藍の花事件 イーレン(視角)
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特別編のトップバッターは、イーレンの視角編でございます。最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。
まさか、あの子は自ら盾になり、友人を守るとは思いもよらなかった。人間のくせに、なに偉そうなことを……なんでそうしたのか? 一体何に駆られて、そこまでそうさせたのか。実に興味深いものだ。
私から見れば、身の程も知れないやつだなぁ、どんだけの勇気だよ。へたしたら死ぬ可能性は高いのよ。まぁ、結局彼女はうまく生き延びていたか、わからないが、たぶん大丈夫でしょう。
なんか羨ましいね。何もかも顧みずにその人のために尽くす姿って滅多にないから、より眩しく見える。私、サヤとの間にもあんな固い絆もあったかな。今思え返せばあるかもしれないが、それを断ち切ったのは私。
私はいつもこう思ってた。サヤはいい人だ。私のことを分け隔てなく接してくれて、たまにちょっかいも出してくれて、一緒に遊んでいた。その笑顔が好き、すべての暗闇を照らしてくれるような存在。そのまっすぐな目も好きだ。ちゃんと真っ正面から私のことを見てくれるから。
好きだった。でもこんなじゃ私の心は長く持たない。耐えられないのよ、世間の目。名門出身でありながら魔法が不得意なんて……家族歴史に汚点を残すような存在。れっきとした黒歴史になるでしょう。
それを避ける方法がある。文字通りにその汚点を消せばいいこと。いずれ家族に殺されると思い怯えながら生きていた。そんなこと許さない。
どうせ誰もわかってくれない、誰一人も私の苦しみを理解しようともしてくれない。落ちこぼれと呼ばれ続けてきた私が人の同情を得ることなんて夢みたいな話。サヤは私の苦境をわかってくれたが、それだけじゃ足りない。私と同じような痛みを味わさせないと、真の分かり合いにはなってない。
そんな私に手を差し伸べてくれたお方がいた。それ以来、私の人生が変わった。みんなに恐れていて、もう誰にも見下されることはないんだ。そして、その力を利用して他者を思い存分に踏みにじることもできる。本当に、それが生きがいだった。
あのお方に感謝しきれないのだ。もし出会わなかったら、一生このまま誰にも覚えてもらえず、草のようにあっけなく踏みつぶされるのでしょう。でも、あのお方は一体何者なのか、なぜ私だけに助け舟を出してくれたのか、何もわからないね。
まぁ、とっくに遠い昔の話なんだから、どうせ当たり障りのないことでしょう。一つ覚えられるのは、あの声、そしてあの匂い。強いて言えば花の匂いかな。きっとお優しい人でしょう。
そして、契約を結ぶときこう言われた。
「可哀想に……一つだけあなたの願いをかなってあげましょう。しかし、それなりの対価が必要です。あなたには何を差し出せるのですか? 欲しがるものを手に入れたいなら自分の大切なものと引き換えなさい」
ずっと自問自答を繰り返してきた。大切なものってなんだろう?
金か? サヤとの絆か? 命か? 違う、全部違う。私にとって一番大切に思っていたのはサヤとのかけがえのない思い出だ。そんなもの足手纏いにすぎない。力さえあればなんでもできるから。
だから、私は選んだ。彼女との思い出を差し出した。するとあのお方はこう言った。
「彼女と関する記憶は一気に奪わないがじっくりともらっていきますね。少しずつ蝕んでいくのが引き換えの醍醐味ですから」
なんというお優しいお方なんだろう。でもある意味残酷だ。どんどん自分じゃなくなっちゃうという恐怖感が想像以上に超えていた。
あの時から、黒い影が差し込んできた。
ところで、今になってやっと思い出した。邪魔虫の名前……羚夏だっけ? あの子物騒な匂いがする。「魔女様」にとってはとてつもなく絶品のような存在だろうが、私にはその匂いが嫌いだ。本能的に。だってその体質、嫌なものでも引き寄せちゃいそうだから。
話せば話すほど、記憶がちょこっと出てきたわね。あの子の隣にいるのはルシカだよね。いいね、昔、サヤとのことを思い出すよ。楽しくて何の遠慮もせずに自由に遊べる。サヤは強い。本当に永遠にかなわないよ。
前にも言ったが、本当に羨ましいの、二人の関係。やたら壊したくなっちゃうわね。でも、どうせ彼女たちはいずれ……ま、いい。
あさっり死んだけど、後悔はしてない、永遠にない。むしろあの二匹の邪魔虫を殺せてなかったことにすごく後悔してる。
本当に……サヤがいなければこんな厄介なことにはならなかった。いや、そもそも、サヤがいなければ私もこんな目にもあわなかったはず。そうか……そうだったのか。全部サヤのせいなのか、あの女が勝手に私を救ってくれたから……
なるほど、なるほど、なるほどね……謎が解いたようだな。なのに晴れた気分じゃない、むしろ憂鬱だ。一瞬自分の結論に胸糞悪くなった。気のせいか? 違う。結論まで至ってるから間違いないでしょう?
うん? 結局私は……一体何のためにこんなことをしたんだろう。もうキレイさっぱり忘れてしまった。まだ覚えているのはあの人を殺しただけ。あの人って誰? なんで殺さなければならないの?
なんで? あれ? おかしい、さっきまで覚えているのに、今は全然思い出さない。なんで? 残渣くらい残してくれよ……頭が空っぽで体も軽い。
もうどうでもいいよ。もう終わったから、それでよくない?
読んでいただきありがとうございます!次回は 第45話の最後の部分の続き。<ハリネズミ対コブラ>です。
楽しみにしていただけると幸いです。




