月が、綺麗だったから
おりひめのなみだ
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ひこぼしのきもち
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のつづきモノですが、単体でお読みいただけます
毎日来ていたメッセージが、来なくなって3ヶ月も経った。
ふと気づいたら一週間、二週間が過ぎていて、何度か俺から電話もした。
明るい声が聴こえたが、なにかひっかかるものがあった。
「会いたいな」という言葉が聞けなくなった。
それには気づいていた。
「会いたいな」
俺から言ってみた。
「忙しいでしょ」
そっけない態度。
それでやっと気づいた。
ああ、まずいな。
決算月になってからさらに帰宅困難になった。
それでもどうにか一度だけ会った。
上滑りする会話に、他人行儀な笑顔。
どんな言葉がふさわしいのか、俺にはわからなかった。
異動願いを出した。
ふざけんなと突っ返された。
超過勤務188時間を労基に言うぞと脅した。
異動は認められないが、可能な限り定時帰宅で決着がついた。
できるんじゃねーかよ、最初からこうすりゃよかった。
「会いたい」
「忙しいでしょ」
「残業減らしてもらった」
「へー」
「いつ会える?」
「さあ……」
もう駄目なのか。
会わないで9月が過ぎた。
残業のない夜を持て余した。
「最近帰り早いのね?」と言われる。
「彼女できたの?」
元からいたっつーの。
前と完全に立場が逆だ。
21時に送るメッセージ。
なんて送ろうか何度も書き直す。
結局いつも同じ文面。
『元気?』
『ちゃんと飯食ってるか?』
『仕事忙しいの?』
ああ、あいついつもこんな気持ちだったんだな。
19時に退社。
今日も会う予定はない。
定食屋で飯食って、ぶらぶらと歩いて帰宅する。
街中のディスプレイで今日が十五夜だと知る。
見上げた夜空には間違いなくまんまるお月様が昇ってた。
「会いてえな」
立ち止まって呟いたら、後ろから来た通行人に舌打ちされた。
スマホを取り出してフリックする。
あいつの名前が出た。
21時にはまだ早いけど、電話した。
11コールで「もしもし」と聴こえた。
ほっとして、そして緊張する。
「空、見たか」
「なんで」と静かな声。
「満月だ」
「そうね、十五夜だから」
「今から会えるか」
「……もうこんな時間じゃない」
「会いたい」
「もう部屋着に着替えちゃったわよ」
「顔見るだけでいい」
「むり、今度にして」
「お前の家行くから、玄関先でいい」
「いやだってば」
「もう、俺が嫌いになったか?」
沈黙の後、「……わからない」と返ってきた。
「30分で着くから」
「なんなのよ、いきなり」
「会いたい」
「今日じゃなくたっていいでしょ」
「今会いたい」
「なんでよ」
あいつの家の方向に足を向けながら、もう一度空を見た。
「……月が、綺麗だったから」
沈黙が落ちた。
「……ばっかみたい」
呆れた声なんか初めて聴いたかもな。
「ベタ過ぎてなにも言えない。
もうちょっとひねったらどうなのよ、聴いてるこっちが恥ずかしい」
ここ最近では一番長いセリフだな。
「……勝手にしたら」
「そうする」
電話を切って、俺はタクシーに向かって手を上げた。
読んでくださりありがとうございました