虎穴に入らずんば虎子を得ず
殺人現場の起承転結をそのまま目におさめた。天羽はテレビ越しにサスペンスやホラー系のドラマを数少ないほど見てきたが、被害者が殺害されると必ず血まみれなシーンになりかねない。鮮血が噴き出された量は大袈裟だと思いながら鑑賞したが、実際は噓ではなかった。
今はまさにその過程を見届けた。割れ物のように脆くて儚い命があっけなく幕を閉じた。次は自分の番なのかなと畏怖を感じて、この世の終わりのような顔をして結末を待つ。だがカーデナは彼女を傷つける気はなかった。
それだけでなく、尻餅をついた天羽の腕を支え、彼女がうまく立ち上がるまでそうしてた。そして自分の方に引き寄せる。
天羽はぎゅーと抱きしめられた。二人の間には入れる隙間もなくぴったりと磁石のように肌と肌をくっついた。
「え?」
天羽は唖然とした。目を丸くして体はガチガチに固まって抵抗すらできなかった。
カーデナは天羽の背中をすりすりと撫でる。あたかもアスファルトに転がっていた子供が啼泣して、ショックや痛みによって泣き止まなくなり、それを宥めるためひたすら優しい声をかける。
天羽はカーデナのことを思い切って押しのけたいだが、謎の緊張感によりその力さえ吸い取られて、ふにゃふにゃしてた。彼女は今、カーデナの思うがままにやらせれてる。
「大丈夫ですか?もう落ち着いてますか?」
──ありがたいけど、その方が不安だ……へたに動いたらミンチとなって切り刻まれるのかなぁ?
「うん……」
カーデナは天羽の気がかりをくみ取ったかのように彼女を恐怖から解放させた。
「何か聞きたいですか?全部教えてあげますよ」
ちゃんと相手の承諾を得てから、天羽は一息をつく。
「なんであの男を殺さなきゃいけないの?」
天羽は顔をあげると、至近距離でカーデナと視線がぶつかった。すぐさま視線を横に逸らしておどおどと聞く。カーデナの逆鱗を触れないように慎重にいく。
「あんな腐ったやつを残しても、空気がまずくなるのよ」
カーデナは仕方なさそうに、自分のせいじゃないよって責任を男に丸投げた。カーデナは天羽のサラサラとしたミディアムヘアーを触る。細長くて繊細な指先は髪の毛と絡みつく、その後うなじを経由して背中のラインを沿り腰のあたりいた。天羽は咄嗟に彼女の手首を掴む。断固拒否な態度を示す。
「はぐらかすつもり?」
どこからの勇気が湧いてきたか知らないが、どんなに理由があっても殺人は殺人だ。その原因を知るために遠慮なく相手に問いただす。彼女は綱渡りするような気分だった。少し踏み外したら即ゲームオーバーだ。
天羽は揺るぎない眼差しを彼女へ向ける。そしてカーデナも彼女の藍い澄んだ瞳を見据えて顔を寄せてきた。興味をかきたてられて意味深な笑みをたたえる。
「大胆だね、もしあなたが私だったら、ここに目撃者がいて、どうする?」
天羽は沈黙を保つ、口を開けようともしなかったが、顔は噓をつかないもの、明らかに動揺を見せて、顔から汗が垂れてきた。
「私ってそんなに怖い?」
カーデナは敢えて彼女の耳元で囁き、息を吹きかける。
天羽は自分なりの冷静を取り戻して、断片的な言葉を紡ぎだす。
「そりゃ怖いよ……いつ殺されるか、もしかすると自分が死んだ事実を意識してない可能性もあるから……」
天羽は自分のズボンを力入れて掴む、気持ちを落ち着かせる。ズボンが皺出るくらい食い込んだ。
カーデナは自ら天羽と引き離す。二人の間には見えない火花がバチバチしてる、張りつめた糸のように少し重さを加えるとプツンと切れそうになる状態。カーデナは真摯な眼差しを注ぐ。
「しませんよ」
──私が生きている限り、死なせはしない。死ぬとしても私がこの手でやる。誰にもやらせない。
とカーデナは頓着のない笑顔を見せて、人知れぬところに密かに思った。
「それから、なんで私がここにいるのも知ってるの?あとはあの男が言ってた仲間って……あのピンク髪で八重歯のやつと知り合いなの?カーデナ、あなたは一体何者?あとは、……」
カーデナは天羽の頭をぽんぽして失笑が漏れる。
「ストップ~ちょっと多すぎない?」
「あ……わるい」
「どんどん聞いても大丈夫です。が」
「が?」
天羽は疑惑の色を浮かべて、小首を傾ける。
「ここだとちょっと不便なので、お家来てくれません?」
天羽は心理的に拒絶反応を起こし、無意識に他の逃げ道を探す。火中に身を投じるような自殺行為は正常な人間であれば絶対にやらない行為だ。むたみにイエスを出したら、このまま連れ去られる。この後何か起きているか、どう喚き散らしても、他の人の耳に届かないことは検証しなくてもわかる。
そう考えると鳥肌が止まらなかった。だがその時、カーデナは胸を叩いて再三に保証する。
「傷つけたりしません、それだけは『約束』します」
カーデナは善意な態度で振る舞った。
「それに、前にも言ってませんか?是非お家に来てルビーと遊んでくださいって」
「あ……あれか……」
天羽は記憶の中にあの女の子の顔がすぐに思い浮かべた。常に無垢なる笑顔が溢れて、無邪気でわがままな女の子の人物像が出来上がった。
「追加、あなたが今一番知りたがってることを無償で教えてあげます」
カーデナは有力なチップを手に晒して、天羽と更なるの一歩の取引を交渉する。
「一番知りたいこと……?」
「お友達のことでしょう」
「なんでそこまで……」
カーデナは唇をなめて、人差し指を口に当てる。
「じゃ……もうちょっと考えさせてください……」
相手の機嫌を損なったらやばいことが起こりうるので、彼女は無意識に敬語を使った。
カーデナは目を細めて、自分の両手をすりすりと撫でまわす。
「このままだと、手遅れかもしれませんけど、それでもいいのですか?」
──これって、どういう意味?まさかルシカのことか?なんで……この女は一体どこまで知ってるの?もし彼女が言っていることは噓ではなかったら、ルシカは今……!
天羽は今、究極な選択肢に選ばなければならない局面にせり出された。
どっちも危険性が秘めているものの、一番心細い選択はやっはり魔女のすまいに行くこと。だが彼女はこの絶好のチャンスをあきらめたくない。
ゲームのガチャで例えるなら、これは闇鍋に違いない。引かないにするという選択肢はない。だがここでは条件が限られている。それは一発しか引けないのだ。しかもスーパーレアのカードを当たらなかった場合、すぐアカウントが削除される。
これは自殺行為とも言える。これじゃ無謀に猛獣の巣に入り込むに違いない、一度行ったらもう帰ってこられない可能性は高い。それでも彼女はルシカを見つけたい、どんな危険を冒すとも……それに今更逃げ腰になるのはかっこ悪すぎる。
天羽は右手を伸ばしカーデナの手を握ろうとしたら、彼女は天羽に戒めたた。
「言っとくけど、私は魔女よ」
天羽はその言葉に怯んでしまった。前へ伸ばす続けた手はブレーキをかけたように空中に止まる。
──やっぱり……そうだよな。でもここで彼女と手を組む意味合いではない、ルシカを探すには多少の犠牲は付き物。私一人じゃ到底不可能だ。世間からどう見られようともそんなことを気にしている場合じゃない。
天羽は意思を固める、むろん彼女はこの理不尽なガチャを挑む道しかない。失うものはもうないんだから、大通りでポケットに手を突っ込んで闊歩する気魄はある。
「じゃ……あんたをついていく」
彼女自身も知っている、これはどういう意味なのか、自分の後戻りできる道をすべて封鎖し、未知なる世界にのめり込む。
「本当に?ちゃんと考えたの?」
「これが私の答えだ。勘違いしないで、こうするのは余儀なくされただけ、あんたたちと同陣営になるつもりはない」
カーデナは天羽から出した答えにご満悦の様子で、純粋に喜んでいた。彼女は天羽の手を引っ張って、指パッチンをする。彼女たちの行く先には転送用の魔法陣があそこに現れた。
カーデナは天羽と腕を組んで共に魔法陣を潜り抜いた後、目に入ったのは華麗な飾りが塀にかけられて、窓ガラス越しに中にはキラキラと輝いているシャンデリアが天井からつり下げられた。お姫様が住みそうなお城に来たかのように目が癒された。
魔女という名をまったく関係ないくらい、まともな家だった。
──なんでだろう、本から読むと、魔女の家はむさ苦しく、暗くて、太陽の光さえ突き抜けることがでくない密閉な場所。こんもりとした森に囲まれて、カラスがあちこちに飛んできて、不気味な雰囲気だったはずなのに、今はまったく違う。
「こんなところで、ぼーとしないで、さあさあ、早くあがって」
カーデナは扉を開くや否や、以前と変わらぬ女の子がぴょんぴょんと跳ねていて天羽の懐に飛び込んできた。
「あ……!びっくりしちゃった……」
ルビーは天羽の服に顔を突っ込んでクンクンと嗅ぐ。
「前回と同じ花の匂いだ!羚夏、来るって知ってた!」
──いつから呼び捨てになった?
と天羽は一瞬思ったが、別に大したことじゃないからそこまで気にしてなかった。
「ええ……そうだよ……」
天羽は言葉がうまく回らなくて、適当に返答する。
「じゃ、早速一緒に遊ぼう!」
「え?でも……まだ他のことをやらなきゃいけないの……後にしていい?」
ついさっきまで嬉々としたルビーは打って変わった表情となった。泣きそうな表情で頬を膨らませる。
──うわっ!やっばい……機嫌を損ねたら、炭になりそうだ……
「安心してください、ここの空間は外と違って、時間の流れが遅い方なんです。心配する必要ありません」
カーデナは無慈悲に天羽の退路を断ち、彼女に目遣いをする。
「あ……じゃ遊ぼう、ルビーちゃん」
「うん!」
ルビーは天羽の手を掴み、ジャンプしながら手を揺する。
「え?君のお姉さん一緒に遊ばないの?」
「いいの。私は今、羚夏と一緒に遊びたいの、それにお姉ちゃんは忙しくて、いつも『邪魔したらダメよ』とか言うんだから」
「あ。そうなんだ。」
ルビーちゃんはルンルンと天羽を自分の部屋に連れてきた。
──私ってここに何をやっているんだろう……子供を相手になるのは苦痛だ……
「座って座って!」
「はいはい」
「ヒーローごっこやろう」
「ヒーローごっこ?」
「私がヒーローで、羚夏は悪い奴ね」
──なんで私が悪者になった?
「即決なんだね、あははは」
天羽は苦笑いして適当に誤魔化す。
「じゃ、これ持って」
ルビーちゃんは悪そうなやつの人形を天羽に寄越した。
──やっぱり、表と裏はそのまんま……クソぶさいなんだけど。
ルビーちゃんは外見からははっきりとヒーローというオーラを放つ人形を手に乗せて、それから幕が上がる。
「あ!見つけた!さぞお前は悪者だな!」
──もう入ってるんだ……子供って凄いね、何でもノリノリで。
天羽はあえて咳音を立てて、悪である雰囲気を醸し出して、ヤンキーのような口調で話す。
「ふん……貴様は勇者か……」
「ヒーローだよ!勇者じゃなくて」
──なんの区別あんの?まぁいいけど
天羽は気を取り直して悪者を極力に扮する。
「貴様はヒーローか……死にたいからここに来たか?その勇気だけは評価してやる」
「バケモノめ!絶対にここでお前をしまつしてやる!」
──え?いつバケモノになった?なんか凄いな。名前が転々と変わるけど、大丈夫かな……
「へえ。やれるもんならやってみろ!」
ルビーちゃんはヒーロー人形を持って、突進してきた。「バケモノ」とぶつかり合った。
天羽は三流芝居を見せて、苦しそうに胸を抑える。
「うわ……なんだと。たかが人間で思い上がるな!嚙んでやるぞ!!」
天羽は「バケモノ」をぽんと横に置いて立ち上がり、ルビーちゃんのところに駆け込もうとする。ルビーちゃんは楽しそうにキャーと逃げ回す。部屋の中で大暴れして、枕まで投げ合った。二人はばてて、床に横たわった。
「ふうう……遊んだ遊んだ」
──まさか、子供相手に本気を出した。真面目すぎたのかな……
「羚夏凄いね!まるで本当悪人みたい!」
──それって褒め言葉なの?演技がうまいということにしよう。
天羽は子供に褒められて、わけのわからない高揚感に浸して、バカみたいな笑い方をする。
「あははは、ルビーちゃんも凄いよ」
「うん、いつもやってるから!」
──うん?いつもやってるから?なんか変だけど、カーデナと一緒に遊んだってことかな?
「へえ、そうなんだ……」
「次のゲームに行こう!」
「いいよ、何に遊ぶ?」
天羽は床に頬杖をつく。仕方なさそうに微笑みをたたえる。
「鬼ごっこ!」
「え?」
天羽は耳疑うほど神妙な顔をする。




