魔女って、善と悪の区別は存在しない
大学の中間テスト期間では、更新は三日に一回となります。ご迷惑をおかけ申し訳ございません。
テストが終わり次第、すぐ二日に一回の更新を戻らせていただきます。
「え?もしかして間違ってる?」
天羽は動揺を隠すために手を重なって意味なく手の平を擦る。光のような焦点が揺らめいて唇を強く結んだのは不安を抱いている象徴であった。
「いえ、何も……」
クレアシスは言いかけた言葉を喉へ逆流させて、向こうからさしかかった視線をよけて平静を装いながら姿勢を変え、二人の視線が絡み合った。
「じゃ、他の……」
「全部サラッと言っちゃったら、私の穏やかな生活が危険に及ぶからこの辺で。そんなに知りたがっているなら、とことん調べればいいじゃない?一人ずつ」
──じゃ……この流れだと全員を倒さなければならないのか?なんか悪者をボコボコにして世界の平和を取り戻そうみたいな物語も数少ないから……私もそうならなきゃいけないの?
「あの……聞いてもいい?」
「何か?」
「魔女って公認の敵なの?この世界の秩序を乱す悪者か?」
──ちょっと明け透けすぎるかも……でもちゃんとここで見極めなきゃ……
クレアシスは両手で頬杖をついてかすかな微笑みを見せたけど、それは感情のこもっていない笑みだ。あからさまに妙な感じがして、突き刺すような眼差しを向けられて天羽は一瞬ひやりとした。
「質問の意図がわからないわね……あなたは勇者とでもなりたいの?」
「いや、それはまっぴらだ……」
「でしょう。だから愚問なのよ。向こうから先、襲い掛かってくるのは別の話なんだけど」
──じゃ、クレアシスは襲ってくるのかなぁ……
天羽ははっと息を飲んで服のしわを伸ばす。しかし、クレアシスは目ざとく彼女の異変に感じ取り、冗談めかして天羽の気持ちを鎮めさせる。
「しないわ。あなたはルシちゃんとの知り合いだから。バカなマネはしない」
「あ、ごめん」
──先に相手を疑うなんてこっちの問題だが、何もかも読まれてて、なんかやりづらい……
「もう一つ無礼な質問になるが、なんでここの人、魔女のことが嫌いなの?」
「無謀だけじゃなくガンガン攻めてくるわね……その質問、非常にとがってるわ」
クレアシスはわざと眉をあげて小首を横に傾げる。恐らく彼女今の感想がなぜこんなにも身の程知らない、再三に崖の上に歩き回ってギリギリのラインまで攻める人間がいるとは……こんな無鉄砲なやつがここまで生き来られるとは予想もしなかったんだろう。
「ここのやつら、種族問わず、魔女というキーワードを聞いただけで、小鹿のようにブルブルと震えてて、目に見える速度で全身に恐怖心が登り、疫病神でも見かけたように遠く行っちゃうのよ……」
「そう……よね」
「誰を苛むわけじゃない、これこそ世間が魔女への硬い印象だから、それは間違っていない。私たちは自分自身に不利なことを発覚したら、必ずその可能性が芽生える前に握りつぶすから」
クレアシスの双眸には危険な匂いが漂い、猛獣のように爛々と光らせる。だが彼女はすぐ、不要な誤解を招かないように自分の潔白を証明する。
「言っておくが、私はこの地の生物に危害を加えることがない。まぁ記憶に誤差がでなければ、間違いないでしょう」
「魔女なのに?」
「ほら、愚かな先入観のお出ましだね」
──もう言い返す言葉がない。そもそもその気力もないし、一つ一つの言葉には無数のとげがある。まさに手加減ゼロだね。
「私もその気があれば混ぜて欲しかったけどなぁ……あいにく殺し合いは私の好みじゃない、ここでゆっくり暮らして、毎日大量の本に囲まれてこそが私の生きがいだ」
──なんか年を取って老人生活を送っているみたい……
天羽は他の事情がまだはっきりしていない状況で鵜吞みにして、大胆に自分の憶測をぽろっと言ってしまった。
「端的に言うと、あなたはいい魔女なの?」
「それは絶対ない」
クレアシスは机にほったらかした本を懐に抱きついて仰向いて慨嘆する。そしてせかさずに本を広げて、疲れた目をしょぼつかせて、読み止したところから読み直す。
今更になるけど、天羽はチラッとクレアシスが持ってた本のタイトルに目をやると、『バカ人間との話し方』と大きな文字が目に映った。
──なんだよ……その本。それにしても前までは気付かなかったなぁ。
「魔女の中では善や悪の区別はない。我々全員、各々の欲望に従って、本能のままに、生きる意味を探究し続けてきた。やりたい放題とも言えるね。その行動により生み出された結果が良くも悪くもある。もしあなたを殺せば何かを手に入られるなら迷いなくやるわ。なんて虫がいい話だ……」
──中立の立場とは少し遠く離れているが……危険性が低い。という理解は多分間違っていないのだろう。
「じゃ……まぁまぁいいやつってことね」
「だから……浅いのよ。あなたはそう思いたいなら、勝手にどうぞ」
「『あいつ』、まばたきもせず手を振り下ろした途端、その人の命の炎が消えてバタンと床に倒れ込んで二度と起き上がれなくなった。カーデナがやったのよ。めちゃくちゃ生々しい光景だ」
クレアシスは天羽の経験談を聞きながら低い声で鼻歌をする。彼女は本を両膝の上に置いて、気楽そうに見えるが、気を紛らわすためにやった。
「あいつ……いくらなんでも度が過ぎる。相変わらず悪質で悪趣味で身勝手なやつだな。それだけは変わらないのか? よくも口封じされなかったわね。」
「変な言い方かもしれないが、あの時、彼女に助けられた」
「あなたも気を付けた方がいい、あの女は何かを企んでいるに違いない、あなたに近づけて好感度をアップさせる。万が一彼女の機嫌を損ねたら……」
──好感度?それはないと思うけど……危険の中、私を救い出してくれたことにありがたいと思っただけ。
クレアシスは椅子からよろよろ立ち上がり『バカ人間との話し方』の本を本棚の元の位置に戻して、それから別の本を取り出した。今回、そのタイトルは『くだらない先入観』であった。彼女は本棚にもたれて横目で天羽を見る。
「ね、知ってる?」
天羽は座り直して顔を上げる。クレアシスの手に持ってた本に視線を移すや否や言葉を失い、心の奥底で何回もそのタイトルにツッコんだ。
「あなたは自覚ないの?」
「何のこと?」
「体質」
「体質?」
天羽は目を細めてオウム返しに答えた。頭を傾けながら、心の中で不審な点について考え込む。
──何を言っているのだろう……
「あなたの体質は一般人と異なって、夢中にさせられる魅力がある。魔女はそういうものに引き寄せられて、無自覚に何かを求めてしまうのだ……よって、今の私でも気になって気になって仕方がない」
クレアシスは欲しているものに一歩近づけて作り笑顔をたたえて、いつからか頭から足先まで危険な匂いが放ち。天羽は本能的にグッと立ち上がって出口を探す。びびりな彼女を目にして、クレアシスはこっそりと笑った。
「でも、私はあんなレベルの低いやつと違うのでそんなに慌てなくてもいいのよ」
──怖いに決まってるだろう!
「本題に戻ろう。あんたが言ってた体質について、もしかして匂いってことか?」
「へえ……案外、飲み込みが早いね。そう、その通りだ」
──だから、ルビーは私にくっつくのもそれが原因?
「それは何の匂い?」
「おや、ついご本人までずうずしてるの?」
「私、居ても立っても居られない状態にはまっちゃったから、それが嫌で」
天羽は無心に自分の服を嗅いでみたところ、何の結論も出せなかった。
「花だよ、花の香り」
──てことは今まで嗅いできた香りと何かの繋がりが……
「具体的なこと、自分の力で探せ」
──へえ?焦らす……
クレアシスの表情が相変わらずびくともせず、迷子の羊をまっすぐ見て、憐れな口調で答える。
「そうね……もう一つヒントを与えるとしたら、この匂い、我々だけしか感じ取れない。他のやつらはなんも感じられないのよ」
「ルシカも?」
「ええ、ルシちゃんって狼でありながら嗅覚は抜群だけど、そういうの弱いんだよね。だってこれ、同類しかわからないもん」
──同類?以前カーデナにも言われたことがある。仲間って……
天羽は理性を保ちながらその言葉を反芻する。パニックに陥そうになる時、クレアシスは彼女との距離を詰め込んで、人差し指で天羽のこめかみに当てる。
「余計なことを考えるな。今あなたは私と一対一の会話をしてる。あなたはあなた、他の誰でもない」
天羽は額に手を当てて悩みの種が尽きない様子だ。
「当然例外もあるから、そんなに深く考えないように」
「急に励まされたんだけど、怖っ」
「心の声漏れてるわよ」
心の声を迂闊にぽろっと言葉にしてしまったことに天羽は苦笑いして溜息をつく。
「では、以上」
「え?待って、まだたくさん聞きたい……」
クレアシスは天羽の抗議を聞き流して次の話題に進む。
「ここからは別の話だ。ね、あなた、本が好き?」
「妙な展開だな、しょっちゅう読んでるけど」
──現実世界では、大体一人で図書館に行く場合も多いかなぁ。
「何のジャンル?」
「特定はないが、大体ハッピーエンドの話が好きかなぁ……」
──あんなむさくるしい現実はもういっぱいいっぱいだから、本の世界に入り込んで現実逃避してる。時々自分が物語の主人公に感情移入して楽しむ。ささやかな幸せだけど、それなりの楽しさがあった。馬鹿馬鹿しいけどね。自分でも思った。
「そう?奇遇だね、私も同じだ」
「ほお……それは意外だね」
「ある時、思わない?もしあなたは物語のエンディングを変えられるのならば……」
「思わないかも……だってこれ、私が決められる問題じゃなくない?」
クレアシスは意味深な笑みを浮かべて天羽の本心を探る。
「もし書き直せるなら、今あなたが一番知りたがってること。教えてもいいよ」
「え?」
突然天羽の体の中心に冷やされたような感覚を覚えて目を丸くする。目の前の魔女だけに図星されたくないという思いが込み上げてきた。
「忘れたくても忘れられない、ずっとその答えを探し続けてきた。何度つまづいても、めげずに立ち上がり、くだらない希望を抱えながら探す。これって魔女と少し『似てる』と思わない?」
「……」
クレアシスの目は簡単に人の心を見抜けるような迫力があり、一度目つけられるといくら本心を隠そうとしても無駄だった。最後は何も言い返すことができず口をつぐむ羽目になる。
「ずっと、惜しいと思ってた物語があるんだけど、興味ある?」
「どんなお話?」
昔々、ある王国に王女がいた。その王女は生まれつき病弱な体で、目が離せない子だった。その故、どこへ行っても大量の護衛がついてる。すべてが王女を守るためだとわかっているが、彼女にとってこれは過保護にすぎないのだ。
ある日、彼女はこっそりと抜け出して、街に入り込んだ。不幸にも、そこで迷子になり泣きそうになるところ、平民である女の子に話しかけられた。事情を知ったあと喜んで王女のガイドになって街の案内をする。こういう日々が一年も続けた結果、王宮の連中にバレてしまった。
平民である女の子は当然、不敬と見なして重刑されるのだが、間一髪に王女は自らの命で大臣を脅し、女の子の釈放を要求し、連中は妥協せざるを得なかった。
こうして女の子は順調に王女のそばに居続けて、また一緒に遊べられるようになったが、それも条件がついてる。女の子は一生、王女のためにつかわれ、常に彼女のことを優先順位につけて、考慮しなければならないこと。
王女に信頼され、寵愛を一身に集めた女の子に対し、嫉妬の炎が所々に点火された。結局、女の子は濡れ衣を着せられて、反逆者と見なす。無実の王女まで巻き込まれて罪に問われている中、彼女を守り抜くために、厳しい選択に追い込まれた結果自ら命を絶った。
これはこの物語の概要だ。
「これ、自己犠牲だね」
「ええ、あの子たちは恵まれなかった、それだけ。なんて痛ましいこと。これ、運命ったらいたずら好きかもね。よって、この話を書き直さない?」
「書き直す?」
天羽は困惑を示して口を隠す。
「これは合理的な条件をつけて、それを果たしたら、それなりの報酬がもらえる、都合のよいことだと思わない?カーデナの卑劣な契約と違ってな」
「そうなのか?」
「もしこの物語をハッピーエンドに書き直せるなら、教えても構わない。あなたは『姉』いたよね」
「なんで……それを知ってるの?」




