生贄の村①〜無愛想な狼と遭遇
誤字、脱字や文法など自分なりに全部修正させていただきます。よろしくお願いします。
リテリアに言われた通り天羽は易々と生贄の村に着いた。外見から充分に伝わってくる薄気味悪さに思わず後ずさった。事前に偏見を持ていたせいか、妙に饐えた匂いがする。
天羽は、この空間特有の甘い空気を吸い尽くしてから村に踏み込んだ。周りをキョロキョロと見ると、誰もいなかった。
「なん〜だ。誰もいないじゃないか。ひょっとして私道に迷ってる? そんなのありえない、方向音痴じゃないんだから」
天羽は顔をあげて道の看板をもう一度入念に読む。
「いけにえのむら……確かにここだ。この村は取り残されたのか? もう少し奥へ踏み込んでいくと違う発見があるかも……」
天羽は忍び足抜き足差し足で村の内部を観察する、突如燐火のような物体がふらりと彼女の前を横切った。気のせいなのか、それども幽霊が本当に現れたのか、それを確かめたくて袖で目をこする、さっきまで空中に浮遊していた燐火が別の場所に現れた。
「え? なにこれ? 幽霊? 異世界でも幽霊があるの? 怖くないけど、気が散るからあっちに行って」
天羽は燐火が自分に近寄らないように、しゅっしゅっと手を振ったが、無駄な行為だった。そろそろ帰ろうと思い、入口に戻るや否や、あれすさんだ村に、にわかに旋風がぴゅーぴゅーと巻き起こり豪雨がザーザーと降り始めた。
天羽はカバンを頭の上に置く、だがそれは詮無い行為だった。強風のせいで雨が横から襲い掛かってきた、あっという間に天羽は全身ずぶ濡れになった。
「おやおや、濡れ鼠さんは大丈夫かい?」
しわがれた声が森の奥から途切れ途切れに聞こえてくる。蒼白な髪の男が草むらを搔き分けてのろのろした歩調でこっちに向かってくる。
「すぐに迎えにいきますね、ごめんね、こんな形で客を迎えるなんてわたしの本望ではない」
「あの、すいませんが、あなたは?」
「わたしはこの村の村長です」
「そうですか……私は羚夏です。リテリアに勧められてここへ来ました」
「わるかったなあ、自己紹介したかったけどわたしはもう自分の名前を覚えていないので、村長って呼んでください」
「ちょっと失礼かもしれないが、何故自分の名前を覚えていないの? 呪いとか?」
「勘が鋭いね、君は。それをさておき、さっきから気になってたけど君はこの世界の住民じゃないよね」
「その通りです。でも何故一目でわかったのです?」
「じじいの直感をあまくみたらだめよ」
村長は緩慢な足取りで天羽に道を案内してくれた。一体どこに連れ行かれるのか天羽自身も知らず、ただただ大人しく導かれるだけ。
「着きましたよ」
先ほど目に付いた廃墟施設のような雰囲気の村だったが、今は木屋が建ち並ぶ平凡な村に変貌した。
けれど家の中をよく見ると生活の痕跡はおろか人影すらいない、色とりどりの燐火が浮遊してるのしか見えない。
「イルミネーションみたいだなあ」
「そうだね」
「!!!」
天羽は口に出しちゃいいけない感想を迂闊に出してしまったことに後ろめたさを感じて、今のことを取り消したいだが、一言既に出ずれば駟馬も追い難しということわざの意味を身にもって知った。さすがに無神経にもほどがあるからすぐにお詫びするところ、村長に止められた。
「いいのよ、これは私たちへの罰だから、あたりまえのこと。なにを言われようとも私たちは文句ありませんよ」
「ちょっと変な聞き方なんですけど、いつこうなったのですか?」
村長は苦渋に満ちた表情で少し躊躇った後、これまでの経緯を語りつくし始めた。
生贄の村はその名を示した通り何百年前から村人を生贄として悪魔に貢ぐ。しかし元々はこのような物騒な名前ではなかった。元来なら平穏だった日々が不穏な空気が漂い始めたのはあの夜の時だった。
見知らぬ人が後ろをとあるものに追いかけられて、全力疾走でこの村の人に助けを求めていたが逆効果を招いてしまい、あのおぞましいものを村まで引き寄せてきた。
以降、村に結界が配置され、年がら年中に監察される日々を食いしばりながら過ごす。増援なんて呼ぶどころではなかった。
村は全滅を回避するため毎月悪魔に献上しなければならない。こういった行動を余儀なくされた。贔屓目のないくじ引きで、ランダムに罪のない人を犠牲して、当時の村人は毎日怯えながら暮らしている、明日は我が身かもしれないのだ。
こんな悲惨な村だが、ある日転機が訪れたのだ。隣国の魔導士軍団に風のうわさが耳に入って、真相を確かめるため自ら村へ伺う。なんと悪魔と鉢合わせした。そこで魔導士軍団が臨機応変に対応して、うまく悪魔を消滅し村の平穏を取り戻した。一見めでたしめでたしのお話だが……
しかし一度奪われた命はもう帰ってこられないのだ。くじ引きで自分の名前を引かれた瞬間、彼らの命の炎が消えるのも定められたことだ。
ここからは呪いの根本、亡くなった村人たちが怒り、悲しみ、悔しさなどの感情を抱えながら献上され、僥倖に生き残された人に嫉妬し、全員道連れにしてやった。こうして巻き込まれた他の村人が、燐火の形としてずっとここに閉じ込められてきた。
「のうのうと生きている私たちへの罰、ここ数百年私たちは憎しみの火炎に燃やされ、燐火という形としてここで拘束された」
「村長さんもですか?」
「わたしは少し特別だが、人の形として許された、でもこれは喜ばしいことではないと思う」
「ここから出られないのですか?」
「ええ、だからああいう方法であなたを誘い込んできた。ああしないとこのままあなたは逃げちゃいそうだから」
「解放される方法はないですか?」
「ない。それにあの子がいたから」
「あの子って?」
村長の後ろから出てきたのは一匹の狼だった。ルビーのような瞳、サラサラな獣毛、凛々しい目つき、天羽に敵意を持っているようだ。
「この子の名前はルシカって言うんだ。あれからこの子はずっとずっーと私たちの村を守ってきたの」
「ルシカ……」
「そうだ! ルシカが君に村の案内をするのはどうだい? 彼女はこの村のこと全部詳しいぞ」
──彼女? というキーワードを捉えて、天羽は疑問を抱えながらルシカという謎の狼についていった。
およそ十分ほど歩いたが、こんもりとした森、昆虫の音もさりげなく消えた、彼女たち自身の息遣いしか聞こえていないこの場所に天羽は疑問を投げ出す。
「ルシカさん? どうしてそんなに森の奥にいくの……」
「ちょっと待って」
あまりにも無機質で冷淡な声だったので天羽は少し驚いた。ルシカが人間の姿に変貌したことを目の当たりにして、見た目はポーカーフェースで何を考えているのかまったく汲み取れないのだ。
「あんた、羚夏だっけ?」
「そうだけど、なに?」
「いっとくがあんたが何を企んでいるのはお見通しだよ。さっさとあきらめといた方がいい。じゃないとかみちぎってやる」
──うわ……なんだこの露骨な宣戦布告、明け透けすぎるでしょう。少しその殺意を控えたらどうだ?
気のせいなのか知らんが、勝手に目の前に線を引かれたような感じ……やっぱり異世界に来て、必ず初対面の人の恨みを買うんだよね。いくらと言っても相性悪すぎる……
──ここでちゃんとした答えを出さないと、恐らくここでちぎられるでしょう、賢いなぁこいつ、ひと目を避けて人気のない森に連れていくのは……
「悪意はない。私をどう考えでもあんたの勝手だが、私は……」
次の瞬間、腹部に強い打撃感が伝わり、ありえないほどの激痛が全身に走る、周りの景色がすべてずれてるように見える、視界がどんどん暗くなり、意識まで朦朧してきた。
──確信できるのは、私は引っ叩かれたこと。
地面にはいつくばった天羽は腹部を抱え込んでうずくまって、辛うじて顔をあげてルシカの真っ正面を見つめる。
「得体の知れないやつが何の立場でそれを言うの? お前みたいなよそ者が侵入してきたから、この村は天地を翻るほどの災難が起きたのだ!」
ルシカは天羽の襟元を掴んで全身を持ち上げて木に押し付けた、呼吸が困難になり、空気まで恋しくなってきた。
──クッソォ……前言撤回だ、あのシスターと比べたら全然違うじゃん……これは本当に死ぬじゃないか……
幸い村長が駆けつけてくれて、逆鱗に触れたルシカを宥めて、彼女たちを離した。
ゴホッゴホッと咳を立てて、束縛から解放されてまずはひと安心したが、どんだけ酸素をむさぼっても肺に行き渡らなかった。全身の力が入らなくて天羽は倒れこんでいた。最後に印象があるのは、村長の申し訳なさそうな顔とルシカの無関心な顔と大きな差が生じた。
その後、意識が戻ってくる時は彼女はもうベッドの上にいた。天羽は起きたばっかりというのに、灯りの眩い光に目がちくちくと痛むことはない。
「起きたか?」
程よい灯り、居心地の良いベッド、部屋にある優雅なアセビの匂いが鼻をくすぐる。
──私の部屋とは大違いだ。あれはものをばらまいて足の踏み場もないほど無秩序の場所。女子の部屋とは思えない荒れてる。
天羽はこの部屋との格差を思い知らされて、少しいたたまれない気持ちとなった。
「起きたら、もうさっさとこの部屋から出て行ってくれない? 村長の頼みじゃなきゃお前なんかほったらかすよ」
──怪我人に対し何ちゅう態度してるんだ……こいつは決して与しやすいやつじゃないなあ……