この青春は幻か⑤
二人の間に微妙な空気が流れる。
そんな空気を切り裂くように、薫から口を開いた。
「 久しぶりだな... いや、そんなに久しぶりじゃないか 」
薫は少しはにかみ、いいままで見せたことのない照れた表情をしていた。
「 そうだね。まさか薫が登場するなんて 」
薫に聞きたいことはたくさんあるけど、ぼくは一旦言葉を飲み込み同じようにはにかんで見せた。
「 とりあえず、部屋に案内するから 」
「 よろしく頼むよ 」
知らない場所なのに、隣には幼馴染みがいる。なにはともあれ、薫という存在がぼくの不安を和らげてくれたのは、紛れもない事実だった。
寮は一部屋に付き、二人の生徒が割り当てられている。風呂、トイレ、キッチンや家電は共用のため、部屋には机や椅子、二段ベッド、クローゼットといった最低限必要なものしかなく、他に欲しいものがあれば各自で買い揃えるシステムになっている。ちなみに、一部の部屋には共用が嫌で買った冷蔵庫や電子レンジなど、卒業生がそのままおいていった部屋もあるらしい。
「 ここがオレ達の部屋だから 」
「 オレたち? 」
部屋の扉には、名前が記載されていた。そこには、ぼくと薫の名前が記されていた。まさか、同室だったとは。
部屋に入ると、見覚えのある段ボールが積まれていた。段ボールに張られた伝票を見ると、送り主の名前はぼく。あらかじめ実家から送っておいた荷物が、無事に届いていたみたいだ。
「 今日からお前の部屋なんだから、とりあえず楽にしろよ 」
薫は軽やかに段ボールを寄せ、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをぼくに放り投げた。薫の言葉に甘え、緊張のほぐれたぼくはベットに腰をかけ、ミネラルウォーターを一口飲んだ。
「 それで何から聞きたい? 」
薫もミネラルウォーターを一口飲むと、机から椅子をひき腰を掛けた。
「 どうして薫がここにいるの? 」
「 やっぱり、そうだよな 」
ぼくの問いに、神妙な面持ちになった薫は、ゆっくりと口を開いた。
「 銀は、この学園のことをどこまで聞いた? 」
「 全寮制の私立学校ってことくらいかな 」
「 そうかなのか... 」
薫は少し困った表情を見せた。
「 馬鹿みたいに広い学園だろ? 」
「 あぁ、本当に広いよ 」
あからさまに話をそらしている感じがしたが、ひとまず会話に便乗することのしよう。そんなことを思っていると、次に薫の口から告げられた言葉は予想外なものだった。
「 ごめん銀。いまオレの口から言えることは何もないんだ 」
転校先で突然幼馴染みが現れたら、漫画やドラマだったらなにかカミングアウトがあっても良いような状況なのに、まさかの言葉に正直驚きを隠せなかった。
そしてもうひとつ驚いたことがあった。それは、薫の口から出た「 ごめん 」という言葉だった。弱気なことを言わず、間違ったことを言わない薫から、ごめんという言葉を聞いたのは、これが二回目だった。
小学生の頃の話。どうしてそうなったかは覚えていないけど、ぼくは目を覚ますと病院のベッドの上にいた。横で母さんがぼくの手を握り、大粒の涙を流していた。そして、その周りを囲むように祖父や祖母、そして薫がそこにいた。みんなが良かった良かったと口々にするなか、薫だけが小さな声で「 ごめん 」と何度もいっていたのを、いまでもはっきり覚えている。
そういえば、薫が弱気なことを言わなくなったのも、この頃からだった気がする。
「 ......ん...銀? 」
薫の呼び掛けに、ふと我に返った。
「 大丈夫か? 」
「 大丈夫、少し昔のことを思い出していただけだから 」
「 昔のこと? 」
薫の眉間にはシワがよっていた。
「 気づいた病院のベッドにいたときのことをね 」
「 そんなこともあったな... 」
ぼくにとってはもう笑い話だけど、相変わらず薫は険しい表情をしていた。
「 とりあえず、明日会長さんから詳しい話があるから、いまは我慢してくれるか? 」
ぼくは頷くしかなかった。
「 いまのオレにできるのは、この学園を案内することだけだ 」
そう言って、薫は机から青桜学園マップと書かれた冊子を取り出し、不敵な笑みを浮かべていた。
「 え? 学園の案内なら会長さんにしてもらったけど 」
「 全部じゃないだろ? オレが隅々までみっちり教えてやるから、今夜は覚悟しろよ 」
薫は、もうひとつの椅子を横に並べぼくを座らせた。薫によるマップ上の学園案内は、消灯時間二十三時までのおよそ四時間も続いた。