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藍の花①~私に不要な感情を抱くな

 ルシカは前傾姿勢を構えて追っかけるつもりだが、天羽(そらは)に止められた。


「今、追っかけても無意味だ」


「あいつの目的はなんだ?なんでここまで来た?」


「わからない、多分私のことを狙ってると思う」


 天羽(そらは)は同じような轍を踏まないように自分を再注意して、冷静に振る舞う。


「あんた意外と落ち着くわね」


「こういう時だからこそ、焦ってはいけない。あいつの尻尾を掴むために」


「そうだね。今、ここを去るか?」


「追ってくる可能性あるのでは?」


 天羽(そらは)は慎重にあらゆるの不可抗力を考え直す。


「でもこのまま何も行動を取らないか?まさか、ここで腕を組んで足を開いてあいつを待つっていうのか?いい考えとは思わない」


「じゃ、二手に分かれる?」


「それだけは絶対ダメ。あんたまだ懲りてないの?」


「私が餌になって、あいつを誘い込む。この方が効率がいいんだ。あんた心配性だよ」


 しかしルシカの態度は依然として、譲歩する気はまったくなかった。


 強硬な態度に見せつけられて天羽(そらは)はハイハイと白旗をあげて、ルシカの意見に屈服せざるを得なかった。そして彼女に問いかける。


「じゃ……今はどこに行く?」


「人目をよけるなら、いいところが知ってるぞ」


 ルシカは得意げに腕を見せて、ついて来るがよいと言わんばかりに天羽(そらは)の腕を引っ張る。


 彼女たちは再び別の場所へ行くことに決めた。


 天羽(そらは)たちが来ていた場所は遺跡。生気を失いしんとした神殿が人に色々な憶測や連想を膨らませる。この地域ではほとんど柱しか取り残されてない、歳月の痕跡もはっきりと刻まれている。この場所は一般人では来るはずもない、姿を消すには相応しい秘匿な場所だ。


「ここはどこだ?」


「何百年前から存在していた遺跡。十年前くらいは観光スポットなんだが、いつからか寂しくなった。ここ広いし、正面対決にバッチリな場所だ。そしてここには部外者はいない、被害にも及ばないから、ここが便利だと思う。」


「すごいね!何でも知ってて、ますます見直したわ」


 天羽(そらは)はルシカの経験の豊富さに舌を巻く。


「ふんふん、敬えよ」


「浮かれるなぁ、少し褒めてあげたのに、いい気になりやがって……」


 天羽(そらは)はルシカの頭を叩く振りをする。


「あんたと出会う前にしょっちゅうここにくるから、この場所の存在を知ってた」


「ここに来る理由は?」


 変な地雷でも踏んでしまって、場の空気が一気に固まり気まずくなってきた。迂闊に足を動かしたら、いつ地雷が爆発するのか把握できないので天羽(そらは)はおどおどとルシカの方へチラッと見る。返ってくるのはルシカの波のないドーンだった。


「そういえば。羚夏(れいか)も自分に関すること何一つも言わなかったよね。『深く掘りすぎない』これはあんたの信条じゃなかったの?ひょっとして忘れたの?辻褄が合わないよ」


 天羽(そらは)の質問に堂々とシカトして、ルシカは迂遠な聞き方で天羽(そらは)を引っかからせる。


 その質問に動揺されて、心の中の漣が広がる。一時的に何を返せばいいのだろうと啞然とした。天羽(そらは)は視線を落とし足先を見る。半分まで伸ばした手を引っ込める。


 ──らしくないな、私。他人に興味を持つなんて……


 ルシカは間髪を入れずに天羽(そらは)に反撃の余地を与えようもしない。


「私たちは所詮ちょうど同じタイミングで出会って、何の血の繋がりもなく、つまり悪く言えば雇い側と雇われた側、利害一致してるから、こうしてここにいた。違わないか?」


 ルシカの目には微かな動揺が生じて、だがすぐに冷たい刃のような目つきに切り替える。初めて天羽(そらは)と会った頃のポーカーフェースに戻った。


 天羽(そらは)はそのド正論にきょとんとしたが、本当は大声で違うと言いたかった。惜しくもその度胸はない、唯一できるのは拳を握りしめて涙ぐむ。喉には何か詰まってて反論はおろか声を発することすらできなかった。


 ──そうだよね、ルシカの言う通り、私たちはきっかけもなくただ偶然と出会って、たまたまパーティーを組んで旅をするだけ。


「私とあんたは同じ世界の人じゃない。私に不要な感情を抱くな、最後傷だらけになるのはお前自身だけだ」


 ルシカは容赦なく言葉を続けて、声がうわずらないように唇を嚙み締める。


 今の状況は生贄の村の時と同じく、お互いへの初対面の印象は最悪だった。二人が初めて目が合って空気がバチバチになり、張りつめた弓の弦のようにプツンと切れそうになる。


 しかし今は当時と少し違って、ルシカは天羽(そらは)に対する気持ちは悪意や殺意でもない。その感じは形容しがたく、やけに冷たくて、底の見えぬ尽き果てのない海に沈まれて、一生水面にあげられなくなるくらい深かった。ある意味天羽(そらは)にとって剝き出しの敵対感情の方が遥かにマシだった。


 また線を引かれたような違和感が天羽(そらは)の胸をちりちりと焼き尽くす。


 彼女は今、悟ったことがある。それは人の感情は非常に複雑で定めにくいこと。シーソーに乗ったのような感覚。時々激昂で低迷する時もある。完全に自分の感情を把握するのはほど遠い理想だった。胸から喉、喉から目元まで熱いものが駆け上がってくる。どんだけこの不要な感情を押し殺しても、食道逆流のように溢れそうになる。胸を引き締めるようにずきずきと疼く。


 ──そうだよね、彼女は言い間違っていない。あの光のない生活、むさくるしい部屋こそが私の居場所。身の丈に以上のものを求めるな。温もりを求めるなんて甘すぎる。滑稽だ。


 天羽(そらは)は乱れた呼吸を整えて自分を説き伏せして、胡散臭い仮面をかぶり平然をよそって、軽い口調でルシカに答える。


「うん。そんなのわかってる。わるい、迷惑かけた。ではいつも通り身の安全を頼む」


 ルシカは天羽(そらは)にそむけて一瞥をくれず、頷いた。


「じゃこの洞窟みたいなものに入ろう。ここで待っていれば、あいつの姿も現すんだろう、そこで一網打尽だ」


「うん」


 天羽(そらは)とルシカは地面に腰を下ろして、お互い見向きもせず沈黙を保つ。あまりにも重くて外で一人で安静したいとう気持ちが心の中に芽生えて、行動を取ろうと瞬間、ルシカに引き留められた。


「どこに行くの?」


「外の空気を吸ってくる」


「ダメ。単独行動は危険って言ったよね。行くなら私も行く」


「あんたに来られたら、困る。だから離して」


 ルシカの角度からして天羽(そらは)今どんな顔をしているか、どんな表情を浮かばせるのか。どういった心境なのか全く見えなかったから汲み取ることもできない。彼女は天羽(そらは)にこだわらずスッと手をおろして、ぽつりと言う。


「あんまり遠くなところに行くなよ、なるべく早くここに戻って、それだけ約束して」


「うん」


 ──約束。今まで何個の約束を交わしたんだろう、約束ってこんな浅はかなものなのでしょうか。約束を口にかけて、結局果たせなかった。なら約束の存在意味は?そもそも約束は必要なものなのでしょうか?


 天羽(そらは)は昔からその答えを探し続けてきた。「約束」という言葉が彼女を束縛して負担をかける一方だった。


 ──やっぱり、信じるものではなかったようだね。


 天羽(そらは)は自嘲めいた笑いを浮かばせ、溜息を吐きつくす。


 ──せっかく出てたし、異世界の遺跡なんて初めて来たから、ゆっくり見ようか……


 天羽(そらは)は景色を眺めて、ここの遺跡は主に太い柱やぼろぼろの壁に残されて、所々が壁画の痕跡が目立つ。神殿のような構図だった。よりおごそかな雰囲気を醸し出す。


 壮観な絶景を目の当たりして、思わず息を吞んでしまった天羽(そらは)はこっそりと携帯を取り出して写真を撮る。滅多にいない機会なのでこの最高の瞬間を永遠に保存していく。


 パシャと写真を撮って、携帯をカバンにしまる。突然背後から声をかけられた。


「なにをやっているの?」


「何も。ていうか何で出てきたの……?」


 イラついた天羽(そらは)は振り替えて見るとルシカではない、完全に別人だった。見た目からして貧相で華奢な体つきの女が天羽(そらは)をじっと見つめる。


 天羽(そらは)も向こうの女を凝視して何かを発見したかのように目を見開いた。


「あんた……雑貨屋さんの……」


「勘のいい子は嫌いじゃないわ。なんでわかったの?姿違うのに」


「藍の花の匂いが有力な手がかりでね……」


 それを聞いて、納得が行けそうに頷いた女は天羽(そらは)の答えに感心する。


「じゃなんでそれがわかったの?また勘なのか?」


「昔、花屋さんで働いたことがあるからね、そういうの詳しいだから」


 天羽(そらは)は褒められて心が浮き立ち有頂天になった。そして話している隙にこっそりと腰にかけていた匕首を手に持って、身を守ろうとする。


「今の段階では、あなたに害を加えないわよ。安心して」


 女は天羽(そらは)の行動を余裕に見破れ、自信満々な笑みを見せる。


「へえ、そういう言い方まるで私を殺せるみたいな……」


「これは事実だ」


 女は本音を隠さず悠々と話した。


「じゃなんでここまで来た?たまたま出くわしたとかくそみたいな言い訳を言わせないぞ」


「あなたに依頼があって」


「依頼?」


 女はようやく本題に入り、真剣そうに自分の頼み事を話す。


「失くしたものがあって、それを探して欲しい。前に会った時ずっと思ってた。あなたならできるって。」


「もし私がヤダって言ったら?」


 女の目つきが不意に鋭くなり人差し指を口に当てる。瞬く間に女は気配を消したかのように天羽(そらは)の隣に来て、耳元で囁く。


「似た者同士に手を差し伸べるべきではなかったの?」


「あんた……私の……どこまで知った?」


 自分の瘡蓋がはがされたかのように天羽(そらは)はぎくりとした。


「面白わね、あなたの過去、とことん読み終わったわ」


 天羽(そらは)は癇に障れて頭から湯気を立て、これが明け透けな煽りだと知った上に女を壁に押しつけて、襟元を掴む。


「誰か許可した?随分悪趣味だね、人の記憶を覗くとは……」


「やれやれ、いちいち相手の挑発に乗ったらろくなことがないわよ」


「答えろってつってんだ!」


「では、依頼の件は頼む」


 だが、目の前の女は別人のように、さっきまで挑発気味な顔立ちから困惑に満ちた表情に変わった。疑惑ずくめの瞳で天羽(そらは)の不審な行動を見る。


「え?すいませんが、何を言っているんですか?」


 天羽(そらは)はゆるりと手を離して、自分の失礼極まりない行為に女にさくっと謝る。女は慌てて天羽(そらは)をおいていった。彼女の姿を見送ったあと、とあることを理解した。それはあいつが不特定に人間に付着して、そして付着された人がその間の記憶が失われた。自分がのうのうと逃げる。


 ──前の雑貨屋さんのオーナーと同じだ。間違えない。でもまだ合点がいくことがある、それはなんで当日一緒にいたルシカがそれに対しまったく印象がなかったこと。まるで消されたように…


 ──まさかあの薬……本質が見える……


 天羽(そらは)は行き場のない怒りを拳で壁にぶつかり、数秒間で指の関節が赤くなり、擦り傷となって血が滲み出る。


「頼みことってなんだ……ふざけんな……ここは依頼屋でもないぞ」


 ──なめられたには百倍返す。一応ガキの半分負けず嫌いな性根が見事に残ってるから……首を洗って、大人しくそこで待ってろよ。


 天羽(そらは)は舌打ちし小言を並べて、ルシカのいたところへ戻る。

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