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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

踏みとどまる旅路

作者: 日真 陣

大学2年の冬、俺はなんだか学校とか就職とかバイトとか、すべてがなんだかどうでもいいと感じてしまう。

嗚呼、なんで俺生きてんだろ?

空は薄暗い灰色で、美しい曇り模様だ。

思い出すのは懐かしき高校時代。

懐かしいと言ってもほんの3年前、俺はあの頃は嫌いではなかった。

今もあの頃もどっちも糞みたいな人生だとは思っていたけど、今と比べると薄ぼんやりと輝いて見える。

あの頃もちょうど今みたいに人生を歩むことによって汚された心を洗おうと、こうしてカメラを持って少しだけ旅をした。

旅は良い。人生を歩む中で心の汚染が洗われる数少ないものだ。

俺はその旅の記憶をほんの少しでも取っておきたくて、旅の最中はずっとファインダー越しの風景を見ている。

ファインダー越しの風景は俺の見たくない汚い世界から目をそらさせてくれて、俺に綺麗な世界を見せてくれる。

指を動かせばそのきれいな風景は電子データとなり、俺が綺麗な世界にいたことがある過去になってくれる。

汚れた世界で生きるにはそれを持っていないとつい生きることをあきらめそうになってしまう。

だから今日も旅に出た。


今日は美しい曇り模様だ。

俺の友人に風を好む変わったやつがいる。

冬の曇ったクソ寒い日に『今日はいい風が吹く!』なんて言う変わったやつだ。

あの時は寒いだけでその風の何が良いのか分からなかったから『いや別に。』って冷たく返してしまった。

でも今なら『そうだね。』って失笑を返せると思う。

冷たく澄んだ風は自分の中の汚れた部分を拭い去ってくれるようなそんな気がしなくもない。

クソ寒いことは変わらない。でも嫌いではなくなった。

懐かしい日々を思い出すとほんの少しだけ目の渇きが気にならなくなる。

あいつと出かけたときも今日みたいに美しく空は曇っていた気がする。

だから今日も自転車を選んだ。

冷たい風が俺の汚れ切った思考を押し流し、自転車を漕ぐことで程よい疲労感が湧きだしてくる。

世界から感じられるものが全て美しい単純な物だけになる。


それほど長くない時間のように感じたがもう潮のにおいを感じるようになってきた。

時間なんて無粋なものを感じたくなかったから俺は今日だけ時計を置いてきた。

だからどれくらいの時が経ったかはわからない。

太陽を見て大まかな時間を知ることはできないし、もちろんスマホなんて持ってきていない。

ほんの少しだけあの無粋な社会から身を切り離すのだ。

俺は今日なんで海を選んだのだろうか?

特に意味がないような、とても大事な意味があったような、そんな曖昧な思いが心の中を渦巻く。

自転車をその辺に停め、カメラ片手にあたりを散策する。

ふと海を見るとカモメがいた。

そういえばあいつが何か言っていたような気がする。

『駄目だ、あれがウミネコなのかカモメなのかわかんねぇ……』

あいつはそう言って俺にスマホで調べてくれるように頼んだ。

俺はあいつにどっちであって欲しいのかを尋ねながら調べる。

『どっちもいて欲しい。同じところに二度来るのはめんどくさい。』

結局いたのはウミネコだけで、あいつは仕方がないからまた一緒に行こうかと笑っていた気がする。

懐かしい。


そんなことを思い返しながら俺は写真を撮りつつ海辺を歩く。

海と聞くと砂浜を思い浮かべる人が多いとは思うが、俺はコンクリートの崖の方が海って感じる。

コンクリートの崖に叩き付ける波、黒く深い海、浮かぶゴミ、これぞ海って感じがする。

だからついカメラをそっちの方に向けてしまう。

写真を撮るときはなるべく人をとってしまわないように気を付けている。

近年は肖像権とかいろいろうるさいから。

リア充っぽいやつらがスマホで写真を撮っていても誰も文句言わないくせに、俺みたいなのが一眼レフで風景をとっているとやたらと文句を言ってくる。

どうしても写真を撮られたくない人がたまに映り込んでいたら消してほしいと言ってくることがある。

それは誠意を持って対応している。

それを断るのはそれこそ肖像権違反だろう。

でも大半は『今私のこと写真に撮ったでしょ!』って自意識過剰にケチをつけることを楽しんでいる連中だけだ。

そういうやつらに限って俺の写真には映りこんでいない。

中には謝ってくる奴もいるが、大抵は『紛らわしいんだよ!』と捨て台詞を吐き理不尽に怒りをぶつけて去っていく。

何度俺の中に黒い感情が渦巻いたことか!

俺は心を洗いに来たのに心を汚されて理不尽な思いをしたのにあいつらがのうのうと幸せになることは許せない。

だから今日も人は撮らないつもりだった。


人は汚い。

だからそれを俺の綺麗な思い出である写真に入れる気はなかったのだ。

でも俺はその時つい綺麗だと思ってしまったのだ。

砂浜に美少女が立っていたらきれいな写真だと思うだろう。

俺のファインダー越しにいた少女は不細工ってわけでもなかったが、決して美少女ともてはやされるような人にも見えなかった。

でも俺がこれまで生きてきた中で唯一写真に収めたいと思えるほどに美しいと感じた。

そしてついシャッターを切ってしまった。

なんてことだ、これじゃあ訴えられてしまう。

それはいやだ、何よりもそれをされることで俺の綺麗な思い出まで汚されてしまうのが嫌だった。

チッっと舌打ちをして俺はその少女へと近づく。

俺の乱雑な足音を聞いて少女がこちらを振り返る。

「近づかないでください!」

少女が俺に向かって叫ぶ。

あたりに人はいないとはいえあんまり騒がれたら俺が犯罪者扱いになる、そう思って足を止める。

ただ、何の弁解もしないのは目的が果たせないので仕方がなく大きな声で少女に用件だけ告げる。

「申し訳ないが今写真を撮っていたらあなたが映りこんでしまった。かなりよく撮れたのでできれば消したくない。もしよければこの写真を消さないでもいいだろうか?」

もし断られたら潔く消そう。

これだけ美しく写真が撮れたのは久しぶりだった。

だからできれば消したくなかった。

だからわざわざ少女に話しかけるなんて真似をした。

少女は訝しむような顔をしていた。

「一応どんな写真か見せてもらえますか?」

俺は首から掛けていたカメラを外し、少女に差し出す。

「重いから気を付けて。」

少女はカメラを受け取り、写真をチェックする。

そして少しだけ目を見開くとそれが一枚だけなことを確認するように前後の写真がないか確認をした。

そして俺にカメラを返してきた。

「・・・・・・悪くはない写真ですね。消さなくてもいいですよ。」

「ああ、久しぶりにきれいだと思える写真が撮れたよ。ありがとう。」

目的は果たせた、長居は無用な疑念を生むだろう。

さっさと立ち去るに限る。

それにしてもいい写真だ、あいつにも見せてあげたかったなぁ。


俺はそう考えながらその場所を後にしようとした。

「・・・・・・この後も写真を撮りに行くんですか?」

てっきり少女はさっきの続きをするのかと思っていたが、なぜか俺に話しかけてきた。

返事をしないのは不信感を生むだろう。

「はい。」

ただ何を話すことが正しいのかもわからない。

だったらただ質問に答えるだけだ。

ただ歩みは止めない。

「私もついて行ってもいいですか?」

俺は足を止めた。

なぜ少女はそんなことを言ってきたのだろうか?

俺が少女の邪魔をしてしまったからだろうか?

でも呼び止める声に怒りは感じられない。

俺の目的は一人で旅をすることだったのだがどうしたものか……

「俺は自転車で来ているんでたぶん一緒には行けないと思いますよ。」

日本の電車は素晴らしく勤勉だ。

そして働く人も勤勉な人が多い。

断れば怪しまれる、と言ってもできれば断りたい、ならば曖昧な返事を返すしかない。

「後ろに乗せてもらえませんか?」

俺の自転車にはあいつが後部荷台をつけてくれていた、それをつい恨めしく思う。

いつもは便利なそいつが今は足枷となってしまっている。

「それは道路交通法違反なので駄目です。」

別に二人乗りくらい全くやったことがない訳ではないが、今は必要な口実だ。

「・・・・・・写真。」

チッ、それを言われると断りづらい。

「歩くと時間がかかるかもしれないですがいいですか?」

あまり拒み続けても不自然だろう。

「はい、ありがとうございます。」

だから仕方がないのだ。


海の後に写真を撮りに行くのはどこがいいだろうか?

色々選択肢はあるが、今日の気分は海じゃなかったら山に行くしかない。

田舎ともいえず、都会ともいえない中途半端な道を歩く。

自転車に荷物を載せてただいつもよりほんの少しだけペースを落として歩く。

少女は特に何も喋らない。

てっきり何か目的があるから俺についてきたのかと思ったが、何を考えているのかよく分からない。

ただ無言で3時間ほど歩くとほどなくして山の近くまでは来た。

さすがにお腹が空いてきた。

これ以上先に行くと飲食店は減るだろう、だから俺は近くのラーメン屋に向かう。

「俺はここで昼食をとってくる。」

「じゃあ待ってます。」

「あなたも何か食べてくると良い。」

あわよくばあなたを振り切るために。

「・・・・・・お腹は空いていないので。」

そう強がってみたみたいだが、得てしてそういう時にお腹は鳴るものだ。

「・・・・・・」

「ラーメンでいいなら奢る。」

今日はそんな日だった。

「ありがとうございます……」

普段だったらあり得ないが、写真の件もあるし、何よりも今日はお金を使ってしまってもいい日なのだ。

だから俺は少女にラーメンを奢ることにした。


ラーメンを食べるということは特に特別なことは無い。

そんなに多くの量を食べなくって、やたらとニンニクを入れる友人のことを思い出すぐらいだ。

海でカモメを見たときよりもそれが懐かしく感じるのは隣に人がいるからだろう。

やっぱり人は誰かと一緒にいると少し弱くなるかもしれない。

「ごちそうさまでした。」

「気が向いただけだから気にしないでくれ。」

本当に気が向いただけなのだ。

ただの気まぐれ、それをありがたがられるのは気持ちが悪い。

「ラーメンって美味しいんですね。」

「当たり前だろ。」

ラーメンが美味くないなんてことは無い。

まずいラーメンなんて俺がわざわざ食いに行くわけがない。

何よりも今日食べる訳がない。

腹が満ちて少し眠い。

少しだけ頭がぼーっとする。

「・・・・・・懐かしい。」

そう少しこぼしてしまうぐらいには頭が働いていない。

「そうなんですか?」

そう聞かれて自分がつい口に出してしゃべっていたことに気が付くぐらいには頭が働いていない。

つい口が滑ってしまったと言え返事をしないのもよくないだろう。

「友達とこの店に来たことがあったんだ。」

多くを語る必要はない。

あいつにもそう多くを語ったかと聞かれれば、多くを語ったというのは結果であって、自分から語りに言った記憶は少ない。

だからこそふとした時に記憶がよみがえってしまうのかもしれない。


山の麓につく頃にはもう夕方だった。

でも関係はない。

自転車は駐輪場に停め、山へ向かう。

「その封筒は置いて行っていいんですか?」

止めた自転車のかごには封筒が残っており、少女はそれを気にしたのだろう。

「ああ、良いんだ。それは長時間駐輪するから管理人の人宛ての手紙だよ。」

長時間変な時間に駐輪するのだからちゃんとその封筒を送っておかないと管理人にものすごく迷惑をかけてしまう。

まあ封筒があると言ってもある程度迷惑は掛かってしまうだろうが。

俺たちはまた歩き出す。

話すことは無い。

そしてカメラを構えることも無い。

山登りしながらカメラを構えていては時間までに山を登り切れないかもしれない。

そこでふと思い出す、自分は山登りができる格好だが少女はどうだっただろうかと。

一瞬振り返り少女の姿を見て安心する。

山登りに向いているとはいいがたいが出来ないとは言えない姿だ。

そこまで厳しいわけではないこの山程度なら何とかなるだろう。

まあ、何とかならなくても問題はないのだろうが。

薄暗くなってきたので懐中電灯の準備をしておく。

少女は山に登る前に買い足したお茶を飲んでいる。

あいつとだったらこの程度なら小休憩はいらなかっただろうな。

早く登り切って休みたいと言い張るあいつの姿が思い浮かぶ。

また少し進むと本格的に暗くなってきた。

懐中電灯をつけまた道を進む。

少女が疲れていようが疲れていまいが関係はない。

俺は時間までに山頂に行くだけだ。

少女は思ったよりは体力があるようで、小休憩を挟んでやればついてこれた。

あいつも普段は体力ないとか言っているが思ったよりも体力がある。

やっぱり誰かといると人は弱くなる。

もう懐かしさに負けてしまいそうだ。

そう思い目の渇きが気にならなくなったので空を見上げる。

もう山頂が見えている。

山頂についてまず初めにやることは三脚を立てること、そしてカメラをセットすること。

俺はこの星空を撮りに来たのだ。


三脚に固定して何枚か写真を撮る。

シャッターを長く開けて星を線のように撮る。

ただ目で楽しむだけでなく、カメラを通してみるからこそ楽しい。

これもあいつが言っていたことだ。

星を見に来るのだってあいつと約束していたことだった。

高校生が夜遅くに出かけるのは問題があるからと、大学生になってから行こうと計画は立てていたのだ。

俺だけ一足お先に来てしまったようだ。


星空は手にもって取るとブレてしまう。

だから三脚に固定して写真を撮っていた。

でも俺はそれを撮りたいと思った。

だからせっかく固定した三脚からカメラを取り外し、それを撮った。

そして声をかけた。

「申し訳ないが今写真を撮っていたらあなたが映りこんでしまった。かなりよく撮れたのでできれば消したくない。もしよければこの写真を消さないでもいいだろうか?」

少女は俺の顔を見て笑った。

「一応どんな写真か見せてもらえますか?」

「ええ、もちろん。」

「重いから気を付けて。」

「・・・・・・悪くはない写真ですね。消さなくてもいいですよ。」

「ああ、きれいだと思える写真が撮れたよ。ありがとう。」

時間が過ぎる。

朝になってはこの旅は終われない。

ただ、ちょっと寄り道をしただけで旅を続ける必要が出来てしまう。

でもそれがいいかもしれない。

あいつが今ここにいたらきっとそう言うだろう。

全く無責任な奴だ。

あいつは他人にばっかり厳しい。

上りゆく朝日を眺めながら俺と少女は別々の道で山を下りて行った。



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