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駄目ダメな女子高生が迂闊に異世界に入り込んで、気づいたらもう現実世界には戻れない。  作者: 霞真れい
第九章:空いたものはそう簡単に埋められないのだ
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狡さを存分に活かす

いつも読んでいただきそして応援をくださり、誠にありがとうございます。感想やコメントも大歓迎です。


前回、振り返りクイズを行っていた二人ですが、今回はまたどんな方向に進んでいくのか、読んでいただければ嬉しいです。

 ルシカは腹を抱えながら目元に残っている涙を拭って、天羽(そらは)の背中を強く叩いた。


「何笑ってるの? こっちは羞恥心をものともせずに言ったんだよ」


 天羽(そらは)のキメ顔は雪崩のようにぶれてしまい、次第に熱湯の羞恥心が沸き上がる。その行き場のない恥じらいが全身を覆いつくして、彼女を丸ごと飲み込もうとしてる。


「いや、違うの。あんたはそんなこと言ったっけ?」


「ウソでしょう!? 言った気がするんだけど……もしかして、私の記憶がバグった?」


 ルシカは屈めた体をグッと伸ばして意地悪な笑みを満面に浮かべ、手を顔の前で振る。


「冗談冗談。もちろん覚えてるよ。めっちゃかっこよかった」


「またかよ……からかわないで。もしそんなこと言ってなかったら、本当に恥ずかしくて恥ずかしくて、自動的にこの世から去っていくわ」


 天羽(そらは)は自嘲気味な笑みを浮かべつつ、目をそらして肩をすくめる。見た目にもわかるほどの挫折感を感じさせる。


「調子いいみたいで、最後の問題にいきましょう」


「まだやんの? 引っ掛け問題とかはやめてくれ」


「では問題です。初めて、あんたから渡された食べ物は何ですか?」


「初めて?」


「ほら、べちょべちょでぐちゃぐちゃのやつ」


 ルシカは両手で三角の形を作って、それらしき食べ物の外観を例える。だが、どれだけ体を張って、ヒントを与えても、天羽(そらは)の心に届かず、彼女は顔を寄せてじっと見つめたところで、何も思い出せないので、自然と白旗をあげた。


「へえ……そんなのあったかな? わかんないよ……あんたの例え下手すぎ」


「おにぎりよ。何の味だが知らないけど」


「あ! そうだよ! あれだよ。予想通りだね」


「後出し禁止よ。クッキーみたいな外見で、ぐちゃぐちゃとなったご飯粒、食感は最悪だけど、味は悪くない。みたいなことは言ってた。私」


「そこまで覚えたの!? 凄っ!」


 天羽(そらは)は目をパチパチさせてじっーと視線を送る。頭すっからかんな自分を憐れんで、ルシカの凄まじい記憶力に舌を巻く。


「あんたがおかしいだけよ」


「ていうか、なんで細かいところまで覚えた? そこまで重要じゃないよね」


 天羽(そらは)は何気ない一言を口に言い出した。だが、ルシカはその言葉に反応して、やきもきする気持ちが胸いっぱいに広がって、余計にもどかしく感じた。


「私にとって大事だ……ま、どっちにしろ、羚夏(れいか)の記憶力は本当に駄目ね。つくづく悲しいやつだ」


「歯がゆい気持ちでいっぱいだが否定できないわ。結構さ、忘れ物が多いとか言われるけど、唯一、自分を見失ったりはしないよ」


 ──かもね。


 天羽(そらは)は冗談めかしに言ったつもりだが、余計にシビアな話を進んでいた。


「そうか……ならよかった」


 この意味不明のやりとりの中、一瞬不穏な空気が混じり合って二人の間には見えない線を引かれたような違和感がある。妙な間があって、彼女たちは無言の状態で視線を交わす。その異様な状況を打破するため天羽(そらは)は言葉を発する。


「あ……毎秒忘年会なんじゃないのって言われたことある……」


 相手の興味をグッと引き寄せるため、勢いに乗る。しかし、喋れば喋るほど天羽(そらは)は言葉のテンポが崩れて、自分ですら何を言っているのか分からなくなった。ルシカは首をかしげて、親指と人差し指で顎を挟む。


「忘年会? 何それ?」


 ──あ……つい、現実世界の用語をそのまま使っちゃった……


「あ……あれは私のいた世界の用語なんだ、気にしないで」


「はぁ……面白そう、いつか羚夏(れいか)の世界にも行ってみたいね」


 ルシカのその偽りのない笑顔を見せられた天羽(そらは)はだんまりしてて、喉の奥に何か詰まっているような息苦しさを覚えた。彼女は無理やりに微笑み返した。


「あはは、そうね、その機会があったらいいわね」


 ふとルシカは視線を落として、天羽(そらは)にハンカチを巻き付かれている手のひらを指す。


「そういえば、忘れるところだった。これ、ちゃんと洗って返すよ」


「え? いいのよ、返さなくてもいい」


「本当? ずっと持っていたから大切にしているのかなと思ったけど」


「うん……まぁ、いいのよ、ハンカチなんて滅多に使わないし」


 ──また……噓ついちゃった。なんで、いつもそうしちゃったの?


 名もなき感情が渦巻き、無遠慮で気の向くままに体中に遊走してる。どうやってその情緒を直視すればいいのか、彼女自身もまったくわからないのだ。いっそ逃げ道を作って、そのままほっだらかすことにした天羽(そらは)は黙々と指をいじる。


「じゃ、貰ってくね」


「うん」


「あ、そういえば……」


 その後、二人は当たり障りのない雑談して、前の形容しがたい雰囲気もそのおかげで緩和され、歯車がいつも通りすいすいと動くようになった。そして気がつくと彼女たちは無事に野宿できる森に着いた。


「着いたわ」


「うわ……いつの間にか、どんどん暗くなってきた」


 天羽(そらは)はソワソワして、気がつけば唾を飲む回数がやけに増えてる。


「まさか……暗いところ怖い?」


「流石にそれはないよ。考え過ぎだ」


 ルシカは気合いを入れるため、両手を胸の前で組んで裏返しにして、そして腕を前に伸ばす。彼女は屈めて、木を擦り合わせて火をおこそうとする。


「直接に魔法を使えばいいのに」


「風情だよ。風情」


 ──風情って……


「やってみる?」


「体力なくなりそう……」


 天羽(そらは)はルシカからのバトンを渋々と受けて、命を削るくらい必死に摩擦を起こす。ほんの少しの煙が出始めるところ、彼女はすぐ火床で火種を包み込んで、割れ物を扱うように優しく息を吹き込む。いい頃合いに、炎が発生するや否や薪に移す。


「はぁ……できた」


「おお、才能あるじゃん、凄いね」


「これ、才能と言えるかな……」


「よし、日が完全に暮れるうちにシェルターを作ろうか」


「賛成だ」


「まず、木を拾っていこう、二本のY字の形をしている枝を探してくれない? 私は棟木と大量の枝を持ってくるから」


「うん、わかった」


 天羽(そらは)はルシカの要望に答えて、二本のY字の形をしている枝を持ってきた。ルシカの隣に目をやると大量の枝がそこに置いてあった。その量の高さは簡単に天羽(そらは)の身長を上回って、一歩近づけたら彼女のことを埋め尽くそうになる。


「どう? この二本使えそうかな?」


「ありがとう。ここに置いて」


 ルシカは軽くストレッチして、二本のY形の枝を合わせて、枝のフラットな部分を地面にぶっ刺した。そこに棟木を置いて、後ろの部分をそのまま地面に置く。その後、彼女たちは三本で作られた間に枝をぎっしりと詰まって並べる。


 最後は、シェルターの上に乾燥している葉っぱをふんだんに載せたら、簡素ながらも頑丈そうなシェルターの出来上がりだ。


「やっと完成した……」


 ──思ったよりちゃんとしてるわね。見た目的にも頑丈だし、大丈夫そうね。


「はぁ……私、寝るわ」


 ルシカはシェルターの中をくぐり入って、狭い空間で気持ちよさそうにゴロゴロする。天羽(そらは)は開いた口をふさがらず目を丸くする。そして思わずにツッコミを入れる。


「早っ……! お肉を狩りに行くとか、言ってなかった?」


「あ……確かに言ってた、でも眠い……食欲より眠気が最優先だ」


 ──これはもう……食いしん坊と眠り姫の属性が混ざってるわ。そうは言っても、人のことを言える立場じゃないけどね。


 天羽(そらは)は笑いそうになるのを、口の中を奥歯でかみちぎるように堪えて、虚無の表情を作り出す。ルシカはすぐグッと起き上がって、頭がくっつくほど顔を寄せる。


「ふん……ひょっとして、お腹すいたの?」


「ううん、ちょうど眠いでね。ていうか、顔近い」


「昼のクイズ、また今度やろう、新しいルールも入れて、負けたら……」


「いやだ。脳細胞が死にかけたんだから、次は私からの出題ね」


 ルシカは胸を突き出して、意気揚々と顎を高くあげる。自信めいた笑顔をたたえながらポキポキと指を鳴らせる。さもライオンが獲物を獲得したように、わざと同類の前を横切って見せびらかす。当たり前のようにキラリと目を光らせて、闊歩する。


「いいよ、全問正解できる自信がある」


「ほお、上等だよ。それじゃ、おやすみ」


 天羽(そらは)は目を細めて見つめ返した。彼女は全身の力を抜いて、夢の世界に入ろうとしたが、意外と目が冴えてる。ちょっと姿勢を変えたら、眠気が募るかもしらないと思い、左向きにするや否や、暗闇の中、きらりと光る双眸が彼女を凝視する。


「ひぃぃ!」


 天羽(そらは)は奇声をあげて、咄嗟に張り手でルシカの顔面を直撃する。彼女は痛そうに背を向けて両手で顔を覆う、そして怒鳴り立てる。


「不意打ちするなんて、何すんのよ!」


「何よ、こっちこそ。眠かったらさっさと寝なさいよ。あんなに目をカット開いて、誰見たってびっくりするもんよ!」


 ──心臓止まるかと思った……


「だからと言って、そんなに強く押さなくてもよくて? 目が潰しされそうだよ……」


「咄嗟に反応しちゃったから、しょうがないじゃん。謝るよ」


 ルシカはダメージを受けた頬をマッサージしながら、自分がどうしてまだ寝ていないことについて語り始める。


「それは理由があって……就寝する前に誰か寝かしつけの本を読んでくれないと、安心できないの」


「は!? 噓つけ! 今までどうやって寝れた?」


「なんとか、無理やりに自分を寝かせた」


 天羽(そらは)はじゃ、今まで通りにやればいいじゃない?と涼しい顔して、一刻も早く夢に溺れたいと、ルシカから視線を切ろうとする瞬間、服を引っ張られた感じがする。天羽(そらは)は再び彼女に目を向ける。


「約束覚えてる? 食べ放題のやつ」


「うん。それは覚えてるけど、今なに?」


 ルシカは得意げに計算深い微笑をたたえて、すべては計画通りだと確信して唇を舐める。彼女はつい、羊の皮を被った狼のように、隠し秘めていた狡さを剝き出しにする。


「あれを別のやつに変えてもいい? ここで寝かしつけの童話やお伽噺を語ってくれない?」


「そんなのあり? ズルくない?」


「なんなら、食べ放題でもいいよ。出費は大丈夫?」


 ずぼっと急所を狙われたかのように天羽(そらは)は大ダメージを食らった。反論はおろか、声も発することができず、黙認した。彼女は頬杖をついて横たわり、死んだ魚のような目をして、いい気になったルシカを見据える。


「うん……わーったよ。先に言っとくが、面白い話とか期待しないでね」


「ああ、聞けるだけで満足だ」


 ──何を語ればいいんだろう……三匹の子豚? 赤ずきん? それともウサギとカメ……悩むなぁ。


 天羽(そらは)はいくつかの候補から選別する。ふいと彼女が狼の集落にいた時、ルシカと交わしてた約束を思い浮かべた。何も食べていないはずなのに、彼女はごくんと唾を飲み込むたびに、胃をじりじりと焼き尽くす焦燥感が伝わる。


 ──これしかないよね……

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