「フィクション」でしかすぎない
いつも読んでいただきそして応援をくださり、誠にありがとうございます。感想やコメントも大歓迎です。
前回はルシカの大勝利と言っても過言ではないですね 笑。では、今回はどんな寝かしつけのお話が聞けるのでしょうか……読んでいただければ嬉しいです。
──言うなら、今が好機だ。どうせ気づかれないから、しれっと言えばいい。そんなに気にする必要はない。これはフィクションだ。そう、ただのフィクションだ。全内容の一部しかすぎないのだ。
そう自己催眠をかけたものの、彼女の鼓動が早まり手汗もとめどなく滲み続ける。よって、天羽は短く何度か呼吸を繰り返して、平静を保とうとする。
「はぁ……かつて、とある女の子が幸せに満ちた生活を過ごしていた」
「入り方がちょっと微妙ね。それになんか嫌な予感がする……」
ルシカは天羽と目を合わせようとしたが、話が遮断された天羽は彼女に一瞥をくれず、下を向いているばかりだ。ルシカは不意にその瞳の奥を覗いてみただけで極寒に感じて、氷結さたような違和感が身にしみ渡る。そして天羽は話を続けた。
「そのごく普通の家庭には、女の子の父親、母親とお姉さんがいた。家族に可愛がられてきた女の子にとって、毎日穏やかで何の変哲もない日常こそが、かけがえのない至福だった」
「しかしある日、この幸せな家庭があるべき軌道からずれてしまった。それは女の子の父親と母親が急に姿がいなくなった。何の前触れもなく、何一つメッセージも残っていなかった。彼女のそばには付き添いのお姉さんしかいない」
「当時、女の子のお姉さんも大パニックだった。だがここで、姉である彼女まで怯んでいたら、その不安もきっと妹に伝染するでしょう。だから、お姉さんは妹のために持ちこたえた」
「当然、親が行方不明なったことに疑問は山ほどある女の子だが、お姉ちゃんに迷惑をかけたくないからそっと胸にしまい込んだ。ちょうどその時期かな……女の子は病院の常連客になった。結構時間をかけてなんとか全治したけど」
「あの事件以来、少し落ち着いた女の子が、お姉ちゃんに心配されたくないよう、学校の方にも通い続けた。だが、負の連鎖だったのか、学校での生活も徐々にうまくいかず、クラスメイトとの関係が著しく悪化していく。それでも女の子は一度も助けを求めずにただ黙々と耐えていた」
「この靄がかかった学園生活から息抜きできるのは、家に帰って、大好きなお姉ちゃんの懐に飛び込むことだ。熱々なご飯と温もりを感じさせる家こそが彼女の癒しタイムだ」
「こうして、生活はなんとか『元通り』になった。一見、すべてがいい方向に進んでいるに見えるが、運命というものが女の子のことをせせら笑いしたかのように、彼女のお姉さんも急に行方不明になった」
「え? なんで?」
これまでだんまりしてたルシカも耐えきれず天羽に問い詰める。しかし、彼女も依然としてルシカからの質問をスルーする。
「単なる捨てられたんじゃないかって、自分がいい子をしてないから、このようなことが次から次へと発生する原因となったでしょうか。何度も自己嫌悪に陥って、自分を問いただす。だがしかし、時間というものは誰にも待たずに延々と流れていくのだ」
「だから、何かあっても歯を食いしばって生きるしかないのだ」
「そこから、堕落な生活の始まりで家にこもるばかりだった。時々、理性の糸が容易くプツンと切れた瞬間、家で大暴れして、ものを蹴ったり投げたりしてた。しばらく経つと、いつもの自分を取り戻せて、ぼーっとしながらソファにもたれる。どこまでも救いようのない生活だ」
「そんな彼女のことを見るに堪えず、補償でも出してあげよっかという神様は甘雨を降らせた。隣に引っ越してきたおばあちゃんが女の子の心の救いだった」
「その親切なおばあちゃんが、時間をかけてゆっくりと女の子の心の襞をこじあげた。身内を接するように女の子のこと可愛いがってた。でも、神様は悪戯好きなのかな、女の子の元に再び悲劇が訪れた。そのおばあちゃんが事故で亡くなった」
ルシカは意識的に話し手の表情を観察する。普段だったら、そのバレバレの気持ちを汲み取れるはずだが、今は何も見えていない。仮面をかぶったかのように真意を探りづらい。灼熱な視線を感じた天羽は顔をあげて、じろじろと見合った。
「またこうして、女の子は一人ぽっちになってしまった。今度は、神様も女神も彼女の味方になれずにいた。元々、おばあちゃんのおかげで少しずつ学校にも顔を出すようになったが、何故か彼女だけ目付けられたように、いじめは絶えなかった。それでどんどん学校にも通いなくなった」
「大変だろうが、女の子は一度も自殺という考えはなかった。ある日、彼女は息抜きを目的にして、とある高い建築物の屋上でうろつき回ったら迂闊に足を滑らせた……結果はお察し通りね。本当に馬鹿馬鹿しくて、つまらない結末」
天羽は単調な声で話の最後を告げた。好奇心に駆られてルシカの顔を覗き見する。もう終わったから早く寝ろとばかりに彼女の目の前に手を振る。魂が抜けたような顔をしているルシカを目に映っていたので、声をかける。
「もうおしまいだよ……どうした? 呆れた顔して」
「いや……思った以上より重いなぁと思った。これ本当に寝る前に聞くやつか?」
「面白くもないやつでも大丈夫って言ったのはルシカでしょう」
「そうだけど、そういう意味じゃない。あんたは……なんというか、重いなぁと思わないの?」
ルシカは顔をしかめて、何度か静かに深呼吸して神経を鎮める。
「何とも思わないけど……」
「傍目から見れば、あの女の子は少なくとも生きる意志があって、すごいなぁと思った。もし他人からの温もりをもっと感じられたら、あの場所にも行かないし、当然あのような悲劇も存在しなかったんだろう」
「それはあくまで仮定の話でしょう」
「否認できないが、ある程度あの子は自分を追い詰めすぎるのよ。何もかも一人で抱え込もうとして、暗い片隅に傷をなめる。なんという頑固なやつだ」
「そう……ね」
「昔の私なら、こんな話を聞いても何とも思わないけど、今は少し違うかも。心境の変化というやつかな。あの子に手を差し伸べたら、結果はまた違った風に変わるでしょう」
天羽はぼろが出ないように口を一文字に結ぶ。ほぼ瞬きもせず、あえてルシカの視線にぶつかるや否や、ルシカは眠たそうに大きな欠伸して、左向きにする。流れのように頭の下に手を入れる。
「気のせいかもしれないが、なんか……あの女の子ってあんたとどこか似ているね。まぁ気にしないで、おやすみ……」
ルシカの声がどんどん小さくなり、最後は微かな呼吸音を走らせる。つい、胸の奥に押し殺していた動揺が顔に浮かんできた。天羽は安堵のため息を吐き出したが、ルシカの言葉はいまだに頭の中でこだまが響く。
──似ているのか……それは否めないけど。
「おやすみ」
疲労感を抱えながら、天羽は右向きにして、体を縮こまって深い眠りについた。
──うん? なんかいつもと違う……
天羽は仰向きにしてから気づいた。白い天井、本来地面の硬い感触と明らかに違う。どちらかというともふもふした感じに近いのだ。
「うん? ふかふかのベッド? 野宿してたんじゃないのか? 夢にしてもリアルすぎる。まぁ、どうせ頬をつねったら起きるんでしょう……痛そうけど我慢」
天羽は唇をかみしめて、果敢な一歩を踏み出し、思いきりほっぺをつねた。しかし、頬に伝わってくるのは紛れもないひりひりとした痛みだ。
「あれ? 痛い……でも起きられない……なんで? これが夢だと知っているのに」
──悪趣味すぎる。なんで未だにこんなクソつまらない夢を見てるんだ。
天羽は不意に部屋に飾られたカレンダーを目をやると、とんでもない事実が発覚した。
「待って、このカレンダーの日付って、お姉ちゃんが姿を消した当日じゃん」
──つまり、今は、時計の砂が逆巻いたってことか。非現実すぎる……いや、しっかりしろよ。私。これは夢に違いない。だが念のため確認してこう……
考える前に体が先に動き出して、天羽はバタンと部屋のドアを開けて、きびきびした動きで居間に駆け付けた。そこには女性が立っていて、怪訝そうに視線を向ける。
「うん? なに? 急にどうした? 部屋の中、Gでも出たの?」
──やっぱりいた。これは過去の時間軸に戻ったようだね。何か手がかりがあるかも……
「そういうのじゃなくて、お姉ちゃんはさあ……最近、嫌なことでも遭ったの?」
「ないわよ。なんだ? 変わよ……」
──違うの? じゃ……
「私のこと面倒だなという考えはなかった?」
「あるわけないでしょう、唯一の妹なんだから」
女性は机の上に置いてあったエゴバックを取って、どこかに出掛けをする様子だ。
「どこに?」
「買い物よ。忘れた? 今日は羚夏ちゃんの誕生日でしょう。だからホールケーキを作ろうと思って。そのため、羚夏ちゃんは早く学校に行きなさい。遅刻するわよ。帰ってきたら、盛大な誕生日ご飯が待ってるから、それまで我慢」
──違う、あの日、誰も帰ってこなかった。
「一緒についていくよ」
「ダ、メ。ほら、朝ご飯を食べたあとちゃんと学校に行くのよ」
──妥協するもんか。ダメって言われたら逆に行きたくなっちゃうわ。それに元々行くつもりだ。
天羽はあえて学校に行かず、こそっりとお姉さんを尾行する。何回もひやひやしたが、なんとか持ちこたえられて、お姉さんの行方を見守った。だが、ここからは予想もつかない事態が発生した。女性は珍しく人気のない路地裏に入った。
──あそこに行って、どうすんの?
天羽は気合いを入れんがために、頬を叩いて気を引き締める。彼女はおどおどと追っかけて行ったが、あの暗い路地裏には誰もいなかった。果たしてこれは幻覚なのか、それともただの見間違いなのか、まったくはっきりしてないのだ。
「どこに行った?」
うろうろしている間、息をひそめたかのように名もなき危険が彼女の背後を取る。いくら警戒性低めの天羽でも小刻みに震えていて、比べ物にならない殺気を感じ取った。だが、もう遅い。
突然、視界に映っていた景色ががらりとずれてしまい、体を支える両足もふにゃとして、流れのようにバタンと倒れた。何度もあがいたが、手足が言うことに聞けず何もできないのだ。
──ちょっと……何か起きた?
目の前の状況を吞み込めず、めまいに伴う腹部の痛みも徐々に全身にいきわたる。天羽はそのまま地面に這いつくばる羽目になった。
──少なくとも、後ろの方を見る!チラ見だけでもいい……
「……っ!ダメだ。痛い、しかも重い……」
ズキズキとした痛みとずっしりとした感覚で目が覚めた。その元凶はルシカの足が堂々と彼女の体の上に置いてあったからだ。天羽は眉をひそめて緩慢な動きでそっとその足をどかせた。が、一時的に消えない痛みが残った。
──もう……見かけに寄らず寝相がやばい……ったく。そういえばさっき何の夢見た? 大事だった気がするけど、忘れたなぁ。どうせ大したやつじゃないでしょう。
天羽はその穏やかで、まるで凪いだ海のような寝顔を見たら相好を崩した。
「よし、行こっか」
彼女は忍び足抜き足差し足でシェルターから出ていき、よろよろと立ち上がる。




