされた。

それから5分後、俺を含め、気絶したクラスの3分の2の男子共はおはぎに叩き起こされた。

全員を起こし終わると、

「今日はこれで終わり!以後、授業に集中するように!」

そう言っておはぎはクラスを出て行った。

それと同時に俺は廊下に連行された…



第五番  コころのクうハク



その日の1,2時間目は楽しみにしていた家庭科の調理実習だったが、俺はその時間を保健室で過ごした。保健室の相田先生が顔に何カ所もあるあざを見て、「どうしたの?」と、とても心配そうに聞いてきたが、「アハハ…ちょっとね…」と笑ってごまかす事しかできなかった。

結局、3時間目の数学から授業に参加する事になった。

そしてその傷も癒えてきた1週間後、

同じ時間割、同じ席で今、俺は数学の授業を受けている。

だがここ最近…というか、一週間前から全く授業に集中できない。

これは決して俺のせいではない…と思う。

この集中力の無さの原因は大きく分けて2つある。

1つは、隣に転校してきた「超」美少女がいること。

2つ目は、その「超」美少女から発せられている妖艶な香り。

以上、2つの事から授業に集中できません!などと考えていると、俺の額に

チョークが勢い良く飛んできた。

今更、チョーク投げる教師がいるのかよ!とも思うが、この学校にはいるのだ。

数学教諭、北原亮貴。通称、鬼亮。

なぜそのあだ名がついているのかと言うと、集中していない生徒には容赦なく

高速のチョークが額に、しかも、どんな時であろうと飛んでくる。

その事から「鬼」という名詞が付いている。

今年19歳の新任教師のはずなんだけどなぁ…

「白夜!集中しろ!」

鬼亮にごもっともなことを言われた。

そしたら波留墅が調子に乗って、

「香ぅ〜、ちゃんと集中して授業受けろよ〜」

なんてことを言い出した。そんなこと波留墅に言われたらこっちも収まりがつかない。

俺が波留墅に言い返そうとしたら、鬼亮が

「須賀本!この前のテスト結果を考えてから発言しろ!」

と言うと、波留墅は気が抜けたような声で「勘弁してくれよぉ〜先生〜」と言っていた。

授業が終わり、そんなこんなで昼休みになった。

うちのクラス(まぁ、他のクラスもそうなのだろうが、)では転校生が来ると毎回恒例の質疑応答合戦をやる。

給食を速攻で食べ終え、チャイムが鳴ると同時に男子も女子も一斉に剣崎さんの机に集まった。

先週から毎日のお馴染みの光景になっている。もう、うちのクラスの名物になっててもおかしくないんじゃないか?

その質問の内容は、「どこからきたの?」とか、「趣味は?」というベタな質問から、「スリーサイズは?」とか、「メアド教えてよ」などの少し際どい質問まで幅広く行われている。

だが剣崎さんはそのほとんどの質問に文句なしの輝かしい笑顔で「秘密ですわ」と答えていた。

剣崎さん、その笑顔で答えるのは1000点満点なんですけど、一生質問大会終わりませんよ〜と教えてあげたい。

うちのクラスはそういうとこにだけはしつこいんだよな…

質問大会兼昼休みが終わり、俺は5時間目の体育もキッチリこなし、掃除をして、まぁ正確には寝ていたが、学校終了のチャイムが素っ気なく校舎に響いた。

普段ならこの後6時まで部活があるが、今日は金曜日で部活が無いので(ほぼ毎回菓子食ってゲームしてるだけだが、)さっさと身支度を済ませ、俺は帰ろうとした、だがそのとき、後ろから「待って下さい」と呼び止められた。

俺は後ろを振り向くと、呼び止めた人物を見てかなり驚いた。

そこには剣崎さんが立っていた。

まさかの人物からの呼び止めに、俺はド緊張した。

剣崎さんだからかもしれない、そう考えるのが普通だが、その時だけは違った。

「緊張」というより、それを超えた「束縛」されているような感覚。

― なんだ、この感覚は ―

だが、その先を考えるより美少女様に応答を返すのが先決だと思い、

くるりと美少女の方を向くと、俺は「はっ、はい」とつっかえ気味に言った。

すると、剣崎さんは、

「そっ、その…」

と、下を向き、もじもじしながら言った。

その仕草にも眼球が溶けてしまいそうだが、必死にこらえ、

「何か、聞きたい事があるの?」

俺はあくまで優しく、紳士的な声でそう聞いた。

すると、剣崎さんは顔を上げ、俺の瞳を見ると、

「あっ、あなたの事が気に入りましたわ!こっ、今夜私のいっ、家に来てくださりますか!」

早口でそう言った。というより、これは、たぶん、そう、きっと俺の勝手な思い込みかもしれないが、そう「告白」した。

その瞬間、脳内が急速回転した。

いっ、今、剣崎さんは何と言った?

気に入った? 家にきて?

これはそう、夢だ。と思った。だが、自分の頬をつねると痛かった。

この事から結論が出た。これは現実だ。今の言葉も本当だ。そして、今、

俺は転校初日の絵に描いたような「超」美少女に「告白」されたのだ。

いわゆる「一目惚れ」というものなのだろうか。

そんなものが本当に存在したんだ、と思った。

でも、どうしたらいいのか分からず、とりあえず今の事を本人に聞いてみた。

「そっ、その…いっ今の言葉は…『告白』と捉えていいのかな?…」

何で自ら聞いてしまったんだぁぁぁぁ!!と、後悔したが、そんな気持ちは

すぐに根元からごっそり覆された。

剣崎さんは、再度下を向いた。

そして頭をコクリとさせた。

その行動を間近で見た瞬間、俺は究極の2択を迫られた。

1、 普段から付き合っている「幼なじみ」を取るか。

2、 今日転校してきた「超」美少女を取るか。

たぶん、何の特徴も無い俺に、選ぶ資格なんて無いのかもしれない。

だが、俺は逃げられない。「選択」という2文字から。

だから、俺は選んだ。自分の意志で。それが正しいのかも分からずに。

「その…気持ちは嬉しいんだけど…ごめん…なさい…」

この瞬間、俺は千載一遇のチャンスを逃した。

でも、守るべき物は守った。

それから、教室の中は静寂のときを迎えた。

あれからどれくらい時間が経ったのだろう。怖くて時計が見れない。

だが、その静寂を破ったのは剣崎さんだった。

「でっ、では、家には来てくださいますか?」

…彼女は今、何と言った?

告白を断られ、ひどく傷ついているはずなのに、その自分の事を傷つけた

当人に「家に来てくれ」と?

そのとき俺は思った。俺は罪人だ、と。

こんな俺を誘ってくれているのに、なぜ俺は謝罪の言葉も考えずに、自分の

ことで悲嘆し、一方で「守った」などと優越感に浸っているのだ?

俺は馬鹿だ、と改めて感じた。

その「馬鹿」は、剣崎さんの誘いにこう問うた。

「本当にいいの?」と。

その問いに、剣崎さんは不安そうだった顔を一瞬にして笑顔に替え、

こう言った。

「はい。あなたがよろしければ。」と。

こんな夢のような話があるだろうか。

皆が気絶する程の美少女の告白を断ったのに、その美少女の、世間一般に言う

「好意」によって、家に連れて行かせてもらえるなんて。

俺の答えはもちろんYESだ。

七悉美への罪悪感はあったが、せっかく転校生の美少女が誘ってくれているのだから、勘弁してくれ、と頭の中で言った。

「じゃっ、じゃぁお言葉に甘えて。」

そう言うと、剣崎さんは「では参りましょう」と言い、教室を出た。

剣崎さんが教室を出る寸前、何か呟いた気がしたが、そんな事は気にせず、

俺もその後を追った。

学校の昇降口を出ると驚きの連続だった。

まず、正門を出ると、1台の長い車が止まっていた。

剣崎さんに聞くと、特注のリムジンだと、サラッと答えた。

値段は…聞いても理解できなさそうだから聞かなかった。

そのリムジンの中はぐるっと一周するソファがあったり、ビリヤード台、ワイングラスのタワー、合計何カラットだろう、と思わせる宝石の数々など、

この車一台で何軒家が買えるんだろうというようなラインナップだった。

さらに、「運転手は?」と聞くと、「この車は自動運転ですわよ」とニコニコ

されながら言われた。

そう言えば最近、自動運転の車が発売されたばっかだっけ、と思いながら、

この子はどこの財閥のお嬢様だ?と、勝手に決めつけていた。

そんな事を考えていると、リムジンは静かに動き出した。

まだ4時だ。このままこのクーラーの効いた車内で夕日を浴びながら昼寝でもしたいな〜、なんて思っていると、突然、車内の橙色の明るさは漆黒の暗闇に包まれた。

俺は漆黒に包まれるのがあまりに突然だったのでビックリした。と、同時に

アレ?と疑問に思った。

この辺りはいつも登下校している道なので、近くに公園があるなど大抵の事は知っているが、トンネルなんてこの辺りでは一回も見た事は無い。

「ここら辺にトンネルは無かったはずなんだけど…」と、自分の記憶を頼りに

助言してみた。

すると、剣崎さんはその助言をサラッと、だが、俺には到底理解できないような言葉で返した。

「違いますわ、ここは、私の家の所有している地下トンネルですわよ。」

もう、何がなんだか分からなくなってきた。

地下トンネルを所有?…意味が分からない。

でも、確かにさっきから一台も他の車とすれ違わない。

これは…全てを受け止めるしか無いな、と悟った。

その後、15分程、俺と剣崎さんは会話を続けた。

すると、リムジンの窓から急に閃光が入ってきた。

どうやら外に出たようだ、と本能的に感じた。西に沈んでいく夕日が

輝いていた。

その夕日の中にある大きな影の前でリムジンは止まった。

その影の正体は、学校の2倍はあると確信させる程の大きな家だった。

「この家は…」と剣崎さんにまた質問してみた。

すると、剣崎さんはニコニコしながらとんでもないスケールの事を

答えた。

「この家は、私の所有物では3番目に大きい別荘ですわ。」

もう、理解する事をやめ、スルーする事にした。

俺は「そーなんだー」と素っ気なく相づちをうった。

それから、俺は、なぜかこれまでの自分の姿と、目の前の建造物にスキップ

しながら向かっていく転校生の姿を比較していた。

何故か涙がこぼれてきた。




第6番   哀、塗れ


涙を学生服の袖で拭い、目の前でスキップをしている転校生について行くと、やがて彼女の別荘の頂点が見えてきた。だがこの時、全体は見えなかった。

ねぇ、と前でスキップをする転校生に呼びかけると、まるで慣れているかのようにくるりと体を翻し、なんですの?と言いたげな表情を浮かべ、こちらを向いた。

「建物まで、あとどのくらいこの道は続いているんだ?」

俺は心の声をそのまま出してみた。

自分でもおかしい質問だと思った。だって、普通なら家の前の道路から玄関のドアまであっても5メートルがいいところだ。

でも、いつまでたってもこの別荘だけは全貌が見えないような気がしてならなかった。

「ん〜…そうですわね、あと1.5キロほど続いているのではないのでしょうか。私も調べたことはありませんし、第一、私自身もここに来るのは久しぶりなので、まぁ、その身をもって感じた方が早いのではないですか?」

俺の質問に剣崎さんはそう答えるとニコっと微笑み、またクルッと前を向いてスキップし始めた。

剣崎さんの笑顔に目がとろけそうになったが、それよりこの先推測でも

1.5キロもあると思うと、ゲェェと思う。

そう思っても、今は目の前でスキップをしながら前に向かっている女の子について行くしかないようだ。

結局、俺は剣崎さんの後について行った。

だが、その後の道のりは想像以上に長かった。

最初のてっぺんが見えてから10分ぐらい歩くと、やっとその下の階が見えてきた。そこからは同じ様なペースで1階、また1階と見えてくるようになった。

やっと上から4階が見えてきたところで俺はふと疑問に思った。

この別荘、何階まであるんだ?

その質問を剣崎さんに聞くと、すぐに答えが帰ってきた。

13階建てですわよ。と。

うへぇ、と内心で思いつつも、俺はあくまで平然とした表情でへぇ、そうなんだ、と相づちをうった。

その後、剣崎さんはスキップで、俺はそれを見失わないような速度で別荘に向かった。

俺は剣崎さんを追いながら、よくあんな華奢な足でずっとスキップしていられるなぁ、と感心した。

俺らが7メートルは軽く超える別荘の玄関にたどり着いたのは、その扉についていた時計で午後5時37分だった。

どうやってドアを開けるの?と聞くと剣崎さんは、見ていてください。とだけ言って、スカートのポケットの中から鍵が3つ付いたチェーンを出した。

そして、扉の中央にチェーンの一番右のいかにも古そうな鍵を扉の鍵穴に差し込んだ。

案外普通なんだな、と俺は拍子抜けしたが、そう思った俺が甘かった。

剣崎さんが鍵穴をまわすと、まず1から9までのボタンがある機械が鍵穴の

裏から出てきた。その暗証番号認識キーのようなものを剣崎さんは目にも止まらぬ速さで番号を入れ始めた。

「何桁?」と俺が唐突に聞くと、剣崎さんは手を止めずに、「97桁ですわ。」

と答えた。

この人は本当に人間なのか?と思ってしまうような記憶力だ。そんなこと覚えるなら、俺はゲームの裏コマンドでも覚えるなぁ、と現実逃避気味の事を考えていると、剣崎さんが、打ち終わりましたわ。と言ったので俺は、そうか

としか言えなかった。

その後、指紋認証とアイスキャン、さらに声紋認証と最新技術てんこ盛りのセキュリティシステムを終わらせて、結局、家に入れたのは15分後だった。

七悉美の家には何回も上がった事があるのに、七悉美以外の女子の家に上がるとなると、抵抗があった。

これでも俺は男だ。しかも、今入ろうとしている家は転校初日の美少女の別荘で、馴染んでいるわけでも無い。こんな状況で抵抗が無い方がおかしい。

だが、今更こんな所で上がる上がらないを考えても仕方無い。

剣崎さんは先に家に入って「どうぞ」と言ってくれている。

俺は遠慮無く剣崎さんの別荘に上がらさせてもらう事にした。

お邪魔します。と言って玄関に入り、靴を脱ぎ、しっかり揃えてから廊下に上がった。当たり前の動作一式を終え、再び視線を剣崎さんに戻すと、そこには、剣崎さんと、もう一人、その後ろにいつの間にか誰かが立っていた。

「ええっと…そこに人が立っているように見えるのは俺だけかな?」

何とも馬鹿らしい質問だと自分で思った。

これで剣崎さんが「はい?」のようにおとぼけ声を出したら、俺はただの

霊感者になっちゃうじゃないか。

その0.3秒の思考を巡らせていると、剣崎さんはこう答えた。

「えっ…」

その後、2秒の沈黙。

−−−−―まさか−−−−−

「あぁ、沙羅のことですか。」

その言葉を聞いた瞬間、俺はほっとした。

だが、まだ少しドキドキしていた。

理由は、剣崎さんが霊に名前を付けているかもしれない、ということだ。

最近テレビで見たのだが、霊が毎回同じ場所に出ると、親しみが沸き、その霊に名前を付ける人が出てくる、というものだった。

となると、この「沙羅」なる人物は…

その答えは、剣崎さんの口から出てきた。

「沙羅は私より3歳年下の妹ですわ。」

今度こそほっとした。というより、ほっとできた。

3歳年下ということは、今は中学二年生ということだろう。

すると、今度は沙羅さんの方から口を開いた。

「剣崎…沙羅…です。」

沙羅さんもまた剣崎さんと勝るとも劣らぬ美貌の持ち主で、髪の色は剣崎さんと対照的に完璧な金髪、背は俺よりも6,7センチ低い。まぁ、それもそうか。

だが、ここまで「美少女」という名詞が合う女子がいる家系はそうそうないだろう。

七悉美といい、剣崎家といい、美少女に遭遇する確率が多い俺はどこのハーレム系主人公だよ、と自分にツッコミを入れた。

「俺は白夜香。八城高校の2年生だ。ヨロシクね。」

流れで俺も沙羅さんに軽めの自己紹介をした。

俺が定番の自己紹介を終えた後、沙羅さんは俺の名前を繰り返した。

「白夜…香…香…カオル?」

最後が疑問形になっていたので、俺は「そう、香だよ」と答えた。

別に紛らわしくなるような名前でもないんだけどな〜と考えていると、沙羅さんは剣崎さんの方を向いてこう言った。

「夜未…言った…カオル…ターゲット…」

その一つ一つの言葉は、俺にも聞こえた。

俺が「ターゲット」だって?

どういうことかすぐには意味が解らなかった

ただ、今、沙羅さんが言った言葉は、さっき俺に剣崎さんが告白したことに当てはまる。

なんだ、その事か。と思ったその時、剣崎さんが予想だにしない行動に出た。

沙羅さんの細い腹に、周りで少し風が起きるほどの腹パンを打った。

その威力のパンチを繰り出す剣崎さんに鳥肌が立ったが、それをくらっても

微動だにしない沙羅さんにも鳥肌が立った。

そして、剣崎さんが顔を沙羅さんの耳元に持ってくると、何かを囁いた。

「沙羅…あなた、何言ってるの?」

「ダメ…だった?……ゴメン…お姉ちゃん」

この一連の姉妹の会話はよく聞き取れなかったが、最後に沙羅さんが謝っているのは聞こえた。

そんなに俺に聞かれたくない話だろうか?と思ったが、あの拳のやり取りを見た後にこの姉妹の話に介入する勇気は残念ながら持ち合わせていない。

俺は直感的にひとまずここは静かにしようと思い、ずっと黙っていた。

姉妹のいざこざはあったものの、ひとまず剣崎さんが落ち着きを取り戻し、俺に「お待たせしてすみません。では、中にどうぞ」とニッコリ笑って言ってくれたので、剣崎さんと沙羅さんの後についていった。俺の返した笑顔は引きつってなかったことを願いたい。

幅が7メートル程ある廊下には、剥製やら絵画やらいろんな物が2〜3メートル間隔で壁に飾ってある。お値段を聞くとまた脳内感覚が狂ってしまいそうになるのでやめておく。

俺が歩いている前では、美少女姉妹が笑いながら楽しそうにおしゃべりをして歩いている。さっきまでのいざこざは何だったんだろうな〜、と思っていると、俺は自分がある状況におかれている事に気がついた。

俺、今完全に「ボッチ」だよな…

スペルB.O.C.C.H.I、人が最も嫌うべき状況、そして、俺が最も苦手とする状況。

今、この状況で俺は異性の、しかも絵に描いたような美少女姉妹の話の輪に入る勇気は持っていない。

だが、俺はこの状況を脱する方法を思いついた。

「ねぇ、剣崎さん」

「はい?」

「あのさ、今、これはどこに向かっているの?」

さりげなく行動力もみせた俺は、そう聞いてみた。

「ええと…私の部屋ですわ」

少し恥ずかしそうに剣崎さんは答えた。

「へぇ〜…って、えぇ!いきなりですか先輩!」

おっと、勢い余って会って一週間しかたっていないお嬢様を先輩呼ばわりしてしまった。

まぁ、経験面では俺の4倍くらい先輩なのだろうけど。

「そうですわよ?何か不都合がございますか?」

上目づかいでこんなこと言われたら世の男子はすぐに落ちるだろう

だが俺はリア充、すぐに落ちたりはしない!

「いっ、いや?全然大丈夫。突然だったからさ。」

クソッ!健闘空しく落ちた!ゴメン、七悉美!

「そうですか、なら良かったです!」

剣崎さん、その笑顔も反則級ですよ。

途中で妹さんの部屋の前を通ったのか、剣崎さんが「それじゃ、また後でね」と妹さんを部屋に返していた。

妹さんが心配そうな目でこちらを見ていたが、いくら美少女と2人きりになったって事を起こす勇気は持ち合わせていない。誘われれば別だが。いや、そんなことは…

こんなことを考えているうちに長い廊下も遂に終点を迎え目の前に両開きの、俺の身長の2倍はあるんじゃないかというような扉が現れた。

「うわぁ…でけぇ…」

思わず声を漏らすと、

「これは1890年に建てられたお城なので、このように大きな扉が多いのです」

「へぇ〜…こういう所に俺も住めたらな…」

感心しながら少しぼやいた。

すると、それが剣崎さんに聞こえたのか、こんなことを言ってきた。

「いいですよ」

「へ?」

剣崎さんが呟いた言葉に、俺は拍子抜けした声をあげた。

聞こえた言葉に間違えがないか、そして少しドキドキしながら俺は剣崎さんに聞いた。

「今、『いいですよ』って言った?」

「はい、ここに住めるようにしてあげますわ。」

「え?マジで?冗談だよね?」

「いいえ、冗談ではありませんわ。ですが“全部”ではなく“体だけ”ね」

「は?」

声を出した瞬間、俺の咽元が血を吹いた。



第6.5番    marionette



国道にほど近い廃ビルの中に、1つの人影。

やっぱりここにいた。

「ドモドモ、針面さん」

気の抜けた声で挨拶をすると

「二福、少しはお前も礼儀を覚えたらどうだ?」

いつもの冷淡な声で返ってくる皮肉じみた提案。

「え〜自由に動いていいから俺と来い、って言ったの針面サンじゃないですか〜」

また気の抜けた声で僕は答える。

「フッ、それもそうだったな」

さっきとは違う人間じみた返し。

「今日は良い情報を持ってきましたよ〜」

「ほう?なんだ?」

彼が興味を示すのは、大抵僕の『情報』だけだ。

其れを与えるのが僕の役目。

「4(フ)番目(ォース)が25(ツェル)番目(フィフ)と接触しました」

「ほう。確かに面白い。情報ソースは?」

「『ディラック』からです」

「なら信用が置ける。」

ここで僕はいつもある質問をする。

「もし、この情報ソースがが僕だったらどう思います?」

「いつ聞かれようと同じだ。その信用性は薄い。」

やっぱり、興味は示すけど信用しない人だ。

おもしろい。

『変えて』あげようかな。

「他には?」

「4(フ)番目(ォース)は1(フ)番目(ァースト)が仕向けたものだと思うんですよ」

「そうか…1(フ)番目(ァースト)が動いたか…」

「これはあくまで僕の予想ですよ?」

「お前の情報には信用が置ける。」

「そうですか。なら、作戦遂行の許可を」

「あぁこの前のか、なら任せる」

「んじゃ、行って来ますね〜」

軽く挨拶して廃ビルを出る。

やっぱり便利だな〜僕の「能力」。

「でもあの人、『次』までには元通りか。不思議だな〜」

去り際、そんなことをぼやくと、後ろから唐突に刺されたような言葉が来た

「二福、そういうことは対象に聞こえないような場所で言えといつも言っているだろう」

「全く地獄耳だな〜針面サンは。わかってますよ、」

ホントに20メートルくらい離れて小声で言ってるつもりなんだけどな〜

まぁ、毎回楽しいからいいんだケド。

去る時に呟く言葉はいつも一緒なのがちょっとザンネン。

「踊る道化に、死を持って享楽を」

「あぁ…」

仮面を着けた道化(ジョーカー)の横顔は微笑んだように見えた。



第7番  剣が落ちる



「カハッ!…」

息が苦しい、喉から溶岩が湧き出てくる様に熱い、

なんだ?斬られた?喉を?

俺は起こったことに理解が追い付かない。

傍らで、彼女が笑ってる。

「アハッ!アハハハ!いいわ!その表情、その行動、その血の量!全部完璧!ただ…」

「『この時間で治ってしまう治癒能力が忌まわしい』か?」

「そう、正解」

俺は冷静を装って『挑発』した。

そうでもしないと考える時間が得られない。

今、喉を斬られた。彼女は笑った。彼女は「敵」だ。

「お前は『何』だ?」

「あなたと同じ、と言っておきましょう」

「そうか…これでお互い正体が分かったわけだ。」

「ええ、そうですわね、あなたから名乗ってくださる?」

「フン、不意打ちかました君から名乗るのが礼儀ってやつじゃないか?お嬢様。」

「それもそうですわね。私は4(フ)番目(ォース)の【(ソード)】」

(ソード)、か。名前からして物騒だ。

「俺は25(ツェル)番目(フィフ)の【真意(リアル)】だ。」

「そうですか…やはりあなたがのほうが…」

「何か言ったか?剣崎さん」

「あら、名前で呼んでくださるのね、嬉しい。」

「そりゃどう…ッ!」

彼女は見えないほどのスピードで俺に斬りかかってきた。

俺は咄嗟に体を右にずらし、剣を避ける。

だが剣は左頬を掠り、左腕を肩ごと持って行った。

「グッ!…」

「あら、脳天から真っ二つにして差し上げようと思ったのに」

「生憎、スピードには自信があってね。」

そして俺は剣崎に完全に治った左腕を見せつけながら煽る

「おかげさまで再生もこの通りだよ」

「その減らず口、いつまで続きます?」

苛立ちのこもった声で彼女は言った。

「お嬢様の右目を“摂る”までってのはどうだい?」

「フッ、アハハハ!!やっぱりあなたって面白いですわね!じゃぁ、次はちょっとだけ本気ッ!」

刹那、俺の両足の膝から下が斬られた。

俺の体が宙に浮く。

「次は左脳!」

宣言通り、左の頭が貫かれレるルルる

頭が煮えてるるる???とろトロ吐露?!溶けてる様にン?

左が→で上が上?

オッ、剣が抜かれたらららr〜

「白目を向いてるわ!ねぇ、見えてますの?観えてますの!?」

質もんンンン…

「みてれるゥゥゥ…」

「あら、脳組織を破壊したからわからなくなったのね。じゃあ最後くらいは楽なところを突いて終わりにしてあげますわ」

「エッ、エッ、エッ?…!」

「もう少し本気でやり合えると思ったのですが、残念です。」

俺、シぬ?

「最後は左眼ッ!」

イや?

俺は死なない。

彼女は俺の眼にめがけて一直線に斬りかかって来た

だが、反応できる速度だ。

「クッ!…なんでっ!」

剣で貫かれる一歩手前、俺は脳を再生させ、奴の剣を片手で握り、左眼の眼球の前で止めた。

「真剣白羽取りってやつだ」

余裕ぶって答える。

「なぜなの!?脳組織は完全に遣ったはず!」

「お前は強すぎるんだよ。だから『隙』が生まれる。ここまで強くなるのに相当苦労しただろうよ。」

「五月蝿いッ!あなたにそんな事言われたく無い!」

「いや、言うね。強すぎるが故、詰めが甘い。正直左脳は焦ったよ。でもお前は右脳を遣らなかった。そこがお前の『弱さ』だ。」

「フフ、確かにそう、私は詰めが甘いところがありますわ。でも、あなたは今、自分の弱点を自分で言った。」

「ああ、そうだ。」

「つまり、左脳と右脳、両方同時に遣ればあなたは再生できなくなる。」

「そういう事になるな」

平然と答える。自分の「能力」を発動させるために。

「本っ当に気に入りませんわ、あなたのその態度。」

「そうかい、敵にそう言われるのはとても光栄だね。」

「一気に終わらせてあげる。」

彼女が両手を広げると、そこから4本の剣が生成された。

「今までそうやって剣を出してたのか。」

「そう。でも今回のは今までと訳が違う。」

確かに、今まで出していたとするなら一瞬で生成していたはず。

だが、今回の生成はかなり時間がかかっている

「あら、攻撃してこないのね?」

「残念ながら俺の能力は戦闘に不向きなんでね。」

「そう、でもあなた、スピードは中々なものでしたわよ。」

「君に褒められても嬉しくはないなぁ」

言葉を交わしてくるとはとてもありがたい。

相手は女。相当なおしゃべりさんだな。

嬉しいよ。

「さぁ、お待たせしました。」

「やっとか。待ちくたびれたぞ。」

「あら、ごめんなさい。最後の言葉を考えるのに時間がかかると思いましたので。」

「それはお前の方じゃないのか?」

「全く最後まで…まぁ、いいですわ。それでは、さようならッ!」

「おっと待った。」

「なんですか、あなた死ぬんですよ?今更命乞いでしたら…」

「いやいや、そんな歯切れの悪いことはしないさ。ただ、最後にどんな剣で俺の首が飛ぶのか聞きたくてね」

「ハァ…わかりました。冥土の土産ってやつですわね。さっきから使っている剣は高速生成のために日本刀くらいの切れ味しか持っていません。ですが、今回のあなたの首を飛ばす剣は…

まぁ、ヒトが『妖刀』と呼んでるもの以上の切れ味を持つ剣ですわ。」

マジかよ、と内心焦るが俺は自分に呼びかける。

集中しろ。絶対に勝てる。相手に悟られるな。

「なるほどね。で、腕が2本足りないが背中からでも出てくるのか?」

「いえ、こう使うんです。」

剣崎は両方の親指と人差し指の間に一本ずつ、さらには中指と薬指の間にも一本ずつ挟んで素振りして見せた。

まぁ、早すぎて振っている音と風圧しか感じられなかったのだが。

「なるほどね。よくわかったよ。」

「礼には及びませんわ、それでは改めて、さようならッ!」

瞬間、俺の方に向かってくる。

相手は本気で殺しに来る。

間合いは20メートル位か。

「ああ、」

後、10メートル

「『さようなら』」

後、1メートル

彼女が笑った。

「言葉通りにッ!」

俺も、嗤った。

この間、二秒。

解放(オープナー)!」

俺は彼女の目を見た。

彼女の動きは止まった。何が起きているか分からない様だった。

そして顔を上げ、俺と目が合う。

俺は彼女の心の窓を強制的に開け、ある指示を組み込む。

俺が指をパチンと鳴らすと彼女はさっき向かってきたスピードと同じスピードで後方に吹っ飛び、壁に激突した。

大理石で出来ていた壁が崩れ、壁に打ち付けられている彼女は血を吐きながら壁の崩壊に巻き込まれた。崩壊と共に響く轟音。

土埃が舞い終わり、俺は崩壊が止まったのを確認した。その瓦礫の山に近づくと、手をかざして瓦礫を宙に浮かして横に分け、彼女を見つけた。

「おい、生きてるか」

「ウッ…クッ、アハハ、とどめでも刺しに来ましたか?」

良かった、憎み口を利けるなら上等だ

「いや、違うな。お前、誰に俺のことを聞いた?」

「あなた、最後で手加減しましたね。」

「質問に答えろ。誰に聞いた。」

「あなたの『真意』なら私をその場で『捻じ曲げる』事もできたはず…」

「答えろ!誰なんだ!誰に聞いた!次言わなければ殺す、」

「全く、沸点が低いこと。殺したければ殺しなさい。あなたが勝った時点で私は死ぬ運命。でもあなたがここで私を殺せば情報は得られない。そうでしょう?」

「アアアアアアアア!!!!!」

俺は横に落ちていた妖刀を拾い上げ彼女の首元に突き付けた。

白く、滑らかな肌に一筋の鮮血が流れる。

「あと数ミリだ。あと数ミリでお前は死ぬ。これでもお前は死を選ぶか。」

「ええ。あなたの苦しんでいる顔を見ながら死ぬのも悪くないと思いましたので。」

「そうか。なら、望みどおりにしてやるよ」

俺は刀を振り上げた。

そのまま彼女の首元に刺…

「お姉ちゃん!」

惨劇の場所に響くはずのない声が響いた。

咄嗟に俺は剣を止めた。

剣崎は呟いた。

「沙羅…」

部屋の入口の扉が開いていた。

その中心にいる人影。

そこに、「妹」が立っていた。



第8番  逃げ纏う



「お姉ちゃんッ!」

妹が近づいてくる。

「沙羅!来ないで!」

俺に蹂躙されている姉は叫ぶ。

「でも、無理だよ!!」

妹は叫びを無視して近づく。

俺は思う。妹は「何も知らない」のか、と

「剣崎、質問を変えよう。」

妹の駆けてくる音が近づく

「妹のほうも『同じ』か?」

「それだけは口が裂けても言えないわ。」

「なら、本人に聞こう」

俺は立ち上がり、妹のほうを向く。

「やめてッ!それだけはやめて!」

姉は必死に俺の制服の裾を掴んで懇願する。

だが、これはハッキリしておかなければならない。

「止まってくれ!沙羅さん!」

その言葉に応じずに、憎しみの瞳を向けながらこちらに向かってくる。

「止まらないと、君の姉を殺す!」

俺は姉の方の首に剣を立てて宣言する。妹が止まると思って。

だが、逆に妹は走るスピードを上げた。

「止まれ!本当に君の姉を…」

その言葉を遮り、妹は走りながら俺に告げる。

そして、彼女の『左眼』は青くなる。

まさか…


「『本当に』ってことはやっぱり『嘘』じゃない。それに止まるのは私じゃない、あなたの方」


瞬間、彼女は俺の視界から消えた。

「クソッ、どこだ!」

「あなたの、後ろ」

「何ッ!」

そう言いながら後ろを振り向くと、姉を守るように抱き、こちらを睨んでいる妹がいた。

抱かれている姉は目を閉じ、静かに眠っている。

「やっぱりキミも、摘まなきゃならない芽か」

「あなたから見たら、そうかもね」

俺の問いに彼女は自嘲気味に答える。

「なら、今すぐッ!」

俺は持っていた剣を姉妹に突き刺…

「遅い」

そう言って妹はまた消えた。

俺の剣は姉妹がいた空間を裂いた。

「またか」

「何度やっても一緒」

姉妹は扉の前にいた。

「君も俺と同じか?」

あくまで冷静に俺は聞く

「同じだけど、私は少し違う。あなたは25(ツェル)番目(フィフ)、ちゃんとした『名前』がある。」

「『名前』、だと?」

「そう、『名前』。ツェルフィフ、それがあなたの名前。そして、私には名前がない。でも、

 『番号』だけ言っておく。私は27番目。」

「何?」

27番目?有り得ない。【模型(シナリオ)】は全部で26体、それなのに、27番目?

「私はこう呼ばれてる、『失われた(ロストナ)27(ン)番目(バー)』」

「ロストナンバー…」

「あなたは『真意』、対象の心をどんな形であれ、最大限に引き出し、操る能力。」

「能力まで知られてるか…それもお前の姉が言っていた「彼」って奴から聞いたのか?」

ここで聞き出せなければ、恐らくもう好機は訪れない。

「そう。」

今だ。

瞬間、俺は走り出す。

間合いを埋めるのに掛かる時間は目視約10秒、

「代わりに私のことも教えてやれって言われてる。」

「ほう、なら聞こう」

走りながら言う。

後7秒で届く。

「教えてあげる。」

一言、後6秒。

「私の固有名は『静止(スト)した(ップ・)(オン・)の(ザ・タ)(イム)』。」

ニ言、後3秒。

「『時』を止めて、」

三言、もう遅い、剣が届く。俺は叫ぶ。

「死ッッねぇェ!!」

剣先が彼女を捉えた。と思った。

「その中を動ける能力」

だが彼女の口が動くほうが早かった。

「ただ、それだけ」

その言葉を聞いた瞬間、俺の四肢は俺が走ってきた方向に吹き飛んだ。

俺の胴体は、走ってきた推進力だけで進み、床にドサッという音をたてて落ち、そのまま床を自分の血が体中に塗れながら滑った。

「ナな何?」

「私が時間を止めたまま、姉の剣をあなたの四肢の根元のところに浮かせて静止させた。」

「おっ俺俺、どいうじょうたい?!?」

「時の流れを戻せば、あなたはそこに自ら突っ込んで来る。」

「ああぁ、アハハハ!!バキャだァ」

「滑稽ね」

彼女は嘲笑する。まるで結末を知っているかのように。

「俺とボクはぁ、治ルンだよ!」

「そう、なら、見せてもらえる?あなたの『完全回復(オーバーヒール)』を」

「うんウん!君は死ヌ!」

そう、俺はボクはナオる、腕も、足も治…

「…らない、何で?治らないッ!」

「やっぱり、イレギュラーは知らないのね。」

「治れ治れ治れ治れ治れ治れナオレナオレ!!!!!!」

叫ぶ、必死に叫ぶ、ここで治らないと、

死ぬ。

「何で【模型】が最初に自分の番号と能力を言う『設定』になってるか知ってる?」

知らない、死なナい。死にたくない。

「うるシャイ!!治らないィ…治る治る治れ!」

「相手に自分の能力と番号を晒すことで、相手と自分を『世界』に認識させる。」

「にんしきィ?…ツヨイ!俺は25番目なんだ!強い!」

「確かに、あなたは強い。25番目、上から2番目。だから、あなたより強い【模型】がもう2体いる。」

「ンンン?????」

俺は25番目、模型は26体、目の前にいるのは、27番目…

「あっ、嗚呼アア!」

「壊れてるのに認識されるのね。26番目の誰かと27番目の私。この二体から攻撃を受けた場合、あなたはこの世界の構造上、固有能力の完全(オーバー)回復(ヒール)発動(・・)されない(・・・・)。」

「嫌だっ!認めない!ねぇ、返してよオォォォ…返してェェェ…」

「残念、もう少しやると思ってた」

嫌だ…

「『彼』に報告するときはあなたの首を持って謝罪するわ」

嫌だ嫌だ…

「さようなら」

彼女は足元に落ちている日本刀を拾った。

「やだやだやだ!!!!」

それを自らの頭上まで振り上げると、

「死にたくないよォ…」

「その嘆き、覚えておくわ。」

一直線に降り下ろし、俺の首を…

「死ねッ!」

「アアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

撥ね…

「待ちなさい」

そういいながら香と沙羅の間合いに入ってきた姿は、沙羅が振りかざした日本刀を右手で受け止めた。

日本刀はガギン!という音をたてて、柄だけを残して刃の部分は粉々に砕け散った。

そして香は声の方を見る。

そこにいたのは、香がこの世で一番見慣れた姿。

その姿は振り向き、香に顔を向け、微笑む。

「ごめんね、香。遅くなって」

「なつ…ミ…?」

そこにいたのは、背に羽を纏った七悉美だった。





第9番     塔の交締(かし)む咄


郊外の洋館、4階の一番西側に数ある部屋の中でも群を抜いて広い大広間がある。

そこには姉妹の二人と、四肢を?がれた少年が一人。

部屋には夥しい量の血が飛び散っている。床のカーペットは赤く染まり、壁からは血が滴っている。木で造られた家具はすでに原型を留めずに破片になって散乱している。

そして綺麗に落とされた両腕と両足が、達磨の少年のすぐ後ろにある。

最早、惨劇の域に留まらない様な戦場は、一人の少女によって制された。

「来ると思って無駄話をしていたけれど、まさかその姿で来るとはね」

だが、沙羅は何事もなかったかのように言った。

「あなた…『死じ子』を殺していいと思ってるの?27番目(ロスト)

七悉美は怒りを抑えながら沙羅に聞く。

「あなたこそ、今更ね、『宿痾(しゅくあ)の天使』」

沙羅は嘲るように答える。

「その名で呼ぶなッ!」

七悉美は沙羅を殴ったが、その拳は空を切る。

沙羅は能力を発動し、後方に移動していた。

「さすがに鈍ってないわね、ロスト。」

「あなたもでしょう?クレン。」

二人は口元に笑みを浮かべながら、言葉を交わす。

直後、沙羅がいた空間の形が渦状になり、捻じれて消えた。

「あなたの右眼、『原罪を超えし空想の世界(クレントファンタズム)』の能力は、あなた自身の想像を現実にする。私をどうする気だったのかしら?」

「そんなことはどうでもいい。これから()る相手に、教える必要はない。」

七悉美は沙羅を睨み付ける。その場の空気が凍るような凄まじい殺気を放ちながら。

だが、沙羅は放たれた殺気を受け流すかように、口元に笑みを浮かべながら続ける。

「あなた、やっぱり変わったわね」

「うるさい」

「昔はもっと優しくて活発で」

「ロスト!」

「それでいて、冷徹で残酷だった。」

「やめて!もう何もしゃべらないで!」

七悉美はその場にうずくまり、耳を塞いで叫んだ。

「少し昔話をしただけなのに、なぜいつもそんなになってしまうのかしら、」

「もう…たくさんなの…あんなことは…」

「あんなこと、ね。まぁいいわ。今はあなたの後ろに…」

「よくない!!」

七悉美がもう一度叫ぶと、部屋にある残骸が全て宙に浮いた。

「あれで戻ったものは、世界だけだったじゃない…」

七悉美は顔を両手で覆いながら、今にも消えそうな声で言った。

「そうね、でも、まだ戻るモノもある」

沙羅は時を止めた。全ての動きが止まる、はずだった。

止まった時の中で、七悉美だけは泣いていた。

「時間、次元、世界、何を変えてもあなたは変わらないのね」

「変わらないんじゃない…変われないの…」

「なら、私が変えてあげるわ」

沙羅は七悉美に向かって刀を振りかざした

再度、ガギン!という音をたてて刀が砕け散る

「駄目、私の想う刀のほうが上よ」

「あらそう、そしたらあなたの想像(・・)の(・)()を(・)行く(・・)だけ」

沙羅の『右眼』が蒼く光り、その体が浮く。

七悉美も同様に左眼を蒼くする

「私の能力から逸脱することは不可能よ、ロスト」

「それならあなたが知らなければいいだけ、『加速(スキップ)ッ!』」

空間(パルス)障壁(ローズ)!」

二人が叫んだのは同時だった。が、発動は沙羅の方が早かった。

その場の空間が沙羅を残して一瞬にして全て崩れ去り、また、沙羅の周りから構築されていく。

だが、再構築された世界には、七悉美と香の姿は無く、自らの姉しかいなかった。

「なるほど。『6分後』にはクレン達は逃げていたのね。」

呟いた瞬間、ボトッ、という音がした。

沙羅は音の方向を見ると、自分の両腕が無いことに気づいた。

そして、無数の矢が体に刺さっていることにも気づく。

「ガハッ…『加速』が…無かっ、ら…死んでた…」

沙羅は足から崩れ落ちた。自分の血溜まりの中に。

「治…さ…なきゃ…」

沙羅が自分の両腕の治癒に入ろうとしたその時、

「その必要はないよ〜沙羅っち」

突如その場に響く気の抜けた声。

「二…福…」

「ボクが治してあげるよ」

そう言いながら二福が指を鳴らすと、沙羅の両腕は一瞬のうちに再生し、刺さっていた矢は消滅した。

「…どうも」

完全に治った沙羅は二福に素っ気ない礼を返した。

「も〜、沙羅っちはツンデレなんだから〜、抱き付いてきてありがとうぐらい言ってもいいんだよ?」

「私が必要ないと判断したんだけど」

沙羅は二福を睨み付ける

「お〜怖い怖い、調子のってすいませんね〜」

「わかったなら早くお姉ちゃんを治して」

「はいはい、全く〜人使い荒いんだから〜」

二福は笑みを浮かべながら沙羅の視線を流すと、夜未のほうに歩いて行った。

「夜未ちゃ〜ん、起きてる〜?」

二福が呼ぶが、夜未からの返事は無い

「あれま、気絶しちゃってるね〜貧血かな?ま、いっか」

二福がそう言いながらまた指を鳴らすと、一瞬で夜未を傷一つない体に戻した。

「よぉ〜し、これで二人とも治ったね〜」

一息ついた二福は部屋の上に吊るされているシャンデリアを見ると、

「んで、いつまでそこで見てんの?1番目(ファースト)?」

少し苛立った声で言った。

「そういえばお前は見られるのが嫌いだったな、クレン=フォン」

「ハァ…随分昔の名前で呼ぶね〜、僕をイラつかせるのがそんなに楽しい?」

「おっと、気を悪くしてしまったなら謝ろう。」

「まぁ、一応『恩人』だからいいよ」

二福は手をヒラヒラさせながら後ろを向いた。

「そうか」

そう言いながら1番目はシャンデリアから飛び降り、その真下、ちょうど二福と沙羅の間に降りた。

「だが二福、一つ言わせてもらうが、お前の方が先客だろう?」

「まぁね、上のご達しってとこさ」

二福は振り向いて答える。

「全く…俺が疑われてしまうから不要な発言は慎んでほしいんだがな、」

1番目は一瞬沙羅を見ると、ハァ、とため息をついた。

すると、しびれを切らしたように沙羅が口を開いた。

「二人とも、私たち姉妹を一体なんだと思ってるのかしら?」

二福が一言

玩具(おもちゃ)

1番目が一言

「昔を知る者」

沙羅はそれを聞くと、スゥゥ、と息を吸うと、

「最ッッッッ低ッッッッ!!!!」

部屋のあらゆるものが震えるほどの大声で叫んだ。

二福と1番目は耳を塞ぎながら、今にも鼓膜が破れるんじゃないかと若干恐怖を感じていた。

沙羅が叫び終わると、最初に口を開いたのは二福だった。

「沙羅っち、それはマジでダメ。」

二福はしかめっ面だった。

「二福、何のこと?」

沙羅はわかっていながらとぼけた。

「いや、叫ぶの」

二福はいつもの砕けたトーンではなく、かなり低いトーンで言うと、その場に座り込んだ。

「だってスッキリするじゃない」

沙羅は何の悪びれた様子もなく、とびっきりの笑顔を二福に向けた。

「そんなぎこちない笑顔できるの、世界で沙羅っちぐらいだよ…」

二福は掠れた声で呟いた。

すると、1番目が口を開いた。

「その…いつもこんな役割ばっか任せて申し訳ない」

「あなた、ちゃんと謝れるのね。まぁいいわ、これが私たちのこっちの世界での『役割』なんだから」

「そう言ってもらえるとありがたい」

1番目が少し安堵の表情を浮かべると、沙羅は1番目の着ているシャツの襟を思いっきりつかんで引き寄せた。

「で・も!少しでもゴメンと思ってるなら助けに来てくれてもいいんじゃないの?」

「確かにいうことは尤もだが、ロスト、それをすると…」

ここまで1番目が話すと、二福が続きを代わりに言った。

「僕が『運命』を変えなきゃいけなくなるんだよ」

「そういうことだ、ロスト。」

「あっそ」

二福と1番目に教えてもらった沙羅は少し悔しそうにそっぽを向いた。

「あらら〜そっぽ向いちゃった。まぁ、でもこれでアイツはしばらくこっちに干渉してこないっしょ」

二福は腕をのばしながら言った。

「アイツとは神童七悉美のことか?」

「正解〜」

「そうか…」

1番目は下を向きながら呟いた。

「んじゃ、僕は『道化(ピエロ)』の方に戻るから、後の監視はよろしくね、『親友』さん?」

「二福、外でその呼び方はやめろ。どこで聞かれているかもしれないからな。」

「わかったよ1番目、気を付けるようにするよ。じゃぁね〜」

おちゃらけた声で言うと、二福は扉の破片が散らばった入口から出て行った。

最初に口を開いたのは沙羅だった。

「1番目、クレンじゃないけど、あなたはいつまでこんな事するつもり?」

沙羅からの質問に1番目も口を開く。

「そんなことは俺の知るところではないが、恐らく二福が飽きるまでだろうな。」

「二福が飽きるまで?」

「あぁ」

「それだとこの前と結果は一緒でしょ?」

沙羅がそう返すと、1番目は黙り込んでしまった。

「まぁでも、あのイレギュラー君のおかげで少しずつ狂い始めてるってことね」

「…そういうことだ。」

「そう、ならまだ希望はあるわけね。クレンが入って来たから奪い損ねたけど」

「はぁ…君達のその喧嘩はいつ終わるんだ?」

「知らないわよそんなの」

全く自己中な奴らだ、と1番目は思ってまた深いため息をついた。

「あなたこそ、いつまで「ごっこ」を続けるの?」

「もう少しだ。心の準備がつかん」

「あなたまさか肩入れしてんじゃないでしょうね?」

沙羅は1番目を殺気立った目で睨んだ。

「時と場合だ」

1番目はその殺気を受け流しながら涼しい顔で答えた。

「まぁいいわ。じゃ、私はいつもの私に戻るから。」

「君は今の君の方が俺はいいと思うが…」

「疲れるのよ、他人と喋るの。それと余計なお世話」

「そうか。すまない。」

1番目は少し悲しそうな表情を浮かべた。

「私と姉はここから逃げて別の家に身を隠すから、気が向いたら探してね。早くしないと『3班』が来るわよ。」

「了解した。じゃあなロスト」

「はいはい」

夕日に染まる半壊した洋館の向こうにで、薄くサイレンの音が響いていた。



第 X番 操作


半壊した館の正面の道に荘厳な門の前に一台の車がサイレン音と共に姿を現した。

荘厳な門の前に車が止まると、半袖のワイシャツの胸元を手でパタパタさせながら男が降りてきた。

「まーたコイツはえらい事になってるなぁ、」

夕日の中の半壊した館を目の上に手をかざしながら呑気に言う

「そりゃそうですよ〜、模型同士の戦いなんて滅多に起こる事じゃありませんからね、どんな頑強な人間の文明も能力の前じゃ、どうしようもないですよ」

車の中から若い男が話す。

「松永、模型のことは外では『マル秘』だって言ってるだろ?」

「おっと、すいません宇戸さん。」

若い男は左手で自分の額を軽く叩くと「気をつけますよ」と言った。

「よし、じゃあ現場検証にでも行くかな」

「いやそのために来たんでしょ宇戸さん」

「気合入れだよ気合、早く高杉引っ張ってこい」

「え〜それ僕の任務ですか?」

松永はいかにも気怠そうな言い方で答える

「10分以内だ。早くな」

宇戸は松永にそう指示すると、既に開かれてる門をくぐり、館に向かった。

「まったく、宇戸さんは人使いが荒いよなぁ〜。ねぇ?高杉ちゃん?」

松永は車の後部座席の真ん中に座っている女に声をかけた。

「同意。」

高杉は即答する。

「じゃあ話聞いてたと思うから早く降りてね」

松永がシートベルトを外しながら高杉にそう言うと

「却下。」

即答だった。

「はい?」

「外、暑い。車、涼しい。」

「はぁ…これだから…まったく…」

松永は左手で顔を覆い、呆れるそぶりを見せた。

と言うか、呆れた。


遡る事2時間前…


『警視庁捜査一課、宇戸(うと)(やなぎ)松永(まつなが)悠李(ゆうり)高杉(たかすぎ)香澄、以上三名は至急、15階、第6会議室へ。繰り返す…』

「呼ばれましたね、宇戸さん」

15階へ向かうエレベーターの中で3人は丁度よく出会った。

「そうだな」

「なんでそんなにダルそうなんですか〜、もっとシャキッとしてくださいシャキッと!」

「松永、お前も35になれば少しは俺の苦労がわかるから今は黙ってろ」

「え〜そんな〜。高杉ちゃんも宇戸さんになんか言ってあげてよ〜」

「…」

「高杉は文句なしだってよ」

「否。宇戸、言っても意味なし。」

「…文句しか無いみたいっすねぇ〜」

「ハァ…勝手に言ってろ」

宇戸がため息をつくと同時にエレベーターが着いた。

3人は降りると右に曲がり、長い廊下を進み、突き当たりにある第6会議室の扉を開けた。

そこには一人の男がいた。

「呼び出しから2分17秒…少し遅いんじゃないか?宇戸」

「ならエレベーターの速度を音速にでもしたらどうですか?警視総監」

「ハッハッハー、私に悪態をついてくるのは君くらいだよ」

「気味の悪い棒読みをやめろ小野木田(おのきだ)

「全く…親しき仲にも礼儀ありだよ?宇戸」

「あの〜そろそろ本題に入ってもらってもイイっすか?お二人さん」

宇戸と小野木田の険悪ムードの会話に耐えきれなくなった松永が右手を少しあげてストップをかけた。

「おっと失敬、えっと、クソ野郎君だっけ?」

どうやら小野木田は会話の邪魔をされて少し不機嫌らしい。

「松永です。ってかどんだけ失礼な間違い方ッスか!」

「う〜ん…周知の事実?」

「ヒドイっス!」

「ハハハ、ゴメンよ松永君。久方ぶりの同期との会話だったんでね、つい」

「まったく…」

松永は少しホッとしたように呆れた。

「さて、本題に入ろう諸君。」

小野木田は人差し指を立て、さっきの柔和な表情から一変し、真面目な顔で話し始めた

「先程、星室庁から直々に捜査要請が入った。条件付きでな」

「んで、その条件ってのはなんだ?」

「捜査一課第3班を捜査に向かわせろってさ。」

「ハァ…ったく…」

宇戸はそう言うとタバコを一本取り出し、火をつけた。

「察しの通りだ宇戸。模型(シナリオ)関連だよ。」

「そうか…今回は何番だ?」

「今回は『何番』じゃない。『死神(しにがみ)』と『ユダ』、それに『欠番(ロスト)』だそうだ」

「まるでボスキャラのパーティーじゃないか。高杉、全員殺ったら特別報奨幾ら出るんだ?」

宇戸は弾んだ声で高杉に聞いた。

「ザッと、100」

「なんだよ、そんだけ苦労してたった100か」

宇戸が少し残念がると、高杉は「フッ」と鼻で笑い、

「宇戸、バカ、100万、否、100億」

と顔を精一杯あげて宇戸を見下すように言った。

だが、その挑発に宇戸はまったく動じなかった。

「バカはテメェだ高杉。その100億が安いっつってんだろうが」

「ッ…!宇戸、強がり、良くない。」

「自分の命と天秤にかけてみろ。蟻がティラノサウルスと戦って死にものぐるいで倒して100億だぞ?腕も脚も買えやしねぇ」

「二人とも、報奨金の話はそこまでだ。それに今回は妙な資料がくっついてきた」

小野木田が少し呆れ気味に話し出すと、宇戸は目を細めた

「妙な資料?」

「星室庁が『八城高校事件』と7年前の『相田坂バス転落事故』の資料を送ってきた。何か心当たりはあるか?」

「いや、無いね」

「そうか、ならいい。一応資料は渡しておくから、何か分かったら自己処理しておいてくれ」

小野木田は宇戸にA4サイズの茶封筒を渡した。

そして宇戸にもう一言付け加えた。

「じゃあよろしく頼むよ。」

宇戸は「ヘッ」と鼻で笑うと

「はいよ。毎回情報操作ご苦労なこった」

そう言って二人と共に第6会議室を出て行った。

「どちらにせよ、中間管理の上級職も疲れるねぇ」

一人残された小野木田はため息とともに愚痴をこぼした。


そして現在…


「高杉が出てこねぇんなら仕方ねぇか。松永、八城と相田坂の関係性は見つかったか?」

「え?あ〜、あの資料ですか。さっきデータ照合してみたところ、一致する点が2点ありましたけど…」

松永は困ったように言った。

「けど、何だ?おかしなとこでもあったか?」

「はい。1点目は被害者の名前が一致しました。白夜明。7年前は生存者、八城では被害者として名前が載っています」

「ほう。で2点目は?」

「はい。2点目は白夜香という人物。白夜明の被害者遺族欄に一人だけ載っていました。ですがこの人物、7年前では死亡者リストに載っているんです。」

「何?てことはその白夜香ってのは既に死んでいると?」

「はい。データ上では。しかも八城の資料に最初は名前の上に黒塗りされていて、『Unknown』と表記されてました」

「なるほど…これは死人の身の上調査も絡んでる訳か、結構面倒だな…」

宇戸は軽く車にもたれかかり、項垂れる頭を右手で支えた。

「面倒なんてもんじゃ無いっスよ、星ですら隠そうとしてる事件っスよ?」

つられるように松永も車にもたれかかった。

すると、車の窓が開き、高杉が喋った。

「星、裏、理由、有り。後、お前ら、邪魔、どけ。」

高杉は無表情で淡々と車の中から言った。

「ったくやっと行く気になったかシンデレラ様よぉ」

「否、私、ずっと、行く気。」

「嘘つけ」

宇戸と高杉が不毛な言い争いを繰り広げていると、松永が諭した。

「まぁまぁ、行く気になったんだからいいじゃ無いですか宇戸さん」

そう松永が言うと、高杉が車の後部座席のドアを開けて出てきた。

「まぁそれもそうだな、じゃあ行くか」

「おー」

「高杉ちゃんピクニックじゃないんだから…」

宇戸と松永はもたれていた体を離し、高杉を連れて館の中へと入っていった。


第十一番  忘れ物


「見事に天井が抜けて空が見えてらぁ」

宇戸は玄関で上を見上げると感心したように言った。

3人は玄関から中に入るとギシギシと音を立てる木製の螺旋階段を登り、二階へ上がった



多くの物語がある中から私の過去の作品を読んでいただきありがとうございます。

感想、改善点、気になった部分など、遠慮なく言ってくださると、創作活動の励みになります。よろしくお願いいたします。

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