「やらないより、やった方がマシ」、本当にそうなの?
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前回、ルシカの活躍のおかげで天羽たちは無事を迎えた。果たして天羽はこの物語の「結末」を変えられるのか……
──くよくよしたってどうにもならない。あとでクレアシスにこの件について、相談してみよう。あれは一体何なのか……
ルシカは自分を奮い立たせるために頬っぺたを叩いた。彼女は天羽と一緒に女性を支えながら、無事にクレアシスたちと合流ができた。そして、女性は王女との視線を交わす瞬間、自分の傷も何もかも顧みずに前を走り出す。
「王女様!」
二人はそのまま抱擁を交わして、その間には溢れんばかりの幸福感と甘美な気持ちが漂う。それは二人にとって、言葉にならない嬉しさとかけがえのない喜びだった。二人の目には輝きが宿り、とても絵になるシーンであった。
──なんか、こういうの見たら、自分の気持ちまで和むんだな……
天羽はそっと二人を見守って、柔らかい笑みを漏らす。それにひきかえ、ルシカはばてて地面で大の字になる。腕で目を覆って起き上がる気がまったくしないのだ。
「はぁ……疲れた……」
「ていうかなんでルシちゃんがここに? で、かすれ傷ばかりじゃない! どうしたの? 喧嘩売るに行った?」
クレアシスの心の内側には小さな波が立ち、少し不思議を帯びた顔をして、胸の前で両腕をきつく組んでいる。
「問題が多いな! まぁちょっとね……」
ルシカは困り顔して愛想のいい笑顔を浮かべつつ、ふらふらと立ち上がりクレアシスの肩に両手を置く。
「はぁ、元の世界に戻ってからゆっくりと聞かせておこう。とりあえずこの二人、どう処分する?」
「処分するって、言い方よ……」
天羽は苦々しい表情して、仕方なく無音のため息をつく。
「あの……私たちこれからどうすればいですか?」
王女は躊躇いがちに目を伏せて、抑揚のない話し方をする。
「自分の思うままに生きていけばいいじゃない?」
クレアシスは顔にかかる髪を払いのける。一見、明確な答えを出してくれたが、言葉を濁してるように見える。
「私たち、そんな贅沢な権利を許されてるのでしょうか?」
「本来、これは生まれつきのものだから、どう使うか自分自身の自由でしょう。まさか自ら手放して、他人に委ねるつもり? これからの道は長いよ」
クレアシスの頬にはかすかにとげとげしい表情が流れて、口角には見えづらい感情が秘めている。
「すみません……そうですね、せっかくこのチャンスを掴んだからにはちゃんと運用しないとダメですね。ありがとうございます。その一言に目が覚めました」
王女は少し口元を緩ませて、釈然とした。
「お礼を言うなら、この人間にね。私は何もしてないわよ」
王女は天羽に会釈して感謝の気持ちを伝える。大したことしてないはずなのに他人の謝意を受けた天羽はどうしたらいいかわからなくて、ぽりぽりと頬をかいて、戸惑いを隠す。
「ありがとうございます。新入りさん。いえ、羚夏さんでしたよね。皆さんにこれ以上の迷惑をかけないように、私たちはこれから遠くの国に逃げます」
「え? 急すぎません? まだ……」
「これでもう充分です。いつも他人に頼るばかりですから、そろそろ……それにこんな夢のような出会いがあるなんて一生忘れられません。本当に不思議でした」
二人はさようならとばかりに手を振って、次の目的地に向かう。天羽は彼女たちを引き留めようとするところ、ルシカに止められた。
「どうした? まさかこの物語に未練が残ってる?」
ルシカは天羽の腕を掴んで、自分の方に引き寄せる。彼女は一瞬眉をひそめて、好奇心をそそられたように天羽のことをじっと見つめる。
天羽はそっとルシカの手から抜け出して、晴れない表情して、声が曇ってる。
「いえ、ただこれで本当にいいのかな? 私、うまくやれたのかな……なんだかモヤモヤしてて」
ルシカは間髪を入れずに彼女のことをしっかりと抱きしめて、ぎゅっと密着するほどの抱擁であった。天羽は最初、面食らったような顔して、口を少しポカンと開けていたが、しばらく立つと、口を一文字に結ぶ。
一度、相手の行動に答えようと、両手で彼女の背中にツメを立てるほどの力で返事をしたかったけど、ブレーキをかけられたように惜しくも手をおろした。天羽はそのままルシカの肩に顔を埋めて愚痴をこぼす。
「いちいち、人を抱きつくんじゃないわよ。子供じゃあるまいし……」
「やっぱり前世は猫に違いないね」
「なんだよ、その感想」
「とんでもない。うちの……羚夏は偉いよ。だからそんな顔しないで」
ルシカは極度に天羽の感情的な変化を注意しつつ、一つ一つの言葉を大切に扱って、まるで千切れやすい絹糸でマフラーを織るようにあたりを柔らかくに話す。
──「うちの」ってなによ……馴れ馴れしいな。そんなに仲良くなった覚えはないけど……
「自分を追い込みすぎるのよ。なんでかんでも自分の責任だと思い込むと、いつか爆発するよ。だから、いつでも私を頼っていい。どれだけ迷惑かけられても構わない」
──人を口説くのが上手だね……私は学べないなぁ。異世界にきてからというもの、自分が自分じゃなくなっちゃう。何度も言ったが、本当にらしくない。
「あなたは神でも、天才でもない、羚夏は羚夏そのものだ。そのままでいい。自分のペースで頑張ってる姿の方がスキ」
ルシカはせかさずに思ったことを言葉で伝えて、相手の心に届けと切望する。
──『急がずにだが休まずに』みたいな例えか? そうかもね。人間である私がここまで生きられるだけで奇跡でなくてなんだろう。
天羽はまぶたを閉じて、ルシカの一つ一つの言葉を反芻する。もうこのくらいでいいのかなと思い離れようとするところ、がっちりと捕まえられて身動きが取れなくなった。顔をあげるとその何かを企んでいる瞳と合い、首をかしげる。
「よし、きっと疲れたんでしょう、特別サービスだ! 感謝しな」
ルシカは言い放ったあと、自然に天羽をお姫様抱っこする。彼女は激しく左右にもがいたが、さすがにルシカにかなわず、つい渋々と妥協し抵抗を諦めた。バカカップルのようなシーンを見せられたクレアシスは聞こえよがしに尽きない溜息を吐き出して、目を隠す。
そして背を向けて、さっき王女と女性が立っていた場所に視線を向け、自分しか聞こえない声量で言う。
「今回はよい結果になるといいわね」
クレアシスは謎めいた一言を残したあと、天羽たちの前に歩いて、魔法のゲートを開るや否や、鼻に押し寄せてきたのは古い本の朽ちた紙の独特な匂いだった。彼女たちは書庫のような部屋に戻った。
クレアシスは一足先に本の最後のページに目を通してから、バタンと本を閉じる。彼女は眉一つさえ動かさず、その表情に一片の変化もなく、そのまま天羽に渡す。
「そういえば、見る? 彼女たちの結末。自分の目で確かめたらどうだ?」
ルシカは壁にもたれ、腕を組む。彼女は一瞬視線を走らせて天羽の表情を覗く。天羽は成り行きのように無自覚に手を伸ばして、その本を受け取ろうとする瞬間、とある考えが彼女の頭をよぎり、手を引っ込めた原因となった。
──もし、あの結末が自分が望んでいたやつじゃなかったら、どんな反応をすればいいのか、どんな顔して、すべてを受け止めるのだろう……どっちにしろ、知らない方がマシかもね。
「やっぱり、やめとく」
「本当にそれでいいの?」
「うん、エンディングを知っても何も変わらない。だったらいっそ見ない方がいい」
クレアシスは鼻を鳴らして、視線がさまよいながら単調な声で話す。
「そうよね、例えこの結末を知ったとしても、何も変わらないもんね……」
ルシカは手拍子を合図にして、強制にこの話を終わらせる。
「きりがないので、話は一旦ここまで。クレアシス、羚夏のその右手の件、もう終わったか?」
「ええ、とっくに終わったから、安心しなさい」
「もう終わったの? いつ?」
天羽は右手の甲をこすってポケットに突っ込み、クレアシスは悠々と椅子に座って足組みをする。
「あなたと話している間、こっそり解いてあげたのよ。感謝しなさいよ」
「ありがとう……あの……クレア自身は大丈夫か?」
「誰かクレアなのよ。まぁ、認めたくないが、あなたみたいな小娘よりは、私の人生経験の方が豊富なのものだから、そう簡単に死なないの」
クレアシスは涼風のような軽い口調で返事する。ネコのように気持ちよさそう伸びをして、肩の荷が下りたように満足げにため息をつく。
「あ、言い忘れた、あの件はなしにするね」
──あの件? あーあ、そうよね。魔法の力で結末を書きかえらなかったから、当然、望ましい報酬はもらえないものさ。
天羽は苦虫を嚙み潰したような何とも言えない苦みが口内に広まって、心のどこかでぽかんと穴が開いて、ぴゅーぴゅーと風が吹かれている。
「でも、個人的にはあのやり方、味があって、いい試みだ」
「うん? 何のこと? 何の話? 私にも混ぜて」
ルシカは興味を示して、二人の会話に言葉を差し挟んで、ほとんどまばたきせずに目を見開く。
「ルシちゃんとは関係ない話だ」
クレアシスは分厚い本を持って、寄せてきたルシカの顔をおさえる。お節介だなと言わんばかりに手を振り払った。ルシカは執拗にし続けてクレアシスに顔を寄せて、疑念がむくむくと膨らみあがる。
「危ないことしてないよね?」
「ないない、そういう危ないことしないよ」
「よくそのこと言うわね」
天羽はちょうどよいタイミングでフォロワーしてくれたそばから、ルシカにツッコまれた。ふとクレアシスは何かを感じ取って、心の中はハリネズミのように警戒の棘を張り、突き刺すような険しい眼差しを向ける。しかし、すぐ平気をよそって、かすかな笑顔を広げる。
「ルシちゃん、長話は次にしておこう。今の気分じゃ乗らないの。だがその前にもう一つの質問してからお別れよう」
クレアシスは天羽に向けて、意味深長な笑みを口角に浮かべる。
「もし過去を変えられる力があったら、欲しい?」
天羽は泥沼に落ちたように思いに暮れて、様々な考えが頭の中で渦巻いてる。
──クレアは一体、何を聞き出したいの? もし、そんな力を使ったら、今の私はいないだろう……この「人たち」と出会ったからこそ、今の私がいる。まぁぶっちゃけ、今の私は相変わらずちっぽけな存在……しかし、よく考えてみれば、過去を変えて、夢のような生活も悪くないが……
「ううん、今はいらないかな……いらないと思う」
「『今』か? 独特な答えね。短い間だけど、面白い人だと分かった」
クレアシスは上機嫌に笑い出して、徐々に立ち上がった。
「今ならわかるでしょう?」
いきなり、ルシカも同好会のようなテンションで会話に割り込んできた。
「なんとなくわかってきたわ」
「でしょう」
ルシカとクレアシスが会話を交わしている中、天羽だけ仲間はずれになった状態で、わからずじまいだった。
──何の意味? うん? この二人が言っているのは……
そろそろかなと思いながらクレアシスは二人を家の外まで押して、早く行けと催促をかける。
「もう少しルシちゃんと話したかったけどね、まぁ、会うは別れの始めだからね」
「クレアシス……」
「なんだ? そのブサイクな顔は? 私のことはいいって。ちゃんとあの子から目を離さないでね」
ルシカは言いかけた言葉を逆流させて口をつぐんだ。その後、クレアシスは潔く背を向けて、ぎゅっと拳を握りしめて、眉のあたりに決意の色を浮かべる。
「クレア」
クレアシスは歩みを止める気一切なしに前を歩く。
「……だから、クレアじゃないっつの。人間」
──さて、お邪魔虫が勝手に家にあがってるみたいで、「お客さん」を長く待たせたらいけないもんね……




