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よそ様がどうかは知りませんが、うちの妹が世界で一番可愛いのは自明の理ですから

作者: 神野咲音

「いまここで、宣言しよう。僕は君を永遠に愛し、この手で守り抜くと誓うよ」



 煌びやかな王宮のダンスフロア。顔が映りこむほどに磨き上げられた床に片膝をつき、王子がシャンデリアにも負けないくらいに輝く笑顔を浮かべる。


 差し出された手を取り、涙ぐみながらも幸せそうに笑うのは、一人の美しい少女。



「はい……。わたくしも、愛しておりますわ」



 それが私、リアーナ・ディリーズ……、の、幼馴染であるジーナ・フロイア伯爵令嬢。それはそれは可愛らしい容姿と優しい性格を併せ持つ、自慢の親友よ。


 私は少し離れた所でその様子を見守り、そっと息を吐いた。今ジーナに求婚しているのは、この国の王太子であるエルドレッド第一王子。つい先日まで隣国に留学していたんだけど、帰ってくるなりジーナに求婚した強者(つわもの)よ。


 これまでのジーナはとても可哀想だった。幼い頃から決まっていた婚約者に公の場でフラれたり、やってもいない罪を被せられたり、家の中でも冷遇されたり。その度に何とか庇ったり慰めたりしていたけれど、同じ伯爵令嬢の立場ではできることとできないことがある。


 その点、王太子なら私よりもジーナの助けになれるのは間違いない。実際、助け出して婚約を結び直すところまでこぎつけた訳だし。


 何より、これまでジーナを苦しめてきた元凶、ジーナの双子の妹であるイザベルが、とてもとても悔しそうにハンカチを噛んでいる。これには私も拍手喝采よ。いえ、実際にはやらないけど。



「エルド様! ジーナお姉様よりもあたくしの方が次期王妃として相応しいですわ!」


「何を言っているんだい、イザベル嬢。君にはジーナの元婚約者である、侯爵家嫡男のヘクターがいるじゃないか。いつも我が儘ばかり言ってジーナを困らせて、挙句に婚約者まで譲ってもらったんだろう? ああそれと、君に愛称で呼ぶことを許した覚えはないよ」



 エルドレッド殿下はイザベルに冷たく言い放ち、コロッと表情を変えてジーナに微笑みかけた。



「もちろん、君は別だよ、ジーナ」


「エルドレッド殿下……」


「できれば、エルドって呼んでほしいな。敬称もいらないよ」



 このダンスフロアは、今だけは二人の幸せな舞台だった。イザベルはもちろん、観客である私たちですらお呼びではない。パーティーに招待されてもいないヘクター何某なんてもってのほか。


 幸せを掴んだ親友に、うっかり私まで泣きそうになりながらサムズアップした。優しくて友達想いのジーナは、すぐそれに気づいて笑い返してくれた。


 うん、いい話だった。――ここまでは。






 ダンスパーティーのメインイベント、つまり王太子とジーナの婚約披露が終わって、興奮冷めやらぬ会場で。


 ジーナたちが退場した後、時の人となったのは私だった。


 どんな時もジーナの隣にいたの、私だものね。確かに一連の流れはすべて知っているけど、流石に本人たちに確認も取らずにあれこれ語るはずがない。


 うふふおほほと話を流し、流しに流して、なんとか流しきった。面白くなさそうな反応をされたけれど、これ以上ジーナを噂好きの貴族たちに好き勝手言われるのは御免被る。


 そして、話題は私自身のことへ変わっていく。



「ジーナ様はご家族のことで苦労なさったんでしょう? リアーナ様も大変ではなくって?」


「そうよね、リアーナ様にもほら……、妹様がいらっしゃるじゃない」



 ぴくっとこめかみが引きつるのを感じながら、私はどうにかこうにか笑顔を張り付けた。



「我が妹、クレアが何か?」


「何かある訳ではないのですけれど……」


「クレア様も、イザベル様と同じように、その……、気のお強い方じゃない?」


「リアーナ様も気を付けた方がよろしいんじゃありませんこと?」


「そうですわね……。人前で姉君であるリアーナ様を呼び捨てにされるくらいですし」



 確かにクレアは、気が強くて我が儘で自分勝手だ。それに纏う空気が冷たくて、話しかけられないと言う人たちも多い。十六の私より一つ年下だけど、婚約の話もまったく来ないくらい、貴族社会では評判が良くなかった。


 ま、婚約者がいないのは私も同じね。


 私は袖で口元を隠し、言葉とは裏腹に目を輝かせる令嬢たちに微笑んだ。



「ご忠告どうもありがとうございます。私には関係のないお話ですので、気の付けようがありませんけれど」



 ほっとけ!!!!! を包み隠そうとして、隠し切れなかった。まあいいわ。






 感情があっちこっちしたダンスパーティーから帰宅し、疲れた体を部屋のソファーに預けて休んでいると。


 元気なノックの音が聞こえて、クレアがひょっこりと顔を出した。



「おかえり、リアーナ! ダンスパーティーはどうだった?」



 ニコニコと笑うクレアを、私はソファーから飛び起きて出迎えた。



「ただいま、クレア! いつもの通り、クレアにはつまらない会だったと思うわ」


「やっぱり?」


「ああでも、ジーナがエルドレッド殿下と婚約したことを発表したの」


「まあ、今日だったの? リアーナもいるし、行けばよかったかな」



 メイドにお茶を淹れるよう言いつけて、私が勧めるより早くソファーに座っているクレアに笑いかけた。



「クレアは今日、何をしていたの?」


「今日もお父様と戦ってたわ! ほんっとうに頭が固いんだから、お父様ったら!」



 ぷんすこと怒るクレア。



「クレアは結婚もしたくないし、自分でお金を稼ぐって言ってるのに、『女は良い家柄の男と結婚して家庭を持つのが幸せだ!』ってうるさいんだから!」


「お父様はクレアのことを考えているのよ」


「分かってるわ、だけどクレアは自分の力で生きていきたいの!」


「ええ、私もクレアには、その力があると思っているわ。でも前例のないことだから、心配になるお父様の気持ちも汲んであげて?」



 それと、外では自分のことを名前で呼ばないようにね。


 そう注意すると、クレアはぷくりと頬を膨らませた。



「リアーナの部屋だから気が緩むのよ。外ではちゃんとしてるわ!」



 本当はここで、「日頃から意識をしないと」などと注意を続けるべきなのだけど。無理だわ。



「クレアったらもう……! 本当に可愛いんだから!」



 衝動のままに抱きついて頬ずりしようとしたけれど、手で押しのけられちゃったわ。恥ずかしがりやな所も可愛い。



「やめてよリアーナ」


「どうして? 可愛い妹を可愛いって言ってるだけじゃない」



 恥ずかしそうに頬を染めたクレアは、すぐに表情をパッと明るくさせた。ころころと表情が変わるのも可愛いわよね。



「そうだわ、リアーナ! 新しいドレスのデザインを考えたの。また試着してくれる?」


「私でよければ、喜んで。でも私より、クレアが自分で着た方がいいんじゃないかしら? あなたの方がスタイルは良いじゃない」


「襟元がオフショルダーだから、リアーナの方が似合うわ。それに、外からチェックしたいもの」



 クレアはお洒落に興味が強くて、自分でデザインを考えて服を作ったりもしている。ゆくゆくは自分でお店を開きたいらしいのだけれど、お父様はもっと安定した人生を送ってほしいみたい。姉としてはクレアの夢を応援したいけれど、お父様の気持ちも分かるから悩ましいわ。


 どうせなら、クレアの夢を理解してくれる男性が現れるといいのだけれど。貴族社会で誤解されているクレアには、いいお見合いの話が一向に来ない。


 私よりもクレアの婚約者を! と探し回っているうちに、私も婚約しないままここまで来てしまったけれど、それについてはまったく何も後悔していないわ。


 家族以外には人見知りを発揮してしまうクレア。家の外では冷たい態度しか取れないクレア。「お姉様だなんて距離を感じるわ」と私の名前を呼び続けるクレア。


 可愛い可愛い、私の大切な妹。イザベルのせいで、クレアの悪口まで言われるようになったのが腹立たしいわ。イザベルは本当にジーナを苦しめる悪女だったけれど、クレアは違うもの。


 よその姉妹がどうだかなんて関係ないわ。うちの妹は世界一可愛いのよ!


 まずはクレアの悪い評判を取り除かなきゃと、私はこっそり決意した。






 まずは学園での評判を、と意気込んだけれど、まずクレアとは学年が違うのよね。歳が違うのだから、当たり前だけど。クレアの学年に知り合いもいないし、手が出しづらいわ。


 家族以外で唯一クレアのことを理解してくれるジーナも、最近はいろんな人に取り囲まれてて身動きがとれないみたい。


 クレアと一緒にいられるのは、お昼の食事時だけ。食堂で待ち合わせているのよ。クレアが入学してから毎日のことなのに、どうして私たちの仲がいいことが広まらないのかしら。



「リアーナ、これ、食べてくれない?」


「ええ、いいわよ」



 注文した食事に、クレアの苦手なものが入っていたみたい。下品にならないように皿を寄せてくるクレアに、にこにこと笑みを返す。頼ってくれる妹、なんて可愛いのかしら。



「クレア、このおかず好きでしょう? 私の分をあげるわ」


「本当!? ありがとう、リアーナ!」



 ついでにクレアの好物もあげちゃったわ。私も好きだけれど、自分で食べるよりクレアが喜んでくれる方が嬉しい。


 そんなやり取りをしていると、周りからひそひそと囁き声が聞こえてくるのよね。主にクレアに対する悪口が。クレアはまったく気にしていないけれど、私が気になる。


 私たちが好きでやっていることに、文句を付けられる謂れはないわ。ちゃんとした場なら、クレアだって嫌いなものも食べるし、我が儘を言ったりもしない。その辺りはちゃんと弁えてるのよ。


 そう思って睨みつけると、ささっと逸らされる視線。


 腹立たしい思いをサラダにぶつけて、もぐもぐと噛み締めていると、ひと際強い視線を感じた。


 まだこっちを見ている人がいるのかしら、と顔を上げると、隣のテーブルで食事中だった男子生徒が、慌てて自分の皿に視線を落とすところだった。


 眉をひそめたけれど、こちらから文句をつけることはしない。ただ見られていただけだし、何より相手は私より格上のお方だ。


 イグレシアス公爵令息、セシリオ様。眉目秀麗、文武両道、物語の中から出てきたような完璧な男性。学園内で王太子殿下と並んでトップの人気を誇っている。その殿下とは従兄弟にあたるのだと聞いたことがある。


 いつもは毅然とした冷たい空気を纏っている方だから、あの慌てたような態度には首を傾げたけれど。


 まあ、少し注目されていたからこっちを見ていただけでしょう。そう結論付けて、私はクレアとの食事に意識を戻した。


 その後クレアが、セシリオ様をちらちら見ていたことなど、まったく気が付かなかった。






「リアーナ、お前に婚約の話が来ている……」


「まあお父様。私の婚約話は、クレアの後にしてくださいませ、と何度も申しているではありませんか」



 お父様に呼び出されて、私はいつもの通りに答えた。


 私よりも、クレアにいい条件の婚約者を見つけてあげたい。クレアの夢を理解し、応援して、手を貸してくれるような。それならお父様だって安心だし、クレアはやりたいことができる。


 そうなるとクレアの方が条件が厳しいのだから、私より優先して探さなくちゃ。私はそこそこの相手でも構わないのだもの。どなたかに想いを寄せているわけでもないし。


 ところが、お父様は今回に限って引いてくれなかった。



「それが、こちらからお断りできるお相手ではないのだ」


「どういうことですか?」



 差し出された釣書きを受け取って、中を見る。そして、足元をふらつかせた。



「セシリオ・イグレシアス様!?」



 ついこの間、食堂で目が合っただけの方が、いったいどうして。話をしたことすらないのに!


 セシリオ様は令嬢たちの憧れの的だけど、どれだけ黄色い声で騒がれようと動じない、鋼の心の持ち主だとも言われている。そんな方がどうして、政略的にも意味のない私なんかに婚約の申し込みなどしているのだろう。



「な、何かの手違いでは……」


「それも確認済みだ。変わり者の妹を目に入れても痛くないくらいに可愛がっている令嬢だと言われた。毎日学園の食堂で一緒に食事をして、時折おかずの交換をしていると」


「わ、私ですね……。クレアが変わり者だというのは納得いきませんが」


「そういうところだよ」


「お父様に言われたくありませんわ」



 お父様だって、私と同じくらいクレアを愛しているくせに。


 ムッとした私を宥めるように、お父様はこちらに手の平を向けた。



「とにかく、だ。一度顔合わせの席を設けるから、準備をするように!」



 格上の公爵家からの申し込みとなれば、こちらから一方的に断ることはできないわね。一度は会わないといけない。


 セシリオ様が絶対に嫌、というわけではないけれど、思ってもみない話だから心構えができていなくて、ちょっとだけ憂鬱だ。


 お父様の執務室から出て、ため息をつきながら部屋へ戻る。格上の男性と会うに相応しい服、あったかしら?



「リアーナ!」


「クレア」



 そわそわした様子のクレアが、部屋の前で待っていた。



「お父様、なんのお話だったの?」


「私に婚約の申し込みがあったんですって。お断りできないから、一度お会いすることになったわ」


「……そうなの?」



 ちょっとだけ不満気にしたクレアが、声を低くひそめる。



「ねえ、どなたなの? リアーナに求婚してきた方って」


「セシリオ様よ。イグレシアス公爵家の令息だけど、クレアは知ってる?」


「……ええ、知ってるわ」



 目を伏せ、小さく唇を噛んだクレアに、私は首を傾げた。



「どうしたの、クレア?」


「いいえ、なんでもないわ。それよりリアーナ、お会いするのはいつ? その時の衣装、クレアが選んでもいい?」



 暗い表情は一瞬で、クレアはすぐに顔を輝かせた。もしかしたら、私の気のせいだったのかもしれない。


 衣装を考えているときと同じ、いつもの楽しそうな表情に、私も頬を緩めた。



「クレアが考えてくれるなら、何も不安はないわね」


「ええ、任せて!」



 そうして、顔合わせの日を迎えることになる。






 セシリオ様は屋敷の前で馬車から降りるなり、目を白黒させて私を見た。



「ええと、リアーナ嬢……。この度は、急な話を受けてくれてありがとう」


「いいえ、セシリオ様。私にはもったいないほどのお話です」


「まずは顔合わせと、こちらの事情をお話ししたかったんだ。だけど、その前に……」



 淑女の礼を取っていた私をまっすぐ立たせて、セシリオ様は頭のてっぺんから足の先までじっくりと私を眺めた。


 やめて、今でさえ恥ずかしくて頬が熱いのに、顔が燃えちゃうわ。



「すごく……、美しい……」



 それきり沈黙してしまったセシリオ様。気まずいから、絶句しながらも眺めるのをやめてったら。



「妹が……、私よりも張り切って……」



 申し込みの話を聞いた日から、私はクレアの手で存分に磨き上げられた。髪や肌の手入れから、爪のケアに至るまでそれはもうみっちりと。


 ドレスやお化粧、アクセサリー類も、クレアは目の下に大きな隈を拵えるくらいに悩み抜いて、メイドたちをドン引きさせるくらいの熱量で私を飾り上げた。


 鏡を見た時の正直な感想は、「これは誰?」だったもの。


 セシリオ様が戸惑うのも当然よね。



「そうか……。それを聞いて、ますます決意が固まったよ」



 我に返ったセシリオ様はふわりと笑い、私に手を差し出した。



「やはり、貴女を選んで正解だったようだ」



 話が全然見えないけれど、とりあえずセシリオ様に促されるままエスコートを受け入れた。



「俺の母はね、実の姉とすこぶる仲が悪くて……。それこそ、殿下と婚約されたフロイア伯爵令嬢のように、ずっと迷惑をかけられてきたんだ」



 応接間に移動し、席について明かされたのは、そんなセシリオ様の身の上話だった。



「私物の強奪や、金の無心……。若い頃は、婚約者を奪い合ったこともあるらしい。母上も気の強いお方だから、それはそれは激しい姉妹喧嘩を幾度となく見てきたよ」


「そうだったんですか……」


「だから俺は、姉妹というものは仲が悪いものだと思い込んでいた。殿下からフロイア伯爵令嬢の話を聞いていたこともあってね。だから……、初めて貴女たちを見た時に、雷が落ちたみたいに驚いたんだ」



 ジーナたちのような姉妹が標準だと思っていたなら、私とクレアの仲にびっくりするのも当然でしょうね。だけどセシリオ様、一つだけ言わせて。



「公爵夫人の事情は分かりませんが、少なくともジーナとイザベルは少数派ですよ」


「どうやらそのようだ。俺がいかに周囲を見ていなかったか、よく分かるよ」



 苦笑したセシリオ様は、そのまま私の手を両手で包んだ。



「だけど、やっぱり結婚相手には貴女のような、家族を大切にする女性がいい。それに、今のリアーナ嬢を見れば、クレア嬢が貴女を心底大切に思っていることも分かるよ。その関係性は、何より尊いものだと思う」


「セシリオ様……」


「すぐにとは言わない。だけどどうか、婚約の話を前向きに考えてもらえたら……」



 セシリオ様の言葉は、大きく扉を開く音にかき消された。


 存在感が希薄だったお父様が、びくっとして立ち上がる。



「く、クレア!? 突然何をするんだ!」



 立っていたのはクレアだった。顔合わせの間、部屋で待っていると言っていたのに。突然場を荒らしたクレアは肩で息をしている。



「クレア、どうしたの……?」



 止めようとするメイドの手を振り払い、クレアは私のもとへ駆け寄って、セシリオ様の手を振り解いた。



「やっぱり……、やっぱり駄目!」



 悲壮な顔をしたクレアの目に、みるみる涙が盛り上がった。



「この婚約、認めないわ!」


「クレア! 何を言ってるんだ!」


「だって、だって……!」



 唖然とするセシリオ様、顔を真っ赤にして怒るお父様、そして困惑する私に向かって、クレアは叫んだ。



「リアーナは、クレアのお姉様なのよ!!」



 しばしの沈黙。


 破ったのはセシリオ様の笑い声だった。



「あっははははははは!」



 涙がにじむほど笑い転げながら、セシリオ様は凍り付くディリーズ一家に向けて言う。



「本当に姉妹仲が良くて、ますます気に入った! 俺としては、このまま婚約の話を進めたいんだが、どうだろうか?」



 ひどくご満悦なセシリオ様が、私に笑いかける。それに私は、にっこりと微笑み返した。



「お断りいたしますわ」


「えっ」



 今度はセシリオ様が凍り付く番だった。


 だって、仕方がないじゃない。クレアがここまで言ってくれるなんて、滅多にないことなのよ? 普段はハグもほっぺチューも嫌がって逃げてしまうのに、泣きながら私に縋ってくるなんて、ありえないのよ!?


 こんなの、クレアを選ぶに決まってるじゃない!!



「ごめんなさい、リアーナ……! リアーナのためだからって、我慢しようとしたの。でもやっぱり嫌よ! リアーナがクレアから離れていくなんて!」


「ああもう、クレアったら本っ当に可愛いんだから! 大丈夫よ、クレア。私はクレアから離れたりしないから!」


「でも、リアーナが婚期を逃して周りに陰口を言われたりしたら、それはそれで嫌だわ……。ああ、クレア、勢いに任せてなんてことを……」


「いいのよ、気にしなくても。学園を卒業するまでは婚約者なんていらないわ!」


「本気か? 本気で言ってるのか!? 待ってくれ、俺の立場がまったくない!!!」



 セシリオ様まで叫んでるけど、そんなことどうだっていい。


 今この場で肝心なのは、クレアが私にデレた。それだけよ。



「く……っ。ディリーズ伯爵、本当によろしいんですか!?」


「セシリオ殿……。リアーナもこう言っておりますので」


「嘘だろう!? この親バカめ!!!」



 絶対に諦めないからな!! なんて、セシリオ様、まるで物語の悪役のよう。


 クレアも同じことを思ったのか、同時に「ふふっ」と吹き出した。






 私が学園を卒業し、イグレシアス公爵家に嫁ぐまで、クレアとセシリオ様の攻防は続いたわ。最後の方はなぜ競っているかも忘れていたようだけど。


 その過程で何故かセシリオ様が出資をすることになり、クレアは念願の店を開くことができた。今ではファッションの流行を生み出す存在として、社交界でも一目置かれている。ジーナもよく利用しているらしいわ。



「リアーナ、セシリオ様が嫌になったら、すぐクレアに言ってね? 今なら、ジーナや他の令嬢の手を借りてリアーナを守るくらい、簡単だから!」


「それを俺の前で言うのか、クレア!」


「まあ、それは頼もしいわね、クレア。その時が来たらよろしくね」


「リアーナまでそんなことを言う!」



 俺はこんなに君を愛してるのに! と嘆くセシリオ様に、クレアが鼻を鳴らした。



「セシリオ様は分かってないわね。リアーナが好きでもない相手に嫁ぐのを、クレアが許すとでも思ってるの?」


「……えっ?」


「ちょっとクレア!」



 呆けているセシリオ様と、真っ赤になる私。それを見てころころと笑うクレア。


 うん、だけどやっぱりうちの妹は、誰が何と言おうと世界で一番可愛くて、素晴らしい妹だわ!

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連載「魔族殺しの道具だった聖女は、溺愛してくれる魔王と一緒に世界征服いたします!」の方も、面白いのでぜひぜひ読んでください!

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[一言] (´∀`*)ウフフ、クレア(,,>᎑<,,)カワイイ*•.❥*
[良い点] 文句なしの最高です!! にっこりとほっこりしかない(サムズアップ)
[良い点] シスコン…良いものだ…! [一言] 別に清らかだったり誤解されやすい氷の女だったり底抜けのお人好しだったりもせず、普通に、普通に仲が良すぎる姉妹。最高では? あと密かに親バカも添えて。最高…
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