お茶はいかがですか
「あ、お姉ちゃん」
ルビーはちょこっとだけ顔を出してカーデナをちらりと見た。だがすぐ天羽の背後に隠しカーデナと目を合わずにいた。
「ほら、迷惑かけちゃだめだよ。羚夏さんの右足ケガしてるから」
「それは知ってるよ……」
ルビーは反省の色が見えてきて、申し訳なさそうに天羽の肩に顔を伏せた。か細い声で返事をする。
──なんだこれ、姉妹揃って知ってるのか?私の足が捻ったこと。やっぱり魔法できるやつは違うな。なんだかあの能力の十分の一さえあれば無敵な気分だな。何でもできちゃいそうだ。
「ほら、早く降りなさい。ね」
カーデナは少し態度を緩めてルビーに催促をかける。
「嫌だって言ってるでしょう!」
ルビーはギュッとより強く天羽の喉を締め付ける。おもちゃを買ってくれないと絶対に帰ってやんないと泣きじゃくりながら大人にせがむ。
「コホンコホン」
喉が圧迫されて、息しづらくなった天羽は咳音を立てて、もうしめないでくれと言わんばかりにルビーの手をトントンと叩く。ルビーはすぐさま力加減を調整する。
──またかよ……家族同士の紛争は私なんかの部外者を巻き込まないでくれる?もうさんざんだよ。
天羽はほろ苦い溜息を吐き尽くして、こめかみを抑える。
「ごめん、羚夏は痛い?」
「え?私?うん。ちょっと痛いよ。降りてくれると助かる」
「わかった……」
降ろしてと言わんばかりにルビーは天羽の肩を軽く叩いた。滑り台のように彼女の背中のラインに沿ってスッと降りてきた。
体にある負担が一気に消えていなくなり、体幹を崩して転倒した。その後不安そうに自分の足を揉んで痛みを確認する。
──痛い……こんなにも腫れあがったの?どう見てもやばいわ。
カーデナは何も言わず彼女の前に跪いて、その捻った右足をに回復魔法をかける。天羽の右足の周りに心地よい光に包まれて、体の芯まで温まってきた。ケガが和らがれたどころか全治になった
──凄い……これだけで治ったの?どんな魔法なの?
天羽は足首を回してみた結果、全然痛まなかった、元通りの状態を取り戻し、しかめてきた顔もほぐれた。
「ごめんなさいね、ルビーはあんな……」
「いえ……あ、ありがとう」
「無事」にあの絶体絶命な状態から生き延びてきたというわけ。が、天羽はまだ完全に気が晴れたというわけではない。危機はもう去っていたはず、なのに心の中は死への恐怖が据えて、長々と散っていかないのだ。
「なんなら、さっきの精神賠償として、心のトラウマまで癒してあげてもいいのよ」
カーデナは天羽のくよくよしている姿が目に映って、黙っていられないと思いこのふざけた提案を出した。
「へえ!?結構だ!もう大丈夫だから。うん。本当に……」
天羽は訥々と言葉を紡ぎだして、相手の好意に対して全力で拒んだ。そんなあたふたの様子を目にして面白おかしくと思いつつ彼女を支え挙げた。
「冗談だよ」
まるで子供がいたずら大成功した時、感じた高揚感と自己満足に浸したかのようにカーデナは口を隠してわっと笑い出した。
「からかわないでくれよ……」
──だがそれも本心とも言えるけどね。
カーデナは何かを企んでいる様子で天羽をチラッと見る。
「じゃ、お詫びとして、お茶はいかがですか?」
──私の命の価値イゴールお茶ってことか……
天羽は心のどこかで当たり障りのないツッコミを入れて、少し抵触もあるものの、ちょうど喉も渇いているので、即興にその誘いに乗った。
「あじゃ、お願いします」
カーデナは自然と、何の違和感も感じなくそっと天羽と手を繋いだ。
「ずるい!私も!」
ルビーはそれを見て、地団駄を踏んで拗ねる。天羽は仕方なさそうにもう片方の腕をむぎだして、ルビーの方へ寄せる。
「これでいいでしょう」
そしてルビーは明るい気分になって彼女の左腕にべったりとくっつく。
「ブランコ欲しい」
──はぁ……まだ遊び足りてないのか?
天羽は渋々と左腕に力を入れてルビーの体重を受け止める。わーいと叫んでいるルビーと天羽の虚無に満ちた表情とは微妙な比較になった。
「ほら!ルビー!」
──また始まるのか、このシーン……
「もう少しで……うわーい!楽しい!」
ルビーはカーデナに一瞥もくれず、完全に彼女の忠告をよそにひたすら好きなことを堪能している。カーデナは額を支えて隠し手をさらけ出した。
「もしここで降りてくれると○○○に行っていいよ」
「本当?やった!」
彼女はその許可を得てすぐ天羽の腕を離して、どこかへ駆け込んでいった。
──なんだ今の?最初と最後だけは聞こえるけど、あの部分だけが聞こえない……どういうこと?私、難聴でもないのに。何かに遮断されて、聞こえなくなった。ほんの短い部分だけ、靄がかかったかのように。
天羽は何度も何度も自分を無理させ思い出してみたが、何も入ってこなかった。
「こちらへ」
カーデナの呼び声にはっと我に返った天羽は彼女のいたところについていく。
丸いガラスの机の上には色んな種類が入っているクッキーやケーキなどは勢揃いして並べられている。見栄えもよく、香りもいい。きれいなティコップに香ばしい紅茶が淹れられた。
──これティタイムの時間?のんびりしすぎない?
天羽は席に腰を下ろして、無心にクッキーを口に頬張ってかみちぎる。バターの味がふんわりとして、チョコは程よい甘さでいくら食べても飽きない味だった。
──美味しい!このクッキー現実世界と食べたブランドクッキーと比べたら全然美味しい!
そしてちょこっとの熱々の紅茶を口に当てる。紅茶をすするととても香ばしい味が口の中に広げられている。身にしみるほど繊細で上品な後味で、紅茶の余韻はまだ残っている。さっぱりしてて飲みやすい紅茶だった。
「不思議だね、美味しかったよクッキー。これ手作り?」
料理を食べたあと、この問題はほぼ鉄板だとも言える。相手はどう返答するのかそこは重要ではないが、一応流れ的に聞いておいた。お世辞などではない、単純にこのクッキーのシンプルな味はよいと思った。カーデナは驚きを隠せず、褒め称えられてはにかんだ表情を天羽を覗き見る。
「さすが、どうやってわかるの?」
天羽は次のクッキーに手を出して、口に入れようとするところ咄嗟に止めた。斜めにカーデナを見る。
──えええ!?噓だろう!結構適当に聞いたつもりだけど、そんなのも当たるの?だったら試験の多肢選択問題に一個くらいあてさせてくれよ!どっからの都市伝説がテストや試験の答えほぼ「C」に凝ってるよって、大体でたらめじゃん……
天羽は自分をフォローしてなんとかこの場を乗り切ろうとしている。
「あ……なんか似てるから」
「似てる?」
「小さい頃の記憶の味とほぼ同じくらい美味しいから、これもしかして手作りなのかなぁと思った、まさか当たるとは……」
「羚夏の子供の頃……か……あ、ごめん、呼び捨てになって……」
「いいのよ、こっちは気にしてないから。どころでこういうお菓子なら魔法でも作れそうけど」
「これじゃ、誠意の味がなくなっちゃうよ」
「それもそっか」
天羽はクッキーの隣に置かれたケーキも見逃さず、口をパンパンにさせた。
「じゃ羚夏、今晩はここで泊まったらどう?」
──このまま、ここで長くいて本当に良い選択なのかなぁ、カーデナはここの時間の流れは外と違うと言ってるけど、やっぱり私はいち早くルシカを見つけ出したい。
天羽は仰向いて嘆息を漏らす。こめかみを抑える。
「ごめん、気持ちはありがたいけど、やっぱり早く友達を……」
ついさっきまで褒められて心が浮き立ったカーデナは打って変わった表情となり、かなり落ち込んでいる様子。
「信用してないのか?私のこと」
──信じるわけないだろう。信じるという言葉は口だけでは誰でも言える、だが実際行ってみれば何十倍、いえ、何百倍、もしやその以上の難しさがある。だから私の背中はあなた預けられないわ。
天羽はだんまりしてて、さりげなく手に持っているクッキーに目を凝らす。クッキーを齧ると粒々のチョコが口にとろけて、その甘みに浸して、意図的にカーデナと目を合わずにいた。
「それはそうよね」
カーデナは自問自答に自分納得させる。
──なんか私、悪い事したみたいだな……でもそろそろ彼女に聞こうか……さっきのやつも気になるし、彼女は一向に説明するつもりはなさそうだが……こっちから攻めていこうか。
カーデナとルビーとの会話について質問するところ、カーデナは人差し指を口に当てる。
命まで賭けてきて、わけのわからない「ゲーム」を参加させられて、危うく殺されるところだった。その苦労に値する情報を得られないとのはそれはさすがにないわと思い、天羽は少しだけ頭にきた。
「何も教えてくれないのか?」
珍しく天羽の怒りを帯びた表情が見られてカーデナはきょとんとした。
「いえ、その意味ではありません」
天羽は大きなため息をついて、腕のストレッチがてら紅茶を口につく。それによって怒りやストレスも発散できる。
──今ここで手のひらを返すのは賢明なやり方じゃない。あの件はさておき、ルシカについて何かを聞こう。
「じゃ、これなら言えるでしょう、私の友達はどこに行った?」
「いきなり本題へ入るのか?」
もしかしたら相手の手のひらで踊らされている可能性も高く考えられて天羽は今でもすぐここから出ていきたいことろが、今はそれくらい我慢しないと費やしたものが無駄になる。
「この件のために、ここへ来る他はない」
「そうだなぁ……一つ交渉していい?」
相手の無理やりに苛立ちが募り天羽は手を組みなおし。
「なんで?なんの交渉?」
「いえ、これは私だけのメリットじゃなく、利害一致ってこと。つまりウィンウィンだよ」
カーデナは心が弾んで話を続けて、天羽を説き伏せようとする。
「せっかくだから、『私』も仲間に入れてもいい?」
「はぁ、どういう意味だ?」
「同じ立場、同じ陣営、同じ意志を掲げる仲間」
「いえ、それはないと思う」
天羽は一秒もせずきっぱりと否定した。彼女の瞳にぶれない、岩のように不動の態度を示した。
「だが、一度『私たち』に助けを求めた以上、もう……」
カーデナは諦めず天羽を力説する。だが返ってくるのは波のない穏やかな答え。天羽は熟考もせずにかぶりを振った。
「それは違うよ、あんたが勝手に恩返ししたいから、誘いに乗った」
──なんて図々しいな人と思われるかもしれないが、これは間違いわないよね。私が自らここに行きたいとは言ってないよ、向こうから誘ってきたから、即興で乗っただけ。
天羽は自分に言い聞かせて、「言い訳」を正当化しよとする。
「そうよね、つまりこれはあなた自身が望んでいたことではなく、半分強制でここに来たということかね?」
カーデナはかすかな微笑みを漏らして、机の上に指を組んで顎を乗せる。
「ああ、そんなもん」
カーデナは再び姿勢を取り直して、今度は頬杖をついて、もう片方の手のひらを上にして、天羽に問いかける。自分の意図を隠しもせずさらけ出した。
「じゃ、今後の可能性は?」
「ないっ……!」
「今すぐ答えなくてもいい、気が変わるまで待つよ」
「残念だけど、そういう日来ないかもね、私が死ぬときまでも、同じだと思うよ」
天羽は意地を張り、口を尖らせてカーデナを直視する。
「そんなことより、答えてくれるよね」
「少し落胆したが約束は約束、いいだろう教えてあげる。あなたの友人はどこに行ったのか」
天羽は身を乗り出してカーデナに寄せる。聞き漏らさないように入念に聞く。
「狼の集落にいるよ」
「え?どんな場所?どこにいるの?なんであそこにいるの?」
「なんでかんでも聞かれると困るわ」
「じゃ、なんで場所がわかるの?水晶球でも持ってんの?」
天羽は疑惑を丸投げして、彼女の反応を待っている。
「さあ……」
「さあ?って、またはぐらかして」
「ここで長話はよくないから、他のお客様も待っているし……」
「お客様?どういう意味?もうちょっと説明……」
「質問しすぎるよ、羚夏」
相手の勢いによって一瞬鼻白んだ天羽は口を噤む。
「また今度歓迎するわ、いつかどこかでお会いしましょう」
──結構だが、もうそんな機会ないと思うけど。次会ったら、敵だ。みたいな古臭い流れはないんだよね。
一時的にどう返せばよいのかためらったが気づいたら外の世界に転送された。
「あ……間に合わなかった。まぁいいっか……」




