狼の集落⑤~戻れないあの日常の生活
「何をしているの?天羽」
「だから!私の苗字を……」
天羽ははっと我に返って振り向いたら……
「!?」
「なんだ?俺の顔になんかついてる?」
彼女の前に現れたのは幼馴染だ。天羽はショックを受け、片眉をあげて、口をポカーンで開ける。
「いえ……なんでお前がここにいるの?」
「はぁ?お前が俺に焼き肉の食べ放題を誘ってきたじゃん!忘れた?なんか知らんけど、お前はくじで当たったみたいな話してたよね」
「なんで私がお前なんかに誘うの?」
「なんだよ……その変な質問、俺はお前じゃないし、自分に聞けよ。そんなことより、腹減ったぞ、早く食いに行こうか」
天羽は頭の混乱を整理するために、背を向けて独り言ちる。
「待って?つい幻覚まで出てしまった?なにこれ?尋常じゃない!なんでここに戻ったの?これは試練の一つなのか、それとも本当に現実世界に戻ってきたのか、もうわからない……」
「なんだその顔は?くよくよするな、せっかくここに来たから、早く食いに行こうぜ」
男は親指をあげて、遠慮なく自分の気持ちを口にする。
こうして二人は焼肉の食べ放題のお店にきて、店員さんの案内のもとで席についた。男は待ちきれずどんどん注文していく。
「牛タン、ロース、カルビ、サーロイン……」
──まぁ……ただとは言え多すぎない?
注文を終え、大量の肉が次から次へと出されて、男はウキウキして肉を焼き始めた。
「この音よ、この音!これを聞くだけでご飯十杯もすすむぜ!」
──それはないと思う……
男は期待に満ちた表情で肉を挟んで口に運ぶ。肉の脂が口の中で繰り広げられて、肉汁がじゅわっと口内で爆発する。
「これうまい!うん?なんだ?食べないの?」
「うん、なんかね」
男はへえ~勿体ないよと言わんばかりに自分のお皿に肉を置いて、専用焼肉のタレをまんべんなくかけていく。
──いつ目覚めるのだろう、この馬鹿馬鹿しい夢。早くルシカを探さないと……
「本当に食べないの?めっちゃ美味しいよ、絶対後悔するぞ」
──なんか味しない。なんでだろう、美味しいそうに見えるが、食欲低下中だ。
「いいの、私はもうお腹いっぱいだから」
「へえ、食べ放題に来る前にお腹いっぱいの人はどこにおる?」
「ここにいるじゃん」
「はぁ……参ったわ」
男はこめかみを抑えて抑揚のない声で返す。
「あのさ……質問していい?」
「なんだ?」
「もし私が異世界は存在するよって言ったら、あんたはどんな反応?」
男はなだめるような口調で天羽に憐れみのような眼差しを向ける。
「そんなのあるわけないだろう。急にどうした?頭でもぶつかった?」
天羽は舌打ちして、頬杖をついて男を睨み付ける。
「まぁ、きっと文化祭の準備が忙しかったら、疲れてるでしょう、これを食べて元気を取り戻そう!」
男は再び焼きたての肉を口に運んで、もぐもぐの状態で天羽を慰める。
──本当にそうなのかなぁ……まぁこいつがそう言うなら多分私本当に疲れてたかも、そうなんだ。今まで起きてたことは悪夢なんだ、それにしても随分長いね。
天羽は今までのことを思い出すだけで、喉の奥が焼け付くような苦い味がする。その場に凍りつくような感覚を忘れようと無意識に自分の腕を抱える。
──そうよね、これ夢だったのね……そういうことなのか。
「リアルすぎるのよ……」
「今はもうあのようなことは起きないから、安心して、今を楽しむのが大事だよ」
男は更に注文を追加し、天羽にメニューを渡す。
「嫌なことを全部忘れよ!肉を食べたら元気が出る。ちなみにこれは俺のおすすめだ」
男はメニューにある分厚い牛タンを指して、牛タンの素晴らしさを全力でアピールする。天羽の胃のあたりがソワソワしてて、生唾を飲み込んだ。
それから二人は楽しくこの焼肉の食べ放題を堪能することが出来て、大満足だった。
「はぁ……食った食った!ごちそうさま!」
男は自分のお腹を撫でて、晴れやかな笑みをたたえる。
「ならよかったね」
「もうこんな時間、送るか?」
天羽は腕時計をチラッと見て、自然と笑みがこぼれつつ男に返事をする。
「ううん、大丈夫、ありがとう、一人でいいの」
「本当?」
天羽は相手を心配させないために大きく頷いた。
彼女が家に帰ったら、いつもと違うことに発覚した。普段だったら彼女を迎えるのは冷たい暗闇、なのに今日は暖かさを感じる。天羽は言葉が出ないほど驚いた。彼女はかばんを床に滑らせた。
「え?」
「羚夏ちゃん!お帰り」
天羽は上腕をぎゅっと握りしめて、目の焦点が定まらなくなる。
「お姉ちゃん?なんで?」
「なんだ?そのお化けでも見たよう顔は、お姉ちゃんは幽霊じゃないよ」
「いや……だって……」
天羽は目頭が熱くなり、涙がほろほろと流れ落ちる。彼女は嗚咽を漏らさないように必死に両手で口を覆う。
「本~当、羚夏ちゃんは甘えん坊だから、いつだって変わらないよね。たったの一日で、もうお姉ちゃんのこと会いたくてたまらないの?もうしょうがないからね」
女性は天羽を抱き寄せて、ぎゅっと密着するハグを彼女に与えた。女性の安らかな鼓動が聞けて、不規則な動悸もだんだん落ち着いていく。女性は優しく天羽の頭をぽんぽんして、できる限り彼女の不安を消去しよとする。
「どこに行ったの?なんで……私を……」
「ごめん、もう離さないから、今回だけは信じて、ね?」
女性に抱きしめられて、天羽はこれまで経験したことや重荷が消えたような軽い気持ちになり、女性の方へもたれて、全力で甘える。あまりにもこの瞬間を独占したくて、中々女性を離れようともしなかった。
「もう……泣き虫だね、ほら、明日学校行くんでしょう、早く寝なさい」
天羽は反射的に学校という名詞に拒絶反応を起こし、女性の抱擁から逃げた。
「学校は嫌い……」
「何を言ってるの?昨日までクラスメイトとカラオケ行ったじゃない?」
「え?なにを……なっ……」
天羽はしどろもどろになって、目を少し見開いて眉をひそめる。彼女は本棚まで後ずさった。
「あとは、たこ焼きも食べたじゃない?羚夏ちゃんが帰った時凄い嬉しそうに私に話してくれたじゃん」
──待って、どういうこと?予想を遥かに超えてる。こういうの元々ないはず、一体……
「まぁ、とりあえず寝て、充分休んでから学校へ行こう、明日もお弁当作るからね」
「うん……」
「大丈夫、きっと疲れてるから、一晩寝たら、きっとよくなるって」
女性は天羽を部屋まで押しつけて、おやすみの一言を言い残して女性はドアを閉める。
──これは本当に私のあるべき日常生活なのか……もうわかないよ、考えるの面倒だし寝ようか……
天羽はふわふわのベッドで寝転んだり、まくらを抱き着いたり、気づいたら彼女は深くの眠りに落ちた。そして朝が来た。
「ほら、起きて、羚夏ちゃん!朝だよ、朝ご飯もう作ったよ」
女性は天羽の部屋まできて、彼女を起こした。
「うん……」
天羽は大きなあくびをして、寝ぐせの強い髪を直そうとするが、寝起きばっかのせいで中々うまくできなかった。
「もう、直してあげるわ」
女性は鏡の前で天羽のぱさぱさの髪をくしですく。その後天羽は慌てて制服を着替えて出かけするところ、女性に呼び止められた。
「これ、お弁当」
「あ!危ない危ない……ありがとう」
天羽はお弁当を受け取り、学校へ向かう。教室に踏み込む瞬間、クラスメイトが歓喜の声をあげた。
「羚夏!お誕生日おめでとう!」
クラスメイトはクラッカーを鳴らして、「本日の主役」のタスキを彼女にかける。
「え?なんだこれ?」
「まさか忘れたの?今日は羚夏の誕生日だろう、いつもお世話になってるから、サプライズをしようっと、こそこそやってきたんだ、バレないように」
「そうだよ、何回もバレそうになるけど、クソ下手な理由をごまかせてよかった~」
「本当本当、マジでよかったわ。喜んでくれるといいな……」
──そういえば忘れたわ、今日は私の誕生日ということ……
「これ夢?」
クラスメイトはどっと笑い出す。
「夢じゃないわ!これは現実よ、もう~」
天羽は自分のほっぺをつねて、異常に目が冴える。彼女は笑みを隠そうと唇をぎゅっと結ぶ。
「夢じゃないんだ……」
──もう少しここに居てもいいじゃない、もう少しだけ。
それからの時間、天羽は幸福感に浸しながら授業が終えた。家に帰った途端、女性は彼女を出迎えした。
「お帰り!羚夏ちゃん!お誕生日おめでとう!」
「お姉ちゃん……」
「ほら、これプレゼントだ。お姉ちゃんが作ってあげたの」
天羽ははやる心を抑えて、照れくさそうに髪を触る。女性からのプレゼントを開封する。
中にはアセビをモチーフにしたしおり、天羽の表情は一瞬固まっちゃった。突如とある考えが彼女の頭をよぎる。
「どう気にいった?羚夏ちゃんはお花好きじゃん、ちょうど羚夏ちゃんも本を読み始めるところ、だからこれを作ったの」
──なんだよ、このクソみたいな流れ……急すぎだよ。できればもう少しここに居たいのにな。でももうすぐ一日の期限が切れてしまう……そろそろだね。あの人のこと危うく忘れるところだった。
天羽はだんまりして、ずっとしおりを見つめている。
「どうしたの?気に入らなかった?」
「これ、全部噓だよね」
「うん?何言ってるの?羚夏ちゃん」
天羽の視線がさまよって、女性からのアイコンタクトを避ける。彼女は心の葛藤を全部口に言いたくなる。
「じゃ、ご飯食べる?お姉ちゃんはさぁ、羚夏ちゃんの好きな食べ物いっぱい作ったわよ、オムライス!大好きだよね?なんなら、他の料理でもいいよ?あなたのためなら」
「違うの」
天羽はきっぱりと否定した。固く嚙み締めた唇が口角から血が流れてきた。彼女はより強く拳を握り締めた。
「お前は違う、お姉ちゃんの顔、声、仕草を化けして私を騙さないでくれ、頼む」
「何を言ってるの?学校で何かのトラブルで?それでイライラしちゃったの?大丈夫、お姉ちゃんがすべて受け止めてあげるから」
「ああ、いっぱいあったよ、お前の想像以上超えてるかもね」
天羽は片手で顔を覆った。目がかすんでて、何か考え込んでいるような苦しい表情がする。
「だったら、お姉ちゃんが全部」
「いらない」
──矛盾だな。本当に。事実を知ったとしても、現実から目をそむけてしまうんだよな、私。
天羽は冷笑し、両手をじっと見下ろす。目から熱いものがぽつぽつと手のひらで滴っていく。
──本当なら、このありふれた日常を過ごしているはずなのに……未練を残さないように、早く、この茶番を終わらせよ。
「お姉ちゃんは何もしてあげられないけど、わたしはいつだって羚夏ちゃんを愛してるの、それだけは忘れないで」
女性は諦めず天羽の心を引き留めようとする。
「うん、もう充分だ。この時間楽しかった、ありがとうね」
天羽は思い切って女性の手を振り払った。
──私たっら、こんな夢に溺れるなんて……もういないのよ、好きな人が、なのに私は現実逃避したばっかで、これはレナが言ってたドツボにハマるってやつか?確かにはまりやすいね。じゃ、彼女は何を見たのか?
天羽は腹をくぐって、光のある扉に向かう。あそこを通り抜けたら、綺麗な花畑がそこいあった。
「これって……私が行ってた花畑……なんで」




