藍の花⑤~正真正銘のクレイジー
黙り込んでいた天羽の姿を目に入って、ルシカは彼女の背中を強く叩いた。不意打ちされて、天羽は放心状態からはっと我に返った。
「何くよくよしてるの?」
「ちょっと、わからない点がいっぱいあって」
「ほぉ……お姉さんに言ってみろ。いい策、献上してあげる」
「いや、やっぱりやめる、つくづく不安になったわ」
「なんだ~失礼だなぁ」
天羽はすべての憶測をルシカに打ち明ける。それを聞いてルシカは熟考を重ねて、歪んだ笑いを口の端に浮かばせた。
「じゃ、大胆に行こう。あんたが言ってたよね、雰囲気はウソをつかないってやつ。違う方向から見ればどう?もしもの話なんだけど、藍の花のやつはサヤだとしたら」
「は?そんなのありえんすぎる……サヤはもう死んでいるじゃなかったの?」
「あの時、覚えてる?」
触れたくない話題が切り出されて、天羽の顔色はますます悪くなった。
「生贄の村、あの村人たちの魂が束縛されたこと、言ったよね。思いや怨念が強ければ、生み出されたエネルギーは大きい、他人を左右することさえできるのよ。それだけあって、もう充分その人の魂を閉じ込められるもんさぁ。」
「じゃ……これも同じか?」
天羽は肩をすぼめて、重たそうな口調には語り切れぬ疲れが据える。ほろ苦い感じが口の中に広げられて憮然とした。
「そのまんまとは言えないけど、似たようなケースだ」
「じゃイーレンとサヤは今……!」
何かをひらめいた天羽は肝心なところに察した。
「浮遊してるのかもね。人の体を乗っ取って、時間切れたら、また次のやつを探す。まぁ、危険性に言うと、絶対イーレンの方がやばいよ」
ルシカは肩を竦めて簡潔に説明した。
「はぁ……脳がバグっちゃいそう……頭がパンパンになった。これを考えるだけでが寿命が縮まりそう……」
「それだけで挫けるのか?視界が狭いね。もうちょっと広いところに見ろ。まぁ、私も適当に当てるけどね。」
「じゃ、イーレンは誰?」
「そう!問題はあそこだね。仮にこの殺人事件の犯人はイーレンで、記憶喪失事件はサヤであったら、こいつらは間違えなく雲隠れしたね……」
話が盛り上がった途中、彼女たちとすれ違った人は天羽とぶつかりあった。
「あ……すいません……」
自分の不注意に咄嗟に謝ったが、向こうは一瞥もくれず、よろよろと前へ進む。
ふっと何か感じたかのように、反射的に横を見てみると、スッと黒影が横切った。人の本能、つまり好奇心に駆使されて、天羽は黒影の跡をついていった。だが怪しい人影は誰かに尾行される気配を気付き、歩みを早める。
あいにく、ずっとぴったりとくっついてたはずなのに、急に姿がいなくなった。黒影の速度は肉眼では|追いつかなかった。
ルシカは天羽に尋ねてみると
「出たか?」
「うん。でも早すぎて、どこに行ったか、とらえられなかった」
「ここからは慎重にな。後ろから不意打ち食らわれるかもしれない、私が殿でいいよな」
「うん。」
天羽とルシカは前後と並べて、背中をぴったりと合わせて、周囲を警戒し、前進する。
突然どこからふんわりとした藍の花の香りがほのかに残っていた。あそこだ!と心の快哉を叫んだ天羽は息をはずんだまま、歩みを止める。
薄暗い巷の行き詰まりでは、薄っすらと人影がいて、顔をそむけたままぽつねんと立っていた。
天羽は遠慮なく黒影に向かって自分の臆測を大胆に言う。
「サヤさん」
「さすがです。100満点です。どうして私がここにいるかわかったのです?」
「なんとなく」
「やっぱり見間違いはないね」
サヤの顔には一抹の恐怖や不安すらなく悠揚な態度を見せた。まるで二人を待ち伏せしているように穏やかだった。
「やっと、見つけたぞ……もう逃がさないわよ。前回の件を含めて仇を……」
天羽は勢いよく相手との距離を思い切って縮めたが、サヤの一言に驚愕する。
「もう、どこへも逃げないから、安心してください」
サヤは苦渋に満ちた表情をして苦笑する。彼女は無駄な抵抗を諦めた。
「記憶喪失事件はあんたの仕業だろう。理由はなに?」
天羽はサヤを問い詰めた。
「何故かしら……こうしたら、私の記憶が戻ってくるだろう」
言い終わったあと謎の沈黙がこの場にいる人を吞み込んでいく。
サヤは意味深の笑みを見せて、別の話に切り出す。
「で、あなたはどうするの?羚夏さん、私を殺しに来たの?それともこの私の図々しい願い事を聞いてくれます?」
「聞くまでもないでしょう。こういうの順番決めだから、あんたの方が優先だ」
サヤは希望の灯火を見かけたかのように目を光らせる。その後、さっきとは打って変わって項垂れている。
「名前」
「名前?自分ってことか?サヤじゃなかったの?」
「違う、朧気な記憶に靄がかかったように大事な部分が思い出せないの……私はね、大事な人の名前を忘れてしまって、それを探してくれません?」
「……」
──もしかして、イーレンのこと?この人本当に死ぬまで真実を知らなかったわね。どんだけ「親友」のことを疑わずに信じていたの?私相手だった時、計算のいい女かと思った。友情っていうのは人を狂わせるもんね。
「どうしたのです?もしかして何か知ってますか?」
妙な間を置いて、目をそむけて下唇をかみしめた天羽の姿を目に入ってサヤは訝しく思った。
──なんてこと……この無償で報いのない献身は……もしサヤさんに真相を知らせたら、どうなるのか。これは本当に円満に解決できるのか?彼女たちは手をつなぎあってゴールへ進めるのか?
天羽は躊躇した。とその時ずっと黙っていたルシカは前に出てサヤとの距離を縮める。
「ねえ、あんたサヤだっけ?あんたが探していた人はあんたの『大親友』だぞ」
「本当ですか!やっぱりそうなんですね、ずっと感じていて……」
「あいつがあんたを殺して、それでこれらの状況に至った原因だ」
ルシカは間髪入れずに、凪いだ海のようなトーンで事実を述べる。サヤの幻想を相次いで破滅させた。
「なんっ……!」
「それに今はあいつが生きている。そしてこの町で、気に入らなかった人を容赦なく殺す。もしあいつがあんたがここにいることを知ってたら、多分迷わずこっちまで突っ込んでくるだろう」
サヤは耳を疑うほど信じがたい表情を表に出る。
「ちょっ……!ルシカ!何を言っ……」
天羽はルシカの襟元を掴んで、顔を寄せる。
「違うか?」
「違わないけど、明け透けすぎる、もう少し遠回しに……」
「私にはそんな優しくないよ。こんなもたもたしてたら、余計に相手を傷つくじゃないの?」
「それもそうだけど、今は……」
ルシカの顔にはびくともしなかった。天羽の手を振り払って言葉を続ける。
「とりあえず、できるだけ全部のことを思い出せ、嫌でも頑張って思い出すんだ。これはな、あんた一人で向き合わなければならないことなんだ」
サヤは壊れかけた人形のようにじっとしてて、ひたすら首をのろのろと縦に振った。
ルシカは目を伏せて、少しの間を経って次の瞬間、サヤを片隅に追い詰めた。手のひらから魔法の槍を具現化させて、一ミリ外すこともなく、精確にサヤの頭部の横にぶっ刺した。冷酷な面立ちと鼻白んだサヤには大きな比較を生じた。
「優柔不断だね。じゃ私が決めさせてあげる」
その言葉がまさに裁判を下されたように、サヤは顔をひきつらせた。
「いまこうして、あんたが転々と体を乗っ取って生きなければならない羽目になるのはあいつのおかげだ。本来なら、あんたは順調に未来の先を進んでいるの、あのジコチューな女はお前に怨念を抱いているのよ。そして、あいつは今この町に害を加える存在でしかなかった。元凶はイーレンだぞ。」
「あの子は……」
「案じるな、この事実を教えたのは私だから、責任をもってそれなりの覚悟を出来ている。私がやる」
「ルシカ!」
ルシカははっと振り返って、天羽は彼女の手を握りこんだ。
「もういいでしょう」
さすがに言い過ぎたと思いルシカは何も言わずに壁にぶっ刺された槍を抜く。だが私の主張は変わらないと言わんばかりに天羽の双眸をまっすぐに見据える。
「じゃ、依頼屋の人はどうする?」
「そもそもあいつの依頼を受けてないから、このまま逃げちゃうば?」
ルシカの提案に対し天羽かすかには賛成の意を示した。
「なんで、逃げるの?まだ探し物が……」
だがサヤは手放したくなかった。せっかく手に入れた手がかりを見つけて、空っぽの両手のままは嫌だった。
「こういう時にきて、他のやつに構っていられるか?まず自分の命を確保してからなぁ。私たちが受けた依頼の内容はあんたを抹殺することだよ、つまり依頼屋のやつはあんたを狙ってんのよ」
──ド正論だった。
と天羽はルシカの考えに首肯する。
「今は、あのイーレンでも、依頼屋のやつでも……」
突如、天羽の背後からは凄まじい殺気がしみじみと伝わってきて、身をこわばらせた。
「どこに行くつもりですか?依頼はまだ終わってないですよね。まぁでも今はどうでもいいよ。探してたわよ、サヤ~」
「依頼屋の……やっぱりあんたが……イーレン」
「ピンポン!案の定あんたたちは私からの依頼を断るよね。では『約束』をすっぽかした悪い子にお仕置きを……この場にいる全員をしまつしてあげる!」
イーレンの目には溢れんばかりの狂気と焦点が振り子時計のように揺れる。甲高い笑い声と相まって非常に不安定な状況だった。彼女は鞘から二刀流を抜け出す。刃に纏われた忌々しい雰囲気を目の当たりにして、ルシカは手のひらから魔法陣を生成させて、相手の攻撃を受け止める準備をする。
「クソっ!非戦闘員は引っ込んでろ!私があのクレイジーの相手にする。羚夏、このバカ女を安全なところへ」
「じゃ、あんたは?」
「私がなんとかして時間を稼ぐから、バカ女を連れて遠くの場所に逃げろ!それだと私がやりやすいし、助かる」
「わかった」
「おい、即答かよ、少し私を心配してから言えよう」
「冗談はすべてが終わったからにして。頼んだよ」
天羽はサヤを無理やり引っ張ってルシカの後ろを通して行った。
「まったく無茶苦茶だな。まぁでも、あんたの頼み事なんだから、やってやろうじゃないか……」
──ここでクレイジーを殺したらまずいね。せめて一回だけでいい、あいつを静まった後から羚夏たちのところへ連れていく。
ルシカは天羽たちが無事に別の方向に走る姿を見送ったあと、再びイーレンに顔を向ける。彼女に風刃を連射する、だがイーレンは敏速な対応に易々と全部攻撃をかわした。
「とんでもないクレイジーガールだな」
ルシカは舌打ちして、次の攻撃に備える。その時いつ後ろから迫ってきたイーレンに気付かず、しまったと思う瞬間、イーレンは二刀流を振り下ろした。無防備なルシカは勘で誤魔化して両腕で防ぐ。幸いにも大事なところに至らなかったものの、顔のところに擦り傷があって、頬に血が付いた。
「二刀流は厄介だね……それに任意な位置に移動できるなんて、こんなのチートだよ」
ルシカは顔についた血を拭く、傷を負わせられたことに歯がゆい気持ちがいっぱいだった。
イーレンはふらふらして、不規則な歩みでルシカの方向へ猛進する。
「正気かよ!?」
ルシカは相手が突っ込んでいる隙に、イーレンの腹部に一発魔力を込めたパンチをやる。ずっしりと伝わってくる打撃感にルシカは溜飲が下がった。さっきの仇を返してやったの気持ちだった。
イーレンは何メートルに飛ばされて壁に当たって床に倒れ込んだ。じっとしてて何も動かなかった。
ルシカは気を引き締めて、死体のように横たわったイーレンに、慎重に一歩、一歩を近づく。
体をツンツンとやってみると、イーレンの気配はもうそこにいなかった。
ルシカは事態の深刻さを認識して、天羽たちのところに駆けつけて行った。
──クソ!多分通りすがりの人に付着したんだ。どうか間に合えよ、私が来るまで……!
一方、天羽たちは広々とした草原に走ってた。町中でやると、大きいな損害をもたらすので、彼女はこの場所にした。
草むらが誰かに踏まれてガサガサの音を立てた。足音がどんどん近づき、ルシカが来たのかなぁと思い、安堵の息を漏らして振り返って見ると目に映っているのはルシカでもイーレンでもなく、完全に別人だったが、その狂気さから見れば間違いなくイーレンだった。




