虚しい味がする
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前回はある意味よかったなと思います。勝手に出ていた天羽に対し、ルシカからは何も言わず、責め立てることもなかった。それは一つ小さな気遣いかもしれないと思います。
さて、今回はどのような展開になるのか……読んでいただければと嬉しいです。
「まずはどうする? やっぱり究極の食材を探すか?」
ノリノリのルシカは積極的に提案を出し、はしゃいだ声で話す。頭の中で高級スイーツというキーワードがいっぱいで、他のものは眼中に入らなかった。
「そうね。今すぐ探したいところだが、この時間じゃ出てこないの」
「出てこないってどういう意味?」
「ああ、あの食材は妖精そのものだから、この時間帯では難しい、もうちょっとかな」
「じゃ、高級なスイーツを作るために、あいつら殺すってこと? 無粋ね……」
「でたらめを言うな、そういう意味じゃないでしょう」
天羽はルシカの背中を小突いて、あきれた表情でため息をつく。
「さすがにそういう感じじゃないの、あれは食材の妖精って呼ばれてるの、勝負で勝てたらもらえるが、私下手すぎていつも負けちゃんだ」
ルーはさっきの物騒な発言に対し苦笑するしかなかった。
「それで、ひとまず二人にお菓子作りを教えて欲しいの」
「ふむ。いいよ、しかし有料コースになる」
ルシカはいかにも真剣な表情で息を吐くように噓をつく。それを見破ることのできない人は容易く信じてしまう……ルーはうんとばかりに強く頷いた。
「ね、冗談はやめな」
天羽は図に乗ったルシカの顔を押し潰すかのように両手で挟んで、動けなくさせる。
「はいはい、一応こっちにも合わせてくれよ。ってどんなお菓子? お菓子と言っても種類が多いよ」
「クッキーとかコップケーキとか……」
「これは……どうかな。私、作り方はわかるけど、実際に作ったことないよ……羚夏は? 作ったことある?」
ルシカは天羽に目を向けて助けを求める。彼女もルシカの要求に応じて助け舟を出す。
「うん……作ったことあるよ、むしろしょっちゅう作ってたわ」
──あれからはもう作ってないけど、手応えを感じながら作れる気がする。
「本当?」
光の弱い星が希望を見えた瞬間、一気にピカッと明るくなるようにルーは爛々と目を光らせる。彼女は期待を膨らませて、天羽の両手を掴み離す気はなかった。
「ええ。たぶんいけると思う」
「ほへ……こういう時頼もしいね」
ルシカはそのまま本心を伝えた後、天羽はその春の日差しめいた顔つきを見ながら思いを巡らせる。
──私と同じこと言ってる……
天羽は誰も見えていないうちにクスッと軽く笑った。
「では、よかったら、うちに来てください!」
「いいの? 初対面の人に」
「うん、いい人たちしか信じないので……」
「どこからわかった? そんなんじゃわかりゃしないでしょう」
「雰囲気的に」
「つまり、私があの優しい人で、隣にいる黒髪のやつは怖そうに見えるってことよね」
どこからの自信や勇気をもらったルシカだが、その発言にかなりのショックを受けた天羽はこのまま黙っていられず、その妄言に反駁する。
「自惚れすんな、誰もあんたのこと言ってないでしょう」
謎の張り合いが始まり、二人の身長差が五センチくらいあるにもかかわらず、天羽は顎をあげて、見下ろしてきたルシカに見つめ返す。乗ってやるよと言わんばかりに、二人の間には鼻をつくような火薬の匂いが漂う。
「ごめんね、ルー、あいつはいつもそうなのよ。だからあいつのことをほっといて、行こう」
「うん!」
天羽は成り行きでルーの背中を押しつつ、後ろにいる人にやれやれという顔して、挑発をかける。
「ひどっ……」
その後、ルシカは大人しく二人の後ろについていき、余計なことを口に出さないと決意した。
「ようこそわが家へ」
「ほお……」
見た目は普通であり、ごく一般的な家だった。ルーの家に踏み込む瞬間、何とも言えない温もりを感じた天羽はその温かさを恋しくなってきて、口をつぐんだまま立ち尽くす。
「おい、羚夏」
彼女は依然として何の反応もくれずにいた。頭がどんよりとして曇ってくる上に、段々何かに引き込まれるようなぼんやりした感じに襲われる気がする。
「羚夏……」
ルシカは両手で天羽の頭を挟んで、無理やりに自分の方に向かせる。
「あ、ごめん、ちょっと考え事ね、今から作る?」
「うん! でも一応、材料を見てもらえる?」
──ここって冷蔵庫というものはないよね。じゃどうやって保存してたのか……
「もちろん」
天羽は潔くオッケーを出した。
ルーは自分の家にあったキンキンに冷えてる氷の中身を天羽に見せる。その氷は普通の氷とは異なって、溶かれることのない特性がついてる。いわゆる魔法で作られたもの。例をあげるとしたら、冷蔵庫といったものでしょう。
──なるほど、こういうのもあるのか……
「新鮮だね、こういう保存方法」
「えっ? みんなそうやって保存してたけど」
「あ、気にしないで、彼女にはそういう一般的な概念がないの」
嫌味や棘のある口調はまったく感じられず、ただただ天羽の特殊な状況をそのまま述べたルシカは反射的に微笑む。
「じゃ、どうやってこの硬い氷から取り出せるの?」
「このまま手を突っ込んでみるとすぐ柔らかい状態になれる。そうね、例えるならプリンみたいな感触かな」
「不思議だね……これ自分で作った?」
「いえ、私そんなに器用じゃないんで、魔法も優れていないし……だから道具屋から買ってきた」
「そうか、便利だね。さてさて、うん……」
天羽は色々なものを物色して、食材を吟味する。その中にはお菓子作りでは常備軍と呼ばれてるバターと卵があった。彼女はありったけのアイディアを選別する。
──最も手間のかからないやつ、シンプルでも美味しい……
「チョコレート、砂糖、薄力粉ある?」
「ある。これは常備してるので」
「上等だ。これだと、チョコレートクッキーとかできそうね」
「本当!?」
「うん。あの……オーブンとかないよね、さすがに」
「オーブン?」
ルーは困惑の色を顔に浮かべて、初めて聞いた言葉に対して戸惑い気味に首を傾ける。その反応からみればオーブンという便利な家電の存在を知らない様子、天羽は余計な希望を持たずに、なるべくこの世界の思考回路に追いつきたいところだ。
──やっぱりか……あまり期待しない方がいいもね。
「石窯ならあるよ。あそこに」
差された方向には大きな石窯があった。天羽のいた現実世界ではこれを見るチャンスは滅多にないため、逆にそわそわしては鼓動が早まる。
──これ、ピザとか作るやつじゃん。お菓子とかできるのかな……
「初めて見た……」
その後、着々と材料の準備を行っていく。天羽はチョコレートを大きめに刻んだ途中、隣りで見守り係を担当しているルシカは我慢できず、その誘惑に負けてしまい、堂々と天羽に問いかける。
「味見してもいい?」
「何か味見だよ、食べたいだけでしょう。そのものチョコだから、あんまり変わらないって」
当然、きっぱりと断られ、その後、天羽はひたすらバターを柔らかくまで溶かし砂糖を入れて混ぜる。ステップをしたがって、更に薄力粉を入れて混ぜる。最後は切り刻まれたチョコを入れて三度目に混ぜたら、クッキーのベースが完成した。
彼女はスプーンを使って、ちょうどいいサイズに調整しプレートに落とす。オーブンの代わりにそのまま石窯の内部に入れて焼きあがりを待つのみだ。
天羽はチョコレートクッキーに愛着が湧いて、我が子を育てるみたいな親目線で、じろじろと見守る。その後、じっくりと20分ほど焼き続けたら、クッキーならではの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。頃合いに、クッキーを取り出すや否や、食欲を奮い立たす香りが立ち上がった。
「できたらしいよ」
「早速食べてみよう!」
──本当は冷蔵庫に入れて冷やしておいた方がいいんだけど、この様子じゃ無理そうね。
二人は痺れを切らして、出来立てのチョコレートクッキーに手を出す。そして、口に入れる瞬間、バターの香りとチョコの甘さが絡み合ってたまらなかった。一番高級なお菓子でもないが、そういう簡素な味こそより魅力的だった。
食感を残しておくように切り刻まれたチョコは歯ごたえがあって、今回こそ嚙めば嚙むほど甘さが染み渡って、さくさくとしたクッキー自体もよい食感であり、二つ合わせれば飽きない味だ。
「美味しい、あんたのはったりなのかなと思ったけど撤回してもらうわ」
「めっちゃくちゃ美味しい! 今まで食べてたやつと全然段違いだ」
二人は天羽の手作りクッキーに大絶賛して、親指を立てる。あれは間違いなく美味しいものを食べられた時こそ現れる、至福の表情だ。疲れがほぐされたように癒しタイムにおぼれている様子だ。
「よかった……」
天羽は口元を緩ませて、弾んだ気持ちが噴水のように湧き出る。水を得た魚のようにいきいきとして、満悦な表情を隠せないが、浮かれすぎないように無の表情で誤魔化そうとする。
「でも……」
「うん?」
ルーの一言にきょとんとした天羽は満足感という茫洋たる海に飛び込んだところ、猛然と水面から浮かび上がることになった。彼女はためらいがちに首をかしげる。
「なんか……うん……すごく美味しいんだけど」
「どうした? 何かが欠けているって意味?」
「うん……この感想、形容しがたい……」
「砂糖やバターの分量かな、そういうところに誤算が出たというのかな?」
天羽は腕組みしたまま、真剣そうに顔をしかめる。よほどの執着があり、お菓子作りに打ち込む姿がいい意味でひと味違う。
「……」
「直接に言えばいいよ。気にしないから」
「でも、素人である私がそんな資格があるのかな」
ルーは俯いたまま弱々しく答えた。彼女はきょろきょろと視線を動かし、眉間にはうっすら人影がよぎって、翳りのある面持ちだった。
「だからこそ、その意見が真実であり、素のままの感想なんでしょう」
相手の杞憂を追い出すために天羽は口角に微笑をたたえて、何言われても大丈夫だと強調するばかりで、再三に時間をかけて説き伏せる。
「わかった……じゃ直接言うね」
「うん」
「虚しい」
その言葉は氷水のように彼女の顔にぶっかける。天羽は目を見開いて筋肉をこわばらせる。その繋がりもあったか、体の芯が冷やされるような感覚も駆け巡り始めた。彼女は深く息を吸ったり吐いたりして、その続きに耳を傾ける。
「クッキー自体が美味しいが、中身は空っぽで虚しい味があする……」
「そうか……なくもないね」
天羽は少し落胆したが、すぐに平静なトーンでルーの論点に相槌を打った。とその時、ルシカは前触れもなく会話に入り込んて来た。
「そうかもしれないが、私、これがいいと思うけどね」
天羽は放心状態から我に返って顔をあげて、怪訝そうに視線を送る。ルシカは最後の一口を食べながら言葉を続ける。
「『今』のこいつらしい味だ。何かが欠けているのか当たり前、それでも十分だと思う」
「ありがとう。でも自分は分かっているの。何かが足りないかって。できれば改善したいところだが、なくした部分はもう埋め尽くすことはできない」
「あっ……私が変なことを言ってしまったせいで……」
ルーは泣かんばかりの顔して、慌てて頭を下げる。だが、天羽はただやんわりとかぶりを振って、真冬の中で白い息を吐き出すかのように口調を柔らかくして、彼女をなだめる。
「ううん。あなたの言っていることは否めないわ。だからあなたは間違っていない。大丈夫、気にしないで。逆にありが……」
「悪意はないの! ごめんなさい。わざとじゃないんです! 本当です!」
自分の言ってしまったことに後ろめたさを感じ続け、ルーは心から謝って片手で口元を覆うと同時に肩を震わせながら口から漏れそうになる嗚咽を抑え込む。最後はいたたまれない気持ちとなって外に出てしまった。
「面倒なやつ、私に任せて」
ルシカはここで待ってろと言わんばかりに目配せして、ルーの跡を追っていった。
二人の姿がどんどん視界から消えて、天羽は机の上に置いてあったプレートに目をやる。虚しい味って一体どんな味がするのだろうと好奇心に駆られて、クッキーに手を出す。そして、一口を嚙み砕いたあと、笑いを禁じ得なかった。
──あ、虚しい。
彼女はその食べかけのクッキーをプレートに置き戻し、どうしたらいいのかわからなくて、片方の手で自分の腕を掴んで壁に寄りかかる。そして顎を下に傾けて、小刻みに震えている唇を嚙み締める。
読んでくださりありがとうございます。次回の展開を楽しみにしていただけたら嬉しいです。




