この青春は幻か③
「 ようこそ、青桜学園へ 」
黒髪が綺麗な女子生徒が、ぼくを出迎えた。
「 キミが転校生の、十五夜 銀くんだね? 」
彼女の名前は、花井 みゆき。才色兼備で、この学園の生徒会長である彼女は、二年連続ミス青桜に選ばれてるだけでなく、将来奥さんにしたい生徒ランキング二年連続一位。兄弟姉妹にするならランキング二年連続一位。叱られたい人ランキング二年連続一位など、数多のランキングを入学以来独占してきた、人気と信頼を兼ね備える生徒会長である。
「 キミの話は、理事長から聞いているよ 」
「 ど、どうも 」
ぼくは、少しはにかみ軽く会釈をする。
「 そんなに緊張しなくても良い。私のことは、気軽に会長と呼んでくれ 」
生徒会長と聞くと、すこしお堅いイメージがあったが、彼女はとても気さくに接してくれる。もしかしたら、ぼくの緊張を和らげてくれようとしているのかもしれない。
「 さて、立ち話もなんだから学園を案内しよう。約束の時間までは、まだあるだろ? 」
そう言って、彼女は半ば強引にぼくの腕を引っ張り、目の前の大きな校舎に向かった。
たしかに、すこし早めく到着たから、理事長と会う約束をしている時間まで、まだ一時間ほどある。生徒会長は、そんなことまで知っているのかと、ぼくは少しだけ感心していた。
約束の時間まで、彼女は様々な場所に案内してくれた。遠くからも見える大きな校舎に入ると、まず出迎えたのは馬鹿みたいに広い、吹き抜けのフロアだった。壁一面のステンドグラスや、床には大理石、数人が横一列になっても歩けるくらい広い階段は、学校というよりも豪邸を彷彿とさせるものだった。
そんな入り口から進み、彼女はまず教室を案内してくれた。そして、職員室や保健室。体育館や音楽室など、どこの学校にもある場所を案内してくれた。教室まで豪華だったらどうしようか。平凡なぼくにとって、これまでの豪華な装飾の数々は、刺激がが強すぎて心配だったが、そんな心配はよそに教室や職員室はどこにでもある一般的な教室で少し安心した。
「 そして、ここが生徒会室だ 」
彼女が足を止めた場所は、ほかの教室より高そうな扉の前だった。扉の横には、生徒会室と書かれた表札が構えられていて、より威圧感を強めていた。
「 とりあえず、今日はここまでにしよう。もうすぐ理事長と会うじかんだろ? 」
ぼくは、スマホの時間を確認した。時刻は約束の15分前を指していた。もう、こんな時間だったのか。案内された場所は、多いわけではないが、いかんせんひとつひとつの距離が長かった。たった30分の間で、このだだっ広い学園の先例を受けた感じがした。
「 時間まで、生徒会室で休んでいくと良い 」
彼女は、生徒会室の扉を開け、ぼくを招き入れた。
生徒会室に足を踏み入れると、独特の雰囲気に少し緊張する。部屋の真ん中には、来客用と思われる年季の入ったソファーとテーブルがあり、なんのものかは分からないが、沢山の楯や学校旗、観葉植物などが置かれていた。
「 こっちだよ 」
部屋の奥にも扉があった。
「 適当にくつろいでくれ 」
来客用と思われる隣の部屋は違う、作業用のデスクやキャビネット、沢山の事務用品が置いてあり、歴代生徒会の名前が写真付きで飾られている。
彼女は、一番奥窓際の席に座っていた。卓上に置かれたプレートに記されている生徒会長の文字が、ひときわ輝いているように見えた。
「 改めて、キミの転校を歓迎するよ。生徒会長として、これから共に生活する仲間として 」
彼女の言葉には、不思議と惹かれるものがあった。彼女の言葉は心に響き、不思議と胸が暖かくなる。本心は分からないけど、本当に歓迎されているような気がした。
「 さて、そろそろ理事長室に向かうとしようか 」
「 その、必要はないよ 」
彼女が席を立ち上がろうとしたそのとき、ぼくの後ろから声が聞こえた。振り替えるとそこには、一人の男性がこちらを見ていた。
細身の体型に、それなりの高さはある身長。焦げ茶色のスーツを着ているその男性は、整った髭のお陰かダンディーな雰囲気が漂っていた。
「 申し訳ありません理事長。いま、向かう予定だったのですが 」
「 こちらこそ、すまないね。急かすような感じになってしまって 」
話を聞くと、たまたま生徒会室に入っていくところを見かけた理事長が、約束の時間ももうすぐだったこともあり、ついでによってみたらしい。
「 それで、はじめましてだったね。十五夜君 」
理事長は、ぼくの方を見て軽く微笑んでみせた。
「 は、はじめまして 」
つられて笑顔で返そうとしたが、作り笑いとも呼べないくらい、固い表情をしているのが自分でもわかった。
「 そんなに、緊張することはないよ 」
そこかでも聞いた台詞だ。理事長は、ぼくの右肩をポンと叩き、目の前にあった椅子に腰を掛けた。
「 さて、キミにはすまないことをしたね。急に、転校してくれなんて 」
本当にそう思う。本人の意思とは関係ない、あんな手紙が突然届いたら、誰もが戸惑うに違いない。
「 キミのお母さんには、事前に説明したんだけど、その様子だとあまり詳しくは聞いてないみたいだね 」
それを聞き、ぼくは母さんの言葉を思い出した。
『 いまは、言えない 』
母さんは言えなかったのではなく、本当は言いたくなかったのではないか。そう考えると方が、しっくりする。この学園にはなにか秘密がある。なにか重大な秘密が。母さんや理事長の言葉の意味。なにより、学校にしては広すぎる敷地と、充実した学園の環境。この転校には、いったい何が隠されているのか。そんなことを考えていると、続けざまに理事長が口を開いた。
「 まあ、疲れているだろうから、今日は挨拶だけにしよう 」
席を立った理事長は、軽くジャケットの裾をはらった。
「 ゆっくり休んで、詳しい話はまた明日にしよう 」
ぼくは頷き、部屋をあとにする理事長の後姿に軽く頭を下げた。
明日、知ることになるだろうこの学園の秘密。そして、なぜこの学園に転校しなければならなかったのか。とても気になっていたことだけど、いざ本当のことを知るとなると、ぼくは少しだけ怖かった。